先日に訪ねた「市谷の杜 本と活字館」は大日本印刷の企業ミュージアムであったわけですが、同社がらみの公益社団法人DNP文化振興財団ではグラフィックデザインの専門ギャラリーとして「ギンザ・グラフィック・ギャラリー(ginza graphic gallery 略称ggg)」を設けているのですな。凸版印刷に「印刷博物館」があり、「P&Pギャラリー」あるが如しでありましょうか。
gggにはしばらく前にフランスのポスター展を見に行ったことがあるも、かなりご無沙汰しておりますので、今はどんな展示が?と思いますれば『アイデンティティシステム 1945年以降 西ドイツのリブランディング』展が開催中と。ちいとばかりそそられて出向いてみたのでありますよ。
場所は相変わらず外国人観光客で賑わう東京・銀座。中央通りに面したオニツカタイガーのショップ前には長蛇の列が出来ていて、「ここの運動靴がかくも世界的ブランドになっていたのであるか…?」とは今さらながら。ともあれ、雑踏を避けて、六丁目の交差点からひょいと裏道(交詢社通り)に入った老舗画廊もちらほらするあたりに、gggはあるのですな。なんでも大日本印刷創業の地であるとか。
早速中へと入ってみるわけですが、(第二次大戦後)「民主主義に復帰し、経済的に発展した西ドイツは、日常を視覚的にかたちづくるデザイン・ソリューションの体系的な発展によって、ドイツのイメージを一変させた」というあたり、「コーポレート・デザインの代表的なポスターやビジュアル・アイデンティティの使用例」などなどで振り返ろうというものでありましたよ。
そも「ドイツのイメージを一変」とあるのは、戦時中はもとよりそれ以前、ナチスが政権を奪取してからはドイツのイメージがナチ・ブランド(?)で一色に染められていたからでもありましょうね。もちろnナチの宣伝戦略を称揚するものではありませんけれど、大衆を操作する術に長けていたとはいえるような。その一方で、ナチ台頭以前のドイツにはデザインの分野で独自の潮流もあったのですよね。
20世紀初め、ペーター・ベーレンスをはじめとするドイツのデザイナーたちは、後にコーポレート・デザインとして知られることになる世界初の例をいくつかつくりだしました。それにつづくバウハウスも、システマチックなデザイン・ソリューションを彼らのカリキュラムに含めました。
そんな戦前の作品の一端がこちらですけれど、今から見ればレトロ・モダン感の漂うものと受け止められるも、当時としてはモダンそのものだったのですよね。それが故に、バウハウスの活動はナチによって退廃芸術的とも見られたのでありましょう。
バウハウスのあったワイマールは第二次大戦後に東ドイツ領となって、建築・土木工科大学が置かれますけれど、東ドイツは共産主義の下、ある種ナチの方法をも思わせる大衆煽動プロパガンダ的なデザインを作り上げていくのはよく知られるところながら、ここでは別のお話。本展が「1945年以降 西ドイツの…」と括っている所以でもありましょう。
先に見たレトロ・モダン感漂うところとはまたひと味違うデザインの数々は、スタイリッシュな印象を与えもするのでして、フライヤーに配されたブラウン社のロゴやルフトハンザのマークを見ても感じられるところかと。
今ではロゴなどのコーポレートデザインの独自性を管理することは当たり前に行われていて、ロゴの清刷りを作って紛い物排除に努めたりしますけれど、ブラウン社は1950年代から始めたとは先駆的ではなかろうかと。余談ながら、ブラウン社といえばもっぱら「髭剃りの会社?」となりますが、元はラジオを作っていたそうでありますよ。
ブラウン社のロゴを作成したオトル・アイヒャーはその後、1972年のミュンヘン・オリンピックの主任デザイナーを務めることになります。1936年のオリンピックベルリン大会がナチカラーで染め上げられた記憶を払拭するような「前回とは対照的なビジュアル・プログラム」の設計が求められたのであると。
そのオトル・アイヒャーも創立者のひとりとして関わって1953年に開校したのがウルム造形大学だということで。活動時期は15年ほどと短かったようですが、展示にあった「ウルム造形大学卒業生の作品」を見れば、「ああ、あれもこれも!」と思ったりする。日本人でもそう思うですから、顕著な活躍だったと言えましょうね。
てなことで、戦前戦中のイメージを拭い去ることもあったであろう、戦後西ドイツのリブランディングですけれど、東西ドイツが統一されたのちの1996年、ワイマールの地にバウハウス大学ができて、新たな作品が生み出され続けておるようで。
時に、コロナ禍前の2019年に出かけたのがワイマールを含む旧東ドイツの町々だったものですので、やおら「また行きたいものではあるなあ」という思いが、展示を見ながら沸々と湧き起こってきたですが、世に戦争・紛争がなくなったら…とまでは言えませんが、少なくともウクライナと中東に一定の収まりを見ない限りはどうも出かける気が挫かれてしまいますなあ。全くもって個人的な思いではありますが、つい蛇足を申しました…。