8月9日、前島根県農業協同組合長の石川寿樹さんがお亡くなりになりました。72歳でした。石川さんは昭和52年に出雲市農業協同組合に入職し、昭和63年に35歳の若さで常務理事に就任し、持ち前のバイタリティで大型スーパーマーケット「ラピタ」の建設やデジタル有線(電話)事業などの事業推進にあたったものの、平成14年に常務理事を退任。平成15年4月に合併前の出雲市議会議員となり、合併後の平成21年まで6年間市議会議員を務めました。市議会議員時代には、農業生産法人桃源を設立してブドウ栽培や直売所、レストラン・洋菓子工房の経営にあたり、平成21年に農協役員(理事)に復帰し、平成27年の島根県農業協同組合発足時に常務理事・出雲地区本部副本部長となり、平成28年に常務理事・出雲地区本部長、令和元年6月に3代目の島根県農業協同組合長として2期6年間在任されるなど、浮沈を味わいながらも組織に必要な人材として評価され、活躍されてきました。小生とは平成13年2月に平田市街地にホテル建設を企図して㈱ひらたを立ち上げた際、「農協の資材センターを建設用地としてほしい」と突然の訪問をされ、まさに夜討ち朝駆けの交渉の結果、現在地に平成14年7月にひらたメイプルホテルがオープンすることになりました。「仕事ができる人」は嫉妬や誤解を受けやすく、石川さんの毀誉褒貶もそこに端を発したものですが、本年6月に組合長の大任を終え、JAマンとして「てっぺんを取る」との強い意志で駆け抜けた50年に悔いはないと考えます。願わくば、思い描いた10年後のJAしまねの行末を天上から見守っていただきたいと思うところであり、今日までのご高誼を心から感謝申し上げ、ご冥福をお祈りいたします。合掌
参議院選挙の惨敗から3週間が経過し、自民党本部では幹事長の下で敗戦の総括が行われていますが、その最中で8月8日、両院議員総会が開催され、「総裁選挙管理委員会において、令和9年9月までの任期を待たずに新たな総裁を選出する選挙の実施を党所属国会議員と都道府県連の意思確認を行なう」ことを決めたと報道されています。昨秋の衆議院総選挙で256議席の4分の1に当たる65議席を失ない、自民、公明で多数与党が形成できず、安定的に政権を運営することができない状況は、国会での法案や予算の採決時に明らかで、「政権与党として国政に責任を持つ」という姿勢とは矛盾しており、政策決定の主体性を欠く政権与党に国民の期待が集まらないのは自明です。『負けに不思議な負け無し』と言いますが、参議院選挙でワンイシューの政策を掲げた新興勢力が伸長し、与党が敗北したことは当然の帰結で、今回の参議院選挙の結果を受けて、連立の再編を行うことなしに自公が少数与党として政権運営を継続すれば、次の総選挙での自民党のさらなる退潮は必至です。民主主義の基本は多数決であり、現職の石破総裁を含め、政権を担う責任を果たす覚悟のある為政者たらんとすれば、権力の行使を決定する権能を持つ衆議院の多数を構成する政党で連立を組む努力をすべきであり、それが可能な政治家こそが日本のかじ取りをするに相応しい指導者だと考えます。
今年は6月下旬に梅雨明けとなり、7月の降雨量が平年に比べて極めて少なく、各地で水不足が伝えられており、島根県でも渇水対策本部が設置され、農業用水の緊急確保対策として揚水ポンプの設置支援などが発表されたところです。今のところ、伏流水を水源とする上水道の供給に支障はないとされていますが、斐伊川流域の農業用水は尾原ダムからの補給水により確保されており、8月4日午前8時の時点で貯水率が26.7%となったことから、平時は15.2㎥/sとされている放流量を70%カットして4.6㎥/sとする措置が講じられ、節水の呼びかけや農業用水の番水協議が行われています。こうした中、8月7日未明からの降雨は、まさに「干天の慈雨」で、尾原ダムの貯水量は42%まで回復したようです。「干天の慈雨」は、アニメ『鬼滅の刃』で主人公の炭治郎と水柱の富岡義勇が使用する技として子どもたちに知られていますが、本来の意味は、直接的には、日照り続きに降る恵みの雨を指す言葉であり、間接的には、窮地に陥った時に与えられた助けや救いを表現する言葉です。ロシア・ウクライナ紛争や不安定な中東情勢に加えてトランプ関税など問題山積の中で、衆参で与党が過半数割れした日本の政治状況はまさに危機的で、こちらにも「干天の慈雨」が欲しいところです。