朝日新聞がやると輸出管理強化反対が多く、産経新聞がやると輸出管理強化賛成が多い。朝日新聞は左寄りで、産経は右寄りであるから、中間を取ればだいたい平均だろうか。日本は冷静と言うか、経緯をわかっていない人がおおいようで、思ったより反対が多い。中には、政治の問題を経済で返すのは筋違いだと言う、韓国の主張をそのままのたまう人間もいる。何か勘違いされているようだが、我々はレフリーではなく当事者である。相手の争点そらしをまともに受けてどうするんだろう。それに卑怯もらっきょも勝てばよしである。間抜けな日本人は相手に言いくるめられるようだ。だから韓国になめられる。正論っぽいことを言うと敵の中に見方をしてくれる奴がほとんどの国連の制裁は経済制裁である。後は、国境封鎖とかもあるが、結果的に物流が滞って経済が立ち行かなくなる。それが筋違いなのか?どんだけ人が良いのかわからんが、平和ボケとはこういうことを言うのか。ウォールストリートジャーナルの記者は、トランプ嫌いで韓国びいきと考えるのが妥当であり、これもあてにはならない。米国は今なおトランプ大統領に対する賛否は拮抗している。良いか悪いかはよその大統領だからどっちか知らないしどっちでもいい。日本にとってはチャンスもあると思う。
ところで、河野外相が差し押さえ資産の売却が進められたら対抗措置を取るというのだが、何かできることがあるかなぁ?銀行取引停止だとインパクトが大きすぎる気がするし、ビザなし渡航でも停止するのかな。韓国旅行客はマナーも悪いし、一般ピーポーにとって減ることはありがたいことだが、旅行業界は困るのだろうなぁ。一体何をするんだろう?まさか、五輪に呼ばないとか、それこそ範疇外だな。
輸出手続き強化について、まぁ徴用工問題の対抗の意味もあるだろうが、表向きは輸出管理上の問題である。どの国でも、建前ってものは必要で、特に国際的な環境ではそうだ。
しかし、徴用工問題で、韓国はその建前を無視した。日韓協定時の韓国の政権がダメダメだったことの責任を日本に求めた。それはお粗末な話である。
最近、日本は約束事を守ることに重きを置き、韓国は正義に重きを置くなんて、韓国びいきな評価をするバカな日本の新聞なんかがある。本当にバカなんじゃないの?何が正義だか、正義なんてものは立場で変わるじゃないか。だから条約を結ぶんだ。英仏戦争の正義は何か決められるのか?平和に対する罪なんてのは第二次世界大戦後に生まれた概念で、大国には無視され続けているよ。そんなあいまいな自分勝手な定義に重きを置く民族なんてのはただの身発展社会国家じゃないか。日本国民が約束事に重きを置くのは、性格的な面があるのはその通りだが、世界で評価されているのは、日本が約束を守るからだ。日本人が理不尽でも一旦交わした約束を守るからだ。それを貶めるとは同じ日本人として考えられない。それこそ最低の売国奴だ。それが新聞の記者だったりすると、もはや誰のために記事を書いているのかわからない。世界の国家間で条約を守らなくて何を守るのか?条約を守らず、自分にとっての正義は違うからと言って過去に締結した条約を無視する韓国のどこが偉いのか?ひもみたいなもんじゃないか。弱みをつかんだチンピラが金をせびるようなもので、十分な対価をもらい詫びさせもしたのに、何度もお金をせびり、これで最後だぞって言ってまとまった金をもらっておきながら、あっという間に使ってしまい、最後だって言ったことは無視してまた金を要求したら、たまりかねた相手に殺される、というようなドラマがよくあるが、まさにそんな国だ。
残念なことに、韓国を殺すことはできないから、いずれは日本の影響を小さくして復活するだろう。日本は韓国と言う市場と生産物を失うので、その痛手は大きい。それでも、韓国との利害関係を縮小していくことを求めたい。あの国は信用できない。慰安婦合意だろうが、何だろうが、合意を簡単に破棄する。不本意な合意を守ろうとしない。それは、政権が変わったり考えが変わったら合意を勝手に破棄することを意味する。そんな国となぜ付き合わなければいけない?韓国としては相手が日本の時だけなのかもしれないが、日本としてはそのような国と仲良くすることもできないので、徐々に依存関係を減らしてくことが望まれる。きっと韓国もそうするだろうし、日本もそうする。どちらが痛みが大きいかは問題ではない。結果として、依存関係が無くなることが目標なので痛みは仕方がない。なるべく痛みが少なくなるように努力するのみだ。それでも、韓国は何かを言い続けるだろうが、現状よりもましだ。敵対国であれば相手を非難することは当然だからだ。
私的には、争点ではない。別に外国が進んでいるとも、正しいとも全く思わない。全ての人の思考や嗜好を自由とか病気にしてしまう西欧が良いとは思わない。
そもそもこの二つは別の問題だ。
同性婚は、子どもを前提とした家族になり得ないので、通常の結婚とは別物である。事務的に家族でないと代理人となれないということなら、事務的パートナーを定義すべきだ。例えば、扶養という概念は不要である。別に主婦なり主夫になる必要はないので、税優遇をする必要がない。基本的に子孫に対して税金は使うべきで、子孫がありえない同性婚に税を使う理由はない。また、技術の発展によりこどもの作り方も将来は変わるかも知れない。同性の遺伝子から子どもが生み出せるかも知れない。私にとっては、おぞましいことでしかない。で、同性婚は否定するが、行政手続き上のパートナー登録なら許容する。レズやゲイは個人の嗜好なので好きにやってくれ。好きじゃないが、人それぞれなので。
次に夫婦別姓であるが、実家と疎遠な私には今の姓にこだわりがなくなった。だからと言って配偶者の姓というのもピンと来ない。私は、結婚とは別の世帯になることだと思うので、世帯の姓は同じが良いと思う。しかし、元の姓でなくても良いじゃないか。何か親と同じにする理由がある気がしない。夫婦は同じが良い、子どもが面倒臭いので。で、離婚したら、夫婦は元に戻してもよく、子どもの姓はそのまま。親の都合こそ子どもにとって迷惑以外の何者でもない。

適当な深く考えていない案を述べたが、これらが喫緊の課題とは全く思わない。結婚の時にこのぐらいの障壁があった方がいいとさえ思っている。安易に結婚し安易に離婚できる世の中が良いとは思わない。それよりもっと守らねばならない権利があるように思う。例えば、被害者の人権、暴行罪の抵抗の問題、貧困な母子家庭の問題、養育費の支払い義務がない問題など、私にとっては遥かに重要に思える。

あまり賛同が得られるとも思わんがこんな意見もあるってことで。