その6 一週間で5万円
「お金がなくなっちゃったんだけど、おろしてくれないかな?」
父から電話が来た。前回の生活費を渡してからまだ2週間しか経っていない。理由を聞くと、怪しい言い逃れをするので追求するとパチンコで使ってしまったそうだ。考えてみれば、仕事をしていたときはパチンコができるのは仕事をしていないとき、つまり夕方からか休日だけ。それでも3万円以上使っていたのだから一日中パチンコできる日々が続けば5万円の生活費が消えるのは当たり前。だからといってそれを許すわけにはいかない。収入以上にお金を使える人なんているはずがない。とはいっても生活費がなくなってはしかたがないので、きつく言い聞かせふたたび5万円を渡す。そんなことがたびたびあった。ひどいときには一週間でなくなることもあった。
パチンコに行けないとなると家にいるしかない。するとついついお酒を口にする機会が増える。お彼岸だからと迎えに行くと父は寝ていた。起こしても起きない。「お寺は午前中行くものだ」とは父が言った言葉。昼まで待ったがぜんぜん起きない。仕方なくその日は父を置いてお寺へ行った。
それからはパチンコで生活費がなくなるか、酔っ払って問題を起こすか、究極の選択を迫られている気がした。だが、私の答えはどちらもNO!。
「定額預金解約してくれないかなあ。」
ある日父が言い出した。母も比較的浪費家で、貯蓄はできないほうだった。唯一の貯蓄は祖父が遺産の代わりに残してくれた定額預金。それがまだあることは父も知っていた。もちろん母が亡くなった時点で私が預かっていた。それより解約したい理由がとんでもなかった。
「手持ちのお金が少ないと安心してパチンコができないんだ。50万円あればもう負けることはないからさあ。」
一瞬返す言葉を失った。どこまで馬鹿なのか。が、思った。「これで懲りればパチンコがやめられるか?」
「まだ働いていた頃の貯金があるから、それをおろしておくよ。だけどこれっきりだよ。」
みすみす50万円どぶに捨てるのかと親しい友人に話したら言われた。それでもいい、パチンコかお酒かという毎日から抜け出すきっかけになってくれれば。お金を受け取った父は「よーし、がんばるぞー」と言って帰っていった。
それから1ヶ月。お金があればうちなんかには来ないと思っていたら予告もなくやってきた。
「もうお金つかっちゃったの?」
「いや、残りは15万だけど、15万になってからはぜんぜん減らないんだ。」
と父は得意げに答えた。あきれた。1ヶ月で35万円使ってしまった。なのに本人は悪びれる様子がない。ボケたのか?とにかくこれで、こんなことくらいで懲りる人ではないと悟った。予想通り、翌月途中で資金は尽きた。そのときはさすがに多少は反省しているようだった。
その年の秋は長雨が続いた。そして現れた父は足を引きずっていた。たしかに脳梗塞で入院した直後は多少足が不自由ではあったが、引きずって歩く必要はないくらいに回復したはずだった。それからずっと普通に歩いていた。それなのに正月を迎える頃にはさらに足の状態は悪化した。杖を買ってあげた。
「脳梗塞で倒れてこんなになっちゃったんだ。」
と言って知人たちの同情を集めようとするかのような態度に腹が立ち「毎日歩かずにお酒ばっか飲んでいたからだ」と私は説明した。
「退院後はあそこにも歩いていったし・・・」
と言うと
「最近なにがなんだかよくわからないんだ。」
とごまかす。が、もしかしたら・・・テレビで「人間は記憶を都合のいいように書き換えられる。」という話を聞いた。もしかしたら心底病気のせいだと思っているのか。「母さんが生きていた頃にはパチンコは負けたことがない」とも良く口にした。それも記憶を捻じ曲げた?とにかく足を引きずりながらパチンコ屋通いを続けた結果、確実に預金残高は減っていった。
父から電話が来た。前回の生活費を渡してからまだ2週間しか経っていない。理由を聞くと、怪しい言い逃れをするので追求するとパチンコで使ってしまったそうだ。考えてみれば、仕事をしていたときはパチンコができるのは仕事をしていないとき、つまり夕方からか休日だけ。それでも3万円以上使っていたのだから一日中パチンコできる日々が続けば5万円の生活費が消えるのは当たり前。だからといってそれを許すわけにはいかない。収入以上にお金を使える人なんているはずがない。とはいっても生活費がなくなってはしかたがないので、きつく言い聞かせふたたび5万円を渡す。そんなことがたびたびあった。ひどいときには一週間でなくなることもあった。
パチンコに行けないとなると家にいるしかない。するとついついお酒を口にする機会が増える。お彼岸だからと迎えに行くと父は寝ていた。起こしても起きない。「お寺は午前中行くものだ」とは父が言った言葉。昼まで待ったがぜんぜん起きない。仕方なくその日は父を置いてお寺へ行った。
それからはパチンコで生活費がなくなるか、酔っ払って問題を起こすか、究極の選択を迫られている気がした。だが、私の答えはどちらもNO!。
「定額預金解約してくれないかなあ。」
ある日父が言い出した。母も比較的浪費家で、貯蓄はできないほうだった。唯一の貯蓄は祖父が遺産の代わりに残してくれた定額預金。それがまだあることは父も知っていた。もちろん母が亡くなった時点で私が預かっていた。それより解約したい理由がとんでもなかった。
「手持ちのお金が少ないと安心してパチンコができないんだ。50万円あればもう負けることはないからさあ。」
一瞬返す言葉を失った。どこまで馬鹿なのか。が、思った。「これで懲りればパチンコがやめられるか?」
「まだ働いていた頃の貯金があるから、それをおろしておくよ。だけどこれっきりだよ。」
みすみす50万円どぶに捨てるのかと親しい友人に話したら言われた。それでもいい、パチンコかお酒かという毎日から抜け出すきっかけになってくれれば。お金を受け取った父は「よーし、がんばるぞー」と言って帰っていった。
それから1ヶ月。お金があればうちなんかには来ないと思っていたら予告もなくやってきた。
「もうお金つかっちゃったの?」
「いや、残りは15万だけど、15万になってからはぜんぜん減らないんだ。」
と父は得意げに答えた。あきれた。1ヶ月で35万円使ってしまった。なのに本人は悪びれる様子がない。ボケたのか?とにかくこれで、こんなことくらいで懲りる人ではないと悟った。予想通り、翌月途中で資金は尽きた。そのときはさすがに多少は反省しているようだった。
その年の秋は長雨が続いた。そして現れた父は足を引きずっていた。たしかに脳梗塞で入院した直後は多少足が不自由ではあったが、引きずって歩く必要はないくらいに回復したはずだった。それからずっと普通に歩いていた。それなのに正月を迎える頃にはさらに足の状態は悪化した。杖を買ってあげた。
「脳梗塞で倒れてこんなになっちゃったんだ。」
と言って知人たちの同情を集めようとするかのような態度に腹が立ち「毎日歩かずにお酒ばっか飲んでいたからだ」と私は説明した。
「退院後はあそこにも歩いていったし・・・」
と言うと
「最近なにがなんだかよくわからないんだ。」
とごまかす。が、もしかしたら・・・テレビで「人間は記憶を都合のいいように書き換えられる。」という話を聞いた。もしかしたら心底病気のせいだと思っているのか。「母さんが生きていた頃にはパチンコは負けたことがない」とも良く口にした。それも記憶を捻じ曲げた?とにかく足を引きずりながらパチンコ屋通いを続けた結果、確実に預金残高は減っていった。