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ストラト購入歴(1)

メタボリ番長のコラム-tags

ストラト達のタグ類。
左下のみUSAのもの(57'Vintage)

 

前に地味メタボリXで使用中の機材は紹介済みですが、今回はストラトキャスターに焦点を絞り、メタボリ番長のギター使用歴を紹介してみましょう。
上の写真は、現在自宅に残っているストラトのタグ類です。これまで多くのストラトを手に入れ、そして手放していきましたが、こういうタグはなぜか保管してあることが多いんですよね。ここに写っているだけで8本分ですが、その内訳は以下のようになります。

 

(番号は入手順。 価格は購入当時の税抜き定価&ちょっと記憶違いもあるかも?)
(1)スクワイヤー CST-45 OWH(\45,000)
(2)フェンダージャパン ST62-55 BLK(\55,000)
(3)フェンダーUSA 57' Vintage Stratocaster 2TS(\198,000)
(4)フェンダージャパン ST67-85 BLK(\85,000)
(5)フェンダージャパン ST72-500 BLK(\50,000)
(6)フェンダージャパン ST71 K-658 OWH(\75,000)
(7)フェンダージャパン ST68R-90 BLK(\90,000) レフティ仕様
(8)フェンダージャパン ST68JH BLK(\95,000) レフティ仕様

 

これらの他にも友人からとか、ヤフオクで手に入れたこともあるので、これまで、ゆうに10本以上は買ってきたと思います。すっかりフェンダージャパンにっとてイイ客状態です(笑)。


 

以後、上記の番号で説明していきます。シリアル記号も分かる限り記載しますので、フェンダージャパン(以後FJといいます)のシリアルに関する説明 もよければ参考にご覧下さい。写真があるモノはそれもアップします。

 

(1)が初めて入手したストラトです。「スクワイヤー」というのは、FJの前身ブランドだったと記憶しています。中学生時分のメタボリ番長は、USAのストラトを買うというのは夢のまた夢ですから、安価なスクワイヤーというのは正に救いの手(?)だったのです。カタログを見て色々考えて決めて楽器屋に予約をし、中1の正月のお年玉をはたいて購入しました。70年代のラージヘッド仕様、白ボディでメイプル指板ネック.....とここまではジミっぽい配色ですが、ピックアップカバーとコントロールのツマミ類が黒色という、妙なカラーリングでした。もしローズ指板をセレクトしていたら、まんまリッチー・ブラックモアな訳ですね。FJの70年代モデルは当初、ボディやピックガードの色に関係なくコントロール類は黒しか選べませんでした。勿論、のちに白色のパーツを買って交換しました。
JVシリアル、つまりFJ最初期の製造時期になります。2~3年使っていたと思いますが、確か(2)を購入した頃、友人に売ったか何かで手放しています。このギターを使ってのライブはまだやってなかったと思います。

 

(2)は確か高1くらいの時に買ったと思います。高2、高3の文化祭で使ってますからね。黒ボディにローズ指板という、まさにモンタレー仕様です。ヘッドにタバコの焦げあとが付くのも、この頃あたりから(あれ?)...。
これはAシリアルになります。値段の割りに音も十分、引き心地も(1)より気に入って使っていたようで、このギターを使ったスタジオ練習のカセット音源が一杯あります(笑)。文化祭以外にも、このギターは色んな所でライブに出ました。大学時代も引き続き、トータル5~6年くらいは使っていたと思います。大学の先輩に売って手放しました。

 

メタボリ番長のコラム-st62
(2):ST62-55

 

 

(3)は大学入学直後に購入したもので、「いつかはUSAを!」ということで気合を入れて手に入れた、これがメタボリ番長にとっての初めてのUSAギターということになります。まさに50年代ストラトの、よく言う「枯れた音」っていう感じだったんですが、ピックガードが反っていたり、ちょっと乱雑な作りが気になりました。これが日本人と米国人の性格というか気性の違いなのかも(笑)? あまりアタリと言える物では無かったかも知れません。大学卒業前に、後輩に売って手放しました。

 

 

メタボリ番長のコラム-st57us
(3):USA 57' Vintage

 

 

(4)はFJの「コレクターズシリーズ」という位置づけのもので、67年レプリカという、マニアライクな仕様になっています。貼りメイプル指板でナローグリップ仕様のネック、そしてラージヘッドにクルーソンペグという、現在FJで発売されている68年モデルとはちょっと違うのがミソです。カタログには白ボディしか無かったのですが、大学時代、楽器屋でバイトをしていた友人から「黒が入った」と連絡を受けて、そのまま気に入って購入しました。あとで分かったのですが、ネックを外すとスタンプが「ST62」...つまり62年モデルの黒ボディにすげ替えたものだったのです。ある意味レア?
これはEシリアルです。ネックがスリムで弾きやすく、一番、手にしている期間が長いギターで、スタジオ練習は勿論、数多くのライブやレコーディングに使ってきました。これまで数回のピックアップ交換(今はオリジナルに戻しています)やフレット交換も行いつつ、現在でも所有しています。この1本はたぶん手放さないと思います。


 

メタボリ番長のコラム-st67
(4):ST67-85

 

って、今でも持ってるから、これは昔の写真探してくる必要なかった(笑)。

 

よく巷でも言われている事ですが、この辺までの時代のFJは実にクオリティが高かったと思います。(3)と(4)は同じ時期に持っていましたが、はっきり言って(4)の方が断然気に入っているわけで、それで今でも手放さないし、ピックアップもテキサススペシャルとか交換したりしても、結局購入当初のオリジナルにしています。今のFJを批判しようという訳ではありませんが、この頃の製品の良さはメーカーには是非認識してほしいと、つい思ってしまいますね。何が良かったというのは具体的には表現しにくいのですが、安いモデルでも決して手を抜く作りになっていないというか...簡単に言えばそんな感じです。
決して高いギターの「イイ音」ではないのでしょうが、弾き手の気持ち次第で何とかなるものと思っています(笑)。

 

 

ちょうど半分紹介したところで、次回に続きます。お楽しみに...(?)

ミス


メタボリ番長のコラム-are you smash
LP「アー・ユー・エクスペリアンスト」と「スマッシュ・ヒッツ」
(初版ではありません)

 

初期エクスペリアンスのスタジオ録音では、おそらく資金面の事情から、レコーディングに充分な時間をかけるだけのスタジオの料金が捻出できなかったであろうと思われます。
その証拠って言うとちょっと大層ですが、メンバーのミスプレイが手直し無くそのまま収録されているところがあります。
今回はそのポイントををいくつか紹介しましょう。

曲タイトル横のカッコ内はミスポイント、CDの(分:秒)を大体の目安として記載しました。
上の写真はLPですが、皆様はCD「アー・ユー・エクスペリアンスト」を用意して聴きながら読んでください(笑)


その1 「STONE FREE」(1:28)
 
犯人:ノエル・レディング(Bass)

この曲、初発はデビューシングル「HEY JOE」のB面でしたので、最も資金に苦しんでいた頃ではないでしょうか。
ジミが初めて作ったオリジナル曲として有名ですね。
ミスポイントは歌の2番です。Eのキーでプレイされていきますが、ノエルは先にAにコードチェンジしてしまっています。


その2 「MANIC DEPRESSION」(3:22)
 
犯人:ミッチ・ミッチェル(Drums)

この曲のエンディングって、先のストーン・フリーと比べて、何かテキトーなエンディングですよね。
(まあ、ストーン・フリーも変なエンディングですが...)
で、このエンディングのところで、ミッチは変わらず3拍子のままリズムキープしてしまい、そして慌てて(?)エンディングに合わせてます。


その3 「FIRE」(2:29)
 
主犯:ノエル・レディング、共犯:ミッチ・ミッチェル

この曲のエンディングソロは、中間のギターソロよりもサイズが長いのですが、このポイントでノエルがメインリフを弾きだし、それに釣られたのか、ミッチもリフでのドラムプレイに一瞬戻ってしまいます。その後、何もなかったかのように続いていくのが面白いですね。
そういえば
Jimisen さんの大阪公演を見に行った時、ベースの方がこのミスもコピーされていたような記憶が(笑)


 

当時、ジミはこれらのミスに気づいていたのでしょうか?気になるところではありますね。

他にもあるかも知れません。見つけたら皆に自慢しましょう(笑)

 

メタボリ番長のコラム-are you mono
当時、LP「アー・ユー・エクスペリアンスト」はモノラル録音でした。

天才ジミ・ヘンドリックスの生涯



メタボリ番長のコラム-soundtrack1
sound track recordings from the film JIMI HENDRIX

 

 

これまで数多くリリースされているジミのレコード(CD)の中で、皆さんのお気に入りは何でしょうか?
生前のリリース分(スタジオ盤+バンドオブジプシーズのライブ盤)はマストアイテムとして...あえてそれ以外で、メタボリ番長が思い入れの強い1枚を述べるとすると、これでしょうか。他にもライブLPでは「イン・ザ・ウエスト」も愛聴盤ですが、こちらも忘れ難い1品です。
映画「JIMI HENDRIX」のサウンドトラックで、主要なライブ演奏がきっちり網羅されていると言っていいんではないでしょうか。

 


メタボリ番長のコラム-soundtrack2
ジャケット内側とライナー。
年表、ディスコグラフィーもあり。

 

 

映画の公開はロンドンで1973年。この日本盤LPはライナーノーツの作成日が1977年4月となっています。私がこのLPを買ったのは確か1980年代前半だったと思います。曲名の日本語表記のうち、「In From The Storm」が「嵐の中に」というのはまだいいんですが、「Hear My Train A-Comin'」が「汽笛の響き」となっているあたり、中々ステキです。

ライブ演奏はモンタレー、ウッドストック、フィルモアイースト、バークレー、ワイト島などから。そしてインタビューも各面最後に少しずつ収録されています。音源は今となっては他のCDで聴けるものばかりですが、当時は「イン・ザ・ウエスト」と並んで貴重なモノで、これでしか聴けない音源もあったのです。モンタレーのフルライブ音源も1986年のリリースですし、ワイト島に関しては当時「ワイト島のジミ・ヘンドリックス」という6曲入りLPしか無かったので、このLPに収録分と合わせてカセットに録音し、ワイト島プチコンプリート気分に浸ったりしてました。12弦アコースティック弾き語りの「汽笛の響き」(笑)も、ここでしか聴けないものでした。

また当時よく見たのが年表で、他に情報が少なかったもんで、頼りにしてました。ただ、ジミの生まれが1945年となっていたり、間違いも多いのですが。

インタビューの和訳もありますが、どっちかっていうと取り留めのない話が多いですね。

 


メタボリ番長のコラム-soundtrack3
インタビューの和訳も掲載

 

「リトル・リチャード:『名前は?』と聞いたら、彼は『ジミ・ヘンドリックス』と答えたので、『一体どこから、そんな名前を拾ってきたんだ。メイコンの氷屋さん以外、そんな名前の奴なんて会った事ないよ』と言った。」

シラフの会話とは思えません。恐るべし、リトル・リチャード。
(あ、「メイコンの氷屋さん」とやらに行けば、「ジミ・ヘンドリックス」に会えるということか!?)

 



メタボリ番長のコラム-soundtrack4
ジャケット裏面と、2000年の劇場公開ポストカード

 

 

そういえばこのLPを購入した当時、「ジミ・プレイズ・バークレー」というVHSビデオも入手してまして、本編前にこの映画からの演奏シーンがダイジェストで収録されており、何度も繰り返し見たものです。その後、輸入版VHSでようやく全編を見ることが出来たのです。そりゃあもう、食い入るように見まくりました。

前に、2008年3月のコラム で紹介した本で山岸潤史さんの熱弁が笑えると書きましたが、山岸さんは実際にアメリカでこの上映を観たそうで、そのときの様子も熱く語ってくれています。1977年発行の本に書いてる事ですから、当時はビデオなんてまだそんなに普及してませんし、現地でしかこれは観れなかったでしょうね。

 

『アメリカ行って映画を観たのね。「ジミ・ヘンドリックス」っていうやつと、「ヘンドリックス・ライブ・イン・バークレー」っていうやつと2本続けてね。それが強力でしたね、やっぱり。もう存在感がすごいんや。そのへんのバンドのライブ・ステージ・コンサート行くより、もっと感動したもん。もう、客なんて総立ちや。映画観とって、「ウァー!」って叫んどる。まわり黒ばっかり。黒人ばっかり。ヘンドリックスがウォーンとか、派手なアクションをすると、客が「イエー!」言うて。俺の隣にチビが座っとったんや。5つか6つで、アフロのかっこして、おやじときとるわけ。2人で。そんで、ヘンドリックスが出てきたら、「ライトオン!」とか言うてさ。1曲終わるごとに全員立って拍手。まるで、コンサート観とる感じ...』

 

ジミのパフォーマンスに盛り上がる会場の雰囲気がよく伝わってきますね。
観客が黒人ばっかりっていうのは以外に思いましたが、たまたまですかね。州にもよるでしょうし。

 

 

で、映画は2000年に日本国内でようやく劇場公開されました。既にビデオ持っていたんで、観には行きませんでした。
...でも、大きいスクリーンでジミのパフォーマンスを見てみたかったな、とちょっとだけ後悔しています...