年の瀬ですが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。私の方はというとモンテレイ工科での秋学期も終わり、日本に一時帰国しているわけですが、特に休む暇もなく論文執筆やその他業務に追われています。やれやれ。

振り返ってみると今年も精力的に研究活動したなという感じで、

・国際ジャーナル論文2本出版済み or 出版予定
・日本語論文1本出版
・翻訳本1冊出版予定(2026年1月)
・国際ジャーナルR&R1本
・学会 or ワークショップでの発表7回
・招待講演(invited talk)3回
・助成金1件採択(ISA Research Workshop)
・ジャーナル査読14回(R&R含む)

といった感じでした。このブログであまり触れたことのない翻訳本に関しては、マイケル・ベイリー教授の “Real Stats”(OUP, 2015)の日本語版が、来年1月に刊行される予定です。タイトルは『社会科学のための統計分析入門』で、上下巻構成になります(書誌情報はこちら)。社会科学のデータ分析で用いられる方法を幅広くカバーしており、例も豊富で直観的な説明が多いため、授業でも使いやすい一冊かと思います。ぜひお手に取ってお読み頂ければ幸いです。

去年と比べて今年変わったなと感じたことは二点あります。一つは査読の依頼が増えたことです。去年は5件ほどだったので、倍以上の増加です。自分が国際関係論における観衆費用・評判の研究をしているということが業界全体に知れ渡ってきた感じがします。喜ばしい反面、今のところ依頼されたらほとんど引き受けているのですが(断ったのはハゲタカっぽい一件のみ)、この感じで増えていくなら今後は選別しないと研究に充てる時間が確保できないという思いもあります。自分もいっぱいジャーナルに投稿しているので、なるべく引き受けたいんですけどね。

二つ目はネットワークの広がりです。国際関係学会の助成金でワークショップを企画するにあたって参加者を集めていたのですが、参加してもらってもいいんですか……?レベルのトップ・スカラーともお知り合いになることができたりしました。また、学会発表やinvited talkも頻繁にしたりしました。発表する機会を作らないとだらけるというのがメインの理由なのですが、顔を売る効果もそこそこあったのかなと思います。

他方で、最近関わっている研究プロジェクトが増えすぎていて訳が分からなくなってきているので(笑)、来年は今のプロジェクトの論文化に励みつつ、ゆっくり腰を落ち着けてインプットに充てる時間を確保したいですね。国連PKOの本や論文も定期的に読みたいですし、AIの台頭で「実験屋・データ分析屋って近々いらなくなるのでは……?」という危機感もあるので、定性的研究についても勉強したいなって思ったりしています。

以上、ざっくりですが今年の振り返りでした。それでは、よいお年をお迎えください。
ご無沙汰しております。6月半ばに春学期が終わり、1か月くらい日本で夏休みを過ごし、来週にはもう秋学期が始まります。早いものでモンテレイ工科での3年目がスタートです。

さて、ありがたいことに、この度とあるジャーナルから投稿していた原稿について原則採択(in-principle acceptance)をもらいました(「原則」なので今後掲載拒否になる可能性もゼロではないので、どのジャーナルか、どんな内容の論文かはいったん伏せます)。なぜ「原則」かというと、まだ実験をやっておらず、データが手元にないからです。なぜデータもなく、分析もしていないのに採択になるのかと疑問に思う人もいるかもしれませんが、それはフォーマットがRegistered Report(通称レジレポ)だからです。ちなみにレジレポを通したことのある日本人の政治学者ってこれまでいるんでしょうか。いてもおかしくなさそうな気がするのですが、もしかしたら初かもしれません。今年中には実験を行って再提出をする予定で、出版自体は来年になるでしょうか。

レジレポとは、データを集める前ないし分析を行う前に、研究計画だけを見て採否を決める査読制度のことを指します。実証系の論文はイントロ→先行研究レビュー→理論・仮説→研究デザイン→分析結果→結論という流れで書くのが普通ですが、レジレポでは分析結果の部分がなく、研究デザインのところまで(pre-analysis planとも呼ぶ)を見てジャーナルは採否を決めます。問いは重要か、理論からの仮説の導出は説得的か、研究デザインは適切か、あたりが判断材料になります。ちなみに似たような用語にpre-registration(プレレジ、事前登録)がありますが、こちらはデータを採取する前にOpen Science Framework(OSF)などで仮説や研究デザインをあらかじめ登録しておくことを意味します。研究の透明性を高めるという目的は一緒ですが、レジレポはこのプレレジの発想を査読プロセスにまで延長したものと言えます。

レジレポの査読にはStage 1とStage 2があり、Stage 1ではデータと分析無しの状態で査読し、そこでジャーナルの編集者が問題なしと判断すれば原則採択になります。もちろん、Stage 1で掲載拒否の判断が下ることもありますし、今回も一回目の判断は修正後再提出(R&R)でした。言われたところを直して再提出して原則採択になったということですね。Stage 1で原則採択になったら、投稿者は原稿に書いてある通りの手順でデータを採り分析し、分析結果(と結論)を書いて投稿するとStage 2の査読になります。この段階では編集者と査読者は、Stage 1の研究デザインから逸脱がないかをチェックするのが主で、大きな逸脱がなければどんな結果になろうとも出版されることになります。「原則」というのはそういう意味ですね。詳しくはSage Journalsのこのページをご覧ください。

心理学の友人がいて、そっちではレジレポは当たり前になっているようですが、政治学のジャーナルでレジレポを受け付けているところはほとんどなく、管見の限りでAmerican Political Science Review(最近やり始めた)、Journal of PoliticsPolitical PsychologyJournal of Experimental Political Science(Preregistered Report)、Research and Politicsぐらいです。Japanese Journal of Political Scienceのresult-blind reviewも近い発想だと言えますが、データを集めた後、あるいは分析した後でも利用できるという点でちょっとした違いがあります。あと、10年ほど前にComparative Political Studiesが試験的にresult-blind reviewを導入していましたが、いろいろ難しかったようで(Findley et al 2016)その後はやってないようです。

なぜいくつかのジャーナルでレジレポをやり始めたかというと、政治学に限らずアカデミア全体に蔓延る出版バイアスや研究不正の問題が背景にあります。よく知られている出版バイアスとして、統計的に有意な結果である場合には論文が掲載されやすい、というものがあります。まぁ、提示した仮説が支持されないという結果を報告している論文を読んだら、「この結果から何を学べばいいんだ」と思うのは素直な反応かもしれません。ただこういった出版バイアスがあるせいで、本来なら重要な研究なのにnull resultであるせいでお蔵入りになるものも少なくありません(file drawer problemとして知られてもいます)。また出版バイアスの存在のせいで研究者には種々の研究不正(もしくは不正とまでは言えなくても研究倫理的に怪しい行為)を行う動機が発生してしまい、例えばたくさん分析をして統計的に有意な結果だけを選択的に報告する、統計的に有意な結果になるまでデータを採取しつづけ有意になった時点で恣意的にストップする、分析結果を見てから仮説を構築する、といったことが横行しています。これらの行為はpハッキング(p値という統計的な有意水準に由来)やHARKing(Hypothesizing After the Results are Known)などとして問題視されています。

レジレポにするとこのような行為を防ぐことが可能になります。例えば実験の論文であれば、これから検証しようとするあらかじめ仮説を提示しておかなければなりませんし、研究デザインの部分でもどのようなサンプルを採取するか、どのような実験的操作を行うか、サンプルサイズはどのくらいの大きさか、どのような統計モデルを使うか、統計的に有意だと見なす水準はどの程度のものか、などなどを事細かく書いておく必要があります。また、データを集める前に査読するので、査読者は結果に引っ張られることなく、純粋に仮説やデザインの妥当性で研究の質や貢献を判断することになります。レジレポによって研究者に研究の高い透明性を要求することで、pハッキングやHARKingなどが難しくなり、出版バイアスが減ると考えられます。

とはいえ、政治学においてレジレポは浸透しているとは言えないのが現状です。浸透していない理由はいろいろあるとは思いますが、一つ真っ当な理由としては政治学で使われる方法の多様さがあると思います。レジレポの考え方は実験とは相性がいいですが、質的研究や解釈主義アプローチとは親和性が高くありません。また、観察データを使った計量分析でもレジレポにすることはできますが、観察データにおいてはデータを集めてから探索的に分析してなにかしらのパターンを探すことも多いので、レジレポにするとそういった想定していなかった発見といった観察データ分析の醍醐味は失われてしまうかもしれません。その意味で、レジレポは因果関係の検証には向いているけど、それ以外の目的とはあまり親和性がないと言えるかもしれません。あと、少し前まではAPSRやJOPといったトップ・ジャーナルはレジレポをやっていなかったので、ちゃんと実験して面白い結果が出ればトップ3を狙えるのに、わざわざレジレポで他のジャーナルに投稿する必要がなかったことも一つの理由だったのではないかと推測できます。また、自分はこれまで何回かいろんなジャーナルでレジレポにチャレンジしてきて、その度に掲載拒否だったわけですが、査読のコメントが辛いことが多めで、「実験やった後できれいな分析結果を見せていれば、きっと通してくれているんだろうなぁ」と感じることも多々ありました。

レジレポでリジェクトされたこともアクセプトされたこともある経験から言うと、どういう結果になっても面白いタイプの研究はレジレポ向きです。例えば、「Xが増えるとYも増える」という仮説があるとします。ここで、XはYに影響があるという理論的根拠が一方にあり、他方でXとYには関係がないと主張する人たちもいるといった状況が、研究の場ではしばしば発生します。この場合、XがYに影響を与えるという主張が支持されようとされまいと、その結果は一定の意味を持ちます。別の言い方をすると、null resultでも面白いと思ってもらえるものだと、レジレポは相性が良いかもしれません。逆に、今まで誰も考えてこなかったような独自の理論を提示し、新説を検証するような研究だとします。このようなプロジェクトの場合、当たればでかいかもしれませんが、レジレポで分析結果がない状態では査読者に「仮説が支持されなかった場合はどういう意味があるんだろう?」と疑問を持たれてしまいかねず、評価は厳しくなるかもしれません。なので、レジレポの場合は、いかに結果に依存せず面白い研究なんだよとプレゼンできるかが一つの勝負どころとなってきそうです。

レジレポの歴史はまだまだ浅く、政治学や国際関係論の分野にどのような影響を与えるのかついてはもう少し経過を見る必要がありそうですが、研究の倫理性・透明性を高める試みとしては非常に理にかなったものだと思っています。先ほどレジレポのフォーマットがある政治学のジャーナルを挙げましたが、その中に国際関係論のサブフィールド・ジャーナルはありません。一個ぐらいそういうジャーナルあってもいいかなと思うので、自分がそういうことを言える立場になったら考えてみようかなと思っています。

というわけで、今回はレジレポの話でした。秋学期も頑張ります。ではまた。
皆さん、ご無沙汰しております。春学期も始まってなかなか慌ただしい日々を過ごしておりました。授業以外だと、3月1日ーから5日までシカゴでのInternational Studies Associationの年次学会に参加してました。論文発表2本に加え、パネルの司会と討論者の役割もこなしたので、過去一忙しい学会でした。年配の先生方は毎回こんな忙しいのかと思うと尊敬します。

最近のニュースとしては、学会中にJournal of Experimental Political Science(JEPS)から投稿中の論文について条件付き採択をもらいました。「条件付き」の部分はデータを提出して論文中の分析結果が再現できるかどうかのチェックが主ですので、ここまで来ればほぼ安心です。数か月後には現物が拝めると思うと非常に嬉しいです。ちなみに、今回の論文の内容についてはこの前出版された『現代思想』2025年2月号でも触れたので、もし興味のある方はそちらも見て頂けたら良いかもしれません。珍しく日本語で書きました。

JEPSはアメリカ政治学会の実験研究セクションによって創立されたジャーナルで、政治学でも実験を使った研究にフォーカスしています。比較的歴史の浅いジャーナルではあるのですが、2023年時点でのImpact Factorも3.2と政治学カテゴリーでは高く、業界内の評判は高くなっていると思います。モンテレイ工科大学のリストでもトップ・ジャーナル扱いとなっています。特徴としては、実験の手順や透明性について高い基準を設けており、実験データと分析コードの提出は当然のこと、IRBの審査に通ったことの証明書の提出義務もあり、pre-registration(プレレジ)も強く推奨されている他、分析方法等でプレレジから逸脱した場合はそれをこと細かく論文中に書きなさいと指示されています。こうした要求により、研究者は研究不正を行ったり、分析モデルをちょろまかすことで統計的に有意な結果を出すといったことが難しくなるので、研究の再現性や透明性を高めるうえで非常に良い試みだと思います(投稿する側としては、手間や負担が増えるなと感じたりもしますが笑)。あとは、論文の長さは短め(standard articleでも4000 wordsが上限)というのも一つの特徴です。

JEPSはその名前からわかる通り、国際関係論だけでなく政治学一般のトピックを対象にしたジャーナルです。自分はこれまで国際関係論に特化したジャーナルからしか論文が出てなかったので、今回のJEPSで政治学一般に受ける論文を書ける研究者だという認知が得れたりしないかなという淡い期待を抱いています(だいぶ淡いかもしれません)。また、"Experimental"と書いていることからも政治学で実験をする人たちからは広く知られているジャーナルなので、そこから論文を出すことは「こいつはちゃんとした実験ができる奴なんだ」というシグナルになるのではと考えています(これもだいぶ淡いかもしれません)。なので、JEPSから論文を出せそうということで、自分は非常に喜んでいます。

論文の内容ですが、国際政治における評判費用(international reputation costs)と安心供与(assurances)の関係について検証したものです(プレプリント版はこちら)。「自分たちの国は平和的な国ですよ」「攻撃的な意図はないですよ」という安心を他国に供与することは国際平和を達成するうえで重要なことですが、そもそも国際政治学の中でも安心供与はあんまり研究されていないトピックですし(Knopf 2012)、何をしたら安心供与に寄与するのかもよくわかっていないという問題があります。安心供与のコミットメントの信憑性を高める一つのメカニズムとして国内観衆費用(domestic audience costs)があります。平和にコミットしているにもかかわらず武力行使といった攻撃的な行動を行えば、指導者は国内の聴衆から選挙で負ける、支持が減るといった形で懲罰される(=国内観衆費用の発生)と考えられており、転じて国際平和へのコミットメントを国内観衆費用を高める形で行えば、その約束は他国から信用されやすいと考えられます。ただ、平和のコミットメントを破棄すると国内観衆費用が発生することを示したサーベイ実験にはLevy et al.(2015)とQuek(2017)があるのですが、私が共著者と行った実験ではLevyたちの実験結果は再現できなかったの(Takei and Paolino 2023)で、安心を他国に供与するのに国内観衆費用に頼るのはいささか心許ないと言わざるを得ません。

他のメカニズムとして、国際評判費用があります。平和にコミットメントしておきながら侵略行為をしたりすると、他国から平和的な国でないと思われて対抗処置をされたり、同盟国の離反をもたらします。国内観衆費用と同様の理屈で、評判費用を高めるような平和へのコミットメントを行えば、他国へ安心供与できると考えられます。ただ、安心供与のコミットメントを破棄すると評判費用が発生する理論上は考えられているのですが(Kydd and McManus 2017)、そのことを実証した研究はほとんどありません。例外としてCebul et al.(2021)があるのですが、彼らの論文でもどのような条件だと評判費用が高まるのかについてはあまり議論されていません。そこで、日中関係のシナリオを用いて、2024年5月にアメリカで実験を行いました。その結果、日本と中国の軍備増強という仮想的な状況についての小文を読んだアメリカ人に、この軍備増強は日本ないし中国の過去の平和へのコミットメント(日本は平和主義、中国は平和的台頭・発展)からの逸脱だと考えられるという追加情報を与えると、日本および中国の将来のコミットメントへの信憑性が下がる(=評判費用の発生)ことがわかりました。さらに、この信憑性の低下の度合いは中国でより大きく、これは中国がアメリカのライバル国である一方、日本は同盟国であり、内集団びいきが働いた結果だと解釈できます。この実験結果は、国際評判費用が安心供与の有力なメカニズムであることを示唆しています。日本の平和憲法も、第二次大戦後日本が他国から平和的な国だと思ってもらうやり方としては効果的だったのかもしれません。

今後は具体的にどうすれば評判費用を高めて安心供与を行うことができるのか(自分の過去の研究(Takei 2024)に引き付けてコミットメントを公にするかどうか、など)についてより深堀りしていきたいなと考えています。この他、投稿中の論文もたくさんありますので、引き続き自分が面白いと思う研究を続けていきたいなと思ってます。

今回は以上です。それではまた次回よろしくお願いします。


Cebul, M. D., Dafoe, A., & Monteiro, N. P. (2021). Coercion and the Credibility of Assurances. The Journal of Politics, 83(3), 975-991.
Knopf, J. W. (2012). Varieties of assurance. Journal of Strategic Studies, 35(3), 375-399.
Kydd, A. H., & McManus, R. W. (2017). Threats and assurances in crisis bargaining. Journal of Conflict Resolution, 61(2), 325-348.
Levy, J. S., McKoy, M. K., Poast, P., & Wallace, G. P. (2015). Backing out or backing in? Commitment and consistency in audience costs theory. American Journal of Political Science, 59(4), 988-1001.
Takei, M., & Paolino, P. (2023). Backing Out but Backing in Audience Costs? A Replication of Levy et al.(2015). Foreign Policy Analysis, 19(2), orad008.
Takei, M. (2024). Audience Costs and the Credibility of Public versus Private Threats in International Crises. International Studies Quarterly, 68(3), sqae091.
Quek, K. (2017). Type II audience costs. The Journal of Politics, 79(4), 1438-1443.
最終授業と成績のポストも終わり、モンテレイ工科大学での秋学期がようやく終了しました。最近とあるジャーナルからR&Rをもらえたので、冬休みに本腰いれて取り掛かろうと思っています。冬休みは一か月間日本に一時帰国して、授業負担でボロボロになった心身を癒そうと思っています。

授業で疲れたのは確かにそうなんですが、研究もかなり進んだなって感想で、「もしかすると(もしかしなくても)モンテレイ工科って結構研究環境良い?」ってなってます。モンテレイ工科はここ数年欧米の博士号持ちの活きの良い(?)研究者を多く採用しており、研究活動も活発です。それもそのはずで、自分も含めたresearch professorにはノルマがあり、具体的には毎年ScopusのQ1-Q2に含まれるジャーナルから論文を出すことが求められています(政治学は年1本だけど、共著が多い他の分野では複数本だったりする)。別にノルマを達成でいなくてもすぐにクビを切られるとかはないですが、年の査定に影響したり、報奨金をもらえなかったりする(特にトップ・ジャーナルから論文が出るとびっくりするぐらいボーナスが出る)ので、皆躍起になって研究してます。大学は研究の質だけじゃなくて量にも重きを置いている感じですが、コンスタントに業績を出すことも大事にしたい僕には合ってるなと感じています。

個人的には結構良いincentive structureだなと思っていて、というのも各研究者の研究の動機付けを与える一方で、別にそこにいる研究者間の競争ではないので(むしろモンテレイ工科内のコラボだと追加でボーナスが出たりする)、お互い手助けし合う環境が育まれています。その一例が学部内での研究ワークショップで、学期中に2週間に1回、各研究者が進行中のプロジェクトについて発表して、オーディエンスからフィードバックをもらえます。このワークショップの良いところはプロジェクトのどの段階でも発表していいという点です。着想段階でも、データの分析が終わった段階でも、ジャーナルからR&Rをもらっている段階でも、必要だと思ったら好きなタイミングで発表できます。自分も今学期一回発表しましたが、サーベイ実験実施前のものについてコメントをもらいました。実験は実施してしまえば分析自体はかなり楽なのですが、変な実験をしてしまうと取り返しがつかなくなるので、実験をデザインしている段階が一番神経を使います。なので、実験をやる前にデザインにコメントをもらえる機会は非常に貴重です。同僚たちもちゃんと読んでくれますし、サーベイなりフィールドなり実験に携わっている人も多いので、有益なフィードバックがもらえました。

あとは毎年3月に学内の学会があって、そこでも発表の機会があります。モンテレイ工科はモンテレイだけではなく、メキシコ全土にキャンパスがあるので、各地で政治学および国際関係論を研究している人たちが一堂に会するイベントになります。びっくりするような大物教授も来たりして、前回はSusan Stokesが来ていて「Boix and Stokes(2003)のStokes!?」ってなりました(修士課程時代に読んで印象深い論文でした。X(Twitter)にも写真上がってるからまぁ名前出しても大丈夫でしょう……)。来年はメキシコ・シティであるみたいで、観光も楽しんできたいと思ってます。ちなみに費用は大学持ちです。素晴らしい。

冒頭で「授業疲れた……」みたいなことを言いましたが、今のところ大学からは先方が望む研究業績を出していると判断されているようで、実は授業負担もだいぶ軽くしてもらってます。現状、アメリカの研究型大学(1学期2コマ、1コマ約3時間)と同じぐらいです。この先今までと同じような質と量の成果を出せるかは不透明ですが、近々論文化されそうなワーキング・ペーパーが貯まってることを考えると、先数年ぐらいは大丈夫そうかなって思ってます。

他にもsmall grantがあって、年に2回ぐらいは国際学会にタダで行けますし(ちょっと足が出たりはするけど……)、このお金で小規模なサーベイぐらいは出来たりもします。今学期はRAもつけてくれました。学部生ではありますが、自分の授業で非常に優秀だった学生だったので、だいぶ研究が捗りました。また、競争激しいけど、採用されれば数万ドル(もしくはそれ以上)もらえる大規模な学内研究助成金もあります。お金がかかる理系のプロジェクトが競争相手なので社会科学系はなかなか当たらないみたいですが。去年は着任したばかりで申請できなかったので、今回はものは試しでチャレンジしてみようと思っています。

というわけでモンテレイ工科は世界的に見てもなかなか良い研究環境を提供している大学なのではと思ったりしてます。当然全く不満がないわけでもなく、国際関係論、特に安全保障を専門とする人があまり周りにいなくてちょっと寂しいなぁ……メキシコの人たちは東アジアのことなんて全然興味ないしなぁ……などと思ったりもしてますが、贅沢の極みかもしれません。APSAやISAといった国際学会にいけば国際関係論オタクに満ちた空気は吸うことができますしね。まだまだ新しい教員を採用していくはずなので、時間が経てばこの不満も薄れていくかもしれません。あとは美味しいアジア料理レストランが少ないとかでしょうか。こちらは死活問題。スペイン語は……まぁ人生のスパイスとして受け入れてあげてもいいです。

メキシコの一大学からのレポートは以上でした。アカデミアの景気がいい話はあんまり聞かないと思うので、ちょっと書いてみようと思った次第でした。どれだけ間が空くかわかりませんが、次回にご期待ください。


Boix, Carles, and Susan C. Stokes. "Endogenous democratization." World Politics 55.4 (2003): 517-549.
早いもので夏休みはもう終わり、先週月曜から秋学期の授業を教えています。メキシコの夏は暑いのだから、もっと夏休み長くすればいいのにとは思いますが、言っても仕方のないことではあります。

夏休みの間にいろいろ旅行したいなと思っていたのですが、結局仕事ばかりでどこにも行けませんでした。ただそのおかげで、滞っていた本の翻訳も片付き、いくつか研究助成にも応募でき、論文の原稿も複数完成してジャーナルに投稿できたりはしたので、なかなか生産的な夏ではありました。冬休みは日本に帰国するので、今度こそゆっくりしたいなと思っています。

今学期は春に教えていたGeopolitics and Technological Changes×2でいいとのことで、授業準備に割く時間が格段に減るので、去年に比べるとだいぶ余裕があるように感じています。その証拠に、一年目は学期中に新しい論文を読むということがほとんどできなかったのですが、今は一日に1、2本は精読できるような状態です。インプットとアウトプットの両方に励みたいです。とはいえ、自分の昔からの弱点は体力のなさで、100分の授業を1回教えたらもうぐったりで、10時間ぐらい寝ないと回復しません(笑)それが週4なので、個人的にはなかなかしんどいです。もちろんもっと重い授業負担の中やっていらっしゃる先生方も多いと思うので恵まれている方だとは自覚します。ただ、今は2年目ということで授業負担を少し軽くしてもらってる状態なので、これから増えるかと思うと個人的にはなかなか辛いものがあります。論文出版や研究助成獲得を通じて、「研究に集中させてもらえればこれぐらいの業績は出すので、他は大目に見てください」と交渉できるようにするのが短期的な目標です。

最近一つ嬉しかったことは、自己引用以外で初めて自分の論文が引用されたことです(Wayne et al. 2024)。しかもAmerican Journal of Political Science(AJPS)という政治学のトップ・ジャーナルから出た論文に引用されたので、喜ぶもひとしおです。外交におけるcostly signalの解釈や信念の更新が個人と集団の場合で違うことを示したサーベイ実験の結果を報告しています。あんまり見たことないような実験のデザインをしていて、方法論的にも勉強になる論文だなぁという印象です。

最近の傾向として、(サーベイ)実験で政治学のトップ・ジャーナルに載せようと思ったら、実験デザインで工夫してあっと言わせるか、金に物を言わせて複数国で大きめのサンプルを採ってデータで殴るかしないと難しくなっていると感じます。例えば、今度American Political Science Review(APSR)から"The Generalizability of IR Experiments Beyond the U.S."という論文が出版されるそうなのですが(Bassan-Nygate et al. 2024.プレプリント版はこちら)、観衆費用(Tomz 2007)を含む国際関係論の主要実験4つを7か国(アメリカ、ブラジル、ドイツ、インド、イスラエル、日本、ナイジェリア)で再現するというものです。もともとの実験はアメリカで行われているのですが、どの国でもだいたい結果が再現されているとのことで、一か国での実験でも一般可能性については楽観的になってもいいんじゃないかという趣旨です。各国3000人、合計21000人を対象に調査しているので、なかなか手間とお金がかかっています。このぐらいやらないとAPSRやAJPSには載らないんだなぁと思い知らされています。コスパよく出版できる方法も考えると同時に、ホームラン級の研究助成も当てにいかないといけないと思っています。研究者業も楽じゃないです。

とはいえ、こういった一線級の研究を目の当たりにすると刺激になることは間違いないですね。これからも挑戦し続けていきたいと思ってます。

Bassan-Nygate, L., Renshon, J., Weeks, J.L., & Weiss, C.M. (2024). The Generalizability of IR Experiments beyond the US.
Tomz, M. (2007). Domestic audience costs in international relations: An experimental approach. International Organization, 61(4), 821-840.
Wayne, Carly, et al. "Diplomacy by committee: Assessing resolve and costly signals in group settings." American Journal of Political Science (2024).