このところ、「承認欲求」について考えさせられる場面にたびたび遭遇します。
他人と比較して、自分が上に立ちたい、評価されたい、賞賛を浴びたい、という承認欲求。子供も大人も、仕事でも家庭でも学校でも地域でも、あることないことをそれはそれは巧みな表現で、比較対象とした相手を悪く言うことで自分を上位に置き、自分が正しく清らかであるように見せる手口です。欲や汚い感情にまみれたつまらないものばかり。私も以前なら感情をいちいち振り回されていましたが、今となっては大して気にならなくなりました。これは大きな成長じゃないかなと自分で自分を褒めたくなります(笑)
とにかく、「事実だけをピックアップして認識する」というのが基本で鉄板。同じ土俵に上がらないこと、言われた内容がこちらの思いや事実と異なる場合は、そんなふうに捉えられる場合もあるんだなと勉強になったなと思うことです。
なぜそんなふうに他人と比べるのか。その人にとって、属する集団でうまく過ごしていくための手段なのでしょう。しかし、他人をおとしいれて自分を守ることしか考えていない行動は、愚かで恥ずべきものです。
これは、密教で言うところの「小欲」です。小欲とは、自分だけが良ければいい、他人を蹴落としてでも自分が得したいという、自己の利益・快楽のみを追求することであり、これこそが煩悩であり身を滅ぼすものだと言われます。
これに対して、みんなで幸せになることを願い、世の中のお役に立ちたい、それに向かって行動を起こしたい、といった欲を「大欲」と言います。大欲を持って、他人を喜ばせ(これを「利他」と言います)、みんなで本来あるべき幸せな世の中へ、というのが、密教の教えです。
他の宗教では禁欲をうたい、密教では欲を認めているのはなぜか、と聞かれます。密教も、誰かを犠牲にして自らの幸せを得る事、自分だけが良ければいいという欲(小欲)は認めていません。共に豊かになっていこう、そのために行動したいという欲(大欲)を持ちましょう、と説いているのです。
欲のパワー、そのエネルギーはものすごく大きいものです。時代の節目となるであろう今こそ、みんなで大欲にエネルギーを注ぎ世の中を変えていくべき時期なのではないかなと思っています。生意気かもしれませんがw
利他の心で、物事にとらわれずこだわらず、変化を楽しみながら、日々過ごしていきたいですね。
☆世界中が愛と光に包まれますように☆
南無大師遍照金剛
































































