大阪造幣局併設の造幣博物館では思いもよらぬ長居をしてしまったわけですが、その後は取り敢えず桜宮橋を渡って対岸へ。どうやら大阪市都島区へ入ったようです。東京23区の地理はお手のものですけれど、大阪24区(という数も初めて知りましたが)の方は全く土地勘がありませんで、川向うということからすると、東京で言えば墨田区的なところなのでしょうか…?川岸の公園の中に「都島区由来記」という碑がありましたので、しげしげと見入った次第です。

 

母なる川である淀川に生成した多数の島や州によって都島の大地は創造された。平安朝のころから民家や寺院などもみられたようであるが、都島の各地に集落が形成されるようになったのは、近世都島の京橋口から発する京街道が開発され、また淀川が京大阪を結ぶ政治的、経済的大動脈となってからのことである。…

なにやら旅の最終日になって、「京阪淀川紀行」の趣旨にも適うような由来に触れたような気がしてきますなあ。と、それはともかくとして大川の向こう側にやってきましたのは、この緑地の中にあるという藤田美術館を訪ねてみようという目論見でして、同館HPによりますれば「明治時代に活躍した実業家、藤田傳三郎と、息子の平太郎、徳次郎によって築かれ」たコレクションは、「大名旧家や寺社に伝えられてきた文化財の多くが、明治維新を機に、海外へ流出したり、国内で粗雑に扱われたりすることに傳三郎が危機感を覚え」たことに始まるのであると。先ごろ講座を聴いていた歌麿写楽北斎らの浮世絵もずいぶんと海外流出したようですしねえ。

 

ちなみに藤田傳三郎という実業家の名はあまりピンと来ていないのですけれど、Wikipediaの記載などを見る限りにおいては、どうも関東で擬えるならば大倉喜八郎にでもあたりましょうか。事業展開の様子やら男爵という爵位やら、はたまた美術コレクションを築いて私設の美術館を作ってしまうあたりが…。

 

 

ということでたどり着いた藤田美術館は、2022年にリニューアル工事を終えたということでまだぴかぴかの状態でしたなあ。ただし本来的には「明治から大正時代にかけて建てられた藤田家邸宅の蔵を改装し、展示室として再利用したもの」で「蔵の美術館」とも言われるらしく、展示室への入り口はいかにもな感じてありましたよ。

 

 

さて、展示室の中へ。折しも学芸員の展示解説が始まったところでしたので、しばしこれに付いて歩きまして、後は勝手にぶらぶらと。どうやら四季折々に展示替えがなされるようですが、訪ねたときには(4カ月も前で)春の部の展示であったような。大河ドラマつながりで『源氏物語』にも寄せた作品が並んでいたりもしたものです。このあたり、前に出光美術館・東京でも感じたことですけれど、そもそも『源氏物語』の話もよく知らない者にはなかなかに敷居の高いところではありますね。

 

 

そんなもの知らずがいることを意識してくれているのか、『源氏物語図屏風』の展示にはかように細かい説明のある解説パネルが掲げられていたりも。おかげで細部にまで目をやる気になったものでして。日本画によくある異時同図法で全面が構成されているということで、屏風の各所に『源氏物語』の話の部分が描かれているのですなあ。例えば、この部分は「空蝉」であると。

 

「空蝉と軒端荻を垣間見した光源氏、その弟・小君に空蝉への文を託す」

 

この屏風は江戸時代の作のようですけれど、なんとまあ、鎌倉時代初期の作と考えられている『紫式部日記絵詞』の方は国宝なのだそうですなあ。当然に修復はされているのであろうものの、これ(もちろん部分です)が鎌倉時代に描かれたとはねえ。

 

 

作成年代の想定にはさまざまな要素から検討するのではありましょうが、そこには絵画様式の点もあるわけですな。先の浮世絵講座で、貴人を描く際の伝統として「引目鉤鼻」というのが紹介されていましたけれど、展示室の解説パネルには鑑賞の手引きとして、こんな説明がありましたですよ。

西暦1200年代になると、写実的な肖像画である似絵(にせえ)が流行するようになりました。その影響により、この絵巻の人物たちは、瞼と瞳を描いた個性的な顔になっています。

 

と、話はついつい『源氏物語』に関わることばかりになってますが、藤田美術館には仏教美術ややきものの類いなども豊富に所蔵しておりようす。それこそ四季折々の展示替えの度に訪ねてゆるりゆるりと愛でるを良しとすべきでしょうかね。一度に全貌を!などと欲張るのでなくして(といっても、早々東京からは行けませんが…)。

 

「端反半使茶碗  銘 横雲」(朝鮮時代)

 

その分、見たものを写真に残しておきたいと思うところながら、作品保護の関係でしょうか、至って照明が落としてある中ではかなり撮影が困難で…。

 

 

実のところ、気持ちの上では「ついで」感のあった藤田美術館ですけれど、土曜日だったのに空いていて、ゆったり見られたことも含めて、立ち寄り甲斐はありましたですね。建物の裏手が庭園になっていて、これもまた心豊かな気分にさせてくれるのでありましたよ。