夜は乱高下(こんな学習塾に通わせたい!)

夜は乱高下(こんな学習塾に通わせたい!)

世の中に学習塾は数多けれど、これ!といったのが少なくて…
教育界に長年いるこの私が、これ!といった学習塾を、あなたにご紹介いたしましょう。「夜は乱高下」と共に…。

こう言うと身も蓋もないという感じですが、

結局のところ学業の成績なんて、精神的に自立した行動すりゃあ勝手に上がっていくのです。


これはスポーツでも一緒です。


上がらない原因は、

すべて精神的に自立してない=甘えてる、から。

素質があっても甘えた精神があるなら、絶対どこかで甘えてしまうので、間違いなく成績は伸びません。

これもスポーツでも一緒です。

身体は中学生でも、精神が幼稚園だと他の仲間の行動についていけるわけがないのです。

ゆえに、

目先の勉強法やウソくさい実績などだけで
・成績が上がります
という風に宣伝している塾というのは、まず信用できません。

 

そうじゃなく、まず自立した行動をさせる、あるいは子供をまるで自分のペットのように育てている保護者に自立の大切さを説いて、そうさせるように促す塾の方が
「あの塾に通ってよかった」
「を学べてよかった」
となって、また来てくれたり、紹介をしてくれたりして生き残れるチャンスが生まれるです。

つまり、

その子に何がしかの変化を起こさせるのですね。

前向きなよい方向の変化を「成長」と呼びます。

 

実際私のところは、卒塾した子の弟や妹が来たり、ずっと以前に退塾されたりした方の紹介で入ってきた生徒も多くいます。


私のところが考えているのは
「その子が塾をやめたとき、またウチを紹介してくたり、自分の子どもを通わせたりする塾」です。

 



 

明けましておめでとうございます。

今年もお読みいただきやすく、しかも読みごたえのあるようなブログを書いていきたく思っております。

宜しくお願い申し上げます。

さて、今朝のTV番組で、
2025年が「AIエージェント」が本格的に普及し始める転換点である

というようなことをやっていました。

確かに、文章だけでなく動画とかも全てAIで作れるようになってきたのですね。

論文もAI。それどころか面接や電話の応対や、お店の予約までAIがすべてやってくれるという。

 

じゃあ一体、人間ってなにするんでしょう?

そのTVでは、余った時間で人間は楽しめばいいと言っていましたが、果たして本当に楽しめるのでしょうか???

なんか、ドンドン人間がアホになっていくような気がする。

それでなくても、スマホの出現でアホなやつらが爆発的に増えてるのに。

30年後のこの世界が楽しみです。

わたしゃもう生きてないと思うけど。

状態や行動が生産的な方向に変わること。

これを「成長」とか「改善」という表現をします。

 

ガキンチョって結構保守的(要は頭がカタイ)なんですよね。

それは、背景がないから

「変化の仕方を知らない」あるいは

「変化という事自体を知らない」

のですね。

変化=成長させようと思ったら
「意識させる」=「興味を持たせる」。

ちょっとした意識の変化で、その時間の濃さが違ってくるのです。
お寿司屋に行くと、お寿司を握っている人に興味が湧けば、

魚の捌き方を見ます。じっくり観察するといった方がいいかもしれません。
また、別のお店に行って料理をしているとき、魚を捌いているのを意識してみます。


意識すること、興味を持つこと、によって今まで回りでさらりと流していた経験がすべて勉強に変わります。

「なぜこんな風になっているのか?」と考えるだけでもう充分、学びの対象になるのです。


何でもそうですが、「何々しなさい」と強制したりしちゃうと、もう伸びは期待できなくなります。

短期的に言うと「恐怖」や「支配」にやっては伸ばすことができます。が、そこから解放されたらもうやりません。

ただし、放っておいてもやりませんよ。
だから「見守る」がとても大事で、アカンなと思ったら、

時には厳しい言葉や恐さを与える事も必要

になってきます。

 

でもね、それは信頼関係があってこそのこと。

まずは信頼関係が大事なのは当たり前。人と人の営みですよ。

相手は機械じゃないんだから。

そこをはき違えてる教師や講師、ちょっと多いぞ。

 精神的な自立ってとっても大事で、自立してる事してない子の差って、ハッキリ言って「目的意識の差」です。


例えば、
▼数学の問題集、このページからこのページまでを終わらせよう
▼数学のこの分野の勉強の、基礎をしっかり復習しよう
 といった具合に、

目的がはっきりしている状態になってから初めて「よし、じゃあこの目的を達成するために頑張ろう! 」と考えるのです。


「自分は何をするべきなのか」をはっきりさせることができる人間というのは、結果を出し、目的を達成でき、当意即妙な返しのできる「頭のいい」人なのです。デキる子は、これが優れているのです。


「このページからこのページを終わらせよう」と考えている状態だと、達成されるべきことが明確なので、進捗がどれくらいなのかがすぐわかります。

「10ページか。もう2ページは終わらせたかったな、明日はもっと頑張らなきゃ」と、次につながるようになるのです。

 

目的というのは、いわば全ての「ゴール」です。カーナビでいうのならば「目的地」。目的地がしっかりしていない状態で車を運転していても、近所はぐるぐる回れるのですがいつまでたってもどこにも行けません。

 そして目的がしっかりすれば、自分に足りないものを補えます

もし目的達成のために暗記が必要なのであれば暗記をすればいい、思考力を鍛えたほうがいいのであれば思考が鍛えられるような問題を解けばいい、表現力を磨いたほうがいいのであれば作文をやればいい。

 「頭がいい」というふうに見えている人というのは全て、先天的に全部を才能として得ていたということではなく、目的を定め、そのために努力して必要なことを身につけているだけの話なのです。

それでは、どうすれば「正しい目的設定のできる頭のいい人間」になれるかと言えば、

これは「慣れ」ではないかと。

目的設定というのは、何度も設定することで自然と磨かれていくものなのではないか、と。

 例えば勉強について、初めはどんな目的を定めればいいかわかりませんよね?でもその中に

「とりあえずわかりやすくて具体的にするために、目的の設計に数字を入れてみよう」

と考えると一歩前に進めます。

実は私、元々はとんでもなくアホでした。

周囲から可哀想って思われるくらい。

 

ところがですね、高校1年のある時、ひょんな事に気がついたのです。「あ、こういうことか!」って。

それからの大変化でした。

 

これ、社会で生きていく上で少しでも向上を目指すなら、大概なものに通じますよね。

「何かに気がつくこと」

数学の問題解くのなんてまさにそう。
 

例えば、塾の集客。

「お客様を「集める」という意識のままでは絶対に失敗する。そうじゃなく、「集まる」のだ」って言った人がいました。

私だけど(笑)。

この、お客様を「集める」のではなく、「集まる」という発想は気がついた人にはとても大きな学びです。

技術で人を「集める」のではなく、
良いものをつくって人が「集まる」ようにするのが大事だということですね。
多くの塾では、いろいろな広告宣伝を行なっておられると思います。チラシを折り込んだり、ホームページを作ったり。
しかしそれは単なるツールに過ぎず、集客の本質ではありません。繰り返しますが、まずは中身ありきなのです。


ところが人を「集める」発想においては、あたかもこのツールのほうが重要であるかのように考えて(思い込んで)しまいます。
「どうやってお客を“集め”ようか」と。
順番が違うんですよね。


物事に向き合う本質的な視点。
「生徒が“集め”られずに困っている……」
アホか、なんですわ。

まあこの問題、どこでもありそうなんですけどね。

 

月謝の回収が滞る。つまり期日までに支払って貰えない、ということ。

 

他塾の回収方法を聞いていると、だいたいが

・リース会社などの回収代行(いわゆる引き落とし)

・クレジット払い

・月謝袋で現金

このどれかの組み合わせという感じでした。

 

しかし、引き落としでも口座におカネが不足していると引き落とせないし、クレジット契約してないお客もいるし、現金なんて払わなけりゃそのまま。

 

ほんと腹立つんですよ。

支払うべきものを支払わない。

でも自分のスマホ代や遊興費は払ってるんです。とんでもない保護者。

そもそも、おカネは社会の血液なんですよ。

栄養分を運ぶんだし、流れを止めたら死にます。

エエ歳して、そんな事もわからないバカ親かい、と言いたい。

 

保護者さんからしても「また催促の連絡がきた! しつこい!」
「お金、お金ばっかり!」と感じられるかもしれません。
結局は、未入金が原因で信頼関係が破綻し、お互いがいやな思いをするのです。

別の言い方をすれば、未入金さえ出さなければ、
そもそも起きない問題だと考えることもできるわけで、
信頼関係も築けたままです。

さて当塾は、こういう場合でも生徒に催促します。

生徒自身が受益者だからです。自分でちゃんと払ってくれるよう、親に催促せい!と。

それが教育ってもんでしょう。

 

そして、期限までに払いがなかった場合、

IDを止めて出入り禁止にします。

涙を呑んで、ね

前月27日が期限なので、今まで滞りはありません。

1回だけ出入り禁止にしました。そこは日本人ではなく、

かの悪名高き赤い国の人でした。

それ以来その赤い国由来の人にはとても警戒します。血液なので停められては困るゆえ、仕方ありません。

いやホント、これも教育の一環なのですよ。

経済活動ゆえ当たり前の話です。

 

ウチに見学に来られる塾経営志望者の方々からの質問には、必ずこの質問があります。

 

「チラシって、効果あるんすか???」

 

まあ確かに新聞購読率ってかなり落ちてるから、折込はもう意味がなくなってる。

じゃあポスティング?

めんどくさいし、業者に頼んでも高いだけ。

見られるけど読まれない。すぐごみ箱直行じゃないっすか…。

そうですかねぇ。

それはそういうチラシしか作ってないからでしょ。

 

ホームページなどは、相手が求めないと見てくれませんよ。

それには、やはりまず知ってもらわねば

そしてこちらから能動的に知ってもらうよう働きかけるには、やはりチラシなのですよ。

チラシに大きな期待をかけてはいけません。そんなはずないもん。ただ知って貰えたらそれでいいのですよ。

そしてチラシ見て、「あれ、ここなんか面白そう」とか、

「この塾長さん(或いは責任者、講師)に会ってみたいな」

そう思わせたらそのチラシは大成功です

 

もちろんホームページとの相乗効果は狙わねばなりませんよ。ホームページに詳しい情報はあるのですから。そんなの基本的な「戦術」です。

チラシからホームページへ誘導するのですね。

 

画一的な、チラシ屋が作ったチラシで人が集まるなら、そんなラクな事はありません。

 

そして、絶対なのは、自分で配る。

自分で苦労して、自分でチラシに愛情をこめてポスティングするのです。

 

自分で考えて工夫せーよ!

 

ある塾業界の重鎮が、先日こんな事を言っていました。

 

「子供は、いや人間は、困らないと自分から何かしようとしない生きものです。 困らなければする必要がないから。

だから、子供は困らせなければなりません。」

教育界でも著名な方がこういう事を言っていいのか?とちょっとハラハラしましたが、もうずいぶん前から言いたかったのを、

昨今のええかっこしい評論家やええかっこしいエセ教育者、ええかっこしいマスコミのせいで

全然言えなかったらしいですね。

 

この先生、こうも言っていました。

ルールを守れないなんて言うのは、要は言葉を理解しようとしない、というか、友好的にコミュニティーで共同生活をしていこうとしない、という事ですから、これでは皆が困るので、もう痛みで分かってもらうしかない。 

暴力と指導を一緒にしないでほしい。

これもなかなか過激ですね。でもホントの事。

暴力と指導を一緒にするな。その目的は大いに違うものです。

 

暴力って、自分の我欲を通すためにするもの。

指導は、まさしく道を指し示し教え導くもの。

その手段としてときには手を出す、という事はあり得る事と。

 

何が何でも手を出すことは悪い?

冗談ではありません。

そんな事言ってるから、こんな

日本になったんじゃない!

 

少子化に加え、通塾率さえどんどん下がっている傾向があります。

それは、高校が入りやすくなっているから

選ばなければ、誰でも入れるようになっているからです。

では、学習塾は、そういう逆境の中でどうやって生き残っていきましょうか?

 

私はとくに小学生の「学習塾」は

必ずしも「教科学習」にこだわる必要はなかろうと思っています。

 

現に「算国理社」のほか、「英語・英会話」はもとより

「そろばん」や「習字」を指導している学習塾はいくらでもありますし、「速読」や「プログラミング」、

その他のいわゆる「能力開発関連講座」を取り扱っている学習塾も少なくありません。

「塾」を教科学習の支援のための「学習塾」と限定してしまえば、少子化にしたがって通塾者の数も減っていきます。

 

が、そうせずに、

子どもの成長を支援する

「総合塾」と把握しなおして間口を広げていけば、習い事をキッカケに入塾したあとから併せて「算国理社」も勉強したいと申し出てくる子どもたちも出てくることでしょう。

 

こちらが意識をちょっと変えるだけで

通塾者は間違いなく増えていくと私は考えています。

少子化の激しい地域では

「学習塾」以上に激しい勢いで「習い事」の塾が減っています。

 

地域貢献という意味でもお役に立てるのではないでしょうか。

多くの保護者が陥りがちな勘違いに、

「塾に通わせてさえいれば自然と成績は伸びるだろう」

「塾にお任せすればなんとかしてくれるはず」

というものがあります。

まず保護者の皆さんにお願いしたいのは、

「塾は通わせるだけでは効果が出ない。家庭が積極的に関わってこそ成績が伸びる」という現実を受け止めていただくことです。

そしてそのために、塾のシステムをしっかりと理解してほしいのです。

まずは担当ではなくても塾の先生と会話をする機会を持ち、宿題や授業の方針などについて理解を深めてください。授業でのつまずきを解消するには、先生との会話が必要不可欠です。
保護者会や面談は、ただ参加して話を聞くだけの場ではありません。子どもの塾での様子や、塾が今後どんな方針で進めていくのかを把握する絶好の機会です。成績が安定して伸びているご家庭ほど、この機会を積極的に活用し、先生に具体的な質問を投げかけている印象があります。

 保護者会に参加していないと、

「今、自分の子が何をすればいいのか」

「このままの進度で大丈夫か」

といった情報が曖昧なままになります。
「うちの子は成績があまり良くないから……」と、塾に対して遠慮しがちな保護者の方がいます。しかし、塾は成績の良い子だけを歓迎しているわけではありません。

むしろ、成績の良い子は放っておいても成績が良いのです。

成績が伸び悩んでいる子どもの家庭ほど、積極的に相談に来てほしいと考えています。

 実際、私が塾長をしている塾も、成績が伸び悩んでいる子どもの家庭が熱心に相談に来てくれたことで、短期間で劇的に改善できたケースは数えきれません。

ま、ちゃんと関心持って、過保護にならぬようにして見守るこってすな。