得意楽器はボキャブラリー -25ページ目

素人にはムリ

昨日の酔っ払い日記に追記しておきたいことがある。

居酒屋に持ち込んだ酒は、寺田本家の香取という酒である。

この酒はかなり変な酒である。
精米歩合90%。
10%しか米を削らないので糠も残っている。

実際、糠くさい。
糠のニオイの後に酸がワーッと広がる。
つまり臭くて酸っぱい。

だけどなんだかウマイ。

しかし一般には不評である。

その店は常連ばかりなので
みんなにも振る舞ったが、誰も美味しいとは言わなかった。

好きで飲んでいる我々でさえも
刺身には全く合わないのが困りモノである。

一体この酒にはどんな食い物が合うんだろうという話になったが
名案は出なかった。

誰かが糠臭いから沢庵がいいだろうというので女将が切ってくれたが
糠臭い同士だから邪魔もしないかわり
ほんとに糠臭いだけで全く引き立てあうこともない。
何も相乗効果がないのであった。


ところで、この酒を売っている酒屋では張り紙がしてあるそうだ。
「素人には無理ですから買わないでください」と。


んなアホなって思う。
大体、玄人と素人の線引きはどこにあるんだ。

しかし、そう書いておかないとクレームの原因になるのだと言う。

確かに、久保田や八海山を飲んでいる人が間違って買って飲んだら
腐っていると思うだろう。



僕の好きな酒のひとつに「旭若松」という酒があるが
非常に濃厚な独特の味わいの酒である。

これを池尻の某日本酒専門店で注文したところ
「お客さん、分かって頼んでるんですよね?」
と怪訝な顔をされた。

おかしな話だが、気持ちは分からないではない。

旭若松といえば、年間45石の日本一小さな蔵と言われている。
そんな希少な酒をその価値を知らない客に飲ませて
文句を言われようものなら、これほどつまらないこともないのである。


話を元に戻す。

この精白90%の純米酒が
うまいかどうかは人それぞれの感じ方次第である。

大事なのはこういう酒を造る人がいることだと思う。
こんな酒を造るのはとても難しいはずであり
しかもその苦労の対価としてできるのは全く売れそうにもない酒である。
商売にならないこんな酒をわざわざ造るのは
よっぽど変わり者の杜氏なのだろうと思うが
一見無駄に見えるような挑戦もする人がいなければ技術は発展しない。

寺田本家は酒造りに対する考え方は
サイトに丁寧に書かれているので興味のある方は見てもらいたい。
http://www.teradahonke.co.jp/

酒蔵は減少の一途を辿っているが
淘汰されるほとんどの蔵は自業自得だろうと思う。
毎年、何も考えず教わったやり方で造り続けても
美味くない酒が急に美味くなるわけではない。


そんなことを伝えたくなったので。


読んでくれた方、ご苦労様でした。
感謝します。

頭痛とカラオケ

今朝目が覚めたときから肩がカチンカチンで頭痛の種があった。

しかし今日はケツカッチンなデスクワークがあり
机に張り付くうちに夕方には頭痛の種は大きくなった。


気になっていたのは今夜の約束である。
色気もなんにもない。
先輩が近所の居酒屋に土産を持参するのに付き合うだけのことなのだが。

自分に暗示をかけ明大前の居酒屋へ向かう。
酒は持ち込みである。
調子よく飲み始めたが同じ酒を3合も飲むと飽きる。
すると忘れてた頭痛が戻ってくる。

夜も浅いし当然のように2軒目へ向かう流れである。
我々にとって飲みたい酒を飲むことは必須なので
先輩の家で飲むかカラオケボックスに持ち込むかという二択。
男二人のカラオケは極めて避けたい選択ながら
今日に限っては酒を飲むことに集中するのは辛いので
カラオケを選択。

こっそり小瓶に酒を詰めて持ち込んで飲んでいると
壁に「持ち込みOK」の貼り紙。

すると先輩は家に戻って酒をもっと持ってくるという。
しかたがないのでヒトリカラオケに興じる。

ふと得点ランキングが気になりだして
いろいろ実験してみる。

案外機械に好評だったのは
内山田洋&クールファイブの「そして神戸」。
93点獲得。
人に誉められた覚えはないが。


そのうち曲により点数がでやすい曲、でにくい曲があることを発見。
「長い夜」は95点でも順位は低く
「2億4千万の瞳」は87点でも順位が高かった。
どちらも機械受けを狙った選曲だったのだが。


まあ、どうでもいい話だな。

バスはまだかな。

時代の扉を開こう。

もう20年近く前の話になるが
ある自民党政治家の選挙事務所に出向していたことがある。
そのとき、一番親切に世話をしてくれた第一秘書が
買収行為で選挙後、逮捕された。

全てはその秘書の独断でやったこととして処理され
その政治家は当選を取り消されることもなく晴れて国会議員を続けていた。

当事者として言えば
秘書個人の独断でこういう行為をすることはまず有り得ない。
もう誰の指示というよりは
暗黙の了解で行われる慣習的な行為に近いと思う。

こうしたことが時々表沙汰になっては
誰かが泥をかぶり、問題の核心には蓋をする。
全てが予定調和の中で行われている気がしてならない。


今回もまた、悪人面の幹事長は悪あがきを続けるのだろう。
そしてマザコンの総理大臣も最後までヨイショを続けるのだろう。


疑惑の政治家は数あれど
自ら潔く身を引く政治家にはなかなかお目にかかれない。

「全ては秘書がやったことではありますが」
「職務を全うすることが私の責任」
等等は、もはや政治家の辞書には必ず載っていると思われる慣用句である。

そして例外なく最終的には辞任に追い込まれるくせに
人間はこんなにも愚かなのかと思うほど、引き際が見苦しい。

そこまでしても守りたいほどオイシイ利権ということなのだろう。


どうせこんなもの。
みんなが薄々そう思っていたはず。

それでも政権交代に少しだけ期待してみた人は多いと思う。


しかし諦めてはいけない。

今朝の朝日新聞の別刷りにマイケル・ムーアのインタビューが載っていた。
「もう21世紀なんだし、僕らは僕らのやり方を見つければいい」

なかなかいいこと言うじゃないか。