このところ梅雨前線が活発化して全国各地で豪雨災害の発生が報じられていますが、7月7日の未明から早朝にかけて出雲市の島根半島西部地域では線状降水帯による記録的な大雨で、河川の氾濫や土砂流失によって多くの家屋の浸水や道路の不通などが生じました。記録的短時間大雨情報や土砂災害警戒情報による避難指示が発令された午前5時35分ですが、その時間には県道鰐淵線や十六島直江停車場線、斐川一畑大社線は、土砂崩れや冠水によってすでに通行不能で、出雲市奥宇賀町のわにぶち保育所に設置されている防犯カメラの映像には、午前5時前に平田船川に注ぐ深山川と光尾谷川の合流地点が冠水し、保育所が床上浸水した状況が記録されていました。7日午前の段階では、出雲市の日御碕、鵜鷺、猪目、唐川、別所、釜谷、釜浦、塩津など北山地域の海岸部に通じる道路が寸断され、集落が孤立状態となっており、今のところ詳細な被災状況は不明ですが、1時間に100mmを超える雨によって谷間の中小河川はことごとく損壊したと言っても過言ではなく、人的被害が報告されていないことは奇跡的だと思います。ところで、床上浸水となったわにぶち保育所では、水位が低下した7月7日の午前9時から法人の職員など約60人で屋内の雨水や土砂を取り除き、周囲に土嚢を積み上げました。何とか1日で建物内の洗浄や消毒は終えましたが、乳幼児が遊ぶ部屋の畳の取り換えや設備の安全点検などが必要で、7月8日の保育は、4,5歳児を平田保育所、2,3歳児をみなみ保育所、0,1歳児を中部保育所で行うことを保護者の皆さんと出雲市に連絡しました。今回の大雨は25年前の災害時の時間雨量(推定80mm)を超える「ゲリラ的豪雨」ですが、想定を超えた緊急事態の安全確保には現場での迅速かつ適切な判断が必要で、マニュアルに定められた「想定内」の手順を求める出雲市の関係者にはいささかの違和感を持ちました。

 7月4日に投開票された東京都議会議員選挙は報道各社の事前予測で優勢とされた自民党が立候補者60人中当選は33人の惨敗で、劣勢が伝えられた都民ファーストの会は47人中31人の現職が議席を死守、公明党は23人全員当選、共産党は31人中19人が当選、立憲民主党も28人中15人と手堅い結果を残しました。衆議院の解散総選挙の前哨戦と位置づけ、国政与党の自民・公明両党での過半数を獲得するという目標を掲げながら遠く及ばない結果は、コロナ禍で十分な政治活動ができなかった事情を差し引いても、投票率42.39%が示す通り、自民党を支持する皆さんを含めて過半数の有権者が棄権したことが大きな要因で、自民党は「政治への関心や期待が得られていない(現状が支持されていない)」と受け止め、政権運営やコロナ対策について早急に再検討すべきです。ただ、今回の選挙で評価・特筆すべき点は、議員定数127のうち女性議員が41人となったことであり、女性の社会参画が着実に進展していると感じました。ところで、板橋区選挙区で当選した現職議員が無免許運転(免許停止期間中)で人身事故を起こしていたと報道されています。過失によって自動車事故の当事者となることは、ままあることで情状酌量されるとしても、無免許運転や飲酒運転は「故意」とされる悪質事犯で、逮捕を免れたのは事故が選挙期間中であったことと考えられますが、選挙民に対しては言い逃れのきかない事柄です。

 活発な梅雨前線による大雨で7月3日、静岡県熱海市で土石流が発生し、多くの家屋の倒壊による死傷者・行方不明者が報告されていますが、出雲市奥宇賀町の布勢川流域で土石流が発生したのは25年前の平成9年7月12日の早朝でした。7月7日の降り始めから500ミリを超え、11日午前8時からの24時間雨量が200ミリに達し、高さ200m・幅400mの大規模斜面崩落が発生し、午前6時10分から1時間たたずの間に、わずか総延長2.5kmの布勢川は約96,000㎥の土砂と流木で埋め尽くされ、20,000㎥は海水浴場に達しました。布勢川は島根半島弥山山系から十六島湾に注ぐイワナやサワガニ、アユなどが生息する清流ですが、平成8年7月に上流部で山腹崩壊が発生し、自治会長から下流域の住民に降雨時の注意喚起がされ、川沿いの住民は避難を終えていたことから、川の氾濫による床上浸水や土石流による家屋崩壊が生じたものの42戸180人の人的被害は皆無で、後年、流域2自治会の代表が知事表彰(うち1人は河川事業功労者)を受けました。災害から4半世紀が経過し、災害の記憶は澄田信義島根県知事揮ごうの「至誠通天」と書かれた災害復旧工事の完了記念碑に残るだけになりましたが、土石流を目の当たりにした世代の1人として語り継ぐ役割を感じます。