年末が近づくにつれて「第九」の響きがあちこちから…というのが、日本の毎年のようすですけれど、
2020年の場合はどうなのでしょうか。例年ほどの開催規模ではないかもしれませんですね。
そんな中で読響の「第九」公演は開催されることになっているわけながら、結局のところこれには欠席で連絡済み。
となりますと、例によってその代わりに自宅にて「第九」を聴くか…ということも考えるわけですが、
今回の趣向はちとひねりを加えることに。
そも「第九」といってもベートーヴェンだけではないよなと思い立ったことが始まりでして、
交響曲第9番はドヴォルザークにも、ブルックナーにも、マーラーにもあるなあと思ったりしたわけです。
ではありますが、年末に、それも2020年の年末に似つかわしいかということも考え合わせるうちに、
「第九」と言って何も交響曲に限って考えることもなかろうかと思い至るに及んで、やおら「めっけ!」と。
取り出したのはこちらのCDです。
ネヴィル・マリナー指揮シュターツカペレ・ドレスデンの演奏による、2枚組のハイドン・ミサ曲集でして、
4曲収録されているうちの一曲が今回の「めっけ!」。
ハイドン作曲ミサ曲第9番ニ短調「不安な時代のミサ」(困苦の時のミサとか困窮時のミサとかも言われますな)、
通称「ネルソン・ミサ」、つまりはハイドンの「第九」というわけです。
ハイドンがこれを作曲していた1798年、ヨーロッパはナポレオン軍が自由自在に行軍しており、
ウィーンにもその軍勢が押し寄せるのは今日か明日かという状況。
不安な時代、困苦の時の元凶はそこにあったのですな。
さりながら、曲が初演される頃にはネルソン提督率いる英国艦隊がフランス海軍を打ち負かし、
(有名なトラファルガー海戦はもそっと後になりますが)ウィーンの人たちもすこしばかり溜飲が下がったのでしょうかね、
誰呼ぶとなくこの曲を「ネルソンのミサ」と呼ぶようになっていったのであるとか。
元々のタイトル「不安な時代のミサ」が想像させるところと、ネルソンの戦勝を寿ぐような「ネルソン・ミサ」との謂れは
果たして曲の印象がマッチするのであろうかと思うところながら、曲はもっぱら不安な時代を振り払おうという気迫があって、
そのあたりのマッチングを心配する必要はどうやらなさそう。一聴してそれが分かる曲なのでありますよ。
曲自体は「ミサ曲」ですから、典礼文にならった構成になっていますけれど、
実に激しい「キリエ」、祝祭感にあふれた「グローリア」、深く沈潜するがごとき「クレド」…と続いていって、
最後には晴れやかにあたかもヘンデルの「ハレルヤ・コーラス」を聴くかのような。気持ちを高ぶらせる曲なのですよ。
作曲の年代として、1795年までに104曲の交響曲を書き上げていたハイドンですので、
シンフォニックな曲作りはすっかり自家薬籠中の物となっていたところで、
その後に集中して作曲したミサ曲もスケールの大きな作品となっておりますね。
考えようによっては交響曲の作曲を通じて得たものをミサ曲に活かしているとなれば、
ベートーヴェンの「第九」に先がけること30年ほど、すでにハイドンは
交響曲と声楽の融合を図っていたのではなかろうかと思えたりもするのですなあ。
たまたまにもせよ、2020年の年末にいわゆる「第九」代わりに何かと思い巡らした結果ではありますけれど、
ハイドンがナポレオン戦争の迫りくる不安を吹き払うように作ったという印象のミサ曲は
あたかもコロナの不安にやきもきさせられ続けた2020年だけに、その沈みがちな空気を払うに適う曲であったような。
年末には黙っていてもべートーヴェンの「第九」を耳にすることはありましょうから、
ここはひとつ、ハイドンの「第九」の方も併せて聴いてみてはいかがでしょう。
Youtubeで検索すれば、いくつかの演奏から選んで聴くことができますですよ。どうぞお試しを。