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自分を取り戻すためのファスティングという選択

ファスティング指導歴14年。食・体・心を切り離さず整える視点で、無理なく健やかに生きるヒントを発信。100歳まで動ける身体づくりと心の整え方もお伝えしています。

今振り返ると、

「あの時間、必要だったのかな」

そう思ってしまう時期がありました。

 

当時、あるコミュニティに強く惹かれ、

熱を入れて関わり、運営側としても参加していました。

 

その流れの中で、

ファスティングに興味を持ち、実際に始めてくれる方もいました。

 

でも、続いたかというと、そうではありませんでした。

 

「やっぱり食べないのは無理でした」

「私にはできませんでした」

 

途中で辞退される方が、少しずつ増えていきました。

 

正直、寂しさを感じました。

 

直接、時間をつくって学びに来てくださる方からは、

ちゃんと想いも、リスペクトも伝わってくるのに、

画面越しのやりとりの中では、

その温度が感じられないことも多かったからです。

 

がんばっているつもりなのに、手応えがない。

周りは進んでいるように見えるのに、

自分だけが足踏みしているような感覚。

 

あの頃の自分は、

「うまくいかない」という結果ばかりを見ていました。

 

でも今思えば、

あの時間は無駄でも、失敗でもなく、

大切な気づきを与えてくれた時間だったのだと思います。

 

続けられなかった理由は、

意志が弱いからでも、やる気がないからでもない。

 

その人の生活リズム、価値観、心の状態、

そして「今は違う」という体の声。

 

それを置き去りにして、本質は伝えられない。

そう強く感じるようになりました。

 

遠回りだと思っていたあの時間があったからこそ、

結果よりも「その人自身」を見る視点が育った。

 

今の自分の在り方は、

あのうまくいかなかった経験の上に、

確かに立っています。

 

 

すべてが順調だったわけではありません。

 

むしろ、遠回りばかりしてきました。

 

何度も立ち止まり、

「なぜ自分は健康を伝えたいのか」

その答えを探してきました。

 

だから、

最初から「健康を仕事にしよう」と決めていたわけではありません。

 

ただ、身近な人や自分自身の体調を通して、

「がんばっている人ほど、体を後回しにしている」

そんな違和感を感じるようになりました。

 

正しいはずの生活をしていても、

なぜか元気になれない。

気持ちが追いつかない。

 

その違和感が、

食や体、そして心に目を向けるきっかけでした。

 

今思えば、

何かを教えたかったというより、

「整えることで、人は変われる」

その可能性を信じたかったのだと思います。

 

そしてその「整える」という考え方が、

今の自分のすべての土台になっています。

 

あの頃の小さな違和感が、

今も自分の原点です。

 

 

 

 

最近の生活リズムは、完璧とは言えません。

 

決まった時間に外に出て、

一日の中で動く時間と、静かに過ごす時間があります。

 

以前のように、

常に発信や仕事のことを考え続けるリズムではなく、

今は一度、土台を整えているような感覚です。

 

リズムは、無理に作るものではなく、

整え直すことで、自然と戻ってくるもの。

 

今はそんな時期を過ごしています。