ということで、八王子歩きに行ってきたわけですが、

八王子市ウォーキングマップの⑥「八王子駅周辺の景観100選と八十八景を歩く」というコースの、

南側半分くらいを歩いてきたのでありますよ。

 

 

コースマップには全ルートを歩き通して約11,000歩と記されておりますが、

南側半分だけを巡って手元(携帯)の万歩計では12,000歩余とはストライドが短いのか…?

もっともルートからはみ出してうろちょろもしたので、かかる結果になったものとは思いますが。

 

ところで八王子という町、中央線の線路の北側に甲州街道が通り、

江戸期には八王子十五宿とも言われる賑わった町並みが続いていたわけですが、

これはもっぱら街道沿いのお話。

 

今回歩いたのは甲州街道よりも、中央線の線路よりも南側であるだけに、

街道筋から離れた田園風景が広がっていたりもしたのでしょうねえ。

 

その名残りそのままに繁華度合いが北側と南側で大きく異なっておりまして、

歩いた道すがらにも「賑やかさならば北口へ、静かに暮らすには南口へ」と(言い回しは正確ではないながら)

とあるアパートだかマンションだったかの壁にあった文句(住むには南がいいですよと言いたいのでしょう)が

なんとも印象に残っておりますよ。

 

とまれ、JR八王子駅南口を出て南方向に向かいますと、ほどなくしてゆるい登り坂となりますな。

あたりは子安丘陵と呼ばれるようですが、こうした段差の下には例によって湧き水が出ているのではと

思えば案の定、ありましたですよ。六本杉公園というところです。

 

 

湧水地点からは水路が引かれ、満々と水を湛えた池に繋がっていますので、確かに湧き出してはいるとして、

近くの解説板にはっきりと「飲めません」とありましたので、さすがに汲んではきませんでした。

 

その後、丘陵沿いに横切る形で富士森公園というところを目指して、最後にもうひと登り。

その名前からしても、登った丘の上であることからも富士を遥拝で

きるところであろうとの期待は見事に裏切られ、浅間神社が建つのみでありました。

 

 

ただ、参道の入り口に「大正殿」と書かれた石柱があったことから、

帰って来てから検索してみますと、大正天皇崩御の折、葬儀に使われた建物を移築して社殿にしていると。

そういえば大正天皇も昭和天皇も眠る陵墓は八王子市内にあったのでしたなあ。

 

 

とまあ、富士森公園では眺望がわりにコースマップに紹介されていた2つのオブジェを押さえて移動、

ルート上ではないながらマップに見つけた、近くの台町見晴公園とやらにいささかの期待を。

そうはいっても丘を下る途中にあるロケーションでは町の広がりくらいしか見えないだろうとは思っておりましたが。

 

 

と、ここを下って、やっぱりルートからは少々はみ出した位置ながらも

通りがかりのついでに八王子市郷土資料館に立ち寄ってみますと、

「八王子の天災と疫病~いま、災害について考える~」という企画展が開催中でありました。

 

 

コロナ禍の最中であると同時に東日本大震災から10年という今でこその企画でありましょう。

ですが、フライヤーの中央左側に「水無瀬川」「浅川」と書かれてありますように、

昔から水害対策に力を入れていたようすが窺われましたでしたね。

 

2年前、日野橋がダメージを受けた台風19号による大雨で浅川、南浅川の増水で

八王子市内でも水に浸かったところがあったなあと。

 

多摩川に流れ込むこれらの川は多摩川自体が増水すると勢いに負けて流れ込むことができず、

途中で溢れてしまうことになるのでしょう。昔からそういうことがあったが故に、

大久保長安も石見土手と呼ばれる堤防を普請したりしたわけで。

 

こんな具合に八王子駅の南側をひと巡りしてきましたですが、

足休めの休憩処を探していてこのようなお店に出くわし、ちとお邪魔を。

 

 

喫茶店という以上に「珈琲専門店」であると。

常々、個人商店押しでもあるだけに「がんばっておるのだなあ」という思いとともに店内に入り、

席についたとたん、テーブル上にあって目に留まったのがこれなのでして。

 

 

「コーヒールンバ」のお話をした矢先に、こう来るか?!という巡り合わせに思わず「モカマタリください!」と。

(ちなみに別のテーブルには「メキシコ」とか別の豆のおすすめが乗っていたので、巡り合わせですなあ)

 

 

♪しびれるような香りいっぱいの琥珀色した飲みもの、

まさしくそのモカマタリでほっとひと息付くことになろうとは、

このほどの八王子歩きの印象深い締め括りとなったのでありましたよ。