フランク・ロイド・ライト生誕150周年 明治塾 その3 | Ju Design 建築設計室 のこんなこと

Ju Design 建築設計室 のこんなこと

あったこと、考えている物事などなど綴ってます。

連続で書きこんでから一月も空いてしまいましたが、

続きの話、明治塾の3回目に行われた講習会について書きたいと思います。

長く空いてしまったのは時間が無かったという言い訳と別に、

訳あってかなり長くなるなという予測が立っていたのがありました。

そのため、心して最後までお付き合い下さい(笑)

(本当に長いので時間がある時にお読み下さい。)

 

 

3回目に登壇された隈研吾氏はライトのことを読み解きながら、

自身へ与えた影響について語られていました。

この日も2回目と同様の200人くらいの様子でした。

ただ、後から色々な人に話をすると、

行きたかったという声を良く聞きますので、

もっと増えていてもおかしくなかったように思います。

得した感じです(笑)

 

隈氏は実は学生の時に一番あこがれていた建築家です。

15年以上前の学生の時に名古屋市美術館で講演されていたのを今でも鮮明に覚えているのですが、

その時は100人くらいで終わった後普通に聞きに来た人と談話されていました。

この講演会でも印象的だったのは自分はこうだからと、

座らずにずっと立って話されていたことでした。

今日本のみに留まらず世界でも

建築界のトップに君臨する一人ですからこういった姿勢も勉強になります。

 

話の内容はライトが自身に与えた影響ということで、

まさに学生の頃に見ていた隈氏の建物が続々と出てくる内容でした。

そして、館長が愛知万博のプロデューサーを下された件に触れていたのでより懐かしく思います。

隈氏の建築の考え方の一つである「負ける建築」、

作らなくていいという考え方が万博には合わなかったと

昔聞いた講演会でおっしゃられていたのを覚えています。

確か「隈研吾読本1999」の中で触れられていたように思いますが、

今話題のVRで仮想空間の中に入り込んで体感するというものでした。

当時はどうやってという感じではありましたが、

その場の情報など自分の欲しい情報がその場で得られるようになるユビキタス社会が提言されてから、

10年立たない間にスマホのようなデバイスが当たり前になったことを思うと、

いかに先見の目が必要かというのがまざまざと感じさせられます。

 

話が逸れてしまいました。。。

 

まず触りで言われていたのは、

コルビュジェは写真写りを重視した建築家で、

ライトは写真より実物を重視していた建築家と簡単に説明されていました。

(コルビュジェは実物もいいんですけどねと前置きありました。)

そのため行くと驚かされることが多くて100物件以上見られているそうです。

(カリフォルニアに行くと沢山あるからそんなに大変じゃないよと、、、)

 

そしてライトは2人の日本人から影響を受けていたこと。

浮世絵師の歌川広重と「茶の本」を書いた岡倉天心。

 

広重からは絵の中で表現されている空間の透明性、レイヤー構造。

岡倉天心の「茶の本」にはやりたかった事が全て書かれていたそうです。

(茶の空間はvoid(無・空)である。)

「茶の本」は学生の時に先生から建築をやるなら必ず読めと言われた本です。

(薄い本ですが難しい内容だった記憶がありますので読み返してみたいと思います。。)

 

また、画家のゴッホが人生で影響を受けた3人にも触れられていたのですが、

その3人はレンブランド、セザンヌ、歌川広重。

それだけ歌川広重の偉大さがあるということを強調されていました。

 

そしてライトの中に広重の透明性が外と内がつながることのヒントになり、

レイヤー構造はそのままスケッチの中に取り込まれていると。

 

ライトを語るのに始まりは藤森氏同様、シカゴ万博でした。

ただ隈氏は歴史家ではないので、

柱・梁が目立たない空間が主役になっていることに注目されていました。

そこに広重の透明性を照らし合わせていたようです。

 

これだけ広重にフィーチャーしているのは当然なのですが、

僕の中でもかなり好きな隈氏の建築、馬頭広重美術館へのつながりでした。

自身が尊敬しているライトが尊敬していた広重と関われることに縁を感じたそうです。

そこで表現されているのがレイヤー構造。

そしてその中に岡倉天心の思想のvoidがエントランス部分に組み込まれていると。

このvoidは町と森をつなぐ穴。

 

実際この建物を10年ほど前に代休を使って一泊弾丸旅行で一人で見に行ったのですが、

まさかの休館で中に入れませんでした。

ただ、建物周りはグルグル回って見ていたのでその時の写真を少し上げておきます。

 

 

場所が栃木の那須で高速を使っても7時間以上かかったので

それから行けていないのですが写真を見ていたらやっぱちゃんと見たい。。。

いつかは必ずリベンジに行きます。

 

この話の中で、今年完成したポートランドの日本庭園の増築の事を話されていました。

シカゴ万博の日本館のイメージなどが強いこともあってか、

現地の方からライト的な空間と言われているそうです。

雑学的になるのですがその時石垣を作る際、

アメリカの法律では石のみの土留めが認められず苦労したとか。

ただ、日本から穴太衆(あのうしゅう)を連れて行ったこともあり、

石のみでないと崩れることを説得して本物の石垣を作ることができたそうです。

 

ここからはライトの建築と隈氏の建築の関係性を話されていました。

 

「 落水荘(カウフマン邸) 」→「 水・ガラス 」・「 lotus house 」

 

「水・ガラス」は熱海にある建物で宿泊ができたように思うのですが、

屋上にある水盤に浮いているガラス張りの部屋が特徴的で、

テレビの撮影とかにも登場していた記憶があります。

水盤の縁がわからないようになっていて、

太平洋とつながっている錯覚を与えています。

これが雨が建物の中を流れる落水荘に通じているとのこと。

「 lotus house 」は長野の山林にある別荘ですが、

水を媒介にして自然と繋がるように設計し、落水荘を意識して作ったそうです。

 

「帝国ホテル」→「宝積寺駅」・「石の美術館」

 

帝国ホテルはスクラッチタイルと大谷石の壁で構成されていますが、

大谷石は栃木産の石で表面がボソボソで影を落として柔らかいイメージを与えるため、

ライトは地場のもので日本的なこの石を採用したそうです。

この後大流行したそうですが、

栃木と言えば、、、そうです、隈氏の建物が沢山あります。

まさに「宝積寺駅」は大谷石を特殊な形に切って積み上げたカタチをしています。

実際は石だけではなくてその間に金属プレートを使って持たせています。

また「石の美術館」では現地の石である芦野石を使っているのですが、

固いイメージの石をルーバーにしたり薄い大理石を使って光を取り込むことで、

柔らかいイメージへ変換されています。

石の美術館は弾丸旅行の際に実際に入ることができたので写真を上げます。

 

 

「ユーソニアンハウス」→

「GC Musium」・「スターバックス(大宰府)」・「ゆすはら(道の駅)」etc

 

「ユーソニアンハウス」・「マリン郡庁舎」→「木橋美術館」

 

ユーソニアンハウス(ジェイコブス邸)は景気が悪い時期に建てられたこともあり、

ローコストで建てることを目的に1feetの木で作れるように設計されました。

この考えが同じ大きさの木を使って作るという木組みの考え方につながったそうです。

「木橋美術館」では木組で作られた橋が美術館になっているのですが、

マリン郡庁舎の考え方がまさにそれであるとのことです。

マリン郡庁舎は規模がものすごく大きいのですが、

町の中に山並みの一部のように横たわっていてその下を道路が通っています。

木組みということで参考に以前ブログに上げてますが「SunnyHills南青山」の写真を上げておきます。

 

サニーヒルズ南青山1

サニーヒルズ南青山3

 

他にも

「グッケンハイム美術館」・「エニス邸」→「チャイナアカデミー」

など話されていましたが話が進むに連れて、

どちらかというと影響を受けたのではなくて共通点を上げられてたので割愛します。

 

最後に質問を受けて話されていたのが話題の「新国立競技場」。

ここで見せたかったのは伝統的な庇の文化で、

日本的なニュートラルな空間を感じてもらいたいとのことでした。

 

また新しいことを実現させるためにはどうしているのかと言う質問では、

職人さんをその気にさせること、相手の言うことを聞くこと、

なぜやらないのかを聞くことが重要だと言われていました。

巨匠でも一人ではできないこと、プロの意見からの気づきを感じさせられます。

僕も対話が重要と思っているので、

そういったところが共感できる要因なのかなと勝手に思いました(笑)

 

ここで僕的に隈氏の建築に感じること。

僕は正直今の建築よりも昔の建築の方が好感を持っています。

もちろん今でもいいなと思う建築があるのですが、

昔の方がシンプルでよりダイレクトに表現されていたように思います。

これは最近近くで建てられている建物から感じているだけかもしれないのと、

マスコミが取り上げる時に使われている木を使う建築家という間違った印象。

僕が惹かれたのは隈氏の建築の代名詞でもある「マテリアルストラクチャ」と「負ける建築」。

素材をうまく取り混んで建築の形に変えていき、

これがまた構造として使われていたりと他の人には真似ができない。

ここには木である必要は全くなくて素材ならなんでもアリです。

また、負ける建築に表される建物をランドマーク的に捉えていない考え方。

この二つが融合しているから隈氏の建物は外と内の曖昧性がすごくよく表現されています。

こういった点は今回痛感したのですがライトに通じていたんですね。

ますます両建築家に興味を持つことができました。

 

長くなりましたがまた内容を詳細に説明してしまいました。

今回の明治塾で聞けた内容は非常に有意義なものでした。

建築家の講演会は何度か拝聴させて頂いていますが、

ここまでブログに書けるような話は正直無かったように思います。

(それはテーマが特殊であるからなのですけどね。)

またこのような講演会があったら参加してブログにアップしたいと思います。