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自分を取り戻すための細胞デトックスという選択

運動指導歴25年。食・体・心を切り離さず整える視点で、無理なく健やかに生きるヒントを発信。100歳まで動ける身体づくりと心の整え方もお伝えしています。

生まれてまもなく、喘息になりました。

それから45歳まで、喘息は「治らないもの」として、ずっと人生のそばにありました。


発作が起きないように気をつけること。

無理をしないこと。

薬と上手につき合うこと。


それが当たり前で、

「治す」という発想自体、正直ほとんどありませんでした。




いつの頃からか、

健康とは「悪くならないように管理するもの」

そんな価値観が、無意識に根づいていたように思います。


だから体に不調があっても、

「仕方がない」

「年齢のせい」

「体質だから」

そうやって折り合いをつけてきました。




45歳のとき、

ファスティングを通して、初めて自分の体と深く向き合う経験をしました。


何かを足すのではなく、

一度、余計なものを手放す。

体の声を、静かに聞く。


そのプロセスの中で、

体が本来持っている力に、初めて意識が向いたのです。




その体験は、

「健康」に対する考え方だけでなく、

生き方そのものを変えました。


体は、ただ管理する対象ではない。

抑え込むものでも、我慢させるものでもない。


ちゃんと向き合えば、応えてくれる存在。


そう思えるようになったことが、

私にとって一番大きな変化でした。




長年抱えてきた喘息が、

結果的に完治という形で手放せたことも、

もちろん大きな出来事です。


でもそれ以上に、


「体は信じていい」

「人は変われる」


そう思えるようになった価値観の変化こそが、

今の私の土台になっています。




この経験があったからこそ、

今は結果だけを見るのではなく、

その人の背景や、体の状態、心の声を大切にしたいと思うようになりました。


病気は、敵ではなかった。

生き方を見直すための、大切なサインだったのだと、

今ならそう思えます。



今振り返ると、

「あの時間、必要だったのかな」

そう思ってしまう時期がありました。

 

当時、あるコミュニティに強く惹かれ、

熱を入れて関わり、運営側としても参加していました。

 

その流れの中で、

ファスティングに興味を持ち、実際に始めてくれる方もいました。

 

でも、続いたかというと、そうではありませんでした。

 

「やっぱり食べないのは無理でした」

「私にはできませんでした」

 

途中で辞退される方が、少しずつ増えていきました。

 

正直、寂しさを感じました。

 

直接、時間をつくって学びに来てくださる方からは、

ちゃんと想いも、リスペクトも伝わってくるのに、

画面越しのやりとりの中では、

その温度が感じられないことも多かったからです。

 

がんばっているつもりなのに、手応えがない。

周りは進んでいるように見えるのに、

自分だけが足踏みしているような感覚。

 

あの頃の自分は、

「うまくいかない」という結果ばかりを見ていました。

 

でも今思えば、

あの時間は無駄でも、失敗でもなく、

大切な気づきを与えてくれた時間だったのだと思います。

 

続けられなかった理由は、

意志が弱いからでも、やる気がないからでもない。

 

その人の生活リズム、価値観、心の状態、

そして「今は違う」という体の声。

 

それを置き去りにして、本質は伝えられない。

そう強く感じるようになりました。

 

遠回りだと思っていたあの時間があったからこそ、

結果よりも「その人自身」を見る視点が育った。

 

今の自分の在り方は、

あのうまくいかなかった経験の上に、

確かに立っています。

 

 

すべてが順調だったわけではありません。

 

むしろ、遠回りばかりしてきました。

 

何度も立ち止まり、

「なぜ自分は健康を伝えたいのか」

その答えを探してきました。

 

だから、

最初から「健康を仕事にしよう」と決めていたわけではありません。

 

ただ、身近な人や自分自身の体調を通して、

「がんばっている人ほど、体を後回しにしている」

そんな違和感を感じるようになりました。

 

正しいはずの生活をしていても、

なぜか元気になれない。

気持ちが追いつかない。

 

その違和感が、

食や体、そして心に目を向けるきっかけでした。

 

今思えば、

何かを教えたかったというより、

「整えることで、人は変われる」

その可能性を信じたかったのだと思います。

 

そしてその「整える」という考え方が、

今の自分のすべての土台になっています。

 

あの頃の小さな違和感が、

今も自分の原点です。