回廊を行く――重複障害者の生活と意見 -34ページ目

ギュスターヴ・モロー

 モローの絵画展があったので見に行きました。小規模のものと思っていたら、四十数点の作品があり、堪能しました。やはり画集で見るのとは違い、細密に隅々まで描き込まれていると思っていたら、そうでもなく、周辺の人物の顔などは大胆に省略してこともあるのがわかりました。立体派のカンディンスキーなどがモローの影響を受けているというのが、よくわからなかったのが今回その部分を見て得心が行きました。

 それにしても聖書とギリシア神話に材をとることで一貫しているのには圧倒されました。日本的な花鳥風月とはまったく違うそれは、画家としての修業法の違いによるのでしょうか? 日本にも合戦絵というものはありますが、絵画史的には傍流のように感じられるのに対し、ヨーロッパではレオナルドやミケランジェロの昔から神話・伝説がメインの題材であったようですから。

 しかしそれらの中でもモローは「文学的にすぎる」と批判されたといいますから、描写や構図に意味をこめることが多かったのだと思います。絵画展の解説にもありましたが、モローの母親が聴覚障害者だったので、その母にも理解できるように説明的な画風になったのでしょう。こよなく愛した母親とのコミュニケーションで、音声が使いにくかったモローが、それに代えて画風を知らず知らずのうちに文学的・説明的にしていったというのは、私にはよく理解できます。

 ヨーロッパ旅行の経験のない私は、行くとしても呼吸障害の条件から一ヶ所滞在型にならざるを得ませんが、もし行けるならパリにして、モローの旧宅であるモロー美術館で何日かをすごしたいと思ったものです。

障害者支援とボランティア

 多くの障害者には支援が必要です。24時間ずっと支援が必要という場合もあるし、ある特定の場合に必要ということもあります。後者は例えば視覚障害者の外出時のガイド・ヘルパーや、聴覚障害者が講演会を聞くときの要約筆記や手話による通訳。

 今後どういう場合に支援費が支給されるかなどには不案内なのですが、支援の担い手への報酬は大きな問題でしょう。一般的にいって、ボランティアが当てにされすぎるということは強調すべきだと思います。国や自治体の障害者施策のプランを見ると、低廉な支出で行なおうという姿勢が見えてきます。支援の専門家を養成するというより、ちょっとの訓練で一通りのことを教えた人々を低報酬で使おうとしています。無料ではないが、こういうのはボランティア頼みと言われてもやむ得ないでしょう。

 終了した愛知の万博を見に行った聴覚障害者が、会場で手話通訳を依頼すると無給のボランティアで、仕方ないと要約筆記者を依頼すると、これも役に立たなかったという話が載っているサイトがありました。

 一方で支援者の側も技能を向上させ、且つはふさわしい報酬を得なければならない。そのために組織を作って料金などを規定すると、ボランティアになれたユーザの方からクレームがつく。

 あちらこちらである話でしょうが、ボランティアを増やし、その技能を向上させ、そして十分な報酬を受け取れるようにする妙手はないものでしょうか? 下手をするとマイナスのスパイラルになりそうで心配です。

テレビのCM

 最近のテレビCMには気になるものがある。とくにドラマを見ている場合だが、ドラマ中の人物、ひどい時には複数のそれが、そのドラマに挿入されるCMに登場しているのである。一瞬、ドラマがまだ続いているのかと錯覚することもある。苦情はないのだろうか?

 常例のCMでドラマとCMの主演タレントが同じというくらいならまだよいが、どうもドラマを当て込んだらしい配役のCMというのもこの間あった。制作陣は鼻高々だろうが、むしろ当て込んだ根性が卑しく感じられる。

 そういえばCM自体が多くなっているような感じもする。放送と本体の時間比率に昔はルールがあったはずだが、あれはなくなったのだろうか? 検索しても個々のCMの情報ばかりなので、ウィキペディアの「コマーシャル」の項を見ても、CMの単位は15秒といったことだけで、時間の比率についての記述は見当たらなかった。

 
民放テレビが放送されるようになったほとんど最初から見ているが、その頃は番組の初めと終わり、及び15分か20分に一度CMが入り、その他は画面の下にテロップが出るくらいだった。もっともこれは曖昧な記憶なので、何か資料があるといいと思う。そのうち、1番組に1スポンサーだったのが、相乗りが常識となり、さらに00分ではなく、54分に番組が変わるようになった。これは60分に入れられるCMの時間と、54分(つまり90%か?)に入れられるCM時間とが同じであるから、6分を独立させて、その6分にさらにCMをつけたのだと聞いたことがある。

 まるであの悪名高い巨人と江川の「空白の一日」のような話だが、ともかくこれが事実であれば、CMの時間比率のルールは少なくともあったことになる。6分の番組は、測ったことはないがCMの時間が半分以上に感じられる。54分から00分までは、規制緩和の特区なのかもしれない。

 しかし、CMがドラマの続きのようなのは詐欺に近いが、よく言われるようにCMは下手なドラマより金もかかっているし面白いのも事実である。CMをCMとわかっていて見せられるのは、必ずしも不快ではない。CMはCMであると堂々と名乗って出てくればよい。つまり画面の隅にCMであることの表示を出すルールを作ればよいと思うのだが、どうであろうか。
 

Rosenthal

ローゼンタール

東京オリンピック

 またぞろ東京にオリンピックを誘致するのだそうだ。この書き方でわかるように、私はオリンピックというものには好意的でない。とくに今度はあの石原知事が熱心で、対抗の福岡市についても早速例の調子の悪態をついているので、ますます否定的になっている。

 1964年の東京オリンピックと1970年の大阪万博が、その後の日本に与えた影響は一般に考えられるより大きいと思う。あの二つがなければ、その後のバブルとその終焉も、あれほどではなかったのではないか。オリンピックと万博の時代に成長した人々が、バブルの時代を動かした実動力だったのだから。

 東京オリンピックの年に大学を卒業して社会に出た人の、バブルの頃の年齢は大体40歳の半ばから終わり頃。大阪万博の年に大学を出た人は、バブルの頃は大体40歳前後。言うならば働き盛りで、いろいろな条件の違いはあるだろうが、大ざっぱに言って前者は部長クラス、後者は課長クラスで、企画部門のリーダーと実働部隊のリーダーというところだったのではないか。

 オリンピックと万博といえば、とにかくにぎやかなイベントがよしとされ、バランスシートは棚上げされて「大きいことはいいこと」の時代だった。社会に出たとたんにそれに巻き込まれ、そのことを刷り込まれた人々が、バブルの時にもっとも活動的な年代と地位にあり、なるべく大きくなるべく派手にと行動して、破綻したバブルの傷跡を大きくした、というのが私の考えである。

 今でもその影響から脱していない典型例が小泉純一郎氏。1942年1月の生まれで東京オリンピックの時はまさしく22歳。大学入学が2年遅れ、ロンドンへの遊学もあるのでその年に社会に出たわけではないが、ひたすら劇場的演技に没頭して、実質的なものをあまり感じさせないあたり、時代精神をよく表した人物だと思う。そして、そういう人物に支持を与えたあたり、日本そのものがまだオリンピックと万博の後遺症の中にある。この傷跡はどれだけのものになろうかと案じられる。東京にオリンピックが又来るとしたら、新しい傷跡が癒える頃だろうか。

 大阪オリンピックが幸い消えたと思ったら、今度は東京オリンピック。勘弁して欲しいという所以はこういうものである。

アメリカって

 アメリカといえば障害者にはまず何よりも「障害をもつアメリカ人法」(ADA)。理想に近い障害者法といわれ、事実出現時にはあれほど包括的なものはなかった。ADAができて現実はどうであるかというと、障害当事者がアメリカに何年か住んでからの評価が欲しいところだが、今のところそういうのは見当たらない。ADA制定の動機も、障害者が社会に進出することによる経済的プラス(労働力になる+自分で稼ぐから福祉的供与が減る)を狙ったものというが、それはそういうものでかまわないと思う。いずれにせよアメリカ人の平等=フェアを愛する心に疑問はもてない・・・
 ところが今回のハリケーンの惨状を聞くと、それが怪しくなってきた。いや、災害被害と障害者は直接関係はないが、移動手段をもたぬ人々に避難を呼びかけるだけでほったらかしというのは、ADAの理念とはあまりにも遠い。ひょっとしたらアメリカ人にとって、障害者差別や人種差別は悪だとしても、貧困者差別は悪とは言い切れないのではないかと思う。現今はやりの「グローバル」にしても、改革とか規制緩和にしても、その要素がある。ADAにも能力のある障害者に稼いでもらうという一面があるのは否めない。
 差別の問題を別の社会から論じるのは難しい。今度のテキサスを襲う「リタ」に対して、当局の備えは「カトリーナ」よりよほどましなようだが、これには教訓を得たからという以外にも、テキサスの、それも被害が予想される地域の白人の、有産の白人の比率が高いという理由があるんじゃないかと、ちょっと疑ってみる気にもなる。

介護体験のカムアウト

 先日学会に出て、親が障害をもっていることを子供が周囲にカムアウトすることについての話が出ました。いろいろな場合があるでしょうが、理想を言えば隠さず公にして、支援も受け、情報も交換するというのがいいですね。もちろん、そんなに簡単なものじゃないのはわかっています。

 ただ、親の介護、親の老化ということでしたら、もう少しオープンにされてもいいのではないでしょうか。いろんな問題を、人に言えないで悩むケースが多いようですが、障害に比べても老化は必ず来るものですから、隠す必要は少ないでしょう。私自身が両親の介護に悩んだこともあるので、今ではその経験をどんどん話し、自分の親を今後どうするかの方針を決めるのに参考にされることもあります。家内も同じようにしていて、体験を聞くだけでずいぶん楽になる人もいるようです。

 親が年取っていく様は、決して隠さねばならないことではないと思います。

 

Re:飛行機と呼吸障害

 下の記事は http://ameblo.jp/public/blogcomment.do へのトラックバックのつもりでした。
システムがよくわからないのですが、あて先のblogには梗概が、こちらには本文が出るのですね。
あて先が自動的に入ると思っていましたが、そうでもなさそうなので書いておきます。

飛行機と呼吸障害

 はじめまして。
 飛行機は障害をもつものにも便利だと書かれていますが、私のblogでおわかりのように、私には呼吸障害があるので常に酸素ボンベを手放せません。で、このボンベの持込で飛行機利用の際はいろいろ面倒なようです。たしかに危険物には違いないので、アメリカなど一切禁止だとか。日本では航空会社ないし酸素ボンベを扱う会社によるとか。いろいろ情報があって、正確なところがわかりません。これでは外国旅行が考えられませんので、情報が欲しいです。直接聞けばいいのでしょうが、目下行きたい目的地がはっきりしているわけでないので、聞きそびれている状態です。
 映画の鈴木正順監督がカンヌ映画祭に出席し、いつも離さぬ酸素ボンベをとって挨拶したというニュースがあるので、何とか海外に出られるのたしかなようですが。
 どこの会社の方かわかりませんが、よろしくお願いします。

ボンベ携帯の通勤

 前に書いたように障害には「見てわかる障害、わからぬ障害」があります。私の場合の呼吸障害は酸素ボンベを携帯し、そこからカニューレと称するビニールのパイプを出して鼻の穴に入れるですから、「見てわかる障害」の最たるものの一つでしょう。杖や車椅子に比べると、いささかみっともよくないものでもあります。
 私の障害に呼吸障害が加わったのは2002年の夏ですが、その夏の終わりには通勤を再開し、家内の車にも助けられながら、従来どおりのバスと電車を基本としていました。とくに帰りは時間の調整も困難なことから、ほとんどバスと電車でした。ごく短時間のバスは別として、30分足らずの電車の中は、通勤時ではありましたが、つかまるところを確保すれば、立っていても何とかなりました。しかし半分近くは席を譲られたので、喜んで座らせて貰いました。他にもある障害とは別に、杖をついた時期もありましたが、それに比べて「見てわかる障害」というのは便利なものだなと思ったものです。杖に比べると酸素ボンベとカニューラは、見慣れないだけにはるかに思い障害の印象を与えたのかもしれません。
 席を譲られたのは半分近くと書きましたが、もう少し正確に言うと、朝の通勤だと4割くらいで、帰りは6割くらいでした。混んでいたのは朝ですが。実は呼吸障害だと、これはあるいは私の特殊条件かもしれませんが、立っているのは、しっかりつかまるところがある限り、そう辛いものではありません。それでも座るほうが楽ですし、それに人前で席を譲るのは勇気のいることですから、それをくじいてはならないというわけで、次の駅で降りるのでもない限り「ありがとうございます」を忘れないように言って、座らせてもらっていました。
 いわゆるシルバー・シートにところに行けばよかったと考えられる方もあるでしょうが、私はそちらには行かないようにしていました。その理由は、まずシルバーシートに座っている人で年配の人は必要があるから座っているので、その前に私のような者が現れると愉快でない。次に若い人だと、初めからシルバー・シートの意義は無視している、もしくは無視しようとしている・・・言わば「確信犯」的に座っているので、そばに行っても譲られる可能性が少ない。譲るときも不機嫌そうで、一般席の場合の善意からというのとは違うからです。
 それにしても定年まで一年半。よくこの状態で頑張ったものと思います。お世話をかけた職場の方々、そして往路の半分近くを送ってくれた家内に、改めて感謝の念を感じます。