ジョイントツリー(joint tree)の『よおきたね』ブログ -137ページ目

バサラ像、本当はこんな色

奈良の新薬師寺にあるバサラ像。
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像に残ってる顔料を調べて、当時の色をCGで再現したら、こんな色。
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青い!
中華街の門みたいに鮮やか!

阿修羅像、本当はこんな色

みんなが知ってる阿修羅像。
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色々分析して、当時の様相をCGで再現したら、
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赤い!
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本当はこんな色だった!

面白い!

ドラえもん誕生の秘密

自分が大好きな作品、ドラえもん。

その誕生について、藤子・F・不二雄先生はこう語っている。
「未来、ロボット、猫…ありきたりの断片を寄せ集める事によって、これまでに無かった未来の世界のネコ型ロボットが出来上がったのてす。」
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その時の藤子・F・不二雄先生の心情を描いてる作品があります。
少しだけ紹介します。

昭和44年、藤子・F・不二雄先生は新しいマンガのアイデアに困っていた時期があった。
それは、先月号に載せた予告。
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アイデアが何も無いのに、切羽詰まって載せた予告だった。

締め切りに追われ、ヒステリックになる藤子・F・不二雄先生。
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いっこうにアイデアは出ない。
「アイデアが浮かぶ機械があったら便利なのに」
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そんな時、アパートに住みついてる野良猫が入ってくる。
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締め切りの時間が迫ってくる。
「もし、タイムマシンがあったら!」
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アイデアが無いままぐっすり寝てしまい、飛び起きて慌てる藤子・F・不二雄先生。
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その時、足元の子供の玩具で転けてしまう。
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ビカーン!

ギリギリでアイデアが閃く!
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ドラえもん誕生‼

その時の玩具。
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それから40年、愛される作品となってます。

おれ、ドラえもんと同じ長さの人生です。

わりゃ〜、車に乗れぇやぁ!!

ガキの頃、映画好きのおれは、レンタルビデオ店の連中と仲良くなり、その中の1人の女の子と親しくなってた。

自分、以外にもストイックな自分が出てて、その女の子とは話すだけの関係だった。

そのビデオ店の店主、オーナーがいたんだけど、そのおっさん、おれを目の敵にしてた。

それというのも、多分、その女の子が好きだったんだと思う。

ある日、その女の子と話してたら急にやってきて、おれの胸ぐらを掴んで切れた!
「わりゃ、誰の女に手を出すんじゃ!」ちなみに、そのおっさん、嫁さん居るし、おれは客。

「はい?」ビックリしたおれ。

そんなおれを外まで引きずり、
「わりゃ~、車に乗れぇやぁ!!」
「はい?」とおれ。
エキサイトしてるおっさん。
「今から、◯◯組まで連れてっちゃる!!覚悟せいっ!」

車におれを引きずり込もうとするが、抵抗して車をガンガン蹴ってるおれ。

結局、体力的におっさんは諦めた。

「わりゃ、覚えとけ!」

自分はよく人を怒らせてしまうが、今回は全く理由が解らない。
おっさん的には、女の子を守る的なヒロイズムにより怒りを爆発させたみたいだけど、そもそもその女の子とはストイックな関係なのだ!

「お前も忘れるな!」
おれもおっさんに捨て台詞。

意味は解らないが、そういうイチャモンは日常茶飯事。

その後、しばらくしてそのおっさんと会ったが、おっさん照れ臭そうにニヤニヤしてる。

その女の子はバイトを辞めた。

叶わぬおっさんの恋のハケ口にされたんだと思った当時のおれ。

ばあちゃん脚は売ってない。

人は仕方なく老いていく。

2人いた優しいばあちゃんも1人は天国へ。

もう1人のばあちゃんは、じいちゃんが天国へ行って1人になった。

前は母がばあちゃんの面倒をしてくれてたが、最近は健忘症が出てくるようになり、ばあちゃんは介護施設で暮らしてる。

少し前まではばあちゃんと電話で話せたが、介護施設では中々電話は出来ない。

気軽にばあちゃんの声は聞けない。

広島に帰る度、毎回ばあちゃんと過ごす。

前回帰った時は、ばあちゃんが半年外出してないというので、色んな手続きをして、ばあちゃんを連れ出して近所をドライブした。
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写真の時は外したが、おれからばい菌が感染らないように、おれはマスクを付けた。

久しぶりの外の景色に興奮するばあちゃん。街をグルリと周り、川沿いを走り、海辺まで行って夕日を一緒に見た。

それから二カ月近くが過ぎた。

正月は帰らなかったので、ばあちゃんに会えてない。
しかも、ノロウイルスを警戒して、正月は外出をしなかったと聞いた。

今度広島に帰るのは三月。

ばあちゃんに会いに行こう!
物忘れは激しいが、おれの顔は覚えてるはず。

ばあちゃん、笑うと良い笑顔をする。

いつもばあちゃんに「何が欲しい?」と尋ねると、「新しい脚が欲しい。」という。
ばあちゃんは車椅子がキライなんよ。

ゴメン!ばあちゃん、新しい脚は買えんけど、茶ぐらいならご馳走するよ!

天才ピカソ様

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この写真は、ピカソが懐中電灯の明かりで、暗闇に一筆書きで浮き上がらせたミノタウロス。

パブロ・ピカソ(Pablo Picaso)は
1881年10月25日 生まれ、1973年4月8日没。

スペインのマラガに生まれ、フランスで制作活動をした画家、素描家、彫刻家です。
ジョルジュ・ブラックとともに、キュビスムを創始した画家。

この写真は素晴らしい!

パクリじゃん!(笑)

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これの!
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レンヂ 餅網

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本当に使えるならこれ欲しい!

ラーメン 海神

海神と言っても、ワンピースの白ひげ、エドワード・ニューゲートの事では無く、ラーメン屋さんです。
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新宿の南口、GAPの正面衝突辺りにあるビルの二階です。

魚のアラをスープに使った珍しいラーメン。
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汁は透きとおってて、おすまし汁に麺が入ってるような上品さです。
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面は細麺。
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詳しくはコチラ☟
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テキ屋の仕事

中学生位に、一日8000円位お祭りのテキ屋でアルバイトしてました。

最初にしたのはアメリカンドッグ
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割り箸にフランクフルトというか、魚肉ソーセージをブスッと刺して、小麦粉煉った生地に漬けて油で揚げる。
中々人気ありましたね。

あとはイカ焼き。
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タレを付けたイカを鉄板の上でカッターで切って、焼きます。
実際、イカ焼きのタレは美味いです。
タレが焦げる匂いは最高でしたね。
テキ屋さんならではの美味しさがあります。
あの味は家では出せないな。
安くてもゲソは美味いな。
今食べたい味です。

任されたのはあとはセル面屋かな。
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セル面は時代の人気キャラクターが反映されていて、子供の笑顔が嬉しい仕事でしたね。

綿菓子の屋台もやりましたね。
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クルクル回る綿菓子のマシーンの穴の中にザラメ糖を入れると、細い砂糖の糸がでてきて割り箸に巻きつける。
大きくなったら、マンガのプリントしてある袋に入れて輪ゴムで閉じる。
腕が砂糖でベタベタになったのを覚えています。

最後は型ぬきをやりました。
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お菓子の板に溝が掘ってあって、お客さんが、虫ピンと歯ブラシを使って、綺麗に型が抜けたら賞金を出してあげてました。
実際難しいので、今やったら出来ないかもしれません。

ワイワイと賑やかな縁日の仕事は楽しかったな。