学生運動と言えば、60年安保闘争70年安保闘争が思い出される。私はその時代よく知っているわけではないが、70年安保は少し読んだ。
感じるのは成り行きで組織ができたり派閥で分裂したりである。特に行き詰まると互いに非難し合うようになる。内ゲバが起こり中立を非難する。
また、組織の理論的な裏付けは一部の人間によりなされており、辻褄合わせが繰り返され一貫性がなくなることが多い。
さらに、就職時期になると抜けていく。ある時期になると頭の良い奴は抜けていく。正直で真面目な人間が残り活動は継続されるが、理論が伴わず崩壊する。
今回は、インターネットを使って活動できるから同じことにはならないと思うが、気をつけていただきたい。
東大安田講堂抗争では東大生はいなかったそうだから、何のために何をすべきかよく考えてね。流行りで終わることのないように。政治はこの問題だけではなく日々いろんな法案が決まっていっているのだから。
結局わかったことは、自民党も低レベルだが、回りの議論も少しずれていること。武藤某氏が国のために何をしてくれるのかは謎である。そのときにならないとわからない。しかし前線に行くことはまずない。「先頭切って逝くんでしょうね」とか、わかりきったことを言うインターネットのコメントにはうんざりだ。
元々、問題は、日本の安全保障をどうするか、と、国際的なテロ組織にどう対処するか、と、あるとしたら国内で紛争を抱える国にどう貢献するかと言う問題である。
それに対する学生、SEALDsの主張が「戦争に行きたくない」では、情けない。戦後教育が悪いとか思わないけど、やっぱりごっこなんだなと思ってしまう。政治ごっこ、デモごっこである。
だから、決めるのを待てとかならまだわかるが、ノーというだけならギリシャと変わらん。
特に日本は海外の紛争に金は出すけど人は出さず、工事はするけど柵の中だったが、米国からもっと貢献しないと守ってあげないよと言われている。
この問題に対し、SEALDsとやらはどのように議論しているのか?
選択肢はいくつもあろうが現実的に決めなければならない。それができなければ野党と同じかそれ以下である。ただの、「ごっこ」かどうか、これからに期待。今は価値なし。
私は、進撃の巨人自体が嫌いなので全く知らなかったが炎上しているみたい。
監督の内輪ネタを2chにばらした奴もいて、非難が殺到したようだ。もとの映画批評を読む奴がいることも不思議だが、結局批評というものは過激な言葉を使わねば見向きもされないので極端なもの言いになる。評論家は映画を作れない人が書くもので、見る必要はない。
この手の、大人気原作の映画化は注意が必要だ。特にマニアが多い漫画は、原作のイメージが強い。
その映画化で大衆受けを狙ったら失敗の可能性は高くなる。進撃の巨人自体が意味不明の物語でまだ完結していないので、中途半端な物語になる。それを大衆、進撃の巨人の世界を知らない人が見て耐えられるようにするには、説明的なシーンが増える。ストーリーも完結しないので知りきれトンボになるだろう。
しかも期待が大きかったみたい。私は原作が好きではないのでよくわからないが、実写は無理な気はする。
ちょっとした無理の組み合わせがファンに映画としては受け入れられないものとなった気がする。
それで上げ足取りの炎上。

ただね、思ったのは、実名の映画監督・スタッフに対し匿名の多数というのは、なんだか卑怯なことだなぁということ。言い方もあるけど、映画がひどければ、制作者側はそれなりに被害を受ける。言葉の端々をとらえて匿名で文句を投げつけるのはいかがなものか。ネットのこの無責任さが大嫌いである。

私もメディアの揚げ足をとって非難しているので人のことは言えないが。