信じるか信じないかは穴しだい
いろいろあった11月から約1か月経過。
いつもの日常に戻りつつある。
それこそ
不用品整理として
本やCDをとにかく売りさばきに行ったり
大型ゴミに出したらマネーがかかるのでわざわざ家具をのこぎりでバラしたりと
11月の終わりから12月の半ばまで
ほぼ毎日
そんなことばかりしていた。
ほんと
ほぼ毎日
のこぎりのギコギコ音や
プラスチック製品をたたき折るパッキパキ音など
生活騒音をはるかに超えた騒音が鳴り響く。
正直なところ
”すみません、隣の家から変な物音がするんですが”と
通報されてもおかしくないレベル。
この音プラス
何かの腐敗臭がしたら
『某凶悪事件の模倣犯、広島に爆誕!』てな感じで
間違いなく私はワイドショーなどでつるし上げにされていたであろう。
そんな日々もやっと峠を越え
年内にはリフォームが終わりそうな感じの今日この頃でR。
こんな感じで
日々ギリギリのところで生きている私だが
唯一の楽しみと言えば
週末の飲酒パーティ―。
いつもの呑み屋で
いつもの仲間たちと
いつものようにくだらない話で盛り上がる瞬間が非常に楽しい。
それもそのはずで
店を訪れるいつもの仲間たちは
私の職業であったり素性であったり
もちろん私の名前すらも知らないわけなので
こちらも気を使わなくていい。
私は私で
いつもの呑み屋のキャラクターである
陽気な”かんとく”を演じておけばいいので
非常に楽でR。
もしかすると
この店を訪れるいつもの仲間たちも
普段の日常で何かしらのストレスを受け
そのストレスを発散するために店に訪れているかもしれないので
ある意味では似たもの同士が集まった空間なのかもしれない。
さすが
オトナの社交場。
恐るべし。
先週の場合は
この店でたまたま知り合った大阪出身の転勤族夫婦が
AM2時くらいのド深夜帯に電話をかけてきやがって
”かんとく、今から呑もうでこの野郎!” とのたまう始末。
完全に寝ぼけモードの私は
”あ、明日なら呑めますが…”となぜか敬語で電話を切る。
結局
変な時間に起こされたのでその後は眠ることができず
飲みに出かける時間帯になると眠たくなるという
実にめんどくさい奇病にかかりながらも
私は指定されたいつもの呑み屋に突撃。
だが
”呑もう!”と約束はしたものの
明確な時間などは約束していないので
結局転勤族の夫婦は
私が店に到着した2時間後に出現した。
2時間もインターバル飲酒をしている私は
もう酩酊状態。
結局
転勤族夫婦に連れられ
色々な店に行かされたようだが
2店目からの記憶がない。
目を覚ましたら
いつのまにか家の布団の中に潜り込んでいたので
実に始末が悪い。
まあ
いつもの抑圧された生活が
こうやって休日になると爆発しているわけなので
ある意味では心のバランスが取れているのかもしれない。
こんな感じで
今年のクリスマスも楽しもうと思う。
たぶん。
くそ、転勤族夫婦め!
二人して酒癖が悪いファック!
そして熱烈な阪神ファンファック!
だからオマリーのサインをプレゼントしてやったぜ!
万札を枕に寝正月
自分の中でやっと喪が明けた。
喪が明けると同時に呑みに出かけ
早速記憶を失くしてしまった今日この頃の私でR。
それにしても
酒はいい。
禁酒をすると手がブルブル震えてしまうのはご愛敬。
つうか
手が震えたら確実にアル中、
略さずに言うとアル〇〇ー中毒でR。
もう
四六時中メリーアン。
何を言っているのか自分でもわからないが
久しぶりの飲酒は
ごく少量であれベロベロまっしぐら。
インテグラ・ノッテグラ
バイアグラ。
先週の土曜日なども
まさにそんな感じ。
いつもの呑み屋でホッピー片手にたそがれていると
次々と呑み屋で知り合った友人たちが来襲。
”ワルそな奴はだいたいトモダチ” ということわざがあるように
”呑み屋にいる奴はだいたいトモダチ”を地で行っている。
また
会話の内容が下世話そのもの。
やれ
その友人が相席飲み屋に行っただの
今からその店に行ってみるだの
いや、普通に飲み屋で引っ掛けたほうがいいだの。
挙句の果てには
普通に呑み屋で呑んでいた女性(40代ぐらい)を捕獲し
2時くらいまで下世話な話を繰り広げる始末。
そら
記憶もなくなりますわ、といったレベル。
女性を引き連れて呑み屋に行った覚えはあるが
何の会話をしたかはあまり覚えていない。
うっすら覚えているのは
その女性が避妊具肯定派か
それとも言葉通り否認派なのかについて
激論を交わしたような。
その記憶もまた
下世話そのもの。
酔ったフリをして女性を落とすフラチな野郎がいるが
私など
本当に酔ってフラチなことばかりするという
非常に厄介なタイプ。
というわけで
喪が明けて久しぶりにアルコールを口にしたとはいえ
早速
名声を地に落としてしまった今日この頃でR。
とはいえ
名声という名声も特に上げていないので
イーグルショットのように地を這い続けているわけであるが。
くそ、呑み屋め!
結局みんなゲスだったファック!
女性までゲスだったファック!
私を含めてみんなアル中なのが怖いぜ!
ガチ自宅とはこれ如何に
実のところを言うと
この一週間
非常に心を痛めた出来事があり
テンションはだだ下がり中。
詳細は伏せておくが
それこそ
救急隊員から
警察官から
刑事から
色々な方から取り調べを受けた。
おかげで
週末に予定していたおバカ計画が水の泡となった。
その名も
”架空の会社で慰安イベントをやってみた”。
参加者全員が架空のキャラで
呑みながら野球などのスポーツを行うという
頭のネジが何本かぶっ飛んだ企画。
実際のところは
野球場が確保できなかったので
泥酔ボウリングとなったわけであるが
それでもかなりファンキーな企画。
この日の参加者は
たぶん夜遅くまで酔いつぶれたに違いない。
振り返ってみると
今まで私が計画から携わってきた企画というものは
いざ本番となると
肝心の私がいないというケースが多い。
基本的に
こういう企画の発案者兼
提唱者兼
アドバイザー兼
プランナー兼
アクターである私は
それこそ計画を練りに練り
小道具まで作成して
イベント開催に臨むのだが
たいていその日になって
急に仕事が入ったり
急に不幸が入ったり
急にあの日になったりして
まともに参加したことがない。
今回もそういった類なので
ある意味では
私が立ち上げたイベントはいわく付きと言っても過言ではない。
その時の模様についても
今の私自身が呑み屋リサーチできるほど余裕がないので
なかなか情報が入ってこない。
言い出しっぺとしては
盛り上がりについて非常に気になるところではあるが
まあ仕方がない。
また行けるときに
諜報活動にいそしむことにしよう。
というわけで
何が言いたいのかは私自身よくわからないのだが
何気に私は
今日も元気に生きているということ。
一つだけ言えるのは
今回の出来事により
確実に次の段階に進めるようになったということ。
私の快進撃が
今、始まる。

たまにはこのままフィニッシュで。
ベース音と間違うくらいの隣客の屁
11月3日。
私は今年も
広島で開催される最大のマラソンイベントである
ひろしま平和マラソンに参加してきた。

毎回
一番最初に走った日を思い出すのだが
毎回忘れてしまうという
プチ痴呆
略してチ痴に陥ってしまって早や何年か。
確実に10年は経ったと思う。
となると
一番最初に走ったのが26歳の時なので
今思うと
そこまでビンビンにならなくても、と思うくらい
過ビンだった頃から走っているということになる。
ちなみに
誰得情報であるが
この平和マラソンは毎年
某ローカル新聞による号外速報が
現地でもれなく希望者に配布されているわけであるが
過去10年間で私が出演した率は
あの
最高の助っ人外国人と呼ばれるランディ・バースの打率をはるかに超える
登場率5割。
どんだけ映ってんだこのハゲ!
という感じでR。
これは
私が毎回毎回
号外をしこしこもらいに行って分かったというわけではなく
たまたまこの号外を作っているという人物から教えてもらった
まことしやかな情報でR。
自分が意図していないところでの露出なので
なんというか
知らされてびっくりでR。
また
今回の私は
走る前のグダグダ・タイムの際に
どこかのメディアの女性にインタビューをされるという恥辱を受けた。
持っている機材から推測するに
地元のローカルラジオ局と思うのだが
なんで
うだつの上がらない
ガラスの30代の私を取材するのだろう、と考えること数秒。
あ、そうか。
俺目立つ格好してたんだ。
そりゃ
取材にも来るわな。
正直なところ
このリポーターが私の周りをうろうろしていたので
”やべえ、俺取材される” とは思っていた。
なので
私は一緒に走る仲間たちの陰に隠れていたのだが
↑のような着ぐるみを着ているわけなので
頭かくしてアナ〇かくさず、といった具合でR。
また悲しいことに
ある意味では無茶ぶりな質問に対しても
適当にスラスラ答えてしまうのが金玉にキズ。
とまあ
こんな感じで
ある程度メディア進出を果たした私であるが
結果であるマラソンはもう
私のアナ〇のようにキッツキツ。
一緒に走った連れが
残り300mくらいでラストスパートをかけたので
仕方なく私も連れを追い抜くべく
必死のパッチで
全体力を注ぎ込んで競技場を走り抜けたのだが
軽く100m離されてゴールされてしまった。
もう
マジ走りだったため
周りの観衆から
”あの着ぐるみ、すげえ走ってやがる!”と恐れられるくらい。
その代償は大きく
ゴール後はもう
近くの芝生の上で青〇された方のようにぐったり。
この日復活したのは
結局いつもの呑み屋で酒を浴びてからだったので
当分の間HPがひとケタ台だった。
体力だけは落ちないように
ほぼ毎日1万歩は歩くことを日課にしているし
時間があれば歩くようにしているのだが
さすがに走る筋肉は別のようだ。
だがこれで
私の課題が見えたような気がする。
今後は体に負担がかからない程度に
日課の運動タイムにジョギングも入れてみようかなと思う
体力低下に伴い
必死にあがこうとする三十路の哀愁漂う今日この頃の私であった。
くそ、メディアめ!
人が逃げているのにインタビューするんじゃねえファック!
人に隠れているのに写真撮るんじゃねえファック!
あ、着ぐるみ脱げばよかったんだ…。
性権奪取
広島は現在絶賛クライマックスシリーズ中。
私も様々なコネクションを活用したことにより
仕事以外の試合はすべて観戦できることになっている。
つまり
CSが第6戦ある中で5試合は観戦できる。
ただ
南からはるばるサイクロンさんがやってきているため
土曜観戦予定の試合が伸びて伸びて月曜開催となってしまった。
なので
月曜の私は仕事のため確実に行けないため
最大行けて4試合となる。
まあなんにせよ
この時期まで野球が観戦できるのは
プロ野球ファンにとって至極の喜び。
10年前の私に
”おい、10年後にカープは連覇するぜ!”と言っても
まず信じないだろう。
10年前のカープはまさに暗黒期そのもの。
それを思うと
本当にカープは強くなった。
昨日の私はと言うと
13:30から試合があるということで
11時には球場入りし
強い雨が降りしきる中ポンチョを着こみ
ひとり内野席でボーっと瞑想していた。
球場を見渡しても
雨が降りしきる中
席に座っている野郎はほんの一握り。
たぶん
数えても100人もいない。
他の民はと言うと
屋根のあるところで雨宿りをして様子をうかがっている感じ。
うつろな目でグラウンドを見つめていると
冒頭でも述べたように雨天中止となった。
頭のどこかでは
”今日は中止だろうな”というワードがよぎっていたが
いざ中止が決まると
どうしていいのかわからなくなってくる。
そのまま家に帰って一日を終えるのも
ものすごくもったいないので
とりあえずいつもの呑み屋に突撃し
店主やほかの客とバカ話をして盛り上がった。
夕方になり
場所を変えるべく
同じく友人がやっている呑み屋に突撃。
そこには
だいたい1月に1回くら会う顔見知り客が
サンフレッチェのユニフォームを着て佇んでいた。
話を聞くと
この客はかなりのサポーターであり
ひとりで地方スタジアムに行くのが
三度のアルコールより大好きという野郎。
しかも
この客は現在岡山に住んでおり
広島で試合があるときには広島にやってきて試合を観戦し
終了後には友人の店で呑むという
かなりの通。
普段はかなりクール・ガイで
一人静かに酒をたしなむ、と言う感じなのだが
この日はユニフォームを着ているためか
もうマシンガントーク状態。
とにかくしゃべりまくる。
といっても
私もそういうトークは嫌いではないので
店内はほぼ
私とその客の会話が幅を利かせている状態。
またそのトークがマニアック。
音楽から何から
誰がそんな情報知ってるんだ、という濃いネタを
お互いが繰り広げる始末。
その中で
”昔ってお金がなかったからラジオをよく聞いてたんですよ。
で、ラジオからいろんな曲を知りました” と客が述べた。
ああ、日曜日でもそうですが
なかなかマニアックな曲が流れますよね、
なかなかラジオも面白いですよね、と返す私。
すると
”地元のラジオも学生の時によく聞いてまして。
『〇〇(番組名)』っていう番組が大好きで毎週楽しみにしてました” と言う。
あれ?
『〇〇』?
私はピンと浮かび
「実は私もそのラジオにメールを出したことがありまして。
その番組でよく読まれていたネタ職人を言ってみてください」と述べてみた。
すると
”えっ?ジョリーン権乃助”
「それ私です」
”えええええっ!すげえ、生ジョリーンだ!” という展開に。
というか
久々にその名前を人前で使ったような気がする。
また
このラジオを聞いていた、という人に初めて会ったような気がする。
その話の中で
”いやあ、ジョリーンさんになりたくてなりたくて。
学生時代は変なことばっかりやってましたよ!”とか
新しく来店された客にも
”聞いてくださいよ、この人有名なネタ職人なんですよ” と説明し始める始末。
なんというか
私ですら覚えていない
昔の尖っていた頃の私のネタをスラスラ言ってくる展開なので
もう恥ずかしいやら恥ずかしいやら。
ネタ職人だった頃の私は
”放送局に勝負する” がモットーであり
とにかく生放送で誰もしていないようなことばかりしていた。
そういった
私のゆがんだ精神が
ラジオによってこの客にも受け継がれ
学生時代に私を模していろいろおバカなことをしたらしい。
そう考えると改めて
”テキトーにやってたのに結構影響力があるんだな”と感じる。
最後には
”フェイスブックにあげさせてください!”ということで
二人で写真を撮り
その客は岡山へと帰っていった。
あんまり覚えていないのだが
その番組があったのは10年前くらい。
尖っていたころの私に
”お前、10年後にお前の影響を受けた男と会うぞ”と言っても
たぶん信じないだろう。
それどころか
もっともっと過激なネタを投稿していたかもしれない。
人間
何が起こるかわからない。
台風で試合が中止になっていないと
この日の出会いはなかったわけなので
縁というものはすごいなぁと思う。
今後の私のトークネタとして
若者と話す機会があったら
”ラジオ聞いてましたか?”と聞いてみようと思った
広島の夜であった。
くそ、昔の私め!
話を聞くとロクなことをしていないファック!
影響力もハンパないファック!
しまった、今もそう変わっていなかった!
いまだに不幸の手紙が届くのはなぜだ
先日
仕事で某大学に行った。
一応私も
訪れた大学とは違う大学の出身ではあるのだが
大学じたいの大きさは月とスッポン。
素人モノと企画モノくらいの差がある。
私は素人モノ愛好家であり
その見地から見ると
まさにこの大学は
素人モノに出演してそうな輩がわんさか。
変態は変態を知る、と言うが
この大学には変態臭がプンプン香る…と
どんどん話がきな臭い方向に向かっているので
それはそれとして。
とにかく
仕事で某大学を訪れた。
ここ近年
いろいろな制度が変わったことで
私のようなカースト制度の底辺でうごめいている労働者も
いろいろな研修を受けないといけなくなった。
その一環で
某大学の講習を受けないとダメ、ということで
ノコノコ訪れたわけであるが
土日であってもこの大学はどこか活気がある。
運動系サークル活動にいそしむ学生。
研究のために大学を訪れた学生。
よく分からない国からはるばるやってきたであろう学生。
というか
一見すると誰が学生で
誰が変質者なのかよくわからない。
確実に私は変質者の類に当てはまるわけなのだが
変態は変態を知るとはよく言ったもので
ふと…。
また話が反れるところだった。
とまあ
パッと見て”こいつ学生だ!”と思うのは
明らかに肌ツヤが違う学生くらいなもの。
それはどこに行っても同じで
大学内にあるベンチに座って歓談している学生や
大学のカフェでひざを突き合わせて語り合う学生、
はたまた
大学の外のメシ屋で激論を交わす学生など
どこに行っても肌ツヤが違う学生ばかり。
ある意味では
学生のオンパレードといっても過言ではない。
これが
素人モノのDというジャンルに当てはまるわけか。
もしかするとあの木陰は
みは…。
いかんいかん。
どうしても
話がそちら方面に流れてしまう。
というわけで
私は朝から晩まで
この大学で講習を受けたわけであるが
印象はもう
シモ系なことばかり。
マジメな講習を受けたはずなのに
結局不マジメなことしか覚えていない私であった。
くそ、Dめ!
実際大学生の会話を盗み聞いたらファック!
そっち系の話ばかりファック!
下手に生々しいから困る…。
打倒モリゾー
9月16日の私は朝から仕事。
でも気が気ではなかった。
なぜなら
昼からカープの試合があるから。
しかも
その試合のチケットを持っていたから。
私は3週間も前からこの日に照準を当て
半日年休を取る申請をしていた。
本当なら1日休めばよかったのだが
さすがにそんなことをすると
同僚たちから
あらぬブーイングや白い目で見られること必須。
なので
とりあえず仕事にハゲむわけなのだが
上でも述べたとおり
仕事が手につかない。
それもそのはずで
この日の時点でカープのマジックは1。
つまり
カープが勝つか引き分けるかで
地元優勝が決まってしまうという非常に大事な試合だった。
そのため
お仕事をしながらも
頭のどこかで
”うわ、俺、歴史の証言者になるんだ” とか
”俺、生きて帰れるだろか” とか
”時には起こせよムーヴメント” とか
どうでもいいことばかりが頭の中を駆けめぐる。
そんな私の心とは裏腹に
天気は次第に曇りはじめ
気付けばしとしとぴっちゃん雨模様。
なんというか
台風さんもこの歴史的な試合をナマ観戦したかったのか
南の海からマツダスタジアムへ
はるばるやってこようとしていたので
それに伴う雨雲が広島に流れ込んでいた。
やべえ。
俺、持ってない。
この歴史的な日が中止となると
マツダスタジアムでのセリーグ連覇が
まさに水のバブルとなってしまう。
しょうがないので
私は仕事をしながら
近くにある上司のティッシュをくすね
ミニてるてる坊主をこしらえては
私の仕事机に並べるという実に地味な作業を繰り返す。
そんな行為をしていると
気付けば仕事終了のお時間到達。
私は急いで職場を後にし
移動しながら勝負服に着替えるという
スッパマンもびっくりな手段で最寄りの駅へ。
そして
競歩並みのスピードの早歩きで球場へ。
試合開始が14時からなので
このスピードで行けば
スタメン紹介タイムである13:20頃に間に合うはず。
私の読みは正しく
なんとか
13:15頃には球場入り。
よし、あとは応援するだけだ。
だが
速く球場に行くために
涙ぐましい努力をした私を打ちのめすような現実が
球場で起こっていた。
オーロラビジョンには大きな文字で
”試 合 開 始 は 1 4 : 3 0 ” と書いてある。
なんじゃそりゃ。
急いで来なくてもよかったじゃん。
わざわざ汗かかなくてもよかったじゃん。
焼肉のたれはジャン。
まさにファッキンな展開であったが
といってほかのところで時間をつぶすとしても
結局のところ
そわそわそわそわしてしまうのは確実なので
とりあえず
自らの席で瞑想をすることにより
来たるべき大一番に向けて心を落ち着かせることにした。
1時間後
運命のゴングが打ち鳴らされた。
この日
私が陣取っていたパフォーマンスシートは
もう試合前からテンションMAX。
トラトラトラな感じで
試合前の選手応援歌メドレーから
かなりの大音量状態。
他のファンも
かなり気合が入っている。
こうなると
私もより気合を入れないといけない。
というわけで
試合前の選手応援歌メドレーから
MAXに近い大音量の声を発した私。
そのため
試合前からノドをやられた始末。
とはいえ
こんな私のダメージなど
カープの優勝と比べると屁みたいなもの。
ノドのダメージなど全く顧みず
私は全身全霊でスクワット応援を繰り返す。
たしか5回くらいから
完全にノドがやられてしまったのだが
こういったときに編み出した独自の発生方法である
”ノド声”という
とにかくノドに力を入れて声を出すテクニックで
私は声を出し続けた。
そのため
カープの攻撃が終わるたびに
ぐったりとへたり込む状態。
もう
完全に酸欠状態で
とにかく頭が痛い感じ。
私は今まで
どの場所でも全力応援をしてきたが
応援のし過ぎが原因で頭が痛くなったことはなかった。
なんでだろう、と自己分析した結果
とある結論にたどり着いた。
それは
声を出すということは
ノドや口に力が入るということで
必然的に歯を食いしばる場面が増える。
つまりは
”た行”など
一回歯を噛み締めて発音する場合
力を入れているため歯にかなりの負荷がかかってしまっていたのだろう。
だが
弱音を吐くわけにはいかない。
パフォーマンスシートから
カープのスロープ入り口付近が見えるのだが
ふとスロープに視線をやると
そのスロープには
チケットがないけど一目優勝の瞬間を目の当たりにしようと
わざわざマツダにやってきたカープファン2~3千人が
わらわらと集まってきていたのだ。
その中で
マツダスタジアム内で観戦できる私は
かなり恵まれている。
こんなところでくじけてはいけない。
そう考えた私は
カープの攻撃になると再び大音量で応援し続けた。
結果的に言うと
この日の試合は4-5で逆転負け。
スロープ付近に集まった人々も
蜘蛛の子を散らすように帰宅をはじめる始末。
試合が終わった瞬間
私はもう、矢吹状態。
まさに
精も根も尽き果て
声もつぶれてしまった。
試合には負けたものの
不思議と悔しくなかった。
それどころか
満足感というか充足感でいっぱいだった。
もう、悔いはない。
久しぶりにいい応援ができた。
私は次の日のチケットも持っていたが
次の日は台風さんがやってきたのであえなく中止。
そしてカープは
次の日の甲子園でV8を達成する。
その項はまたいつか書こうと思うが
私の中では
非常に満足できる応援ができたので
この日で燃え尽きた感がある。
ちなみにこの日
自分のスペックをはるかに超える大声を出したため
今だにノドがつぶれており
ハスキーヴォイスのまま。
それにより仕事に支障が出ても
エニシングOK。
逆に
活舌悪い系としてネタにできる。
この夜
ひとり呑みに出かけ
活舌の悪さでマダムからモテた
今日この頃の私であった。
くそ、応援め!
歯にダメージがくるとは思わなかったファック!
もう頭が痛すぎてグロッキーファック!
だからこそ声を出さないとやっていけないぜ!
ペンの握り方で妄想
カープの調子がいいことと
本業であるお仕事でてんやわんやしているため
家に帰ると午前様なことが多い今日この頃。
私は今日も生きている。
また
先週は私の友人の店が祝2周年を迎えたため
そのお祝いとしてサプライズ企画をしようと
それこそ
広島の名店という名店を訪れ
しこしこと疑似クラブ活動にいそしんでいた。
その甲斐があり
執念を迎えた友人の店は大繁盛。
メシ屋なのに
売る料理がないという始末で
途中から近くにあるコンビニでつまみを購入し
それで事なきを得る始末。
こういうこともあろうかと
店側も結構な量の料理を仕込んでいたのだが
それでも訪れる客が勝っていたということなので
友人としては非常に喜ばしい。
こんな感じで
自分のことはさておいて
他人のために動きまくっていたこの2週間。
私は今日も生きている。
落語で言うマクラを述べたところで。
先日
というか2週間前だったか
こんなことがあった。
”夏の終わりにBBQをしよう”と
8月の頭くらいに誘われていた私。
そういえばBBQなんて
呑み屋企画で3月終わりにやったきり。
ましてや夏にBBQをしたことなど
やはり3年前くらいに呑み屋企画でやったきり。
こりゃ
肉を焼きながら
肉食女子を落とせるかも。
そう妄想した私は
喜び勇んでいたわけなのだが
行ってみてびっくり。
訪れた面々は
全部で8名だったのだが
そのうちほぼ全員が既婚者&子連れ。
こりゃ
ダンナのいないところでラブ・アフェアするしかない。
ガキを遊ばせておいて
私は既婚者と森でしっぽり。
うーん。
現在問題になっている現役医者不倫と
同じような発想。
とはいえ
そこまで私は肉を食らうわけでもないし
とりあえず酒さえ飲めたらいいタイプなので
楽しみといえばそれしかない。
というわけで
ヨコシマな考えを心に秘めつつホイホイと
広島空港付近のキャンプ場に行った私。
さて、やったるJ!
と
一発炭でも起こして
肉でも焼くか、と思っていたら
参加者である私の友人の子持ちがこういうことを述べ始めた。
”うちの子、BBQがあるから誘ったら「行かない」、と言って
監督(私の呑み屋でのあだ名)がBBQに来るよという話をしたら
すぐに「行く!」ってなったの。
しかも監督が来るから、ということで足にペディキュアまで塗ってるの。
小1なのにマセてるよね~”
なんじゃそりゃ。
たしかにこの友人のガキとは
たぶんこのガキが3~4歳の時から知っていた。
呑み屋に来たり
呑み屋のイベントにはだいたいこのガキもおり
酔いつぶれる母親の代わりに
ガキの面倒を見ていたものなのだが
いつのまにか女に成長していた。
そう考えると感慨深いものでR。
また友人は
”監督、結婚は10年待って!”とも言われる始末。
畜生!
俺は虎舞竜か!
とはいえ
結局は友人であったり
周りの大人が酔いつぶれていくので
ガキどもの面倒を見るのは私。
さすがにトイレには連れて行けないが
それ以外は
ガキの夏休み最後のバカンスにとことん付き合った。
しかし
毎日テキトーに生きている中でも
当たり前だがガキたちも成長するわけで
なかなか感慨深いものがある。
怖いのが
私が何の気なしに言ったことが
ガキどもの知識や経験として残っていくこと。
ほんと
ガキどもの前では下手こけないと思う。
ただ
アルコールが入ると
私も大きなおともだちに戻るので
結局は下手をこいてしまうわけなのだが。
こんな感じで
夏の終わりの思い出は
ガキと遊んだBBQか野球観戦しかない
今日この頃であった。
くそ、大きなおともだちめ!
手持ち花火を口にくわえて点火ファック!
気付いたらガキが真似していたファック!
マジメな顔で親から怒られたぜ!
ワカメでトリップ
先日
いつもの呑み屋で
”俺を囲む会”というものが開かれた。
色々な呑み屋イベントで
スタッフでもないのに粉骨砕身して
なんとかイベントを成功させようと頑張っている私に対し
仲間たちが祝ってくれるとかなんとか。
といっても
タイトルは”俺を囲む会”とうたってあるが
いざ会が始まると私のほうにスポットライトが当たることはなく
ただ単に仲良しグループが集まって
ワイワイ酒を呑んだというだけの会だった。
とはいえ
そんな不純な会に
覚えているだけでも14~5人くらい集まったので
ある意味ではこの回も成功と言える。
また
覚えているだけでも
知り合いの店をたぶん3店舗くらい飲み歩いたような気がする。
どんな感じの乱交パーティーだったか
克明に申し述べたいところだが
会が始まる前にビール瓶3本くらい空っぽにして臨んだためか
この日の記憶がほっとんどない。
会が終わった後日
この会の出席者に話を聞いてみると
”いやあ、いつも以上に狂ってましたよ”
”またヤりましょう” という意見しか聞かないので
たぶんファンキーな会合になったことこの上なし。
また
ファンキーな仲間たちを集めて宴を開きたいものでR。
ただ
この次の日はキツかった。
宴の次の日
私は職場の人間数十人の前で大切な発表をすることになっていた。
かな~り酩酊した夜だったので
次の日も元気に二日酔い。
本当に
朝から口からエクトプラズマを吐いてしまうかのごとき
ダウナーな気分で職場入り。
この日は職場内で
とあるシンポジウムがあり
私はそのシンポジストに選ばれ
珍しく難しいことを言わないといけなかった。
とはいえ
気分は悪いし
酒も残っているせいか
なんだか変なテンション。
なので
シンポジストの紹介として自己紹介をするときに
目の前に職場のお偉いさんが揃っている中
”どうも~、シンポジストです!”とのたまってしまう始末。
ちなみに
シンポジストの
”シ”の部分を”チ”と発音してしまったのだが
たぶん誰も気づかなかったと思う。
ちなみ
私のスピーチ自体はなんとか無事に終わり
持論を展開することができたわけなのだが
やはり
お偉いさんはいるわ
マジメなことを言わないといけないわで
発言前はもう、ド緊張。
やはり
私は矢面に立つよりも
裏でこそこそ動いていたほうが性に合うようだ。
そういえば
このスピーチの前日に泥酔したときも
私は
”自分が自分が”精神よりは
他の出席者をイジって
その出席者に光が当たるようにしていたような気がする。
今後も呑み屋でこういったイベントがあると思うのだが
私は裏で出演者を操るという
悪徳プロデューサーとして
日の目を浴びずに姑息に生きようと思う。
たぶん。
くそ、呑み会め!
ほんとひどかったファック!
尿道ひとすじ
相次ぐ
夜の呑み屋パトロール出動と
ナイター観戦により
家=睡眠場所と化してしまった今日この頃。
ところがどっこい神田の日めくりテレビ。
私も何とか生きている。
というわけで
とりあえずはシリーズものを完結させよう。
1日5本しか走っていないローカルバスを待つため
約30分バス停の前で
現地民である海人シャツを着こんだ自称漁師と
熱いトークを繰り広げた私。
そんな我々のもとにバスが登場。
もちろん二人とも搭乗。
一路
那覇空港への高速バスが走っているという
名護バスセンターへ。
約30分後
バスは名護バスセンターに。
バスセンターというと
広島や札幌みたいに
かなり近代的な建物のイメージがあったのだが
ここのバスセンターは1階建て。
当たり前かもしれないが
食堂やコンビニっぽい個人商店もあり
かなりディープな香りがする。
こういうところでメシを食らうと
そうこうしていると
高速バスが乗り場に登場。
再び私はバスに搭乗。
バスの中は
約8割くらいがトラベラーな感じ。
みな
重そうなスーツケースを手にしている。
私はと言うと
手に一升瓶のみというシンプルスタイル。
言うなれば
そんじょそこらのトラベラーとはモノが違う。
一升瓶は伊達じゃない。
私は若そうな女性トラベラーを視姦しながら
昨日呑みすぎたこともあり
いつのまにか夢の中。
夢見がちなおっさんを乗せて
そのままバスは那覇空港へ向かった。
那覇空港に到着。
フライトは1時間後。
最小限度の持ち物でここまでやってきたため
私はここでも
お土産としてラム酒などを購入。
もちろん
自分で飲み干すのではなく
店をやっている友人にプレゼントするため。
そのため
私の両手はどちらも一升瓶で手がふさがるという
ある意味ラスボスっぽい風貌に。
そのまま
私は検問をクリアし
両手に一升瓶を抱えたまま飛行機内へ。
隣に座ったチャンネーの
私を見てドン引きしていたあの目が
その日の私を物語っていたといっても過言ではない。
往路はかなりてこずったが
復路は渋滞も何もなく
私を乗せた飛行機はまっすぐ広島へ。
約3時間後
広島空港に着いた私は
その足で広島駅行きの高速バスに搭乗。
そして
19時くらいに
いつもの呑み屋に到着。
店内に入った瞬間
他のテーブルで呑んでいた見知らぬ客は
”お疲れさん、今日は残念だったね”と
ユニフォーム姿の私を慰めてくれたのだが
野球観戦をしていない私にとっては浦島太郎状態。
”違いますよ、沖縄から帰ってきたんですよ” と
私は釈明会見をしたのだが
みな私の発言を信じてくれない。
仕方ない、ということで
私はケツのポケットからフライト・チケットを取り出し
酔客に見せつける。
”あ、あんたは…”
そこから
客たちの私を見る視線が変わった。
『私は本物の神(バカ)を見た』
『キ〇ガイってほんとにいたんだ』 と。
この事件は
呑み屋界においてかなり大きかったようで
いまだに私のいないところで語り継がれているとかなんとか。
とまあ
こんな感じで
とんだ沖縄珍道中を繰り広げてきた。
私が沖縄まで会いに行った男は
ほどなく広島に帰ってきて
今では立派な穴兄弟と化している。
このブログを打っていない期間も
この男とつるんで夜のパトロールにいそしんでいた次第でR。
まあ
一つ言えることは
沖縄でも広島でも
気の許せる仲間とバカ騒ぎをするのが一番楽しいということ。
とはいえ
また沖縄に行きたいと強く願う私であった。
くそ、那覇空港め!
当たり前だがファック!
カープ関連の服を着ている野郎は誰もいなかったファック!
空が青いから赤はよく目立つんだよなぁ…。































