汚染水の制御、頑張ってほしいものです。水だけに、まず無理だろうけど。技術フェローは正直だが、幹部にしてはならないし、人前にだすべきではない。嘘をつくようにと言っているわけではない。言うならきちんと言う。撤回しない。技術者は100パーセントと言うことに対して抵抗感が強い。なんらかの考慮漏れや、隠れた要因を心配しがちだ。彼は100パーセントコントロールしていなければならない立場だか、不安をいつもかかえている。問い詰められて気持ちが出てしまったのだろう。
それはそうとして、100パーセント無理な理由ですが、水だからです。水はしみ込みます。地下の隔壁が割れているとすると、かならず染みだします。量はわからないが、染みだして港に流れだしたとして、やはり港から染みだします。程度はわかりませんが100パーセントではありません。地下水流入量、地下室の水の量、港湾の水の量から、どれだけかはどこかへ消えている思われます。
ここまで書いて、想定ばかりと気付きました。我ながらいい加減だ。これを楽観的に想定していくと100パーセント制御できているとも考えられそうです。
見解の相違は消えた水の行き先かな。
昨日、2013年9月19日の朝日新聞の一面記事だった。色覚異常の検査をしなくなって弊害が出たという話でした。一面にするような記事とは思えないし、してほしくなかった。理由は我が家には対象者がいるので。記事としてどうこうというより、どうしても目につくので、一面トップだとあまり気分のいいものではない。書くなというのではない。一面トップの記事じゃないだろってことです。少なくとも、親はわかっているはずで、安全上からも可能性を把握し受け継いでおくべきだ。まれに、何世代か後に出る可能性がないわけではないけれども。
世の中的には、いろんな配慮がされていて日常生活に支障はない。でも先生はその可能性を知っておくべきだ。先生の質は低下しているのは否めない。
朝日新聞はこの手のことが多い。えっ、これが一面?こんなこと大々的に書かなくても、と思うことがあります。彼らは人の感情など気にせず自己満足な紙面づくりをします。上から目線がとかく多いし。それでも、一番ましな気がするので朝日新聞読者ですが。文春はもっとひどいので。
集団的自衛権の憲法解釈を変えるという議論がされています。
私には感覚的に不思議で、こんなものは政府の解釈だから政府が変われば変わるでしょ。
違憲かどうかは最高裁だけが判断することが可能です。
日本人は言葉はあいまいなくせに行動には厳格さを求めるように思います。私は集団的自衛権にはっきりした意見は持ち合わせておりませんが、すべてを話し合いで解決しようとも思っていません。戦争したいわけでもありませんが、殴られたら殴り返したいと思います。倍返しとは思いませんが。
で、集団的自衛権ですが仲間がいるならそれは必要です。でも、仲間って何?日米安保条約かな?
それ以外に仲間を特定した条約はあるのかな?
ところで、集団的自衛権はあくまで自衛権であって、この自衛権とは主権が脅かされることに対してでなければなりません。どこかに攻め込んでいいとか、攻撃されたから報復することではありませんし、攻め込まれた理由も重要です。一緒にいた友軍たとえば国連軍が攻撃されたから撃退するのは、一種の緊急避難であって正当防衛と考えるものだと思います。これらをひっくるめて集団的自衛権を議論することには反対です。
ただ、私個人はおいておいて、国民は自民党を選んだのです。安部氏が、憲法改正に意欲的なことは知られていました。それをそんなことは任せていないということはできません。基本的な方針は明らかにされており、それら全てで投票するのです。隠していたならともかく、それよりも経済対策を優先しただけのことでしょ。某ニュースの視聴者のツィッター書き込みが流れていて、そんなことまで託していないという意味のない書き込みに対しての意見でした。
ともかく、集団的自衛権は国家としてはありかなと思いますが、その適用対象と条件、決定プロセスは注意が必要かと思います。
なんやかんやで、海外で戦うのは、米国にお任せしておけばいいんじゃないですかね。