火星のタイム・スリップ

- フィリップ K.ディック, 小尾 芙佐
- 火星のタイム・スリップ (ハヤカワ文庫 SF 396)
http://juji.hp.infoseek.co.jp/text/howto00297.htm
沖で待つ
- 絲山 秋子
- 沖で待つ
284.そろそろ新人賞の獲り方を考えてみる・其の八
http://juji.hp.infoseek.co.jp/text/howto00284.htm
296.描写を発見する・其の六
http://juji.hp.infoseek.co.jp/text/howto00296.htm
図書準備室 田中慎弥(新潮2006/07)
【完全ネタバレ全あらすじ】
法事の際、親戚になぜ働かないのかと問われて、三十過ぎて一度も働いたことがない「私」は、子供の頃の思い出を語り始める。
「私」は小学生のころ通学路でしばしば目つきの悪い男と出くわし、見られるたび気味悪く思い顔を背けていた。中学生になってしばらくして、彼が吉岡という名で、自分の中学の国語教師であると知るが、校内で出会っても、なんとなく挨拶できないままの状態が続いた。
「私」は、友人から吉岡が若いころ女性がらみのいざこざで仲間をリンチしたことがあり、そのことが今になって週刊誌の記事になりかけたという噂を聞く。「私」は、戦争中に国のために無私の気持ちで勤労する一方で残酷なリンチを行った吉岡と、平和な現代に吉岡に対して挨拶すらしない無礼な自分とを対比させて考える。
文化祭の日、「私」は図書準備室で偶然吉岡と二人きりになる。長く挨拶しなかった「私」に対して許すかのように優しく微笑む吉岡に対して、「私」は彼を不潔だと思い、「あなたが戦時中に仲間をリンチし、女性を強姦したという噂は本当か」と問い詰めた。
吉岡は仕事をサボって女に会ったという噂のある男に対して、正義感と嫉妬心を感じ、仲間と一緒に無抵抗な彼の性器にミミズ入りの芋団子を塗りつけ、鶏に突付かせた。まもなく戦争が終わったが、被害者は吉岡らを告発せず単に無視した。ところが、二年ほど前にどこからか噂が広がり始め「私」の知るところとなった。吉岡は、戦争は大義があるがリンチは大義がなく、悪いことをしたと反省している、と「私」に言った。その後、吉岡は「私」に声を掛け挨拶するようになったが、「私」は吉岡を無視し続けた。
ふと気付くと「私」の回りにあらかた人がいなくなっており、従兄の小さな娘ひとりが残っていた。自分が戦争に行けと言われたら逃げ出すだろうと「私」が言うと、彼女が、逃げてからどうするのと問う。「私」は、話ならいくらでもできると答えて、再び話し始めるため彼女へ正対した。
【感想】
うーんこれは、あまりおもしろく感じなかったですねえ。このブログではおもしろかったものだけを紹介する方針だったんですが、でも、せっかくがんばって読んだので、なんとかおもしろいところを探してレビューしてみようと思います。
この作品の魅力は、今の大人たちに、いわゆる「現代性」を感じさせるところなんだろうと思います。小説における現代性とは、単に今起こってること、誰もが知っているようなことを示すことではなくて、「大人たちがよくは知らないけど気になってることを既に知ってることと関連付けて示す」っていうテクニックのことなんじゃないかなあと最近思います。
具体的にどういうことかというと、ニート、これはよくわからないけど、何か現代的なものかもしれない、と思ってる人たちがいて、そういう人たちにニートとはこういうものですよ、と言うだけではダメで、そこによく知っている戦争の話を持ち込んで、よく知ってる話と知らない話をひとつのパースペクティブの中に組み込んで見せることによって、ニートに対する遠近感がつかめたような気にさせるってことだと思います。問題は、実際のニートをより深く理解できたかどうかじゃなくて、噂に聞くニートを今までになく間近に見たような感覚を生じせしめるってことであり、それが社会学ならぬ文学の本分なんですね。
そうすると、吉岡がリンチや強姦をしたと追求されるのは、旧日本軍の写し絵かなと思わせたり、彼がリンチしたのが勤労動員をサボる怠け者だったりして、それとニートを対照させて、何が正しいかとか真面目ってどういうことかとかいう社会規範の問題を提起しているのかな、と思わせるそぶりもなかなかうまい感じがしてきます。結局結論は出ないのだけれど、文学は哲学でも道徳教育でもありませんから、読者に何か気掛かりな感じを植えつけることができればそれで成功なわけです。
しかしながら、私はそもそもニートが問題だとも現代的だとも思わないので、この小説をおもしろく感じることができなかったのでしょう。
296.描写を発見する・其の六
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法事の際、親戚になぜ働かないのかと問われて、三十過ぎて一度も働いたことがない「私」は、子供の頃の思い出を語り始める。
「私」は小学生のころ通学路でしばしば目つきの悪い男と出くわし、見られるたび気味悪く思い顔を背けていた。中学生になってしばらくして、彼が吉岡という名で、自分の中学の国語教師であると知るが、校内で出会っても、なんとなく挨拶できないままの状態が続いた。
「私」は、友人から吉岡が若いころ女性がらみのいざこざで仲間をリンチしたことがあり、そのことが今になって週刊誌の記事になりかけたという噂を聞く。「私」は、戦争中に国のために無私の気持ちで勤労する一方で残酷なリンチを行った吉岡と、平和な現代に吉岡に対して挨拶すらしない無礼な自分とを対比させて考える。
文化祭の日、「私」は図書準備室で偶然吉岡と二人きりになる。長く挨拶しなかった「私」に対して許すかのように優しく微笑む吉岡に対して、「私」は彼を不潔だと思い、「あなたが戦時中に仲間をリンチし、女性を強姦したという噂は本当か」と問い詰めた。
吉岡は仕事をサボって女に会ったという噂のある男に対して、正義感と嫉妬心を感じ、仲間と一緒に無抵抗な彼の性器にミミズ入りの芋団子を塗りつけ、鶏に突付かせた。まもなく戦争が終わったが、被害者は吉岡らを告発せず単に無視した。ところが、二年ほど前にどこからか噂が広がり始め「私」の知るところとなった。吉岡は、戦争は大義があるがリンチは大義がなく、悪いことをしたと反省している、と「私」に言った。その後、吉岡は「私」に声を掛け挨拶するようになったが、「私」は吉岡を無視し続けた。
ふと気付くと「私」の回りにあらかた人がいなくなっており、従兄の小さな娘ひとりが残っていた。自分が戦争に行けと言われたら逃げ出すだろうと「私」が言うと、彼女が、逃げてからどうするのと問う。「私」は、話ならいくらでもできると答えて、再び話し始めるため彼女へ正対した。
【感想】
うーんこれは、あまりおもしろく感じなかったですねえ。このブログではおもしろかったものだけを紹介する方針だったんですが、でも、せっかくがんばって読んだので、なんとかおもしろいところを探してレビューしてみようと思います。
この作品の魅力は、今の大人たちに、いわゆる「現代性」を感じさせるところなんだろうと思います。小説における現代性とは、単に今起こってること、誰もが知っているようなことを示すことではなくて、「大人たちがよくは知らないけど気になってることを既に知ってることと関連付けて示す」っていうテクニックのことなんじゃないかなあと最近思います。
具体的にどういうことかというと、ニート、これはよくわからないけど、何か現代的なものかもしれない、と思ってる人たちがいて、そういう人たちにニートとはこういうものですよ、と言うだけではダメで、そこによく知っている戦争の話を持ち込んで、よく知ってる話と知らない話をひとつのパースペクティブの中に組み込んで見せることによって、ニートに対する遠近感がつかめたような気にさせるってことだと思います。問題は、実際のニートをより深く理解できたかどうかじゃなくて、噂に聞くニートを今までになく間近に見たような感覚を生じせしめるってことであり、それが社会学ならぬ文学の本分なんですね。
そうすると、吉岡がリンチや強姦をしたと追求されるのは、旧日本軍の写し絵かなと思わせたり、彼がリンチしたのが勤労動員をサボる怠け者だったりして、それとニートを対照させて、何が正しいかとか真面目ってどういうことかとかいう社会規範の問題を提起しているのかな、と思わせるそぶりもなかなかうまい感じがしてきます。結局結論は出ないのだけれど、文学は哲学でも道徳教育でもありませんから、読者に何か気掛かりな感じを植えつけることができればそれで成功なわけです。
しかしながら、私はそもそもニートが問題だとも現代的だとも思わないので、この小説をおもしろく感じることができなかったのでしょう。
- 田中 慎弥
- 図書準備室
296.描写を発見する・其の六
http://juji.hp.infoseek.co.jp/text/howto00296.htm
その街の今は 柴崎友香(新潮2006/07)
【完全ネタバレ全あらすじ】
大阪生まれ大阪育ちの「わたし」は28歳、会社が倒産して今は喫茶店でウエイトレスのバイトをやっている。大阪の古い写真を集めるのが趣味。冴えない合コンの帰り、良太郎と知り合う。酔っ払って盛り上がり、付き合おうと言い合いメールを交換したらしいが、翌日になると思い出せない。そのまま友人の女性を交えて三人で昼飯を一緒に食う仲になる。その後、以前に付き合っていた鷲沼さんと再会する。彼はすでに別の女性と結婚しているのに、飯でも食おうと「わたし」を誘う。見透かされていると思いつつ、やっぱりとても好みのタイプなので「わたし」は内心迷うが、結局返事のメールは出さない。良太郎に電話しようかと一瞬思うがそれもしない。
【感想】
まずは、良太郎の動きが鈍いのが引っかかります。酔っ払ってはっきり覚えてなくても、自分のタイプかどうかは次に会えばわかるわけです。そしてメールの記録もあるわけです。好きなら当然すぐに次の行動に移るでしょう。男の子なんだし。つまりは、さほど「わたし」を好きではないのだと思います。もっとはっきり言うと、すべて「わたし」の妄想だと仮定してもそれなりに成立する話なんですね。頭の中であれこれ思うだけで、結局何もしない小説なんです。そして、「わたし」が言ってることは、最初から最後まで同じなわけです。いくらいいこと言ってても、ひとつのイメージを切り取るだけならこの五分の一の長さにまとめてほしい、それで十分だと思う。それをここまで長くそれなりに小説っぽく書けるのがすごいということなのかもしれませんが……。
小説というものは、ストーリーがなくても、読者の感情を突き動かし変化させる立体性を持つことができるし、そうであってほしい、と思うのは私の偏狭な思い込みなのでしょうか。
291.描写を発見する・其の一
http://juji.hp.infoseek.co.jp/text/howto00291.htm
大阪生まれ大阪育ちの「わたし」は28歳、会社が倒産して今は喫茶店でウエイトレスのバイトをやっている。大阪の古い写真を集めるのが趣味。冴えない合コンの帰り、良太郎と知り合う。酔っ払って盛り上がり、付き合おうと言い合いメールを交換したらしいが、翌日になると思い出せない。そのまま友人の女性を交えて三人で昼飯を一緒に食う仲になる。その後、以前に付き合っていた鷲沼さんと再会する。彼はすでに別の女性と結婚しているのに、飯でも食おうと「わたし」を誘う。見透かされていると思いつつ、やっぱりとても好みのタイプなので「わたし」は内心迷うが、結局返事のメールは出さない。良太郎に電話しようかと一瞬思うがそれもしない。
【感想】
まずは、良太郎の動きが鈍いのが引っかかります。酔っ払ってはっきり覚えてなくても、自分のタイプかどうかは次に会えばわかるわけです。そしてメールの記録もあるわけです。好きなら当然すぐに次の行動に移るでしょう。男の子なんだし。つまりは、さほど「わたし」を好きではないのだと思います。もっとはっきり言うと、すべて「わたし」の妄想だと仮定してもそれなりに成立する話なんですね。頭の中であれこれ思うだけで、結局何もしない小説なんです。そして、「わたし」が言ってることは、最初から最後まで同じなわけです。いくらいいこと言ってても、ひとつのイメージを切り取るだけならこの五分の一の長さにまとめてほしい、それで十分だと思う。それをここまで長くそれなりに小説っぽく書けるのがすごいということなのかもしれませんが……。
小説というものは、ストーリーがなくても、読者の感情を突き動かし変化させる立体性を持つことができるし、そうであってほしい、と思うのは私の偏狭な思い込みなのでしょうか。
- 柴崎 友香
- その街の今は
291.描写を発見する・其の一
http://juji.hp.infoseek.co.jp/text/howto00291.htm
八月の路上に捨てる 伊藤たかみ(文藝春秋2006/09月特別号)
この作品の欠点は読み進める過程での面白さがないところで、具体的には、主人公の結婚から離婚に至る経緯になんの意外性もない点でしょう。冒頭からほぼ離婚を決意した様子の主人公が振り返る過去は、最初からうまくいきそうにないカップルが、ごく当たりまえに破局していくというものです。なぜ別れたかという現在の視点で整理された過去が語られるため、恋愛から別れに至る過程を読者が追体験できません。にもかかわらず、現在の水城さんとの関係と比べて長く詳細に語られています。この間、読者がストーリーの推移を楽しむことが拒絶されています。
それでも斯界で評価が高いのは、読み終わった後で全体を見通すと、テーマもモチーフも腑に落ちるし、それぞれのモチーフの関係も過不足なくきちんと整理されているからでしょう。しかしその「きちんとさ」は、有能な書評家が、あるストーリーをきちんと評価し要約したものであるかのようです。それは、小説というものをよく知っている人が、読み終わった後に自分の中で作品を再構成し、評価するときのそれと、ほぼ同じものでしょう。そのようなプロパーな読者が安心して評価できる作品なのだと思います。
あるいは、ストーリーではなくて、最初からこの作品のテーマやモチーフに共感できる人にとっては、細かな表現や会話の機微を楽しむことができるでしょう。猫好きの人が、猫を見ているだけで楽しめるように。
この作品はモチーフを手際よく整理して示していて、そこが評価されるところでもあり、若干物足りなく感じられるところでもあるようです。
- 伊藤 たかみ
- 八月の路上に捨てる
人気作家10人が教える新人賞の極意
- 友清 哲
- 人気作家10人が教える新人賞の極意
218.スウェーデン館の謎の謎・其の十七
http://juji.hp.infoseek.co.jp/text/howto00218.htm
小説の基本構成
http://juji.hp.infoseek.co.jp/essay/kihonkosei.htm
スウェーデン館の謎
- 有栖川 有栖
- スウェーデン館の謎
194.スウェーデン館の謎の謎・其の一
http://juji.hp.infoseek.co.jp/text/howto00194.htm
195.スウェーデン館の謎の謎・其の二
http://juji.hp.infoseek.co.jp/text/howto00195.htm
196.スウェーデン館の謎の謎・其の三
http://juji.hp.infoseek.co.jp/text/howto00196.htm
197.スウェーデン館の謎の謎・其の四
http://juji.hp.infoseek.co.jp/text/howto00197.htm
198.スウェーデン館の謎の謎・其の五
http://juji.hp.infoseek.co.jp/text/howto00198.htm
199.スウェーデン館の謎の謎・其の六
http://juji.hp.infoseek.co.jp/text/howto00199.htm
200.トリック――誰よりも君を愛す・其の一
http://juji.hp.infoseek.co.jp/text/howto00200.htm
208.スウェーデン館の謎の謎・其の七
http://juji.hp.infoseek.co.jp/text/howto00208.htm
209.スウェーデン館の謎の謎・其の八
http://juji.hp.infoseek.co.jp/text/howto00209.htm
210.スウェーデン館の謎の謎・其の九
http://juji.hp.infoseek.co.jp/text/howto00210.htm
211.スウェーデン館の謎の謎・其の十
http://juji.hp.infoseek.co.jp/text/howto00211.htm
212.スウェーデン館の謎の謎・其の十一
http://juji.hp.infoseek.co.jp/text/howto00212.htm
213.スウェーデン館の謎の謎・其の十二
http://juji.hp.infoseek.co.jp/text/howto00213.htm
219.スウェーデン館の謎の謎・其の十八
http://juji.hp.infoseek.co.jp/text/howto00219.htm
220.シンプル・ストーリーを考える・其の一
http://juji.hp.infoseek.co.jp/text/howto00220.htm
小説の基本構成
http://juji.hp.infoseek.co.jp/essay/kihonkosei.htm
深くておいしい小説の書き方―ワセダ大学小説教室
- 三田 誠広
- 深くておいしい小説の書き方―ワセダ大学小説教室
124.小説の本丸は構成である・其の参
http://juji.hp.infoseek.co.jp/text/howto00124.htm
170.チェーホフを読む・其の二十六
http://juji.hp.infoseek.co.jp/text/howto00170.htm




