まずはシュテーデル美術館の古典名品 が連なるフロアをひと回りしたわけですけれど、
続いて階をひとつ下って、近代絵画のフロアへとご案内申し上げます。


超有名なゲーテ肖像の本物


これは、ゲーテ というとよく見かけるものですが、ヴィルヘルム・ティシュバインの作(1787年)。
フランクフルト随一の著名人ですので一応最初に持ってきましたが、

本来的に館内の時代区分からするとオールドマスターの部類のはずながら、

ゲーテという近代文化人と思しき人物の肖像であるが故でありますかね…。


ドラクロワ「ファンタジア・アラブ」


こちらはドラクロワの「ファンタジア・アラブ」(1833年)。
先日ボルドー展 で見たライオンの絵をついつい思い出すように、躍動感に溢れています。


フリードリヒ「霧の上る山」


一瞬「日本の風景?」と思ってしまいそうなのが、この「霧の上る山」という一枚(1835頃)。
何とフリードリヒ が描いているというのが何とも不思議な感じがしますね。


この感覚の根っこは何ぞ?と思ったときに、画面を覆おうとする霧、その湿気のある空気感が
ドイツに比べて断然に湿度が高いと思われる日本を想起させたのではなかろうかと。


ハーゼンプフルークの作品


ツヴェンガウアーの作品


と、フリードリヒが続くのね…と思ったところが、いずれもフリードリヒではないという。
描かれているものに双方類似はないものの、いずれもフリードリヒが描きそうな光景のような。

上の方がハーゼンプフルークの作品(1845年)、下のがツヴェンガウアーの作品(1847年)で
どうやらフリードリヒも孤高の作家ではないのだなと改めて思うところでありますよ。


ドガならではの構図?!


マネらしいタッチ


そしてフランスからはドガ作品(1872年)の独特な構図の取り方、
マネのいかにもマネらしいタッチ(1873年)を見ながら進んでいきますと、
これまたベックリンらしいベックリンの作品(1871-74)登場。


いかにもなベックリン


穏やかならぬ空模様の下、たたずむ女性は何をか想う…
その辺りの想像につい向かってしまうのは象徴主義絵画ならではやもしれないですね。
後ろの岩山が「死の島」を思わせることもありましょうけれど。


セガンティーニは詩情を湛えて


セガンティーニもまたお得意のアルプス の風景を背景に
羊を追いながら家路につく羊飼いの姿を描いていまして、
あたかも藁屑を敷いていったかのようなタッチが牧草地の描写にマッチしてますね。
もちろんそうしたところとは別に、湛える詩情からもしばし立ち止まってしまうわけですが。


ハンマースホイの静寂の何故?


フェルナン・クノップフの静寂の何故?


謎含みと言っては大袈裟ですけれど、上のハンマースホイ作品(1901年)、
下のクノップフ作品(1883年)ともに「佇む人のなぜ?」「佇む場所のなぜ?」
「その描き出し方のなぜ?」に思い巡らしてしまいますなあ。


エドゥヴァルド・ムンク「ジェラシー」


もちょっと物語要素が強いのが、ムンク の「ジェラシー」(1913年)でありましょうか。
三者三様の表情は誇張を効かせるあまり、もはや漫画のようにもなっているという。
(右側の男性は浦沢直樹「20世紀少年」で見かけたような顔つきですなあ)


マティスの色彩!


と、あんまり謎解き方向に思いが行ってしまいがちなときに出くわすマティス は、
素直に色彩の魅力に引き戻してくれる効果がありますね。


マティスはいかにも「それらしい」作品ながら、
「おや?」と思いましたのはフェルナン・レジェの「フィッシャーマン」(1921)です。


フェルナン・レジェ「フィッシャーマン」


題材的には第二次産業との親和性を(勝手に)感じるところですれど、
第一次産業にも目を向けていたのですねえ…とは、先にタイトルを見ての思い込み。


「フィッシャーマン」なので「漁師」と置き換えてしまいましたですが、
「魚釣りをする人」くらいのところですかね。

背後に見える鋼鉄の橋梁と思えるあたりは、やっぱり工業系との親和性ありですな。


と、ここで会場で見つけたお気に入りをひとつ。
アウグスト・マッケ作「ふたりの少女」(1913)という作品であります。


アウグスト・マッケ「ふたりの少女」


マッケは「青騎士」に参加していたと言われれば「なるほど」と思うところながら、
抽象世界に迷い込んだかのような少女ふたりが何の衒いもない普通の姿で
何だかホッとするのですよね。

何しろ周りの作品が抽象度合いを増している中でありますから。


という具合に近代絵画のフロアもひと回り。
この後にまだコンテンポラリー・アートもあるわけですが、
リアルタイム現代の作家として気になった名前だけ備忘に記しておこうかと。


Rainer Fetting、Peter Angerman、Jan Knap、Andreas Schulzeといった作家たちの作品には
またどこかで鉢合わせするかもしれませんし。


とにもかくにも、フェルメールにゆっくり向き合えただけでなく
余禄がたくさん!といった感じのシュテーデル美術館詣で。
大きな満足を得たフランクフルト1日目でありましたよ。


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