もう故人となってしまいましたが、
非常にお世話になった先輩の口ぐせの一つが、
「小粒でピリッと辛い」でした。
蜂の一刺しではありませんが、
「巨大な像が相手でも、針の一刺しの痛みは同じ」とも。

童謡の「一寸法師」の歌詞を思い出します。

指にたりない一寸法師
小さいからだに大きな望み
お椀の舟に箸のかい
京へはるばるのぼりゆく

針の刀を逆手にもって
チクリチクリと腹つけば
鬼は法師を吐きだして
一生けんめい逃げていく

鬼が必ずしも悪いとは限りませんが、
この一寸法師が日本の等身大の姿のように思います。

あの司馬遼太郎氏は著書の「坂の上の雲」の書き出しに
「まことに小さな国が、開化期を迎えようとしている。
 小さなといえば、明治初年の日本ほど小さな国はなかったであろう」
と記されています。

尊敬する西園寺一晃さんがある雑誌に寄せた文のタイトルは
「『平和的強国』を目指す中国」です。
冷静な目と熱い思いと期待を込めたタイトルだと思います。
では、日本はどうか。
目下、首相は「積極的平和主義」を掲げていますが、
いまいちピンとこない旗印です。

なぜなら、平和は短兵急にはけして実現できないからです。
ラテン語の格言に「ゆっくりと急げ」とあるようですが、
むしろ「漸次的平和主義」の方がいいかもしれません。

確か、あの有名なアニメ「ドカベン」に登場する
アンダースローのピッチャー里中智の愛称は「小さな巨人」でした。
これこそが日本的なような気がします。
中国の三国志の立役者の一人、諸葛孔明の「天下三分の計」も、
いわが小国を要としてものです。

むしろ、これからのグローバル化では
「小」を誇りとして、その強みを生かすべきなのではないかと思います。
「小国的平和主義」、いわば人の顔のみえる家族的平和主義です。