退屈な時間は、人をどんどんダメにしていく。

忙しいからこそ、時間の大切さを知り、一生懸命になることを覚え、充実感という最大の満足を得ることができる。


「退屈な毎日を送ってるから、つまらない」とか、その状況の中で、満足して足を止めてる奴が逃げに出たときの言葉。


自分を守った卑怯な現実逃避。それ以外のなにものでもない。


「つまらない」と感じてしまうのは、自分自身がつまらない人間になっているからだ。


いつでも、変わるか、変わらないかは自分次第。まわりは思っているよりも変化を与えてくれないし、状況も都合よく進まないように出来てる。


ズブズブ沼に埋まっていくのが嫌なら、自分で突破口を開く。それしかない。


だから、今やりたい!自分はこうしたい!そういう願望が頭の中に浮かんだら、すぐに行動を起こす。考える時間が必要だとか、計画的にいこうとか、そんなのリスクを恐れてる言い訳。時間を空けたら熱が覚める。


そう思う

あーイラつく。
顔を思い出すだけで頭に来る。



まぢアイツには心の奥にしまってる本音を全部ぶちまけてやりたい。




意志、言動、行動。どれもこれも自分主体すぎなんだよ。ホント自己中。自分の気持ち優先で常に動きやがってよ。




自分が言ってること、やってること、相手に強要してるってこと気付いてないのかな?アホなの?




これから先あんな性格の奴と付き合っていけねーよ。あぁーめんどくせぇ。イラつく。
あぁ俺はどうすればいいんだろう。わからん。考えれば考えるほどわかんねぇ。でも、もうこれ以上同じ失敗は繰り返したくない。




でも最終的にどっちかの道を選ばなきゃなんないもんなぁー。




あーあ。人生って足りないものを満足に埋めようとするから、失敗するんだよな、きっと。だから何かを変えることを決断したときって、希望と不安が常に隣り合わせなんだろうね。




でもちゃんと学べてることもある。



自分の意見を貫き通すことは、相手に自分の理想を押しつけるのと常に紙一重だってこと。それにやっと気付けた。



相手の望むこと、自分が望むこと。その間に両者が納得できるような完璧な答えを出せたらいいのにね。




人間は情のある生きものだから、人のことを考えようとするし、言葉ではそう伝えるけど、いざとなったら自分を守ることを優先してしまうと思う。




自分もそうだと思うし、周りもそうなんじゃないかって思う。




後悔をしないために壁を壊す。2011年、そんな思いを掲げたわけだけど、それを貫き通す反動は、自分の感情を相手に上乗せする可能性だってある。




その瀬戸際が俺にはまだわからない。これから知れたらいい。