回廊を行く――重複障害者の生活と意見 -23ページ目

補助具のジレンマ

前押し式

前押し式

引きずり式


引きずり式


 何回か書いていますが、私は呼吸不全のために常に酸素が必要で、外出の際は図のいずれかのようなキャスターでボンベを運んでいます。これらと鼻に入れるカニューラとを透明なチューブでつなぐわけです。


 名称はいずれも私が仮につけたものですが、上の「前押し式」は文字通り前に押して進むもので、スーパーの買い物車を考えてくださればよいでしょう。実際に地方で大型スーパーに行ったとき、大きな買い物車があったので、それまで使っていた「引きずり式」そのものをその買い物車に乗せて行動するとひどく楽だったので、酸素を供給してくれる会社に尋ねたところ、前押し式もあるということなので購入したのです。酸素が必要になった際に配られたカタログにはこの式のキャスターがなかったのは、選択肢を教えなかったということで、いささか疑問です。


 それまで使っていたのは「引きずり式」だけだったわけですが、これは女性がよく持っている2輪の買い物車と同じで片手で引きずりながら歩くものです。定年までの2年足らずは、これで通勤もしていましたが、その後やはり老化もあるので楽なものが欲しくなっています。


 「前押し式」のメリットは疲れたときには身体を預けることもできる点で、息が上がった場合でもこのキャスターなら相当の間歩き続けられます。デメリットは重いことで自重3.8kg、ボンベが1.2kgですから合計5kgになります。階段を上るのは困難としてエスカレータやエレベータを利用せざるを得ません。なるべくエレベータがいいのですが、やむなくエスカレータを使うとしても、下りのエスカレータがない場合は手でぶら下げて運ぶしかない。これは相当ハードで、できるなら避けたいところです。バスもノンステップ式でないと乗りにくい。またサイズも大きいので、車に乗せると納まりにくい。新幹線でも座席の前には納められません。加えて、車輪が小さいことから、砂や砂利の道は非常に通りにくいものです。


 「引きずり式」のメリットは何よりも軽いことで、自重が1.1kgですからボンベとあわせて2.3kg。この程度なら1階分くらいなら階段も上がれますし、下りだともう少し頑張れます。サイズも小さいので乗用車でも膝の前に置けます。引っ張るということから、多少道が悪くても影響が少ない。デメリットは、これが大きいのですが、息切れの場合支えにならない上に引っ張るのにエネルギーが必要なことで、調子がよくないときには休み休みにしか行動できません。

 

 最近は「前押し式」が基本で、車に乗るときはボンベをはずし、キャスターのみ後のトランクに入れるなどの工夫をしています。もちろん乗り降りの際に手間がかかるわけです。電車や地下鉄ではどうしてもエスカレータが必要ですが、重い車付きのものを持っているととくに下りのエスカレータがこわく、今日はある会合があったので、おのおの1時間足らずのバスを2コース乗り継ぐつもりでしたが、雨だったので取りやめました。


 実は福祉用具の会社とコンタクトして、「前押し式」を可能な限り軽くコンパクトにしようとしていて、ある程度のデザインも考えてもらっているのですが、1台のみのことですと継ぎ金具など適当な部品が既製品に見つからないと費用的に大変なのでなかなか進捗しません。こういう福祉用具の改造を廉価で引き受けるところがあるといいのですが、予算削減にしか目を向けようとしない最近の福祉行政に期待はしにくいでしょう。



☆☆人気blogランキングへ  ☆☆☆
  ↑(クリックお願いします)↑


美しい国かこわい国かーー言うべきことと言うべからざること

 専門家というものは原則的にその専門分野での業績で評価され、他のことで失点があっても、犯罪ででもなければ抹殺されることはありません。必ずしも全人的な評価は必要ではないでしょう。しかし政治家は専門家ではないので、あらゆる面で監視され評価されます。発言(公的と私的とを問わず)の内容やタイミングについてもその例に洩れません。とくにタイミングを選ぶのはセンスといえばよいでしょうか、必須の能力であることは疑いありません。


 仮に内容は従来からの主張を繰り返したものであっても、そのTPOによって他への波及度が歴然と違うので、今回の安倍首相の「任期中に改憲したい」という発言など、一体何を考えているのかと思います。とくにこれは英紙と米テレビとのインタビューでも発言であるところが重大で、「日本の核兵器所持を議論すべき」という与党の中川政調会長の米での発言とあいまって、諸外国から日本の政治路線変更と見られることになってもおかしくありません。


 それでも中川氏の場合は、まず日本で発言し、ついでアメリカでも繰り返しのですから、発言そのものにセンスがない点は同断としても、外国メディアが先でないところがごくわずかですが「まし」というものですが、安倍氏の場合は首相就任後国内では少なくとも「任期中に」とまではいっていないはずで、まず外国に向けて表明したことになります。国内発言では外国で報道されるかどうか不確定だ、とまで考えたのであるかはわかりませんが。重大事の発信を外国優先にすることに対して保守派の論壇は不問に付すのかどうか、興味があるというものです。


 なお、報道によれば英紙と米テレビのインタビューは個別に行われたそうで、当たり前ならば官房長官あたりがチェックして、二つ目のインタビューではトーンを落とすように進言すべきところだったでしょう。目下の首相官邸は、補佐官の頭数は増えたかもしれませんが、内実は福田・細田・安倍の官房長官のいた小泉内閣時代のそれより、政治的センスは格段に低下しているようです。ただし、両インタビューのニュアンスがまったく同じであったかどうかは、今後の報道に待つしかありませんが。


 核兵器所持が云々されている最中に、憲法の改正を、それも9条の改正を急ぎたいと発言したということが、近隣諸国をはじめとする諸外国にどういうインパクトを与えるか。それを判断する能力が首相以下の官邸にはなかったということでしょうか。これは能力以前、センスの問題です。「美しい国」を目指しているはずの首相は、実は日本を「こわい国」だと、諸外国に認知させようとしているのです。日本の過去の行動や首相自身の出自もあいまって、隣国の軍備拡大に対して多大な口実を与えることになるでしょう。

 こういう場面を見て感じるのは、やはり二世政治家を一人歩きさせるのは危険だということです。まず子供時代は父親や祖父の片寄ったイデオロギーを叩き込まれる。成人後も発言をとがめられることは少ない。一方で父や祖父が攻撃されるのを見ていて、反対意見に対しての見方が過大視と矮小視の両極端を行き来することになっている。これでは「こんなことを公然と言えるなんて、なんとオレには勇気があるんだ」式の気質の持ち主になることは容易に想像されます。以上はもちろん安倍氏についてのみのことではありません。余談ですが、親や祖父が攻撃された経験は小泉氏の場合はまずなかったので、この点が小泉・安倍の両者の気質をいささか違うものとしているようですね。


 ともあれ、愛国に向かって邁進すべき人が、実は亡国に向かっているとしか思えません。昔北杜夫氏の『ドクトル・マンボウ』で読んだセリフが頭をよぎります。元々の出典もあるのでしょうが知りませんが、それは、「同志よ、勝利の日は近い」。


委員会・審議会・諮問会議(補遺)

 「教育再生会議」が始まったようですが、委員に京都市の教育委員会教育長が加わっています。このテーマで書いたとき大きな都府県とその府県庁所在市のホームページで教育委員について検索したのですが、京都市と神戸市のものでは記載がありませんでした。それぞれにメールで問い合わせをしたところ、神戸市よりは折り返しお返事をうかがえましたが、京都市からはなしの礫です。もっとも京都市の場合は教育委員会関係のメール・アドレスが記載されておらず、たどっていくと「市長へのご意見」といった欄からのメールのみ可能でしたので、そこに出しましたから、教育委員会に達するとしても、まだということはありうるでしょう。


 いずれにせよ、教育委員会のメンバーを公開せず、市全体とその外部の情報の交換が円滑でない市の教育長が、教育再生会議に加わっていることは銘記したいと思います。この再生会議は審議を公開しないとか伝えられていますが、もしそれが事実であれば、なるほどこんな委員もいるからなと納得させられるのでは、国民はたまったものではないでしょう。


 また、最近自殺事件で名の出た教育委員会も検索してみました。北海道教育委員会および滝川市教育委員会は最低線的な氏名と任期は公開しています。北海道の場合ちょっと珍しいなと思ったのは、各委員の居住している市の名も出ていることです。なるほど北海道は広大だからなと思うと同時に、だからこそ肩書きや略歴、業績も公開すべきなのにと思いました。


 もう一つの筑前町教育委員は単独のホームページは持っていないようです。そこで筑前町のホームページからたどってみても、教育委員名についてはみつかりません。教育委員会関係の条例や例規を見ても、教育委員の定数すらみつかりませんでした。私の探し方が悪いのではないかとも思いますが、このような結果からは教育委員が名誉職であり、教育の現場や町民の意識とはつながっていないという現実が垣間見えたような気がしました。福岡県教育委員会のホームページは県のそれの一部となっていますが、やはり教育委員名や定数は見つかりませんでした。ただし県の行政一般についての情報公開度は低いとは思えませんので、県全体としての教育委員会、ひいては教育そのものへの関心が大きくないと解すべきでしょうか?



☆☆人気blogランキングへ ☆☆☆
  ↑(クリックお願いします)↑

からかわれた国民--劇場政治の結末

 今度の福岡の中学生の自殺の報道を読んで、小泉政治の悪影響がとうとうここまで来たと感じました。9月30日の「まず隗より始めよ」 に書きましたが、「約束を守らなくても大したことではないと言う。人の質問にははぐらかしてばかりいる。一国の首相がこんなことでは、子どもの悪い影響を与えないか心配だ」という作家の村上龍氏懸念は、杞憂ではなかったようです。

 10月16日の西日本新聞 によると、「母親(36)が担任に相談した内容を担任の男性教諭が翌日、授業中に同級生の前で暴露。このため、男子生徒は差別的なあだ名で呼ばれるようになり、『学校に行きたくない』と言い出したという」だそうですし、また「男子生徒が運動会の騎馬戦の練習中に落下して腕を負傷。『手の骨が折れたかもしれない』と訴えたが、男性教諭は『おまえはまたうそをつきよる』と答えた」ということです。そして何よりも問題なのは、男性教諭が両親に「(男子生徒は)からかいやすかった」と釈明したということです。

 前記の「約束を守らなくても大したことではない」をはじめ、野党議員のまじめな質問に「人生いろいろ、会社もいろいろ」と嘯いたりなどと、首相という責任ある地位にいる人物の言葉がいかに軽いものであるかを国民に知らせました。極め付きは2003年に当時の管直人民主党代表に「どこが戦闘地域でどこが非戦闘地域なのか」と質されたとき、言下に「そんなこと今私に聞かれたってわかるわけがない」と答えたことです(保坂正康『戦後政治家暴言録』 )。これは首相としての責任の放棄ですが、本人はそのことに気づいていないようです。

 小泉首相が神聖な議場で質問した議員を、つまりは国民を、からかうような言辞を弄し、国民がそれに対し高い支持率で応えたことで、議場は「ウケ」を狙う劇場と化しました。小泉首相がこのようにして作り上げた雰囲気が、国民の言動においてまじめにやろうという意志をくじいたのは確かです。そしてこれは、教師が神聖な職場である学校で生徒に対して無責任な言動を行い、あろうことか「からかいやすい」などという認識をもつなどという信じがたい結果を生んだのだと私は思います。

 国民はそのレベルに応じた指導者しかもてないといわれます。国民はからかわれるのが好きなのでしょうか?

委員会・審議会・諮問会議

 安倍内閣の目玉である教育改革を推進するための諮問会議「教育再生会議」 の委員が決定したそうです。新委員についての報道も散見します。これで思いついて自治体の教育委員はどんな人がなっているのかと検索してみました。全都道府県を調べる時間はないので、東京、神奈川、愛知、京都、大阪、兵庫の6都府県とその府県庁所在市5市の計11ヶ所について検索してみたところ、次のような結果でした。



氏名、略歴著書等を記載するもの・・・1(横浜市)

氏名、任期、肩書き記載するもの・・・1(愛知県)

氏名と任期のみを記載するもの・・・4(東京都、神奈川県、名古屋市、京都府)

氏名のみを記載するもの・・・2(大阪府、大阪市)

独立したリストは見られず、会議録中に発見したもの(氏名のみ記載)

         ・・・1(兵庫県)

記載が見られなかったので問い合わせたところ、氏名のみ回答があったもの

         ・・・1(神戸市)

記載が見られなかったので問い合わせたところ、目下返答に接していないもの

         ・・・1(京都市)(注)ここはメールが市長にのみしか通じない。

 おそらくは文部科学省あたりの肝いりで、公表事項は全国一律だと予想していたので、この結果は意外でした。国の委員会や審議会であれば委員の略歴などが報道されることもあっても、地方の場合はそれはあまり期待できないでしょう。そういうときにこそホームページが活用されるべきなのですが、どうにもなんとも言いようのない現状です。主義主張も履歴も、肩書きですら不明の人物が自治体の教育に大きな発言力を持つことを、自治体の住民は甘受せねばならないというのでしょうか。例の個人情報云々を持ち出す向きもあるかも知れませんが、何も住所や電話番号を公開せよというのではありません。

 ついでに国の委員会や審議会の類も検索してみました。

 これはめぼしいところだけですが、国家公安委員会が氏名任期略歴であるほか、国民生活審議会総合企画部会、総合規制改革会議、政府税制調査会、貸金業等に関する懇談会、財政制度等審議会が氏名肩書きのみ、日銀政策委員会が氏名任期、公正取引委員会が氏名のみでした。より詳しくすべきであるというのは上に書いたとおりです。

 さらにこの種の組織は人選が首相や知事や市長とその直属機関によるものですから、肩書きのみでなく略歴や業績も公表することによって、片寄らない人選を行ったことを証明するべきでしょう。その手続きをおろそかにすると、自分の考えに沿った人のみを選んで、現実に行われるのは自問自答に近いものでしかないということになります。まあ、これは今さらですが。

 しかし以前ここで「労働組合の役割」 にも書きましたが、大分前までは国家公安委員会に労組出身者、日銀政策委員に社会党系の人物というように、少数派を代弁する人を参加させるという配慮がありました。実際は力を持ち得なかったとしても、何がしかの監視の機能は果たしていたと思います。それがいつの間にかなくなった。マスコミを特にそれをとがめだてすることもなく、現在は「だが、首相のブレーンからは不満もくすぶる。首相に近いある文化人は、海老名香葉子氏が11月に共産党の赤旗まつりで市田忠義書記局長と対談する予定であることについて『怒りというよりあきれている』。元文科事務次官の小野元之氏が委員になり、文科省私学部長が担当室副室長に就任したことについても、『官邸主導どころか、文科省寄り』と批判する。人選に安倍色がにじんでいないわけではない。小渕~森内閣時代の教育改革国民会議や中央教育審議会と異なり、労組幹部は排除されている 。」ととくに批判をするでもないトーンで述べています。


 この首相に近いある文化人の批判というのは、安倍内閣の私的な応援団のひとつと思しい「日本教育再生会議」のブログ に見られるもので、「教育再生会議の設置がきょう閣議決定され、メンバーが発表されました。報道でご承知かと思いますが、葛西敬之JR東海会長、門川大作京都市教育長、渡辺美樹ワタミ社長ら教育問題に見識のある方が委員に就任しました。 
一方で、社是に「ジェンダーフリー」を掲げる資生堂の池田守男相談役、フェミニスト的子育て論を展開している白石真澄東洋大教授、「しんぶん赤旗」に頻繁に登場するエッセイストの海老名香葉子氏、全日本教職員組合の元組合員で多くの現場教員から「百ます計算」を批判されている陰山英男立命館小副校長、ゆとり教育導入時の文部事務次官で過激な学生運動経験を明らかにしたことのある小野元之日本学術振興会理事長らの人選は、教育再生会議に期待する多くの良識派を失望させるものとなりました(朝日新聞ですら「安倍色薄い人選」と冷笑しています)。 

特に、国旗・国歌や教育基本法をめぐって「しんぶん赤旗」や雑誌「世界」で左翼的主張を繰り返してきた義家弘介横浜市教育委員が、事務局の担当室長に就任したことには強い疑問を抱かざるを得ません。果たしてこのメンバーで、安倍首相が総裁選で掲げた教育再生の具体策を示すことができるのでしょうか。」という具合に、首相の諮問機関がひとつの色彩に染め上げられることを当然とする前提で論じています。



 意見というものは少数意見を踏まえてこそ権威のあるものだということを、このような人は理解できないでしょう。ましてやヴォルテールのものだという、「私はあなたが何を言っても賛成しないが、私はあなたがそれを言う権利を死んでも護るだろう。」という言葉などは、何のことやら意味を通じないのではないでしょうか。

まず隗より始めよ--権力者に教育の資格はあるか

 7月末だったかテレビ東京月曜日の『カンブリア宮殿』に民主党の小沢一郎氏が登場したとき、司会の作家村上龍氏が小泉首相に触れて、「約束を守らなくても大したことではないと言う。人の質問にははぐらかしてばかりいる。一国の首相がこんなことでは、子どもの悪い影響を与えないか心配だ」と言っていました。まったく同感なので、小泉氏を支持する向きには、彼のこういうところは気にならないのかと、一人一人詰問したいような気もします。


 遺族会系の党員票を狙って最初の総裁選では「毎年8月15日に靖国神社の参詣する」と公約し、その不完全な実行によって国際関係を歪めることになったのですが、後継の総裁選に当たっては安く問題を論点にするのはいけないと言い出した。これは人を上げておいて梯子をはずすの類で、子どもには見習わせたくないものです。


 郵政問題では、政策全般の中でただそれだけで一致せぬ党員を公認せず、あまつさえ「刺客」なる対立候補(後の刑事事件被告を含む)を立てて、多くの元党員を落選させた。これは何か一つのことで意見の合わないものを仲間はずれにして、さらに追い討ちをかけるいじめの一種としか思えない。いずれ(あるいはもう?)子どもの世界では、このようなパターンのいじめが流行るのではないでしょうか?


 こう並べているといかにも書生論で我ながら気が引けますが、「約束を守らないのは大したことではない」を代表にした小泉政治の非倫理性、非論理性が、同時に教育基本法の「改正」を言い立てているのには慄然とします。


 こういう人、こういう人を支持する人に、教育基本法を改正する資格があるのでしょうか? 保守系の政治家には「行雲流水」といった漢語で問題をはぐらかす人が多いのですが、その中で引用されることの少ないのは「李下に冠をたださず」と「まず隗より始めよ」でした。ところが安倍新首相は「隗から始めよ」と自分の給料を30%、他の大臣のそれを10%カットするそうです。三代目の首相には痛くもかゆくもないことだろうというのはともかくとして、この「隗から始めよ」という言葉は、教育基本法にかかわる人にこそ差し上げたい言葉です。


☆☆人気blogランキングへ ☆☆☆
  ↑(クリックお願いします)↑


『オニババ化する女たち--女性の身体性を取り戻す』

『オニババ化する女たち--女性の身体性を取り戻す』

著者: 三砂ちづる

出版社: 光文社新書(2004年刊)


著者は疫学を専攻。JICAを経て津田塾大国際関係学科教授。


私にとって新書を読む目的の一つは、「目からウロコの落ちる思い」をすることですが、この本はその点で十分満足させてくれました。「オニババ」というのは著者によれば「性と生殖にかかわるエネルギーの行き場を失った女性」だそうですが、いかにもアイキャッチャー的なこの言葉に最初反発を覚え、今でももう少し言いようはないかと思うのですが、読んでみるとその言わんとするところはよくわかります。


何よりも驚かされたのは、今の70代の人の親の世代の女性は、自分で月経をコントロールできたという事実です。コントロールといっても月経の時期ではなく、その体外への排出ですが、それを随意的に調節できたのだと著者が90代の何人かの女性に確認したと書いてあります。ことがことですし、もうほとんど消えそうな情報でしたが、それを記録しただけでもこの本の意味があるでしょう。


テレビを見ていると各種の生理用のナプキンの宣伝が行われていて、もしまだ年少であればどういう妄想を持ったであろうかと考えてしまうくらいですが、一世紀近く前までの女性はああいうものは必要とせず、トイレに行って出すまでは意識して体内に保って、しくじることも少なかったそうです。現代ではむしろ女性の方が信じにくいことかもしれませんが、風呂の中で排尿することはないではないかと言われると、男性である私自身はそういうものかなと言うしかありません。


著者はこの月経のコントロール能力の喪失をもって、現代の女性の「オニババ化」の一つの原因としていますが、もう一つの原因は出産が圧倒的に病院出産になったことです。考えてみるとわかることですが、出産そのものは人類始まって以来、医師も産婆も存在しない時代から行われていて、それによって人類は存続している。病院出産というものにより、お産を「痛い、危険な」ものと認識するようになり、出産を避けるような傾向が育った。これは納得できる説だと思います。


読んだ人はこの二つには納得する人が多いでしょうが、ハイティーンから25歳くらいまでが出産育児に最適な時期であり、仮に結婚しないでもこの期間の出産は奨励すべきだというのには異見もあるでしょう。しかし高年出産では育児のときに母親の消耗が激しいのは事実です。また仕事が大事などといっても、25歳以前にそうそう余人をもって代われない仕事などないだろうという説には、反発もあるでしょう。しかし子育てが終わった頃から本格的に仕事を始められるような社会のシステムができるとすれば、私は著者に賛成したいと思います。

天唾症候群

 次期首相にほぼ決定的だという安倍氏が靖国神社参拝について、「外交、政治問題に発展させようという、よこしまな人たちがいるのであれば今宣言する必要はない」と発言したという(06年9月5日朝日新聞)。


 安倍氏は上司であり、首相になるための最大の後ろ盾である小泉首相を「よこしまな人」であると言うのであろうか? なぜなら靖国参拝が緊急の政治問題となったそもそものきっかけは、小泉氏が自民党総裁選に立候補したときの公約「首相になったら8月15日に靖国神社に参拝する」であったからである。それ以前にも靖国神社は政治問題であったが、今のように正面には出ていなかった。それを小泉氏は正面に引っ張り出した。自民党員の支持を集めるためのスローガンであったという。


 ところが小泉氏は後継総裁をめぐる各候補の政策について、靖国神社のことは取り上げないほうがよいと言い出した。この数年で最初に取り上げたのは小泉氏自身である。小泉氏のこの言動は天に唾するものとしか思えない。


 ずっと小泉氏の驥尾に接していた安倍氏にしても、靖国に参拝したかどうかはあきらかにしないとは、天に唾するのではないにしろ小泉氏に向かって唾を吐くようなものであろう。小泉氏は靖国参拝を公然と行うことによって、支持を増やそうとしていたからである。


 このことを誰も指摘せず、マスコミも取り上げないのはどうしても理解できない。


 天に唾するような発言は、総選挙のころ自民党の幹事長も毎日のようにやっていた。あまり多くて且つばかばかしいので覚えていないが、「天唾症候群」とはそのころ作った言葉である。


 自分の口臭はわかりにくいもの。自分の唾が顔の上に降ってきても、権力を握る人々には何が起こったかわからないらしい。



☆☆人気blogランキングへ  ☆☆☆
  ↑(クリックお願いします)↑

オリンピック・コンプレックス

 東京が2016年に開催されるオリンピックの会場に、「日本代表」と立候補することが決まったそうである。日本人のオリンピック狂いがまた始まるのかと、今から頭が痛い。


 前もどこかに書いたが、1964年の東京オリンピックと、1970年の万国博覧会とで、今の日本は規定されているようなものである。当時学校を出て社会人となった人々には、大がかりなのがよい、騒がしいのがよいということが刷り込まれた。そしてこれらの世代がバブルの頃に企業の責任者や現場のリーダーとなり、バブルの被害をいやが上にも大きくしたというのが私の考えである。


 2016年と言えば小泉氏が滅茶苦茶にした日本社会が、ようやく落ち着きを見せるであろう頃だが、もしその年にオリンピック開催となると、その前の会場建設の期間と併せて、やっと見えてきた落ち着きを木っ端微塵にすることだろう。


 今日はとりあえずこのくらいにするが、ただ、国際社会が現状ではオリンピックの東京開催を受け入れないであろうという可能性はあることを言っておきたい。それは現在の知事で三選も狙うという石原慎太郎氏の存在が理由となる。


 石原氏と言えば日本では時に品のない発言もする外国人嫌いだが、立場としては中道右派くらいの認識だが、外国ではれっきとした右翼とされているという。オーストリアの自由党は三大政党の一つだが、元の党首で実力者のハイダー氏がナチへの共感を隠さなかった時期があり、EUは自由党を含む連立政権のオーストリアを歓迎しなかった。そしてこのハイダー氏と石原氏が同列に論じられることがあったというのである。


 IOCと言えばヨーロッパ出身の委員も多いので、最終決定の投票時に石原氏がなおも知事であるかは不明だが、それでも石原氏の影響力が残っている場合には、東京に票は入れない可能性がある。その結果東京が落選するとなれば、マッチポンプであるとは言え、石原氏は日本社会にある種の貢献をして退場するということになるかもしれない。



☆☆人気blogランキングへ ☆☆☆
  ↑(クリックお願いします)↑

オンライントレード

 親から引き継いだものに株が少々あって、A社が1000株、B社が1000株というようなものですが、株式の電子化とやらで証券会社の口座に入れておかねば得る時に面倒らしいので、暑い中を行ってみました。株のための口座作成はお金はいらないが、その社の商品を売りつけてくるのではと案じていましたが、そういうこともありませんでした。若干今後への伏線みたいなものはありましたが、おそらくは持参した株があまりにわずかだったので、資産家の多い地域にある支店でもあるし、売り込みに無駄な労力を使うことはないと思われたのでしょう。


 ところで口座を作ったのでその証券会社の会員のようなものになって、説明書を読むとパソコンによる株取引ができるらしいです。電話等で相談を受けつけるという選択肢もあったので、私は聞こえないので電話は使えないが、相談抜きでパソコンだけで取引ができますねと聞いたら、初めはできるということでしたが、すぐに電話が必要な場合もあるから、一人では無理と変わりました。すぐにやる気はないのですが、パスワードとかセキュリティを二段構えにしたり、ファクスを使ったりすれば可能なはずと文句を言ったら、まだ始まったところでそういう配慮にまで至っていないと弁解していました。


 息子の一人がオンライントレードをやっているので携帯メールで聞いてみたら、やはりパソコンだけでことは済むそうです。電話について言われたことはないし、電話が必要だったこともないと。おそらくは緊急の連絡があった場合に、電話が通じないでは困ると考えたのだろうという意見でした。


 証券会社でも実見しましたが、お客には年配者が多いから、仮にパソコンはやっていても、携帯電話は持ってないケースもあるでしょう。電話であれば不在ということもあります。携帯を家に忘れて外出ということも少なくないでしょう。想定できるケース、ここでは電話による緊急連絡ですが、聴覚障害者に限らず健常者でもすぐには不可能ということはありうる。それでも障害者の、障害に由来する場合であると、とくに重大視してあらかじめ除外しておこうとする。これは一般的にいくらでもあることですが、この辺に差別があることを知っていただきたいと思います。


 そういえば十年前ですが、西武系か何かのカードの宣伝チラシがあって、ちょっとカードを作ろうかと思っていた時期だったので読んでみますと、申込書を送ったらこちらから電話して確認するとあったので、止めたことがありました。電話に出ないことで拒否されたのではつまりませんから。二,、三年後に同じところのチラシを見たら、この項目はなかったのでクレームがあったかなと思いました。あるいはそういう確認手段そのものが必要なかったのかもしれません。



 ところで話は別ですが、2009年から紙による株券は一切廃止され電子記録のみになるのですが、そうなると株券はただの紙切れになります。私はこれが新しいコレクション・アイテムになると思うのですが、どうでしょうか? 印刷も紙も高級なものです。発行年や株数などにもヴァラエティがあり、先祖伝来の株券であれば戦前の古い時代のものも残っているかもしれません。もちろん同銘柄同年発行同株数のものが多量に残っていたのでは評価はつかないでしょうが、分割を重ねたというライブドアの株券を持っている人は、今度も憂き目を見ることになりますね。



☆☆人気blogランキングへ ☆☆☆
  ↑(クリックお願いします)↑