今振り返ると、
「あの時間、必要だったのかな」
そう思ってしまう時期がありました。
当時、あるコミュニティに強く惹かれ、
熱を入れて関わり、運営側としても参加していました。
その流れの中で、
ファスティングに興味を持ち、実際に始めてくれる方もいました。
でも、続いたかというと、そうではありませんでした。
「やっぱり食べないのは無理でした」
「私にはできませんでした」
途中で辞退される方が、少しずつ増えていきました。
正直、寂しさを感じました。
直接、時間をつくって学びに来てくださる方からは、
ちゃんと想いも、リスペクトも伝わってくるのに、
画面越しのやりとりの中では、
その温度が感じられないことも多かったからです。
がんばっているつもりなのに、手応えがない。
周りは進んでいるように見えるのに、
自分だけが足踏みしているような感覚。
あの頃の自分は、
「うまくいかない」という結果ばかりを見ていました。
でも今思えば、
あの時間は無駄でも、失敗でもなく、
大切な気づきを与えてくれた時間だったのだと思います。
続けられなかった理由は、
意志が弱いからでも、やる気がないからでもない。
その人の生活リズム、価値観、心の状態、
そして「今は違う」という体の声。
それを置き去りにして、本質は伝えられない。
そう強く感じるようになりました。
遠回りだと思っていたあの時間があったからこそ、
結果よりも「その人自身」を見る視点が育った。
今の自分の在り方は、
あのうまくいかなかった経験の上に、
確かに立っています。


