Ju Design 建築設計室 のこんなこと -4ページ目

Ju Design 建築設計室 のこんなこと

あったこと、考えている物事などなど綴ってます。

今年も早いものであと数日となりました。

 

年の瀬にいくつかの仕事が一気に進み、

年内に終わらせることができない状況となっており、

関係される方には申し訳ございませんが、

明日より年末年始の休みに入らせて頂きます。

 

一年間皆様ありがとうございました。

 

今年は息子が誕生したり、オープンハウスをいくつか行ったり、

色々な出会いや刺激を受ける機会が多い年だったと感じます。

来年も楽しい居場所作りができるように努力していき、

新しいことにもチャレンジできるような年になればと思います。

 

また今年竣工した建物の中には、

来年ホームページに上げて行く物件もありますので、

そちらも気にして見て頂けると嬉しいです。

 

 

仕事初めは1月5日を予定しております。

来年も宜しくお願い致します。

良いお年をお迎え下さい。

 

 

 

連続で書きこんでから一月も空いてしまいましたが、

続きの話、明治塾の3回目に行われた講習会について書きたいと思います。

長く空いてしまったのは時間が無かったという言い訳と別に、

訳あってかなり長くなるなという予測が立っていたのがありました。

そのため、心して最後までお付き合い下さい(笑)

(本当に長いので時間がある時にお読み下さい。)

 

 

3回目に登壇された隈研吾氏はライトのことを読み解きながら、

自身へ与えた影響について語られていました。

この日も2回目と同様の200人くらいの様子でした。

ただ、後から色々な人に話をすると、

行きたかったという声を良く聞きますので、

もっと増えていてもおかしくなかったように思います。

得した感じです(笑)

 

隈氏は実は学生の時に一番あこがれていた建築家です。

15年以上前の学生の時に名古屋市美術館で講演されていたのを今でも鮮明に覚えているのですが、

その時は100人くらいで終わった後普通に聞きに来た人と談話されていました。

この講演会でも印象的だったのは自分はこうだからと、

座らずにずっと立って話されていたことでした。

今日本のみに留まらず世界でも

建築界のトップに君臨する一人ですからこういった姿勢も勉強になります。

 

話の内容はライトが自身に与えた影響ということで、

まさに学生の頃に見ていた隈氏の建物が続々と出てくる内容でした。

そして、館長が愛知万博のプロデューサーを下された件に触れていたのでより懐かしく思います。

隈氏の建築の考え方の一つである「負ける建築」、

作らなくていいという考え方が万博には合わなかったと

昔聞いた講演会でおっしゃられていたのを覚えています。

確か「隈研吾読本1999」の中で触れられていたように思いますが、

今話題のVRで仮想空間の中に入り込んで体感するというものでした。

当時はどうやってという感じではありましたが、

その場の情報など自分の欲しい情報がその場で得られるようになるユビキタス社会が提言されてから、

10年立たない間にスマホのようなデバイスが当たり前になったことを思うと、

いかに先見の目が必要かというのがまざまざと感じさせられます。

 

話が逸れてしまいました。。。

 

まず触りで言われていたのは、

コルビュジェは写真写りを重視した建築家で、

ライトは写真より実物を重視していた建築家と簡単に説明されていました。

(コルビュジェは実物もいいんですけどねと前置きありました。)

そのため行くと驚かされることが多くて100物件以上見られているそうです。

(カリフォルニアに行くと沢山あるからそんなに大変じゃないよと、、、)

 

そしてライトは2人の日本人から影響を受けていたこと。

浮世絵師の歌川広重と「茶の本」を書いた岡倉天心。

 

広重からは絵の中で表現されている空間の透明性、レイヤー構造。

岡倉天心の「茶の本」にはやりたかった事が全て書かれていたそうです。

(茶の空間はvoid(無・空)である。)

「茶の本」は学生の時に先生から建築をやるなら必ず読めと言われた本です。

(薄い本ですが難しい内容だった記憶がありますので読み返してみたいと思います。。)

 

また、画家のゴッホが人生で影響を受けた3人にも触れられていたのですが、

その3人はレンブランド、セザンヌ、歌川広重。

それだけ歌川広重の偉大さがあるということを強調されていました。

 

そしてライトの中に広重の透明性が外と内がつながることのヒントになり、

レイヤー構造はそのままスケッチの中に取り込まれていると。

 

ライトを語るのに始まりは藤森氏同様、シカゴ万博でした。

ただ隈氏は歴史家ではないので、

柱・梁が目立たない空間が主役になっていることに注目されていました。

そこに広重の透明性を照らし合わせていたようです。

 

これだけ広重にフィーチャーしているのは当然なのですが、

僕の中でもかなり好きな隈氏の建築、馬頭広重美術館へのつながりでした。

自身が尊敬しているライトが尊敬していた広重と関われることに縁を感じたそうです。

そこで表現されているのがレイヤー構造。

そしてその中に岡倉天心の思想のvoidがエントランス部分に組み込まれていると。

このvoidは町と森をつなぐ穴。

 

実際この建物を10年ほど前に代休を使って一泊弾丸旅行で一人で見に行ったのですが、

まさかの休館で中に入れませんでした。

ただ、建物周りはグルグル回って見ていたのでその時の写真を少し上げておきます。

 

 

場所が栃木の那須で高速を使っても7時間以上かかったので

それから行けていないのですが写真を見ていたらやっぱちゃんと見たい。。。

いつかは必ずリベンジに行きます。

 

この話の中で、今年完成したポートランドの日本庭園の増築の事を話されていました。

シカゴ万博の日本館のイメージなどが強いこともあってか、

現地の方からライト的な空間と言われているそうです。

雑学的になるのですがその時石垣を作る際、

アメリカの法律では石のみの土留めが認められず苦労したとか。

ただ、日本から穴太衆(あのうしゅう)を連れて行ったこともあり、

石のみでないと崩れることを説得して本物の石垣を作ることができたそうです。

 

ここからはライトの建築と隈氏の建築の関係性を話されていました。

 

「 落水荘(カウフマン邸) 」→「 水・ガラス 」・「 lotus house 」

 

「水・ガラス」は熱海にある建物で宿泊ができたように思うのですが、

屋上にある水盤に浮いているガラス張りの部屋が特徴的で、

テレビの撮影とかにも登場していた記憶があります。

水盤の縁がわからないようになっていて、

太平洋とつながっている錯覚を与えています。

これが雨が建物の中を流れる落水荘に通じているとのこと。

「 lotus house 」は長野の山林にある別荘ですが、

水を媒介にして自然と繋がるように設計し、落水荘を意識して作ったそうです。

 

「帝国ホテル」→「宝積寺駅」・「石の美術館」

 

帝国ホテルはスクラッチタイルと大谷石の壁で構成されていますが、

大谷石は栃木産の石で表面がボソボソで影を落として柔らかいイメージを与えるため、

ライトは地場のもので日本的なこの石を採用したそうです。

この後大流行したそうですが、

栃木と言えば、、、そうです、隈氏の建物が沢山あります。

まさに「宝積寺駅」は大谷石を特殊な形に切って積み上げたカタチをしています。

実際は石だけではなくてその間に金属プレートを使って持たせています。

また「石の美術館」では現地の石である芦野石を使っているのですが、

固いイメージの石をルーバーにしたり薄い大理石を使って光を取り込むことで、

柔らかいイメージへ変換されています。

石の美術館は弾丸旅行の際に実際に入ることができたので写真を上げます。

 

 

「ユーソニアンハウス」→

「GC Musium」・「スターバックス(大宰府)」・「ゆすはら(道の駅)」etc

 

「ユーソニアンハウス」・「マリン郡庁舎」→「木橋美術館」

 

ユーソニアンハウス(ジェイコブス邸)は景気が悪い時期に建てられたこともあり、

ローコストで建てることを目的に1feetの木で作れるように設計されました。

この考えが同じ大きさの木を使って作るという木組みの考え方につながったそうです。

「木橋美術館」では木組で作られた橋が美術館になっているのですが、

マリン郡庁舎の考え方がまさにそれであるとのことです。

マリン郡庁舎は規模がものすごく大きいのですが、

町の中に山並みの一部のように横たわっていてその下を道路が通っています。

木組みということで参考に以前ブログに上げてますが「SunnyHills南青山」の写真を上げておきます。

 

サニーヒルズ南青山1

サニーヒルズ南青山3

 

他にも

「グッケンハイム美術館」・「エニス邸」→「チャイナアカデミー」

など話されていましたが話が進むに連れて、

どちらかというと影響を受けたのではなくて共通点を上げられてたので割愛します。

 

最後に質問を受けて話されていたのが話題の「新国立競技場」。

ここで見せたかったのは伝統的な庇の文化で、

日本的なニュートラルな空間を感じてもらいたいとのことでした。

 

また新しいことを実現させるためにはどうしているのかと言う質問では、

職人さんをその気にさせること、相手の言うことを聞くこと、

なぜやらないのかを聞くことが重要だと言われていました。

巨匠でも一人ではできないこと、プロの意見からの気づきを感じさせられます。

僕も対話が重要と思っているので、

そういったところが共感できる要因なのかなと勝手に思いました(笑)

 

ここで僕的に隈氏の建築に感じること。

僕は正直今の建築よりも昔の建築の方が好感を持っています。

もちろん今でもいいなと思う建築があるのですが、

昔の方がシンプルでよりダイレクトに表現されていたように思います。

これは最近近くで建てられている建物から感じているだけかもしれないのと、

マスコミが取り上げる時に使われている木を使う建築家という間違った印象。

僕が惹かれたのは隈氏の建築の代名詞でもある「マテリアルストラクチャ」と「負ける建築」。

素材をうまく取り混んで建築の形に変えていき、

これがまた構造として使われていたりと他の人には真似ができない。

ここには木である必要は全くなくて素材ならなんでもアリです。

また、負ける建築に表される建物をランドマーク的に捉えていない考え方。

この二つが融合しているから隈氏の建物は外と内の曖昧性がすごくよく表現されています。

こういった点は今回痛感したのですがライトに通じていたんですね。

ますます両建築家に興味を持つことができました。

 

長くなりましたがまた内容を詳細に説明してしまいました。

今回の明治塾で聞けた内容は非常に有意義なものでした。

建築家の講演会は何度か拝聴させて頂いていますが、

ここまでブログに書けるような話は正直無かったように思います。

(それはテーマが特殊であるからなのですけどね。)

またこのような講演会があったら参加してブログにアップしたいと思います。

 

 

 

 

早速前回の続きになりますが、

明治塾の講習会について書いていきたいと思います。

 

 

2回目に登壇された藤森照信氏は自身の事は語らず、

フランク・ロイド・ライトについて面白い講義を聞いているような内容でした。

3者ともよかったのですが、一番聞いていて充実したように感じます。

この時から受講者の数は200人くらいになっていたと思います。

 

 

 

ライトの経歴を時系列に並べ、自身の解釈も交えながら分かり易く、

アメリカまで行ってライトに直接学んだ4人の日本人との交流(全員では無いです)から、

直接聞いた人柄、逸話なども語られていました。

 

ライトを簡単にまとめられていたのですが、

「若いころは先端で、晩年は人を惹きつけ、流行に流されず生涯いいものを作り続けた」

これが長く評価され続けている理由であるとのことです。

これはライトに限らず、自分の変わらないモノを持っていて、

細かいところに特徴がある人は生き残っていると言われていました。

 

またライトとコルビュジェの違いとして、

ライトは実物を見た時を大切にしていて、

コルビュジェは写真映えする姿を大切にしていたとのことでした。

もちろんコルビュジェの建物も実物を見た時迫力があるのですが、

ライトの建物は写真では写りきらない魅力があるそうです。

これはなんとなくわかるのですが、

ライトの建築は細部のディテールもさることながら空間の動きがすごい。

外も中も一見するだけではわからず、少しずつ動いた時に見る姿が全く違って見えたりします。

 

ライトは日本に来ていた時など色々と女性関係が複雑なのですが、

施主の奥さんと仲良くなるのが得意だったみたいです。

これは人を惹きつける魅力があるためでそのような行動を演じていたそうです。

そのため女性に限らず周囲の人たちも惹きつけていたようです。

 

ライトの始まりはアーツアンドクラフト運動と重なり、

アールヌーボを使うサリバンのところへライトが行ったところからだそうです。

サリバンがアールヌーボの流線的な装飾をフリーハンドで描いていたのをライトは描くことができず、

それがきっかけで幾何学模様を描くようになったそうです。

 

シカゴ万博の時にサリバンと別れることになるのですが、

そのシカゴ万博はホワイトオースティン運動から全体がギリシャローマ風の建物ばかりだったのですが、

その中にライトの設計した日本館と、サリバンとライトが設計した交通館の2つだけが違った見た目をしていました。

このことがホワイトオースティン運動をしていた町民たちの反発を買い、

アーツアンドクラフト運動をつぶそうとし、サリバンは仕事が無くなってしまったそうです。

 

この時に設計した日本館がライトの設計スタイルの原点になります。

日本館は平等院鳳凰堂を模して作られました。

ここで間仕切や縁側、軒によって連続性を持つ日本建築の平面に興味を持ちます。

 

ライトはこれをきっかけに日本で住宅の依頼を受けて日本に来ることになったそうです。

ライトが日本建築を模した建物は日本館以外にもあり、

コンティチャーチでは日光東照宮の平面計画をそのまま利用していたそうです。

ここでは一つの屋根の下に棟を2つに分けて空間の流動性を取り入れたとのこと。

また柱とガラスのラインをずらしてそれまで柱で分断されていた窓を連続的につなげることで、

外とのつながりを作ることを初めてしたと自負していたのですが、

この考え方は日本では当たり前のように雨戸など縁側の外側にあるものとして使われていた。

日本の雨戸はライトの事務所にいたアントニン・レーモンドが絶賛していたみたいです。

 

このガラス面をずらす納まりは、話を聞いて知ったのですが帝国ホテルでも使われていました。

 

 

 

そしてライトの特徴でもある壁面のモールですが日本の真壁がルーツだそうです。

欧米ではレンガ造りのためそれまではあまり見られなかったとのこと。

 

 

また、ライトはこのモールを角に付けていないのですが、

それは連続性を大切にして壁と天井などがつながっていくように見えるようにしているためだそうです。

 

ロビン邸では日本の軒を取り入れ、

また平面計画では十字スタイルを採用して日本的な考え方を展開します。

この建物がプレーリースタイル(平原に建つ)の非対称と直線の建築スタイルを作りあげたそうです。

 

ライトはこれらの図面を平面的に読み解いた本を当時先端だったドイツで出版し、

それまで装飾や外観などでデザインをしていた考え方に衝撃を与えたそうです。

そしてその図面の中でのエレベーションでは木などを抽象的に書いて浮世絵のレイヤー表現を模したそうです。

ライトは浮世絵の収集家であったことからもそうなんだと思いますよね。

この本に特に影響を受けたのがグロピウスだったそうで、バウハウスがこの後生まれています。

 

その後もライトは装飾性を捨てず、古臭くも感じられたがスタイルを確立していきました。

そして日本に戻ってきてプレーリースタイルで自由学園を作り、

六甲にある山邑邸(現ヨドコウ迎賓館)ではプレーリースタイルを捨てて縦に積み上げた住宅を建築していきます。

山邑邸は行ったことがありますが帝国ホテルに近いフォルムをしていながら山の中にあるので圧巻です。

 

 

これらからライトの建築は日本建築から多大な影響を受け、

そのスタイルを世界に広め、今のモダニズム建築の礎を築いていったそうです。

このようなつながりは正直初耳でした。

 

藤森氏は最後に建築をする人へコメントを残していました。

「どこがいいのかを言語化しておく、汚くてもスケッチする。」

いいこと悪いことが言語化できなければ敗北と言われていました。

常に自身の建築を評価し続けていると感じました。

 

 

講演で話していた貴重な内容をほとんど載せてしまいました(笑)

やはり長くなってしまったので一回ずつ紹介していきたいと思います。

次回もお付き合い宜しくお願いします!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

建築界の巨匠フランク・ロイド・ライトの生誕150周年を記念して、

明治村で1か月に一回づつ3回に渡って行われていた明治塾を受講しましたので覚え書きします。

 

 

1回目が写真家として以外にも様々な分野で活躍される現代美術家の杉本博司氏。

2回目が中部エリアで最近話題になっているラ・コリーナやモザイクタイルミュージアムなど、

独特の世界観のある建物を設計されている建築家の藤森照信氏。

3回目が世界でも活躍し、新国立競技場の設計を手掛けられている建築家の隈研吾氏。

それぞれ日本を代表する方々が講師として登壇されました。

なかなか聞くことができない方々でしたので案内を見た直後に申込みをしました。

講演はフランク・ロイド・ライトについてがテーマでしたが内容は三者三様でした。

 

1回目の杉本氏は告知が短かったのか受講者が30名程度。

大御所の講演会でこの人数は驚きました。

 

 

また、メールの事前案内で会場が三重県庁舎とアナウンスがあり、

三重でやるの??と一瞬戸惑いましたが良く考えたら明治村内の建物でした。

 

 

杉本氏の講演は自身の活動についてでした。

ニューヨークのグッゲンハイム美術館をボカシて撮影した作品から、

実際にグッゲンハイム美術館で舞台演出を行った

伝統芸能の野村萬斎氏との三番叟の話などが切り口で、

自身の世界観についてや、芸術についての考え方などを話されていました。

メインは現在建設していて講演時の2週間後にオープンする

「ODAWARA ART FOUNDATION」(江之浦測候所)の話でした。

この建物は海外では紙面などで発表していたのですが、

日本ではこの講演会で初めて公開するとのことでした。

この建物は杉本氏が立ち上げた小田原財団が10年かけて作り上げた美術館です。

古典回帰を意識して古代人の見た景色がどんな風景だったのかを考え、

太陽の動きを計算して日の入る角度を決められていたり、

5000年先の姿を想像して作った建物でした。

その中には根津美術館の建替えの際に不要になった門を移築したり、

利休の待庵を模して、そこにあった小屋の廃材を利用して作った茶室「雨聴天」などが建設されています。

メインのギャラリーではライトが帝国ホテルで使っていた大谷石を使用していました。

大谷石は比較的柔らかくて耐候性に弱く帝国ホテルの補修でも苦労されていると聞いていた石なので、

朽ちていってカタチとして何が残るかというのがテーマな建物なのだと思いました。

 

杉本氏の話はあまりライトについて語られている内容ではありませんでしたが、

現代芸術はよくわからないとか、

言い訳が必要とかザックバランな内容で聞いていて面白かったです。

一流の芸術家の考え方を感じることができました。

 

全ての回を一度に書くと長くなりそうなので、

2~3回に分けて書きたいと思います。

ということで次回に続きます。

 

 

 

先月の10月28日、29日の2日間、

扶桑町にてn邸(ONe -オネ- )のオープンハウスを開催しました。

 

 

先週の日曜日に来た台風が今年最後と言われていながらこの週末も台風22号が接近。

土曜日と日曜日の午前中はなんとか本降りにはなりませんでしたが、

日曜日の午後に最接近して雨風が激しい中での開催となりました。

 

そんな中でも多くの方がお越し下さいまして大変励みになりました。

あまり外観を見ることができなかったと思いますので晴れた日の外観を上げて行きます。

 

 

n-邸は平屋の住宅で一部にロフトがあり、

ロフトに面した吹抜けを持つ部分とそれ以外の部分の2種類の屋根面で構成されています。

 

 

高架道路のすぐ脇にあるので屋根の形が良くわかります。

と言うのもこの高架道路があるために、そこから閉じるような形を作りました。

 

 

そのため高架道路側から見るとあまり開いた外観をしていません。

 

 

反対側から見ると全く違った外観をしています。

 

 

夜はお施主様と一緒に植えて作った植栽の小島をライトアップしています。

 

中に入ると小物を置くスペースや本棚などが多くあるので、

オープンハウスの時は家にある物を集めていろいろと並べてみました。

 

 

玄関に入ると前にブログに上げていた手作りの棚が壁に埋め込まれていて、

棚の一部の背面がガラスになっています。

このガラスは以前建っていた建物の建具に使われていた型板ガラスを利用しました。

告知の際、工事中の写真を何枚か上げていて、

その中にこのガラスをさりげなく入れていたのですが、

それを見て気になって来てくれた方がいたので嬉しかったです。

 

余談ですが、写真に写っている汚らしいレッドアンドブルーチェアとYチェアは自作です。

そんなものも暇を見つけては作っています(笑)

そしてその横の白い物体はこの棚に入るn-邸の模型が欲しいなと思い、

1/200モデルをスタイロを削って作りました。(こちらはお施主様へプレゼント)

 

 

外観から見た時に高くなっていた部分の中は、

LDKの吹抜けとロフトになっていて、ロフトへ向かって天井(すぐ屋根)が傾斜しています。

この天井は角度が直角ではなく微妙にズレているので、

仕上げ面の位置や細部の納まりが2次元の図面だけでは読み解くのが難しく、

施工中は職人さん泣かせの傾斜でした。

 

見学に来られた方の中でガルバリウムの屋根は暑い、

雨音がうるさいと思っていた方が何人かお見えでしたが、

この日は丁度雨が降っていたので音がしないことは体感してもらえたようです。

そして暑さはちゃんと断熱して空気層を作ればしのげますのでご安心下さい。

 

 

ロフトの下の壁にはリバーストーンタイルが貼られています。

これは山小屋のような雰囲気を作りたいという希望から採用しました。

 

 

石が積まれた中に合板のトンネルがあって、その先が水廻りになっています。

 

 

ロフトは本棚と物を置くスペースがあり、

少し休憩をすることができる広さで、基本的には物置です。

オープンハウス中は模型や物件のパネルを並べていたので、

見学されている方と座ってお話ししたりさせて頂きました。

 

 

ロフトからはLDKを見渡せるのと結構居心地が良くて、

皆さん上がられるとすぐには下りて来ませんでした。

 

奥の方はキッチンとダイニングになっています。

キッチンは対面を希望される場合が多く、

このお宅でも初めは対面で計画していたのですが、

途中でLDKを少しでも広く使えるようにと壁付けにして、

ダイニングテーブルを造付けにしてカウンターのようにしました。

結構この使い方は有効だと思っています。

ダイニングテーブルの周りにはなにやら変わったものがありますが、

それらは写真ができあがりましたらホームページでアップしていきたいと思います。

 

 

オープンハウスが終わると雨は止んで星空が浮かんでいました。

もう少し早く上がってくれていればと思いましたが、

そんな中でも多くの方にお越し頂きまして本当にありがとうございました。

天候が非常に悪かったので来場を断念された方もいらっしゃいましたが、

お気にかけて頂きありがとうございました。

またこのような機会を設けられるように努力していきます。

 

 

今回、足元の悪い中お越し頂いた方に感謝の気持ちを込めて、

竣工写真が出来上がってホームページにアップするまでの間、

私自身で撮った写真をホームページで限定公開致します。

パスワードを記載したハガキを送らせて頂きましたので、

トップページにある限定ページへ進んで入力してみてください。

数日待っても届かないという方は、

お手数ですが問合せかメールにてご連絡下さい。

 

今後ともJu Design 建築設計室を宜しくお願い致します。