私小説の館へようこそ -9ページ目
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その1 始まりは・・・

 「今年はいい一年になるぞ。」
と言った父の言葉が今も耳から離れない。その忙しい一年は我が家に長男が生まれたことから始まった。実は父方のいとこは多数いるが同姓の男の子はまだ一人もいなかった。昔風に言えば跡取りの資格を持つ唯一の子ということになる。そんな思いからか喜びもひとしおだったのだろう。それが1月の終わりの出来事。そしてそれがすべての始まりだった気がする。
 良いことは続かなかった。2月に父が網膜はく離で入院した。原因は不明。ただ早急な手術が必要だとのこと。知人の勧めで少し遠いが東京の病院に入院した。母は毎日通っていたようだ。もう60歳を過ぎてはいたが、出歩くのが好きな分、少しも苦ではないと言う。そんなはずはないだろうと気遣う私にはかまわず母は通いつめた。私は退院の日に車を出しただけだった。
 そんなことが落ち着いてきて3月になると我が家では
「二人目の子供も生まれたし、社宅では手狭なので家を買おうかな。」
と思い住宅探しを始めた。週間○宅情報などを見るうち「これは?」と思える物件があった。仲介業者に電話をすると
「あーそれですか。カースペース有りとは書いてはありますが、実は車は入れないんですよ。でも他にもいい物件がありますので一度お越しください。」
なんだ、掲載しているのは客寄せ物件か。どうりで安いわけだ。まあ、何事も経験だと、その業者を訪ねることにした。なにせ今までのんきに暮らしてきたので多少のたくわえはあるものの、私の年収でいくら貯金があれば家が買えるのかもわかっていない。その辺の下調べと思い、業者の話を聞きに行った。
「では逆算してみましょう。年収がこれこれで、貯金がこれだけ。銀行なら年収の○割りは貸してくれるから、35年ローンとして・・・」
なんか勢いに押されている気もするが、どうやら私にも人並みの一軒家が買えるらしい。業者の車で何箇所か回って戻ると冷静な妻が「あそこを買ったら良さそうだ」と言う。私は物心付いたときから集合住宅しか住んでいないので、一軒家のポイントが良くわかっていなかった。妻は「日当たりが良さそう」というところで判断したらしい。そしてそのまま仮契約。うーん、衝動買いか?
 そんな日々を送っていた4月初め、母からとんでもない電話が入った。
「実は今入院してるんだ。胆石らしいよ。手術が必要らしいけど、この診療所じゃダメなんだって。今先生が他の病院のベッドの空きを確認してくれている。」
驚いた私はすぐに実家近くの診療所へと向かった。もうそのときには容態は落ち着いていたが、ピークのときはひどかったらしい。父と車で出かけている途中に吐き気<痛みからくるものだったらしいが>がして、車を降りて嘔吐したそうだ。そんな母を見て父が言った言葉は「バカヤロウ!」昔から母は「お父さんが言うバカヤロウはアイシテルって意味なんだよ。」って言ってはいたが、苦しむ母にかける言葉ではないことはたしかだ。まあ、夫婦のことは子供にも理解はできない。そんなことを思ううちに看護婦が来て医師のところへ案内してくれた。
「今は鎮痛剤と点滴で容態が安定してはいるが早急に手術を受けたほうがいい。今、○○病院と××病院に当てっているのでベッドが確保でき次第救急車で運んでもらいます。」
「救急車って使うといくらぐらいかかるんですか?」
「金の心配はいりません。救急車を使えばタダです。」
その医師が口にした“金(かね)”と言う言葉が気になった。いかにもお金だけにこだわって仕事しているように思えた。容態が落ち着いている母を見ると少し大げさなんじゃないかとも思え、余計なことを企まれているのではと疑いたくなった。その時はまさかこれから母が命にかかわる病気と対峙するとは誰にも予想できなかった。たぶん医師でさえも・・・
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