夜は乱高下(こんな学習塾に通わせたい!)

夜は乱高下(こんな学習塾に通わせたい!)

世の中に学習塾は数多けれど、これ!といったのが少なくて…
教育界に長年いるこの私が、これ!といった学習塾を、あなたにご紹介いたしましょう。「夜は乱高下」と共に…。

またまた教育委員会のイヤなニュースが。

 

某都道府県の教育委員会が、生徒にわいせつ行為をし続けた教師を5年間も放置し続けたという話。

被害者の両親から告発を受けて発覚したそうです。
もし告発がなかったら、たぶん永久に放置してたのでしょう。

 

もう腐り切っています。

自分の所に火の粉が降って来なければ、被害者がどーなろうが知ったこっちゃないのですね。

これが現在の公教育を掌る人たちのおこないです。

だから親からのクレームなんかで問題にされるのがイヤなので、子供を甘え倒させます。

 

小学校なんか、中学校のように高校進学のための評定つけるなんてことがないので、理不尽保護者がつけあがってバンバンワケのわからんクレーム言ってくるゆえ、とにかく問題にならぬように子供を甘やかし倒します。

 

だから中学校へいくと、先生の対応や勉強の難しさなど途端に色々な事が変わるので、イヤになって不登校になる子が多いのですね。

教育は百年の計。

日本国公教育の罪はメチャクチャ大きいです。

どの世界にも居ますよねぇ。

 

その本質を見るのではなく、

規模の大小や有名度で物事を測る人。

まあ逆に言えば、その人の価値観が「規模の大小、有名度」なのでしょうけどね。

 

これ、塾選びでやってしまうと、ちょっと大変な事になります。

TV宣伝での有名度や合格実績で決めてしまうとかいう人。

ま、そんな人多いんですけどね。

 

自分がその一員になれる、と思うんでしょうね。

偏差値が50以下、つまり平均以下の人。

 

そんなワケないです!

月謝くんになってしまうだけ。

 

弱小零細個人塾をハナから無視してる人。

あるいはバカにしてしまってる人。

 

たぶん、あなたがバカなのだと思います

 

野球チーム(特に小中学生の硬式野球チーム)が、

選手が集まらずドンドン潰れていってるそうです。

これ、少子化の影響か?
ま、それもあるでしょうけどね。

でも、すごく集まって1学年が30名超えてる所もあるんですよ。

何が違うのかな???

 

答えは簡単。

ちゃんと運営しないから、です。

当事者意識を持って、選手ファーストに考え、大人たちがちゃんと運営しているチームには、選手は集まっています。

 

逆に大人たちが自分のプライドや感情だけに走っていて、子供や保護者は二の次というチーム。

全くダメですね。従来ならそれでも人は集まったのでしょうけど、今はそう甘くない。だって子供いないもん。

 

でもこれ、塾でも一緒です。

いや、倒産する会社も一緒、ですわね。

要は大人がアホなんですわ。

ある知り合いの「野球塾」塾長と飲んでました。

 

曰く。

「野球塾でもね、伸びる選手には共通点があるのよ。絶対に欠かせない要素が「情熱」と「向上心」やな。

ありきたりに聞こえるかもしれんけど、「野球が好き」、「今よりも上手くなりたい」という気持ちが強い選手は

放っといても成長するねん。」

おいおい、それってウチの学習塾でもよく言うてる事やがな。

やる気のあるヤツだけ来てくれ。

やる気スイッチは、見つけてあげることはできるけど、入れてはあげられんよ

 

「ありゃ乱高下さん、そりゃそうでしょ。

だってどっちも人のやる事、やがな。」
そーなんだわねぇ…。


「最近は「自主性自主性」ってよく言うて、自主性のある選手は上達し、指導者は選手の自主性を育む教え方や接し方が重要なんて言うけどね、オレが実際に選手たちを指導して感じるのは、

情熱や向上心があれば、指導者が多くの言葉をかけなくても選手は自主的に動くって事。成長する選手は野球塾で「上手くなるヒントをつかみたい」、「限られた時間の中で1球でも多く打ちたい」という姿勢が表れて、自宅に帰れば当たり前のように自主練習してるよ。

次に来た時見たら、ああ、コイツ家でやってるな、ってすぐわかるもん。」

おいおい、これもまさしく学習塾と一緒やがな。

 

学業なんて、所詮は大人になるための修業のひとつでしかないのです。ある意味野球もそうかも。

基本的な情熱や向上心があるなら、野球でも勉強でも、自分のやることには一定のレベル以上の情熱や向上心を求めるはずです。

 

やる気スイッチを自分で入れられる子。

できれば自分で見つけられる子。

まさしく「情熱」と「向上心」があれば、勝手にやるのです。

親御さんは、それを植え付けてやれば、それで役割は終わりと考えてもいいんじゃあないでしょうか。
 

そりゃあね

「子育て」なんて人類で一番の大仕事ですよ。

なんたって、ひとりの人間を一人前に育て上げなきゃならんのですもん。

しかも未経験者が、いきなりひとりの人生を背負うのです。

これでうまくいく方が不思議。

昔はオジイやオバアが同居してたから、かなり助かったと思うんだけど、今じゃねぇ…。

 

同じ親から生まれた兄弟でも、性格は全然違うって言うけど

そんなん当り前じゃないの。違う人間なんだから

親と子なんてもっと違いますよ。

考え方やモノの見方も全く違って当たり前でしょ。

だから、その子その子に合ったやり方をしないと、ひとり目で上手くいったからって、どーしようもないの。

でも、だからこそ、親の責任は重大なのです。

親がシッカリしないと、

子供は間違いなくバカになります。

甘ったれてる、自立できない子供って、絶対親の責任です

親を見て子は育つ。

子は親の鏡。

 

しっかりしろよ!親。

昔は殴ってでも、という指導がありましたが、いまは少しキツイ言葉を投げただけで、すぐナントカ「ハラスメント」になってしまいます。

そうなると、いや、そうならなくてもかな。

野球の指導者もそうですし、教師だってそうですが、講師(学校・塾)ができることは単なるアドバイス

それしかありません。
生徒の人生や考えを変えることはほとんどできません。結果としてできる場合もありますが、ほぼできません。

単なるアドバイザーです。責任もありません。
見ていてまずいことになるぞと思ったらアドバイスする。でないと、その生徒が高確率で失敗すると思うからです。
無視はできませんので、アドバイスをします。

が、最終的な選択は自身で行うべきです。だってその人の人生なのです。
講師がその人の人生にやたらと立ち入るわけにはいきません。

自分はこうやって生きるのだと思って呑気に生きておられる。そういう生徒に対して、失敗すると思うけどねとアドバイスする。
これは講師としてではなく、

人生の先輩として行います。

が、無理やりに方向転換を迫ることはしません。
というか、してはなりません。

方向転換するよう強制するなら、

その後の人生までその先生は責任が取れるのかという問題が常にあります。

塾の先生の場合、長くても3年程度しか一緒にいられないのです。
すべて彼らの自由意志です。強制はできません。できるのはアドバイスのみ。

保護者も生徒本人も呑気な人生を生きるのだと決めて、そのとおりに生きているのであればそれでいいのです。
もしかしたら彼らのほうが成功するかもしれません。

保護者にはもう成人した大人ですので何も言いませんが、生徒は未成年で未熟ですから、一応アドバイスはします。
データも示します。エヴィデンスがあれば示します。

でも、最終的に呑気であれば、幸せになればいいなぁと生温かく見守るしかできません。

アドバイスも一度きりです。

AUDの話を聞きました。
AUD=アルコール使用症、またはアルコール使用障害。

アル中の一歩手前。

 

だいたいお酒って、麻薬なんですよね。

私も大好きだけど、麻薬と思っているので適量で止める。もちろん運転なんて絶対しない(したら犯罪じゃない(笑))。

自分でコントロールできてるからまだいいかなって思っています。

しかし、ここで言いたのはスマホです。

ゲームやYouTube。

自分で自分をコントロールできないようなのは、やはり「麻薬」と考えるべし。

 

麻薬を子供に使わせているのでしょうか?

そうなんですよ。

だって自分でコントロールできないんだもん。エエ歳こいたオッサンオバハンでも。

 

スマホは、アル中と一緒と言ってたけど、これからは麻薬中毒と一緒と言ってあげましょう。

こう言うと身も蓋もないという感じですが、

結局のところ学業の成績なんて、精神的に自立した行動すりゃあ勝手に上がっていくのです。


これはスポーツでも一緒です。


上がらない原因は、

すべて精神的に自立してない=甘えてる、から。

素質があっても甘えた精神があるなら、絶対どこかで甘えてしまうので、間違いなく成績は伸びません。

これもスポーツでも一緒です。

身体は中学生でも、精神が幼稚園だと他の仲間の行動についていけるわけがないのです。

ゆえに、

目先の勉強法やウソくさい実績などだけで
・成績が上がります
という風に宣伝している塾というのは、まず信用できません。

 

そうじゃなく、まず自立した行動をさせる、あるいは子供をまるで自分のペットのように育てている保護者に自立の大切さを説いて、そうさせるように促す塾の方が
「あの塾に通ってよかった」
「を学べてよかった」
となって、また来てくれたり、紹介をしてくれたりして生き残れるチャンスが生まれるです。

つまり、

その子に何がしかの変化を起こさせるのですね。

前向きなよい方向の変化を「成長」と呼びます。

 

実際私のところは、卒塾した子の弟や妹が来たり、ずっと以前に退塾されたりした方の紹介で入ってきた生徒も多くいます。


私のところが考えているのは
「その子が塾をやめたとき、またウチを紹介してくたり、自分の子どもを通わせたりする塾」です。

 



 

明けましておめでとうございます。

今年もお読みいただきやすく、しかも読みごたえのあるようなブログを書いていきたく思っております。

宜しくお願い申し上げます。

さて、今朝のTV番組で、
2025年が「AIエージェント」が本格的に普及し始める転換点である

というようなことをやっていました。

確かに、文章だけでなく動画とかも全てAIで作れるようになってきたのですね。

論文もAI。それどころか面接や電話の応対や、お店の予約までAIがすべてやってくれるという。

 

じゃあ一体、人間ってなにするんでしょう?

そのTVでは、余った時間で人間は楽しめばいいと言っていましたが、果たして本当に楽しめるのでしょうか???

なんか、ドンドン人間がアホになっていくような気がする。

それでなくても、スマホの出現でアホなやつらが爆発的に増えてるのに。

30年後のこの世界が楽しみです。

わたしゃもう生きてないと思うけど。