トムラウシ山遭難を考える
「トムラウシ山遭難はなぜおきたのか」(山と渓谷社発行)という本を読みました。昨年7月16日、北海道のトムラウシ山で1日に10人が死亡した遭難を扱った本です。15人のツアー参加者と3人のガイドのうち、8人の参加者と2人のガイドが命を失いました。
この遭難事故が起きたときから、なぜ?という気持ちがぬぐえませんでした。マスコミの報道を見ても納得いく説明は見出せませんでした。しかし、この本を読んでだんだん真相がわかってきました。これまで「疲労凍死」という言葉でかたづけられてきたものが、実は真夏の高山では「低体温症」であったことがスポーツ医学の専門的な知見により解き明かされています。
「低体温症」は「寒さ、風、濡れ」という3つの気象的条件が整えばどこでも起こりうる現象であり、そこへ疲労、エネルギー不足、ウェアの条件が加わればその確率はさらに高まるということが解明されています。ところが、「過去の遭難例で、低体温症の発症の詳細な記録が残っているものや、発症からその経過に至る実態について医学的に解明されたデータは少ない」といい、今回トムラウシ山の遭難を扱ったこの本は貴重な資料となっています。
同時に、この本の特徴は、生存者へのインタビューを丹念に行い、現場で何が起きていたのかを事実に基づいて検証しようとしていることです。1人1人の意見を尊重する立場から、同じ出来事についても証言が異なることもありますが、それがかえってリアリティーをもって迫ります。極限状態に直面したとき、その人のおかれた状況により、記憶が異なる、受け止め方が異なるということは当然ありうると思います。それだけに、客観的な事実の積み重ねが大きな説得力を持ちます。
本書を通じて感じたことは、登山をする人はすべからく、「低体温症」にたいする知識を備え、つねにそれを念頭に入れた準備と行動が必要だということです。その意味でこの本は、登山者必携の書であると思います。振り返ってみると私たちの登山もずいぶん危険と隣り合わせにいたなと反省させられます。
一昨年、雲ノ平から野口五郎岳を通り、高瀬ダムまで縦走したときのことを思い出します。野口五郎小屋を出て三ツ岳を通過するときのことです。前日、夜通し激しい雨と風がつづき、朝方は小ぶりになったので早朝に出発したのですが、三ツ岳あたりでスムーズに歩けないほどの強風に遭遇しました。雨はほとんど降っておらず、気温もさほど高くはありませんでしたが、もう少し長い時間風が吹き、雨が激しかったら……と思うとぞっとします。準備や装備はしっかりしていましたが、それらは使わないままに終わりました。この本を事前に読んでいたら、もっと違った行動をとらなければならなかったかも知れません。
尿酸値高い
年1回の定期健診 尿酸値高い
今日は、年1回の定期健診でした。簡単な健診ですが、この健診で命拾いした人が僕のまわりにも3~4人います。いずれも癌の早期発見で、今はみんな元気です。簡単でも定期健診は必要ですね。
ところで僕の健診結果です。今年は、総コレステロール、LDコレステロール(悪玉コレステロール)がいずれも少々高い。尿酸はいつもと同じく少々高めというところです。しかし、尿酸値は正常値=7.1以下に対し7.6と今年は多少改善されています。好きな干物、とくにめざしは我慢し、ビールはキリンの淡麗Wを飲んできた結果でしょうか。ただ今年は猛暑続きでいままで1~2本だったビールが3本になってしまいました。尿酸値は一時9を超えていたのですから努力賞といったところです。
コレステロールも尿酸値も高い原因ははっきりしています。体重が重い、いまより、もう3㌔減量することを目標に、努力してみます。請うご期待です。
シンプル・イズ・ベスト
青竹ふみを始めて3日が過ぎますが、踵の痛みは確実に和らいできています。1ヶ月前は朝起きて階段を下りる時などズキン!という感じで脳天までひびく痛みでした。整骨院でウォーターベッドや電気治療を続けてきましたがなかなかなおらず、整骨院の先生からすすめられて青竹ふみを始めたところみるみるうちに痛みが取れてきました。シンプル・イズ・ベスト。昔ながらのシンプルな方法が一番よく効いたというお話です。
そう考えながら朝の散歩をしていると、家のすぐ近くの田んぼに案山子(かかし)が立っているのに出くわしました。カラスやすずめを追い払ういろんな工夫が発達してきても、やっぱり昔ながらの案山子が一番効果があるのでしょうか。シンプル・イズ・ベストをここでも考えさせられました。
踵の痛み克服に青竹踏み
踵の痛みが続いていますが、辛抱強く整骨院に通っています。ウォーターベッド、患部に電気、マッサージなど1ヶ月以上続けていますが、目に見えた変化はありません。歩きすぎとの見立てもあったので2週間ほど散歩はやめていましたが変化はありません。消極論ではダメと思い、昨日から散歩を再開。同時に整骨院の先生が青竹踏みもやってみたら?とアドバイスしてくれたのでさっそく試してみました。ところがこれがよく効くのです。しばらく挑戦してみます。
ちなみに、上の青竹は、もう何年も前に鹿児島の桜島に行ったとき、みやげ物屋で買った青竹踏みの竹です。つぼがあたる所に赤い丸い玉が埋め込んである優れものです。
同じ悩みに苦しんでいる人も多いので、効果があればまた報告します。
37年ぶりの再会
37年ぶりの再開 v(^-^)v
お盆のあとブログにはすっかりご無沙汰していました。
ブログを始めたときには「日記」という題名をつけていたことから、はりきって毎日書いていました。半ば恐怖観念にとらわれて…。しかし、だんだんネタ切れになって毎日書くことにエネルギーが要るようになりました。
そんな時、「まあ、ええが~」というのが僕の性格。「まあ、ええが~」と思っているうちに気がついたら1週間が過ぎていました。ある人が心配?して「最近どうしたのか。ブログが更新されていないぞ」と声をかけてくれました。毎日見てくれてた人がいたんだと、少しうれしくなりました。
そんなこともあり、ブログというのは義務で書くものでもないし、もっと気楽にやろうと思い改めています。それに、必ず写真をつけなければならないかのような錯覚にとらわれ、それもブログから遠ざかる一因になっていたようです。もっとスロー、スロー。それがこのブログの出発点だったはずです。
先日、大学を卒業して初めて、37年ぶりに親友に再会しました。
お互いに一目見てすぐわかりました。髪の色は少し変わっていても面影ははっきり残っています。とくに声は全く変わっていません。話し方も全く変わっていません。
積もる話…といっても37年間のブランクですから何から話していいのか、共通の話題もままならぬ、と少しぎこちない時間が過ぎましたが、それもつかの間。やがてそれぞれの近況、37年前の思い出話などあっという間に時間が過ぎました。
普通、こんな場合、昔話にとどまることが多いのですが、彼は、医者として地域医療に情熱を燃やし、地域の人々から「赤ひげ先生」と信頼されているようです。それに平和運動にも熱心で、この5月にはNPTの国際会議にも出席し、そこで見聞きしたことを青年のように顔を赤らめ、熱っぽく一気にしゃべってくれました。
とても1日の数時間では語りつくせないとばかり、近々また会えることを願って分かれました。帰りには虎屋のようかんと神戸ワインをおみやげにもらいました。
施餓鬼供養
わが家の旦那寺から毎年案内はもらっているものの施餓鬼供養に参加したことはありませんでした。今年は考えるところがあり、初めて参加しました。
そもそも施餓鬼とは、お釈迦様の弟子、阿難尊者(あなんそんじゃ)が禅定(ぜんじょう)に入られているとき、餓鬼が現われて尊者にいうに、「尊者は三日後に命尽き、わが餓鬼道に生まれ変わる。それを免れたいのなら、無量無辺の餓鬼と百千の婆羅門(ばらもん)に無量の飲食を施し、また我が為に三宝を供養したならば、必ず自他ともに、天上にのぼることができるであろう」と。お釈迦様にその方法をお尋ねしたところ、お釈迦様は施餓鬼の法を授け、阿難尊者が初めてその利益を受けられたことを起源としています。(臨済宗公式ホームページより)







