メンデルスゾーンハウス・ライプツィヒにあって1845年当時のままの、

つまりはフェリックスもその足で上ったであろう階段を上り詰めますと、そこにはまたこのような展示室が。

 

 

壁の貼り紙には「⇒」とともにお「こちらも覗いてね」的な案内がありますけれど、

出迎える写真の人物が指揮者クルト・マズアであると分かるのはクラシック音楽をよく聴く方くらいかもですね。

 

かつてメンデルスゾーンも指揮したライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団を長らく率いていたからという所縁でもって

ここに一室が設けられているのか…としか思い浮かびませんでしたけれど、どうやらそればかりではないようで。

なんでもメンデルスゾーン研究に取り組み、基金を設立して再評価に尽力した人でもあったようです。

 

ライプツィヒのほかではニューヨーク・フィルのシェフに収まって、当時がたがただった楽団を立て直した功績から

同楽団としては初めて名誉音楽監督になったということでもありますので、

派手な人気とは異なるタイプのオーケストラ・ビルダー的な親方であったのかなと思ったりもするところです。

 

個人的にはマズア指揮ゲヴァントハウス管の生演奏を一度だけ聴いたことがありまして、

(記憶に嘘がなければですが)30年以上も前になりましょうか、

新宿文化センターでの来日公演でベートーヴェンの交響曲第8番&第7番というプログラムであったはず。

 

と、あやふやになりつつもなぜに記憶にとどまっておるかと申しますれば、

とてもとてもチケット代の高い外国オケの来日公演にあって、なぜか新宿文化センターの公演は

「若いものでも懐をはたけばなんとか行けそう」というものだったのだと思うのですね。

 

このチケット代の安めの設定のことは、やはり新宿文化センターでのデュトワ指揮、モントリオール響という

当時飛ぶ鳥落とす勢いの超人気公演をも聴きに行けたことから間違いないと思うのですが、

マズア、ゲヴァントハウスの演奏会の記憶は安かったということ…ではなくして、

生涯の中でも指折りの感動演奏だったからでありまして(個人の感想です)。

 

いささか武骨というか、もっさりというか、つまりは颯爽としたシャープさという当世風とは異なって、

「ああ、ドイツだなあ」という響きで聴いたベートーヴェンに涙しそうになったものであったものですから。

 

…と、余談が長くなってますが、この来日公演を聴いたころは未だベルリンの壁の崩壊前ですので、

ゲヴァントハウス管は東ドイツのオーケストラ、クルト・マズアは東独の指揮者とされていたわけです。

 

かつてナチス政権下のドイツにあって、表現の自由といったものは極端に制限され、

音楽家がこれを嫌い、これに対抗し…という姿のあったことは、

つい先日にエーリヒ・クライバーなどを振り返るところで触れたわけですが、

共産主義であった東独においても、ある種の窮屈さ(こんな言葉では表せないでしょうけれど)があったことでしょう。

音楽家にとっても、はたまた一般市民とっても。

 

ですので、そんな東独という国のありように対するデモが、ライプツィヒのニコライ教会を起点に起こりますが、

こうしたことへの対処は徹底弾圧というのがかの国(といいますか、当時の共産圏といいますか)の流儀?のところへ

マズアは敢然、ライプツィヒの有力者たちとともに市民への武力行使回避を求めるメッセージを発表、

平和的解決を求めたそうでありますよ。国の体制から推し量れば、このこと自体も勇気ある行動といえましょうか。

 

こうした政治的な関わりから、「ドイツ統一後の1994年5月にリヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー大統領が退任した際には、

一時ドイツキリスト教民主同盟から大統領候補に擬せられたこともあった」とWikipediaに記載の残るようなことにも。

ライプツィヒ市民にとって、クルト・マズアは単にマエストロというだけではないのでしょう、

メンデルスゾーンハウスの小さな記念展示室にもそうした点に触れておりましたですよ。

 

 

ということで、せっかくですからクルト・マズア指揮、ライプツィヒゲヴァントハウス管弦楽団の演奏を、

手持ちのCD、否LPレコードで振り返っておくといたしましょう。

 

 

子供の小遣いで2枚組3500円はたいそうな買物だったですが、初めて手にしたブルックナーのレコードでありました。

1974年の最新録音盤は当時の録音技術の粋でもって、だいたいブルックナーの7番が1曲だけの2枚組、

1楽章ごとに(10分程度であっても)LPの片面をフルに使っているという贅沢な作りで、空間の奥行が感じられるような。

 

ブルックナー好きという方々の中にには一家言お持ちの方が多いようですので、

あくまで個人の印象として受け止めてもらえればと思いますが、あんまり精神性の深さみたいなことを言い出さすに聴けば

中庸の美しさで貫かれているような気がしますですね。

 

久しぶりに取り出して聴きましたけれど、「あの頃」流行った歌を聴くと「あの頃」を思い出すのと同様に、

このレコードに針を落としますと、かつて両親と住まっていた頃に家具調のような大きなステレオの前で聴いていた

自分の姿まで浮かんでくる、当然にそれを聴いていたときの頃のことまでも。

とにもかくにも思い出の一枚となっているのですな。そのこと自体を思い出す機会となったものなのでありました。