何よりも、衆議院選挙の投票率が 53.84%(推定)とはなんとも残念。政治不信の結果ではあろうが、マスコミの煽る「国民の怒り」はどこへ行ったものか。
与党の過半数割れを、鬼の首でもとったような喧伝ぶりだが、結果を冷静にみれば、依然として自民党は第一党であり、70議席ほどが動いたに過ぎず、金の問題をはじめ政治家の体たらくに対する怒りはそんなものでしかない。
「無党派層」などと括ったところで意味もなく、残り46.16%の有権者が奮い立ったときに、この国の形は大きく変わることは間違いない。それを成し得るのはいかなる政党でも政治家でもなく、一人の人間である。
けして安定を求めず、不安定のなかに大衆とともに身を置き、常に大いなる危機感と緊張感のなかで確かな舵取りに身を削りゆく人間である。

「その外の大難・風の前の塵なるべし、われ日本の柱とならむ、われ日本の眼目とならむ、われ日本の大船とならむ等と誓いし願やぶるべからず」とは、国僧日蓮の誓だ。

最近、買物していて気になることがある。これも、人手不足など弊害といえるものかもしれないが、品出の定員さんと頻繁に遭遇するだけでなく、定員さんが通路を譲る気配がまったくない。手一杯で、通路の動線などに気を遣う余裕もないのかもしれないが、いつかトラブルにならないかと心配である。

そんなとき、或るスーパーのレジ脇の荷物台に貼り紙された内容をみて驚いた。それは、卵の割れやパッケージの破れなどの商品クレーム対する、店側からの通告であった。内容は、そうしたクレームには対応しないとのことである。
それだけクレームが多いということであろうが、これもエコバック等の持参や、自前で袋詰めをするようになったがゆえのクレームに違いない。店舗隅に折りたたんで置かれた段ボールを組立て詰める人もよく見かける。だが、商品をただ詰めれば良いというものではない。
これまでは定員が1点1点を確認しなたら、その商品に応じた順序や、位置に詰められていたものを、現在は顧客各自で詰めなければならない。当然、商品ごとの心遣いが必要で、それを蔑ろにすれば当然、パッケージの破れや卵の潰れなどが起きる可能性はあるわけだ。

忙しい時間の合間を縫っての買物や、多くの人がレジに並ぶときなど「丁寧に詰められない」との言訳も分かるが、そのことによる損害は手前持ちとなるのは当然である。いわば、世知辛いわけだが、その世知辛さを生み出しているのは、ほかならぬわれわれでもある。
定員さんにしろ、また顧客のわれわれにしろ、たとえ言訳は立っても「窮すれば鈍する」ようになれば哀れではなかろうか。買物だけには限らない、むしろ窮するときこそ、(日頃使わない)心と頭をフルに働かせて世知に富んだ、暮らしやすい世のなかをつくりたいものである。

戦禍のガザ地区出身医師「私は憎まない」/報道ステーション

ガザ地区出身医師のイゼルディン・アブラエーシュ博士は、ガザの難民キャンプで生まれ、働きながら猛勉強をして医師となり、パレスチナ人として初めてイスラエルの病院に勤務。2009年にイスラエル軍の砲撃によって娘3人を失った。

アブラエーシュ博士の曰く「殺人に殺人で対処できないし、ネガティブにネガティブでは対処できません。別の方法があるんです。復讐を選ぶ方が墓穴を掘ることになるんです」と。
「私の目標はこの仕事をつづけて、イスラエル人とパレスチナ人の間に信頼と希望を醸成することです」
「私が絶対に受け入れ難いこと、それは復讐です」
「考えもしません。復讐で娘たちは戻らない」
「娘たちは若く、気高くて神聖でした。その魂は崇高な大義や人類のために生かされるべき」
「私は信じています。これからも主張していきます。暴力の先には何もありません。憎しみは暴力を生みます。暴力は暴力を生み、広げていきます」
「政治的リーダーに欠けているもの、それは女性です」
「女性は命を育む存在です。命を与える存在です」
「私には確信があります。持続性があって、健全で平和で自由な世界にできる」
「女性の参画が必要です。機会と教育の向上が求められます」
「この世は男だけのものじゃない」

そして、アブラエーシュ博士は「帰りたい、ガザに。 娘たちの墓に行きたい」「そして伝えたい。『休んでなんかいないよ』」と。

キャスターの大越健介さんは(仮に自分がアブラエーシュ博士であれば)「私にはできない」と、また徳永有美さんはアブラエーシュ博士の強い問い掛けに「終わってほしいとしかいえない」と答えたが、それが正直な答えであることは間違いない。だが、それはまた現状を変えられない根本の理由でもあるのだ。