このところ少々ピアノづいている(?)こともありまして、またアメリカの話にもちと触れたりもしたところで、
「ああ、そういえばずいぶん前に買ったものの封も切っていなかった…」というCDを取り出しました。
買わないときは全く買わないのに、買うとなるとあれもこれもと一遍にオーダーするものですから、
こういうことも起こるわけでして(と、申し開きすることもないのですが…笑)。
とまれ、取り出だしましたのはアメリカの作曲家エドワード・マクダウェルのピアノ小品集でして、
ここに収録されている「森のスケッチ」の第1曲目、「野ばらに寄す」がお目当てなのでありました。
かつて炊飯器のCMに利用されたということでもありますので、ご存知の方もおいでかと思いますが、
演奏時間にして1分半にも満たない、堂々とした?小品ですけれど、このアルバムには同じように短い小品が
なんと33曲も入っている。となれば、「野ばらに寄す」並みにぴぴっとくる曲もあろうかと思ったものでありますよ。
しかし残念ながらというべきか、なかなか「野ばらに寄す」ほどに食いつきの良い曲には出くわさないものですな。
同じ「森のスケッチ」という曲集の中にある「昔の密会所にて」ですとか、いくつかの曲の密やかさに惹かれたものの、
結構せわしくクロマティックに動き回ったりする曲には予想外の印象だったりするのでありました。
とまあ、そんなマクダウェルのピアノ小品集の曲名を見ていて「おや?!」ということが。
例えば「森のスケッチ」の中の「From Uncle Remus」とか、「炉辺のおとぎ話」という曲集の「Of Br'er Rabbit」とか、
ぴんと来る方もおいでとは思いますが、「これって、リーマスおじさんとうさぎくんのことでないの?」と。
昔のディズニー映画でアニメと実写が混在した「南部の唄」の登場人物たちであるわけで。
映画の中でリーマスおじさんが歌う「Zip-a-Dee-Doo-Dah」が取り分け知られておりますけれど、
全編にわたり歌に溢れて楽しい映画だなと思い、自宅にはVHS版ビデオがあるものですから、
最近でこそ見ていない(機材が無いので見られない)ものの、かなりお馴染みの作品で、
「お!」と思ったような次第でして。
映画の原作はジョエル・チャンドラー・ハリスが書いた、黒人伝承に基づく再話文学「Uncle Remus」シリーズ、
19世紀後半の刊行でしょうか、これに想を得てマクダウェルがピアノ小品集に入れたもののようですが、
そうと知ると、「炉辺のおとぎ話(Fireside Tales)」という曲集のタイトル自体、リーマスおじさんが炉辺で
ジョニーにおとぎ話を語っている姿が思い出させるものでもあるような気がしますですね。
ところで、映画の「南部の唄」ですけれど、Wikipediaによりますれば
「アメリカでは1986年以降、ディズニー側の自主規制により一度も再公開されていない」とのこと。
全米黒人地位向上協会の抗議の結果ということなのですが、その抗議理由といいますのが、
「作品内で対等のように白人と黒人が交流している。当時のアメリカではそのようなことはありえないことであり、
誤った歴史認識を招く恐れがある」ということなのですね。
そもそもジョエル・チャンドラー・ハリスは(これもWikipediaの受け売りですが)、
「南北戦争後の人種関係の理想化された世界を示し、出版から間もなく、幅広い年代の間で
大きな定評を得ることになった」というものだということですので、これを「誤った歴史認識を招く」ものと
一刀両断にしてしまうことには、いささか戸惑うところでもありますね。
とにかくダメ!とするのでない対応の仕方もあるように思えなくもない反面、
それだけ(日本人の想像をはるかに超えるほどの)差別の歴史がアメリカには重くのしかかっているのでありましょう。
ということで、マクダウェルのピアノ小品を聴いたという話が、すっかりまた人種差別の話になってきてしまいました。
折しもこの時期の偶然とは思えない気もしておりますよ。