その8 父の最期(最終回)
一週間で生活費を使い切るのが2週続いた。あと少しで貯金が無くなる。妻からこの現実は本人にわからせるしかないと通帳を返す提案。私も最後の警告ということで
「こんなんじゃ、うちで預かっていても意味がない。もう通帳は返すよ。」
「そうか、しょうがないな。」
12月のことだった。父は通帳を受け取るとさびしそうに帰っていった。
そうして連絡のない日々が続いて迎えた年の暮れ、父の隣人から電話が入る。
「もう10時過ぎたんだけど、お父さん帰ってこないよ。」
その人とは30年もの付き合いだ。その人がいてくれるおかげで父の一人暮らしが成立しているところもある。すぐに実家へ向かった。階段の踊り場で、その人と昔の話をしながら待った。最終バスが坂を上る音がして父の姿が見えた。父は別に変わったところもなく「何しに来たんだ?」と少し驚いていた。事情を説明し、無事ならばと別れを告げた。それが最後だった。
年が明けた3日、その隣人から電話。
「今日、朝からお風呂場で水の出る音がしっぱなしなんだけど、見に行ってみてもいい?」
何かあったときのために鍵は預けてあった。そして電話を持った玄関を開ける。
「やだ!おじちゃん!…救急車!」
「ダメだよ、冷たいよ。警察呼ばないと。」
隣家のご主人が冷静に判断してくれた。警察への連絡を頼み、急いで駆けつけると、浴槽に父がいた。目を閉じて、なぜか少しホッとした表情。勝手な解釈かも知れないが、まるで母か祖母が迎えに来たかのように見えた。
警察官はわりとすぐに来たが、検視官がなかなかこない。
「正月はお年寄りが亡くなることが多くて…」
いいか悪いか、しばらく世間話をしていると検視官到着。父は司法解剖のため警察病院へ。
「時間がはっきりしたら連絡しますが、直接葬儀場へ搬送します。」
と言うので連絡先を告げいったん自宅へ戻る。そして葬儀場へ行ってふたたびのご対面。葬儀屋との打ち合わせは2度目なので慣れたもの。もうその頃は父も交流が減り参列者はほとんど親戚だけ。通夜の夜は親戚の誰も残らなかったので子供たちが寝ると我ら夫婦二人きり。この8年を振り返った。
「なんだかんだ言ってお父さんがんばったよね。」
葬儀が始まる前に確認した父の通帳は残高が約2万円。これで今月をどう過ごそうとしていたのか。どうがんばったのか…
葬儀後の後始末は母の時とは違った。二束三文とはいえ実家は相続手続きをとらなくてはならない。しかも、そこに住む気はないのだから売却を考えねば。その前に家の中を片付ける必要がある。3DKの部屋にはいらない家具とゴミの山。母の時には目に付いたものを捨てただけだったが、今回は空にしなくてはいけない。片付けの多くは妻と、定年退職して平日暇のある義父がやってくれた。燃えるゴミは我が家に持ち帰り、こつこつ捨てた。燃えないゴミはリサイクル業者に一部は引き取ってもらったが、家具は解体して処理場へ自分で持っていった。
平行して相続としての名義変更。司法書士には頼まず、インターネットで調べた知識を元に自力でやった。そして売却。仲介業者を介しての手続きは、購入時のことを思い出させられた。資産価値としては低額なので相続税はかからなかったが、売却すると譲渡所得に税がかかるという。翌年の確定申告。よくよく確認すると購入時より売却価格が目減りした場合、その年の所得がその分目減りした計算になるという。つまり、確定申告によって税金が還付される。意外とありがたい仕組みになっているものだ。
ということで、約10年間にわたる物語が終わった。振り返れば多数の貴重な経験ができ、それは良かったと思う。しかし、母が亡くなってからは甘えられる存在がなくなり、その意味ではつらい日々であった。いずれにしても自身の成長は確実にできたと思う。
「こんなんじゃ、うちで預かっていても意味がない。もう通帳は返すよ。」
「そうか、しょうがないな。」
12月のことだった。父は通帳を受け取るとさびしそうに帰っていった。
そうして連絡のない日々が続いて迎えた年の暮れ、父の隣人から電話が入る。
「もう10時過ぎたんだけど、お父さん帰ってこないよ。」
その人とは30年もの付き合いだ。その人がいてくれるおかげで父の一人暮らしが成立しているところもある。すぐに実家へ向かった。階段の踊り場で、その人と昔の話をしながら待った。最終バスが坂を上る音がして父の姿が見えた。父は別に変わったところもなく「何しに来たんだ?」と少し驚いていた。事情を説明し、無事ならばと別れを告げた。それが最後だった。
年が明けた3日、その隣人から電話。
「今日、朝からお風呂場で水の出る音がしっぱなしなんだけど、見に行ってみてもいい?」
何かあったときのために鍵は預けてあった。そして電話を持った玄関を開ける。
「やだ!おじちゃん!…救急車!」
「ダメだよ、冷たいよ。警察呼ばないと。」
隣家のご主人が冷静に判断してくれた。警察への連絡を頼み、急いで駆けつけると、浴槽に父がいた。目を閉じて、なぜか少しホッとした表情。勝手な解釈かも知れないが、まるで母か祖母が迎えに来たかのように見えた。
警察官はわりとすぐに来たが、検視官がなかなかこない。
「正月はお年寄りが亡くなることが多くて…」
いいか悪いか、しばらく世間話をしていると検視官到着。父は司法解剖のため警察病院へ。
「時間がはっきりしたら連絡しますが、直接葬儀場へ搬送します。」
と言うので連絡先を告げいったん自宅へ戻る。そして葬儀場へ行ってふたたびのご対面。葬儀屋との打ち合わせは2度目なので慣れたもの。もうその頃は父も交流が減り参列者はほとんど親戚だけ。通夜の夜は親戚の誰も残らなかったので子供たちが寝ると我ら夫婦二人きり。この8年を振り返った。
「なんだかんだ言ってお父さんがんばったよね。」
葬儀が始まる前に確認した父の通帳は残高が約2万円。これで今月をどう過ごそうとしていたのか。どうがんばったのか…
葬儀後の後始末は母の時とは違った。二束三文とはいえ実家は相続手続きをとらなくてはならない。しかも、そこに住む気はないのだから売却を考えねば。その前に家の中を片付ける必要がある。3DKの部屋にはいらない家具とゴミの山。母の時には目に付いたものを捨てただけだったが、今回は空にしなくてはいけない。片付けの多くは妻と、定年退職して平日暇のある義父がやってくれた。燃えるゴミは我が家に持ち帰り、こつこつ捨てた。燃えないゴミはリサイクル業者に一部は引き取ってもらったが、家具は解体して処理場へ自分で持っていった。
平行して相続としての名義変更。司法書士には頼まず、インターネットで調べた知識を元に自力でやった。そして売却。仲介業者を介しての手続きは、購入時のことを思い出させられた。資産価値としては低額なので相続税はかからなかったが、売却すると譲渡所得に税がかかるという。翌年の確定申告。よくよく確認すると購入時より売却価格が目減りした場合、その年の所得がその分目減りした計算になるという。つまり、確定申告によって税金が還付される。意外とありがたい仕組みになっているものだ。
ということで、約10年間にわたる物語が終わった。振り返れば多数の貴重な経験ができ、それは良かったと思う。しかし、母が亡くなってからは甘えられる存在がなくなり、その意味ではつらい日々であった。いずれにしても自身の成長は確実にできたと思う。