さて、日本橋髙島屋 で見てきました「堀文子-旅人の記憶」展。
生誕100年の長寿を記念する企画でしたですが、巡回中の今年2月5日に亡くなられ、
奇しくも追悼展になってしまったという展覧会なのですな。


「生誕100年 堀 文子 追悼展 -旅人の記憶-」@日本橋高島屋S.C. 本館8階 ホール

堀文子作品と出会ったのは、箱根の成川美術館ではなかったかと。
よく言われるように「花の画家」という言葉になるほどと思ったものの、
「これが日本画?!」と疑ってしまうほどにポップな姿を見せていたのが
とても印象的だったものでして。


されど、ここでその画業を初期から晩年まで展観してみますと、
題材も作風もずいぶんと変転があったということを改めて知るのでありました。

確かに花の絵は多くありますけれど、ご本人が下積み(?)時代の経験を書いた文章から
背景を推測するところではありますね。

稲、麦、綿などの植物を研究している教授の下につき、拡大鏡を使って農作物の記録に専念しました。

ですが、これは単に植物への関心を高めただけでなくして、
もっと広く生き物に注ぐ目線を生んだのではなかろうかと思うところです。
ですから晩年になって戸外制作が難しくなったときに、顕微鏡の世界を見つめる方向に行ったのは
(サックス奏者・坂田明から勧められたということはあったとしても)ごく自然なことだったかも。


ミジンコの絵や、はたまた本展図録の表紙にも使われているクリオネの絵。
画面を埋めるほかの小さな生き物たちともどもに、

その姿かたちは抽象世界を思わせるもので、

それは「ミロに学ぶ」なんつう作品も残している堀にとって、

親和性のある世界だったのではなかろうかと。


堀文子「妖精(クリオネ)と遊ぶ」(部分)

見ようによってはそれこそミロの作品や、

あるいはカンディンスキー あたりの作品を思わせるところですが、
いわゆる抽象画の世界はとても「静的」であると受け止められるのに対して、

堀作品は動的とまでは言わないまでも
動きがありそうに思えてしまうところがありますね。


基本線としては具象の画家だとは思いますけれど、その作風の変遷の中には
デカルコマニーという技法の使用というだけにとどまらず、シュルレアリスム 的なるものもあり、
画家がいろいろな要素を自分の中に取り込んで、

後にも自在に(あるいは無意識に、かも)引き出している。
そんな気もするのでありますよ。


あれこれ思い巡らしながら作品を通観してみたあとになりますと、
フライヤーに使われている「ブルーポピー」も、パッと見でこれまでは
「ああ、画家らしい花できれいだな」くらいの印象でいたものが、
実はなんともシュルレアリスティクではないか?!」と驚かされることにもなるという。

これを描いたとき、画家は82歳であったとか。


画家は生前「私には『これでいい』というゴールはありません」と言っていたようですが、
「六十、七十は鼻たれ小僧、男ざかりは百から百から、わしもこれからこれから」という
彫刻家・平櫛田中 の言葉も思い出されますなあ。


また会場内で上映されていたビデオ番組の中でも、
歳を重ねることを人間の中身の熟成とでもいったふうに捉えて、
実に前向きに(その前向きさは、そう思おうとするのでなく、ごくごく自然に当たり前に)
生きておられるようすが窺えたですが、もしもこの先があったらどんなふうに展開したろうかと
思ったりするにつけ、お亡くなりになられたことが残念でならない気がしたものでありますよ。