7月18日、東京虎ノ門のイイノホールで全国都道府県議会議長会(会長;山本徹富山県議会議長)の創立100周年記念式典が開催され、全国の都道府県議会関係者など約250人が参加しました。議長会は関東大震災発生後の大正12年3月に全国道府県会議長会として発足し、当初は地方議会相互の連絡調整を担う組織としての役割を果たし、現在は、知事会、市長会、市議会議長会、町村会および町村議長会とともに地方6団体を構成し、政府と地方行政の連絡、調整にあたる主要な役割を担っています。この日の式典には、外遊中の岸田首相に代わり栗生官房副長官が首相代理として、細田衆議院議長、尾辻参議院議長および松本総務大臣が来賓として出席し、祝辞を述べました。式典終了後には、議長会の定時総会が開催され、令和4年度の事業および決算報告や地方行政委員会、農林水産委員会など5つの委員会で取りまとめした令和6年度の政府予算に対する要望事項を了承しました。7月19日には正副会長や各委員会の正副委員長(園山島根県議会議長は農林水産委員会の副委員長)が政府および与党の政策責任者を訪ねて要望活動を行ない、7月20日には首相官邸で岸田首相との意見交換(昼食会)に44都道府県の議長が出席し、「災害復旧への支援」「地方の公共交通路線の維持」「拉致被害者の早期帰還」「国土強靭化の推進」「大阪万博の支援」「観光振興」「参議院の合区解消」「離島振興」などについて要望しました。

 

 

7月12日、出雲市灘分コミュニティセンターで山王川改修事業の竣工式が行われ、丸山達也島根県知事や飯塚俊之出雲市長など40名が出席しました。山王川は宍道湖西岸の出雲市灘分町の河川(農業用排水路)ですが、断面不足や護岸の老朽化によって小規模な降雨でも農地の湛水被害が発生するため、島根県が平成23年から「山王地区県営農地耕作条件改善事業」として、川幅を2倍に拡張し、護岸整備や橋梁の架け替えなど、令和5年までの12年間に3,097,000千円をかけて事業実施しました。竣工式を主催した山王川等排水対策促進協議会の森脇昭会長は「事業実施を願い出た平成9年から様々な曲折を経て立派な河川整備事業が竣工したことは無上の喜び」と挨拶し、来賓の丸山知事は「長年にわたって事業の進捗に尽力された関係者に感謝する」とし、飯塚市長は「現在進行中の宍道湖西岸土地改良事業とと相俟って、灘分地区の農業が飛躍的な振興・発展を期待している」などと述べました。また、園山繁島根県議会議員は「この事業については、平成11年度に国の補助事業として採択されたが、『平田市の事業費負担が大きい』として事業化に至らず、12年後の平成23年度になって、島根県出雲農林振興センターの星野善樹所長と長岡秀人出雲市長(いずれも当時)の尽力で今日を迎えられたことに感謝する」と事業に至る経緯を紹介しました。

 7月9日、出雲市大社町のうらら館で6月11日に89歳で亡くなった青木幹雄先生のお別れの会が行われました。活発な梅雨前線の活動で大雨警報の発令中でしたが、午後1時30分からの式典には、千家尊祐出雲大社宮司や北島建孝出雲国造をはじめ島根、鳥取両県の知事や国会議員など300人が参列しました。初めに、細田重雄自民党島根県連会長が「県議会の当選同期(昭和42年)の青木、浅野、森山、島田、細田の5人で島根県の政治をけん引したという自負があり、中でも、青木先生は決断力と実行力に長け、ふるさと島根のために尽くした傑出した政治家だった」と式辞を述べ、参列者を代表して、細田博之衆議院議長が「小渕首相の急逝の際、国政の停滞なく政権引き継ぎを果たした功績は政治史に残るものであり、引退後、出雲大社の平成の大遷宮にあたる姿に言行一致の青木さんの生き方を見た」、小渕優子衆議院議員が「親代わりの師を失って悲しみが募るが、政治の途の歩みを進める」などと弔辞を述べました。式典の最後に遺族を代表して青木一彦参議院議員が「義理と人情で70年余を政治の世界で全うした父の一生は政治家冥利に尽きるもので、県民の皆様に心から感謝を申し上げる」と謝辞を述べ、茂木敏充自民党幹事長や加藤勝信厚生労働大臣、西村康稔経済産業大臣など、式典の参列者が順次、祭壇に掲げられた遺影に玉串をささげた後、親交のあった政治関係者や地元の住民など約1,500人の一般参列者が玉串拝礼を行ない、青木先生の遺徳を偲びました。