ちと宮城への旅が間に挟まって、先日出かけたトッパンホールついでの印刷博物館のお話がすっかり遅くなってしまいまして。トッパンホールのランチタイムコンサートも博物館併設のP&Pギャラリーも、いずれも入場無料で些かの申し訳なさといいますか、そんな意識が(いつもでなくして、このときは)芽生えたものですから、ここはひとつ有料の印刷博物館本体も覗いておこうと、そういう前振りでありました。

 

 

とは言っても、印刷博物館の常設展部分は何度か見ておりますので、折しも開催中であった企画展『写真植字の百年』を中心に。実のところ、この展示室へと続く廻廊のプロローグ・ゾーンだけでも食い付きの良い展示はあれこれあるのですけれど、今回は取り敢えず足早に企画展コーナーへと進んだのでありました。

 

 

ところで今回の企画展、写真植字、つまり写植のことを扱っているとは明らかながら、てっきり写真製版の技術紹介かと思い込んでいたのですなあ。絵画だろうか図表だろうが、なんでも印刷できるようにしてくれている写真製版ってすごいよねえと思いつつも、その仕組みを一切知らずにいたもので、そんな思い込みにもなったのであるかと思うところですが、ここで基本的に扱っているのは文字なのですよね。とはいえ、写植の技術があってこそその後があるということになりますから、そもそものそもそもを知るということになったのでありますが。

 

 

それにしても、グーテンベルクの活版印刷術は世界三大発明のひとつとされますけれど、単に印刷の技術革新というにとどまらず、印刷物を大量安価に提供できるようになった点で、それまで王侯、富豪に限られていた文化享受の裾野を果てしなく広げた点が画期的なのでありましょう。

 

活字自体はその後も改良されていったにせよ、ひとつひとつ活字を拾っていって組版を作る工程には長らく変化が無かったのでしょうなあ。写真植字(写植)の実用化は、「1924年7月24日。印刷史上において画期的な技術…の特許が出願され」たことに始まると。これ、日本の出来ごとだそうで。

 

 

そもそも写植という技術確立につながる研究はイギリスやアメリカで先行していたようですが、その研究事例が日本に紹介されると、「日本では文字は四角(正方形)であり欧米よりも実現しやすいだろう」と気付いた技術者がいたようですな。

 

活字には定型の四角い枠(ボディ)があって、その大きさが均一があるが故に活字を組みやすくもなるわけですが、文字のひとつひとつは枠内に占める割合が異なっている。その点では、漢字には字画の多いもの、少ないものがあありますので、それを均一の大きさで並べると、文字間に微妙な違和感を伴うことになる。これを写植は改善できるのが一つのメリットでありましょうね。いわゆる「詰め文字」ということで。

 

 

それ以外にも、文字を写し取る際にレンズを変えれば、拡大縮小も変形も可能という機能も持っていたと。文字大きさ(級数)などが変わっても都度活字を組みかえる必要が無いというのですから、便利になったことでありましょう。

 

 

では、かような機能を実現した写植の機械はどんなんかいね?となりますと、上の写真にある初期の写植機ではよく分からないものの、どんどん改良されて深化を遂げるにつれて、日本語ワードプロセッサ、いわゆるワープロのようになっていったような。

 

 

 

もちろん、「ワープロのよう…」とは言ってもワープロが先にあるのではありませんで、写植機の最新型(上の写真)が出た1980年代はワープロ普及の時代となるわけで、写植機の改良進化はワープロ開発に通底する技術があったのだろうと思うところですが。

 

 

印刷原版に写すもともと文字はたくさんの文字盤から拾い出されるわけで、その点では従来の活字拾いと同様ですけれど、先にも触れた拡大縮小や変形は文字盤の文字を写し取る際にレンズを変えれば、それだけでできてしまうのですな。最終的に印刷原版として打ち出すのは、昔々の謄写版印刷(いわゆるガリ版)の原紙を思い浮かべたらいいでしょうかね、イメージとしてですけれどね。

 

 

ともあれ、従来の活字を拾い出して作る組版とは格段に自由度が増した写植は、印刷に関わる人たちの意識に「もっと自由な印刷表現を」ということを芽生えさせたことでしょう。何せ「木」という一文字をさまざまに変化させ、組み合わせることにで、こんな印刷物を作ることもできるようになったのですから。

 

 

ここまで来ますと、単純に複製するのが印刷であるという以上にもはや表現形態でもあろうかと。また、文字自体をデザインするといった方向の動きが出てくるのも当然の流れであったでしょう。今、PCを使って文字を表示する際に、山ほどあるフォントから選ぶことができますけれど、その淵源はこのあたりにあったのですなあ。いやはや、思いがけずも「ためになったなあ」という展覧会でありましたですよ。