人の心は縁に触れて動くもの。
出会いや聴聞、見聞の感動はどんなに大きくても、長くはつづかない。
聴聞するときの燃え立つような思いは、
遠ざかりゆくほどに徐々に冷めてゆくものである。

その燃え立つような思いを止めおくには努力しない。
心の触発を生む縁は大切なものだが、同時に日々の努力が不可欠である。
それは他に依らず、自らで心を律して挑みゆくしない。
私も、これまで色々な人と出会って来たが、
何事も、黙々とやり続ける人は希である。

その人は、けして過去に引かれず、むしろ過去を背負って前に進む。
「人生は重荷を背負うて、坂道を行くが如し」とは徳川家康の言葉だ。
「苦しい」と思うことこそが、坂道を登っている証である。
未来に開く成長の手応えである。

その苦しみを避け、一所に止まることはできても、
厳しくも、ときは一瞬も止まっていてはくれない。
過ぎ去ったときは二度と戻らず、未来は遠のくばかりである。

誰もが心のどこかで分かっていることなのに、弱きに流されてしまう。
「月々日々に強り給へ」である。
自らの内には弱き己をあれば、強き己もある。
「私はまだまだ、こんなものではない」と、
内なる眠れる獅子を揺り覚まし、まだ見ぬ可能性の扉を開きたい。
坂道を登る苦しみは、その作業にともなう尊い汗である。

さぁ、人生の坂道を登り始めよう!
たとえゴールは遠くても一人ではない。
一人より二人、二人より三人と、あの人も、またこの人も
人に区別なく、誰もが重荷を背負って坂道を登りゆく友である。
ゆえに声を掛け合い、ともに励まし、ともに行こう。
ともに流した「苦しみ」という汗ほど尊いものはないのだから。
もう故人となってしまいましたが、
非常にお世話になった先輩の口ぐせの一つが、
「小粒でピリッと辛い」でした。
蜂の一刺しではありませんが、
「巨大な像が相手でも、針の一刺しの痛みは同じ」とも。

童謡の「一寸法師」の歌詞を思い出します。

指にたりない一寸法師
小さいからだに大きな望み
お椀の舟に箸のかい
京へはるばるのぼりゆく

針の刀を逆手にもって
チクリチクリと腹つけば
鬼は法師を吐きだして
一生けんめい逃げていく

鬼が必ずしも悪いとは限りませんが、
この一寸法師が日本の等身大の姿のように思います。

あの司馬遼太郎氏は著書の「坂の上の雲」の書き出しに
「まことに小さな国が、開化期を迎えようとしている。
 小さなといえば、明治初年の日本ほど小さな国はなかったであろう」
と記されています。

尊敬する西園寺一晃さんがある雑誌に寄せた文のタイトルは
「『平和的強国』を目指す中国」です。
冷静な目と熱い思いと期待を込めたタイトルだと思います。
では、日本はどうか。
目下、首相は「積極的平和主義」を掲げていますが、
いまいちピンとこない旗印です。

なぜなら、平和は短兵急にはけして実現できないからです。
ラテン語の格言に「ゆっくりと急げ」とあるようですが、
むしろ「漸次的平和主義」の方がいいかもしれません。

確か、あの有名なアニメ「ドカベン」に登場する
アンダースローのピッチャー里中智の愛称は「小さな巨人」でした。
これこそが日本的なような気がします。
中国の三国志の立役者の一人、諸葛孔明の「天下三分の計」も、
いわが小国を要としてものです。

むしろ、これからのグローバル化では
「小」を誇りとして、その強みを生かすべきなのではないかと思います。
「小国的平和主義」、いわば人の顔のみえる家族的平和主義です。
工学院大学孔子学院院長の西園寺さんのお招きで参加しました。
孔子学院の研究員は私のもう一つの肩書でもあります。
いずれも、西園寺さんのご配慮によるものです。
何事も変化しない、動かないものはない。
日中関係の冷え込みも、人の熱と力で温められないわけがない。

孔子学院創設10周年の記念シンポジウムは、
「日中関係の改善を目指して」として、
あえて政治家をパネラーに迎えたのでしょう。
若いパネラーと司会の妙も哲だって、
爽やかな秋の風を感じるような、あっという間の3時間でした。

印象的だったのは、
基調講演をしてくださった野中さんの鬼気迫るお話です。
さらりと国会議員になるまでの経緯と、日中関係に対する熱い思いを
終始目を閉じて、振える両手でマイクを握り、話してれました。
数か月後に90歳を迎えるとは思えいない、鬼気迫るものがありました。

町議会からスタートし、
多くの人に請われながら政治家としての責務をこれまで全うしてきた。
前半はそんな内容でした。
ご本人は、自らを筍にたとえ、ひと皮ひと皮向きながらこれまで来たと。
矮小な報道を通してはけして伝わらない、元・政治家というよりは、
むしろ巌のようなゴツゴツとして魂の塊のような感を受けました。

「私はこれまで一度もパーティをやったことが無い」
「国会議員になった当時、所属する委員会には全て出席した」

ある意味で、信念を貫き通してきた誇りでしょう。
また、そんな地道な姿勢を必ず観ている人がいるというもの不思議です。

現在の冷え込んだ日中、日韓関係の問題の肝は「むしろ日本にある」
とし「まずは日本側が過去の現実を直視した歴史認識を示すべき」と。
まったく共感できるものでした。

講演は、齢90歳を目の前にして、まさしく命懸け、
一言一言が命を削るように発せられた明瞭かつ重い語気でした。
事実、話しの始まりから30分くらいの間、
いつ言葉が途切れるか、(倒れて)中断を余儀なくされるのか、と
本当に心が騒いだほどです。

それが60分間にわたり言葉を誤ることなく、
また途切れることなく話しつづけたことは圧巻でした。
人間は歳を重ねてかくも強くなれるものなんですね。