塩窯陶芸家のゆったり道楽日和

塩窯陶芸家のゆったり道楽日和

最近、人生の目的を「修行」から「ただ人生を楽しむ」ことにシフトしました。
自作の陶芸薪窯《風神窯》で塩釉焼(えんゆうやき)の食器や神具、飾り物をつくる陶芸家の、趣味日記。
今日もしあわせをありがとう!

一年の計は大晦日に。

ついつい意識は何かを切り替えるべき起点に向きがちだけど、「終わり良ければ総て良し」と言うように、この日を清々しく迎えられたことの方が大きな意味を感じられる。

第一、12月にもなれば元旦に掲げた目標など大体忘れているものだ。

俺もちゃんと忘れている。

それでも、何か特別な目標を達成したとか、特別な収穫があったとかでなくとも、いま心に重荷無く過ごせていることが本当に有難い。

 

人生には己が分からなくなる時が必ずある。

自分で自分を否定し、自分が何者であるかを忘れ、日々の雑事に心をすり減らすだけの時を過ごすことがある。

暗闇の中で現在地を知るための標すら見えない息苦しさに、未来に光が差すことのみをひたすらに願った。

そんな時に帰ってきたモノは、過去に大切にしてきたモノだった。

在るべき場所も、在るべき在り方も、過去に自分を捧げたモノの中に答えがある。

それらは自分が掴み取ったものではなく、人や土地が自分に求めた役目として存在する。

だからこそ人を大事にすること、人に愛されることには、言葉に表しきれない喜びがあり、いつか自分が暗闇に落ちた時に救ってくれる光になると知れた。

心の底からありがたいと感じられる気付きだった。

 

そんな訳で、旧年中は大変お世話になりました。

おかげさまで良い一年でした!

そして、今年もどうぞよろしくお願いいたします。

皆さまにとって良い一年になりますように!

 

2026.1.1

(写真:戸隠神社大皿奉納 2025.12.1)






 

 

旧居より南西へ400㎞、かつて陶芸修行をした伊勢の地に戻ってきた。

いまなら若者が希望を抱いて東京に出る心理もわかる気がする。

目的地が東京であれ、名古屋であれ、福岡であれ、自分に足りないものをそこに見ているのだ。

そこに行けば、それが手に入れば、何かが変わると信じている。

人にはそう信じるだけの、自分だけの“信仰心”がある。

信仰の対象は様々で、大体が共感など得られないと口を噤むもの。

しかし、その信仰心はどうすれば満たされるかと尋ねるように生きるのが人だろう。

時には信仰対象そのものを求めたり、信仰対象へ向ける熱量と同じだけの見返りを求めたり、そもそも信仰とは何なのかと考えることもある。

俺が求めていたのは、自分なりのそれを表現するのに適した「環境」だった。

 

独立以来最大の学びは「置かれた場所で咲きなさい」という間違いにある。

その時その場所で出来る限りの誠実さを尽くし、挑戦の密度と温かい人間関係に恵まれてきた。

そうして沢山の仕事を頂いたおかげで、本当に良い時間を過ごせている。

だから、そのマインド自体は絶対に必要だ。

置かれた場所で咲くことは、決して不可能ではないだろう。

けれども個人が持てる力を最大限発揮するためには、環境を選ぶことが同じくらい大切だ。

 

その人が持っている物が、その人自身が、最も深く共鳴する環境は如何なるものか。

自分の信仰が、その表現が、思考の癖が、最も深く共鳴するのは神道だった。

性質、性格、思考、理想。

自分にとって伊勢は、陶芸の原点であることは勿論、共鳴する風土そのものだった。

だからここに戻ると決めた。

この地ならではの特異性に育まれた歴史的価値観が「当たり前」として根付き、作られた文化や風土。

そこに自分の適性と信仰を置いた時、どれくらい面白いものを生み出せるかと問う。

 

失敗を繰り返し、共感を得られず何度も挫折しては己を疑う時間を過ごして。

何が自分かさえ分からなくなるほど、否定を重ねた。

そうして虚飾を削ぎ落して最後に残った芯は、どれだけ拒絶しようとも光って見える。

それこそが俺の本質だろう。

 

そいつがこの地を目指せと言うのだから、きっとここに答えがあるのだ。

面白くなりそうじゃん。
















長野における最後の窯焚きを終えました。

直接お会いできない皆様にはこのような形でのご報告となり恐縮ですが、この度長野を離れることにいたしました。

お世話になりました皆様には、心より感謝申し上げます。

また当地での仕事を火の禍事なく終えられましたこと、皆様より気を掛けていただいたお陰に他なりません。

誠にありがとうございます。

 

移住先は、かつて陶芸の修行でおりました伊勢。

初心に帰る意味でも、大切にしたいと願った志を思い出す意味でも、未来に明るいビジョンを描く最高の選択になったと確信するものです。

工房と設備の用意にしばしの準備期間を設け、気持ちを新たに挑戦する事業が、今度こそこの人生で関われる方の喜びに繋がることを祈ります。

 

10年を振り返り、自分のへたくそさに顔が熱くもなりますが、かけがえのない有意義な日々だったと手が合わさります。

人に恵まれること、応援していただけることが何よりの財産だと教えていただきました

皆様とより良い関係と未来を築けますよう、もっともっと楽しい人間になります。

今後ともよろしくお願いいたします。

 

追伸:

11月中は現在の工房におります。

「遊びに行きたい」と伝えてくださった皆様、残り僅かな期間ではございますが、是非この機会においでくださいませ。

ご都合の良い日をご連絡いただければ幸いです。

ささやかながらお土産を用意して、お待ちしております。

 

西川心一朗(号:宮良太陽)


 

 

次回作品完成日:11月20日頃

焼成品目:マグカップ、ゴブレット、どんぶり、中鉢、大皿、長角皿、猫形皿、花瓶、その他焼き直し分

ご依頼をくださった皆様、誠にありがとうございます。

 






何もかもギリギリのスケジュールだが、何とか窯焚きの目途が立った。

12月には長野を離れるため、長野における最後の作品となる。

薪窯での焼成自体も最後になる可能性が高い。

となると、塩釉もまた最後になるだろう。有終の美を飾れることを祈るのみ。

しかし諸事情で10月からのひと月半しか制作時間が確保できず、正直めっちゃ不安。

しかも今回は、修行時代ぶりに釉薬を使う。

どうなることやら。

 

ラストスパートを駆けながら、時折脊髄を走るピリッとした電撃を感じるこの頃。

馴染みのない感覚を注意深く観察してみれば、「羨望」の肉体的反応であると気付く。

俺は「何かに燃えている人」が羨ましいんだな。

 

人生のテーマというよりは最早「呪い」に近い、「唯一性を求める業」により足掻いた日々もすっかり遠く、心が丸くなってしまった。

かつて未来に求めたモノも意味もすり減った。

繰り返した失敗と時間が摩擦して星を丸にしてしまった。

けれども、もう一度心を星にして縦横無尽に夜空を駆け回ろうとは、もう思えない。

その過程で知った自分の変わり者加減と、人並みの道の尊さが、別の道を示していると教えているんだ。

 

暗い場所を旅する流れ星になるより、明るい場所で光を浴びていたい。

だからこそ、たとえバカなエピソードだとしても、その瞬間燃え盛る炎のように在る人やストーリーを見て羨ましくなるのだ。

当事者の温度が低くても、そこが温かく明るいと感じさせるから。

 

だけど、外からは決してその心が見えない。

何年も前、「君はもっと失敗した方が良い」なんて度々言われていたことを思い出す。

日常が失敗と葛藤だらけの俺も、きっと明るく見えていたことがあるんだな。

 

星になるほどの温度じゃなくても。

近々、もう一度心に薪をくべる理由を。

 



 

 

 

 

 

三社の参拝は妻の希望だった。

戸隠・妙高・能生・糸魚川と、九頭龍神や奴奈川姫等にまつわる神社を訪ねて回った先の白山。

つまりは龍神にまつわる神社にはまっていたんだね。

昔みたいに長くなるが、予告した気付きまで一気に行くぜ。

 

戸隠神社の伝説に「戸隠」の意味が語られている。

ひとつ、神代に天照大御神が隠れた天岩戸が飛来したことに由来する“戸”。

ふたつ、仏教の栄える場所を求めていた僧の前に九頭龍が現れ、この戸隠山に大伽藍を建てるように告げた後、宝窟の中に入り、大きな岩で入口を閉ざしたという伝説。龍が岩の戸で隠れ封じ込められていることに由来する“戸隠”。

そして聞くところによると、戸隠、妙高、能生は、順に九頭龍の頭・胴・尾に対応するという。

 

これらの伝説を繋ぐものがあるはずだ。

つまり、九頭龍は何故“戸”に入ったかということ。

戸の字には扉という意味以外に「止める、留める」という意味がある。

これは前回の内容にも重なる。

伝説や字源から考えてみても、やはり九頭龍は、戸隠五社の思兼命一族によって封印(戸)されたと考えるのが妥当なのではないか。

天照大御神が隠れた戸という意味ではなく、岩戸という言葉で封印側が天照サイドであると匂わせていると考えることはできないか。

そう捉えれば、前回ホツマツタエから引っ張ってきた内容にも、一層納得がいく。

 

戸隠から、新潟富山を抜けると、今回の目的地である石川県。

三社それぞれの解説は一旦置いて、この地には九頭龍の母もしくは叔母と伝わる菊理姫を祀る白山比咩神社がある。

菊理姫を祀る当地の信仰は、白山を拝む信仰であり、そのトーテムは白蛇。

つまり白蛇とは菊理姫(白山比咩)の眷属であり、九頭龍の龍に非常に近いものを備えている。

というより属性的に同じ原始日本の“龍蛇信仰”グループと言える。

菊理姫と九頭龍が親戚であることも納得だが、ここでひとつの疑問。

 

菊理姫は天照の父イザナギの妹であり、系図をそのまま受け入れれば、菊理姫も天照サイドと言える。

九頭龍もまた同じく、天照大御神の十二人の后の一人であるから、属するグループは天照側と言える。

しかし龍は封印され、蛇は生き残った。

その理由は何か。

 

これはあくまで考察。

ヒントになったのは菊理姫の神徳。

彼女の神話は、死者イザナミと生者イザナギが黄泉平坂で仲違いした折に仲裁したことで知られている。

 

もしかして、彼女は「死者と生者の仲を仲裁した」のではなく、当時の国内の「情勢をまとめた」のではないか。

系図ではなく神話の出自的に考えると、菊理姫もイザナギイザナミも、共に出雲の神話に属す。

しかしその子である天照は大和の神話に属し、ここに不思議な分類を見るのだ。

 

出雲と大和。

即ち、国津神(出雲)と天津神(大和)。

この見方はこれまでは重要視していなかったが、実はかなり重要な分類で現代に取り戻すべき物の見方だと分かった。

 

まず現代に繋がる天照の直系子孫である天皇家の性質から考えた時、その王権は万世一系として一族の男子に受け継がれるものである。

よって、イザナギは出雲神話に属しながらも、天照の父として大和の流れをより強く汲むと仮定。

大和イザナギ・出雲イザナミを仲裁する菊理姫(縄文龍蛇信仰=出雲の巫女)と捉え、「仲裁=大和と出雲の統合合意」と再定義。

一方菊理姫と同じグループに属しながらも、封印された九頭龍はこの合意に賛同せず対立した側だったと考えれば……。

合意派のトーテムが蛇、抗戦派のトーテムが龍となる。

つまり、大和と統合された新しい縄文出雲のグループが蛇であり、大和と統合されることで弱体化(龍が蛇になった)したと考えることは出来ないか。

こうして、出雲大和が統合されたことで生まれた新しいグループを“天孫族”と考えると、実に興味深い。

 

石川から新潟までの信仰と歴史を辿りながら帰ってみると、実際土地の信仰としては出雲色が強いが、初代国造として伝える開拓神は主に天孫ニニギノミコトグループだと分かる。

石川県: 加賀は天香山命(天孫系)、能登は彦背戸命(出雲系)。

富山県: 布都怒志命または大友垂命(天孫系・大和系)。

新潟県: 天香山命(天孫系)。

 

ということで、結論。

菊理姫と九頭龍の神話・土地の信仰を通じて見えるテーマは、一言で“統合”なのだ。

そして、それを踏まえて一族の歴史を遡った時に、自分のルーツがどちら側かが分かると、どんな土地・文化に自分のエネルギーが一致するか(受け入れられやすいか)が分かる。

対極と統合することは難しい。

しかし、エネルギー的に喧嘩しない環境や在り方を選ぶというのも、ひとつの統合だと気付くのだ。

それこそが今回、戸隠から白山を目指す参拝で得た、面白い発見だった。

 

自分の居場所をルーツに求めることは、実はかなり賢い選択かも知れない。

移動手段の発達により、気付けば先祖代々の土地や文化とはかけ離れた場所で苦労しているという人も多いはず。

僕もまた気付けば遠いところに来た。

やはり、そろそろ心の故郷に帰る時だなと思うのだ。
















 

 

 

 

 

未来を望ましいものにするため、取り戻したい習慣がある。

一日参りと十五日参り。

思い返せば、それは17歳までは確かに大切にしていた習慣だった。

 

ここ数年は、行きたい時に行きたいところへ参拝に行っていたため、期間が空くこともあれば毎週行くこともあった。

敢えて意識するべきことでは無いかも知れないが、僕の場合は神社へ行くと素晴らしくリフレッシュできるから、今後は精神安定的な意味でも習慣に出来たら良いなと思うんだ。

 

 

 

長野で暮らして満十年、戸隠は庭のように身近になった。

杉の古木が並ぶ参道で有名な戸隠のイメージは、実は奥社の参道にあたる。

2kmほどの参道の先に奥社と九頭龍社が鎮座し、そこから数km下の中社、火之御子社、宝光社と併せて戸隠五社となる。

 

僕らは中社のみ参ることが多いけど、この日は久々に全て参拝に上がることができた。

とはいえ、もうひと月前の話。

ただ、ここが伏線となって面白い気付きが生まれる。

 

 





















 

信濃国一之宮と言うと諏訪大社がそれに当たる。

そのため長野県は北部まで諏訪の主祭神=建御方命を祀る諏訪系の神社が多い。

彼は出雲の国譲りの折、当地より逃れた出雲の王太子とも言うべき存在で、そのルーツは出雲の歴史に帰属する。

更には隣の新潟も、建御方命の母である奴奈川姫の拠点だけあり、信越は全体的に出雲色が強い。

 

そんな諏訪信仰優勢の土地で、長野駅周辺あたりにぽっかりと毛色の違う信仰が存在する。

それが、修験道や山岳信仰等を含む戸隠信仰。

 

戸隠は、主として高見産巣日と思兼命とその御子神、これら神々に封じられた九頭龍神を祀る。

神々の家系で考えた時、そのグループが出雲ではなく大和に属するのは明らかだ。

信濃で戸隠だけがポンと空洞的に大和系の信仰を持つ訳とは、ホツマツタエを参考にすれば、この地が思兼命一族の重要な拠点であり、人の心を失った九頭龍神を封じる役目にあったと考えられる。

 

気付きとは、この「九頭龍信仰と周辺地域との繋がり」と「大和」の歴史的関係を考えるなかで生まれたが、そちらは次回かその次に回す。

 

 

 

長い参道の先、奥社にて思うこと。

この頃、未来に対して希望を思い描く時間が増えた。

それと共に、長野で暮らした時間を思い返して感慨深く、胸にじんと来るものがある。

長野に求めたものを、ほぼ経験し終えたのだ。

 

それは自分のいまの状態と、土地のエネルギーの乖離によって理解される。

いよいよ新しいステージに移る時。

それを思って、なおワクワクしてくるんだ。

 

 

 

今日も良い時間を過ごせました。

いつもありがとう。

また来るね。

 

宮良

 

 

 

 

弟子入り当時から十二年、ようやく見えた希望は、単純明快で納得の帰結となった。

 

「俺が本当にやりたいことは何なのか」

十五の頃からずっと私の心を占めていた大きな問い。

 

まず、よく言われることとして「成功の秘訣は、その人が最も時間をかけてきたことにある」という知恵がある。

私にとってそれが何かと問うた時、十二年の歳月を費やしてきた“陶芸”は、正にその言葉に合致するものだったが、何か無視できない違和感がしこりのように主張していた。

 

では、何が本当にやりたいことなのか。

その答えは、次の大前提をクリアするもので、自分の精神の構造的な基礎と言えた。

①    人生で最も長くやってきたこと

②    人生で最も辛い時期にも無意識でやっていたこと

③    自分にとって完全に自然な状態であること

④    外部評価的にも、その姿が楽しそうに見えること

 

結論:神道

 

振り返れば、陶芸を選んだのも、その場所が神宮だった事が最大の理由であり、意識的な行動にのみ焦点を当てていたから中々結論に辿り着けなかったのだ。

 

よくよく思い返してみれば、父の闘病生活によって一人で図書館にいることが多かった私が読書を趣味としたのも、日本を始めとした原始宗教に対する興味からだった。

そこから神学や陰陽道、民俗学、霊的領域の研究、量子力学等と、原始的な“神”という表現に括られたこの世の“理”を求めてきた過去を思い出す。

 

だからこそ、私は陶芸においても、最も楽しいことは何かと問われた時に、その理に触れる焼成こそが一番楽しいと答えていたのだ。

でなければ、そこに神事的な潔斎や祝詞奏上、火の神との呼応・感応といった要素を求めることはなかっただろう。

だからこそ私が求めた結論は“神道”だったということに納得したのだ。

 

さらには私が扱えるテーマ自体、それに沿ったものだと気付く。

①    古代神道(理の発見)

②    近代神道(神性発揮的な生き方の知恵)

③    独自の器考(人生における豊かさの器という体系的思想)

 

閃いた衝撃は数日続いたが、その間に整理したビジョンを聞いてもらった友人達には是非それで講演をしてほしいとも言われた。

それは考えるだけで心臓が強く脈打つほどの面白い未来。

 

私が閃きによって得た最大の収穫は、ここに見つけた“大義”にあるからだ。

私が私自身の経験によって得てきたものを、日本人にとって最適な成功哲学と言える神道と共に伝えることは、日本人が輝いてゆくのみならず世界の未来をより良い方へ進めることになると、鳥肌が立つ面白さを感じて無邪気に天啓だと思えたのだ。

 

何故なら、地球社会における日本の最大のリードこそ、長い歴史の中で育んできた“精神性”だと考えるからだ。

だからこそ、私の本当にやりたいことがそのように定まったことは、私にとってとても嬉しい。

これからの日々が本当に楽しみだ。

 

宮良

 








 

 


未来について深く考え続けると、必然的に過去を振り返ることになるようだ。
長らく自分を支配してきたものを自覚的に取り去る度、見えてくるのは昔の自分。
かつての自分が如何に本質に目を向けていたか、我が事ながら衝撃を受ける。
それはつまり、いまの自分が、かつての自分とは違う尺度を持って生きているということで、同時に“そこ”から離れたことによって、本当にそれが本質であったと気付いたのである。

しかし立ち位置を変えたことで、当時とは違った客観的視点を手に入れたことも事実。
最も大きな変化は、何を中心に生きるかという姿勢。
本質のみを求めて生きようとすることが、実のところ異常であると腑に落ちたのだ。
本質を核として、あらゆるものを包括して受け止める寛容さが必要だった。
清濁併せ吞む姿勢である。

それを手にしたうえで、おそらく最も純粋だった15歳当時の環境や視点、思想等を思い出していくと、実に面白いものが見えてくる。
振り返れば当時ほど阿呆だった頃もない。
それでいて、神宮にいたこともあり、最も理を身近に感じていた時期でもある。
当時の僕を知っている人には同意をいただけると思うが、世の中との絶妙な“ズレ”に無自覚で、それが面白い個性を生んでいたと感じるのだ。

しかし、そのズレが咎められる場所に導かれ、純粋さを覆い隠す“上っ面”が出来上がると、かつての自分の在り方どころか現在地でさえ自覚することが難しくなる。
それが何の因果か、一度精神的にドスンと落とされ、覆い隠した素が出てきたことで、帰るべき場所に気付いたのだ。
不思議なもので当時の僕はそこにいながら、常に「帰りたい」という気持ちを抱えていた。
帰るべき場所にいても、それに無自覚な内は、帰ったことにはならないらしい。
ここに至り気付くが、この状況は「帰りたい」とのかつての自身の願いを叶えるための時間だったか……。
漸くそこに僕自身深い理解を得て、妻もまたそれに同意してくれたことで、今後の方向性が真に定まった。
正に「帰る」の一言に尽きる。

考えてみれば、当時を起点に十二年を経て、ひとつのサイクルを過ごしたことになる。
年初には戸隠にて思金さんより卒業の印を受け取ったことで、また天照さんの下に帰れると歓喜したものだ。
現在は調整中につき、事は実際に動き出してからとなるが、これにより当時の純粋さをいまの僕が取り戻すことに大きな意味を確信するのだ。
とはいえ、実働は来年からだろう。
今年は猿田彦さんに繋いでもらっている間に、焦らず着々と準備を進める日々となる。

思えば感度は既に当時以上かも知れない。
神命を察するのが早くなった。
まずは最も手近なところで、先(過去)と先(未来)の感性の統合を図る。
純粋さによる直観的な真実の追求と、それを表現するアート。
そろそろ遠慮がない人生を始めよう。

当時のブログはもうないが、そういえば長文を書くことで思考と心に芯を通していた。
内面の複雑さを言語化して理解する手段として利用したのが始まりだったのだ。
またひとつ思い出してきた。

宮良



 

はいさい!

二月立春を過ぎても続く大雪、こちらは雪かきの日々です。

絶対暖かいところに引っ越してやるー!

 

一昨年の冬、人生でもっとも落ち込んでいた頃のこと。

僕は、自分が好きなものが何か、思い出せなくなっていた。

その時に始めた習慣がある。

心に喜びをもたらしてくれるものと再会する度、それをリストにしていくことだ。

 

好きな色:オレンジ・黄金色

好きな場所:伊勢神宮

好きな言葉:心だに誠の道に叶いなば祈らずとても神や守らん

好きな食べもの:ヨーグルト・マンゴー・お茶漬け

好きなアーティスト:GReeeeN・BEGIN・ウルフルズ

好きな音楽、好きな時間、好きな財布、好きな服、好きな模様、好きな石……。

そんな風に好きなものを沢山思い出してきた。

そして、日頃からそれらに触れて、自分の内側を「好き」という温かいエネルギーで満たしておく。

たったそれだけで、人生はどんどん好転していく。

 

また好きなものリストが長くなった。

Bobsonの革靴

John Lennonの金縁眼鏡

特に眼鏡は、昨日手元に届いたばかり。




これまでは好きかどうかではなく、「とりあえず見られればいいや」という決め方だったから、ちゃんとした眼鏡は初めてだ。

うきうきするなぁ!

 

 

 

 

 

好きなものリストを作るの、おすすめです。

うきうきわくわくして生きられるようになるよ。

 

じゃあ、今日はこんなところで。

またね!

 

そろそろ陶芸を再開したくて焦れてきた。

春よ、来い。

 

 

 

 

あけましておめでとうございます。

 

元日の朝日、明るい一年を予感させる眩しさだったねー!

年明けから九日が経過したいま、元日のその眩しさを覚えているかと言えば、「思い出そうとしなければ思い出さない」ですよね。

 

 

年が明けて新年の抱負を決めても、同じようにいつの間にか忘れていく。

 

思い出そうとして思い出せたら御の字で、思い出そうとしても思い出せないことがほとんど。

僕は去年までの抱負をひとつも思い出せない(笑)

 

 

 

だけど、実は去年まで掲げていたのは「目標」で、「抱負」ではなかったと知ったんです。

 

「こうなる」は目標で、「こうする」が抱負だと。

 

「幸せになる」は目標。

「幸せになるために、毎日、自分の幸せを数える」が抱負。

そんな風に違うんだって。

 

 

 

冬至の前日だったかな。

Zoomで集まった友人のひとりが、様々な質問が書かれたカードの中から一枚引いて読み上げた。

 

 

「時間がかかってもやりたいことは何ですか?」

 

 

神宮から帰ってきてしばらくして、思い出したことがある。

実は適当な理由をつけて諦めていたこと。

立体造形を作りたいと思っていたんだ。

 

僕がこの世界を、まだまだ呪術的に見ていた頃、僕はこんな風に考えていた。

 

 

“器=依代”。

 

神の器。

神霊の依代。

 

 

つまり“器”って、形や用途じゃなくて、“神さまが宿る入れ物”のこと。

 

僕の中では、もともと“器=食器”ではなかったんだよね。

それを思い出して、依代になり得る“器”を作ろうと計画している。

 

 



 

友よ、温めていた“神具を作る”という考えは、想定していたものとは全く違うものになろうとしている。

それでも、今年は俺の神具を作ろう。

立体造形でね。

どうもワクワクしてきたぜ。

 



「時間がかかってもやりたいことは何ですか?」


よければコメントで、みなさんの本当はやりたいことも教えてください。

僕もその願いを応援するよ。

 

 

 

じゃあ、またね。

 

 

 

 

宮良太陽

 

 

 

 

集中できる香りがあるって良いねぇ