私にとって今回で4回目の
マイグレートメンター講座は、
長年胸の奥で煮詰めに煮詰めた
黒くドロドロの思いがそっと光に触れたような、
“リアルCODAとして生きてきた私が、
はじめて“心から共感してもらえた”時間”となりました。
同じグループになったMちゃんの話が、
幼い頃の自分と共振して深く響いてしまい、
気づけば心の古傷の”かさぶた”が
外れてしまったような感覚がありました。
今回このマイグレートメンター講座で
一番怖いところかつ、一番解決したいところ
見てみぬふりを出来ない心を鷲掴みされてしまった回
この4回目の時間のプログラム
「黒歴史を白歴史に変える」ことだったからです。
”私のこころはもう決まっていて~長年自分の傷ついた5歳の子を癒すこと~そこに真剣に向き合うってこと”
一番解消したいことが、
“やっと触れられかるも“
と静かに決心できた大切なプロローグでした。
私は両親が聴覚障害を持つ、聴こえる子ども、
いわゆる コーダ=CODA
(Children of Deaf Adults) として育ちました。
両親はともに聴覚が不自由。
母は幼少期に祖父母からの
暴力とネグレクトの中で育ち、
弟と妹たちの世話で、
学校へもくに通わせてもらえず、
字も読み書きが出来ないほど
過酷な環境を生き抜いてきた人です。
父は全く聴覚がありません。
家の中では手話と口話と(唇の動きを読む)
たどたどしい日本語が入り混じる独特な世界。
外の社会では通常の言語の世界。
その“二重世界”をつなぐため、
役所や病院では私が通訳を務め、
4〜5歳の頃から「小さな大人」
として家族の間に立っていました。
当時は手話通訳士はまだしも、
聾者(ろう者)の理解が現在のように
まだ一般社会に浸透していなかったので、
外の世界に両親、特に全く聴こえない父と
一緒に出掛ける時は、
必ず私が連れていかれました。
でもそれが嫌で嫌でね~~。
外出時には両親はウキウキ楽しんでも
私は気が重かった(3歳頃)
このがっくり肩を落していた感が物語る
例えばいつもとは違う遠い場所に行って、
駅の改札を過ぎるとき、
紙の切符を渡す(まだSuicaとかなかったから)
「ちょっとお客さん…。
(聴こえない父と子どもの私は通り過ぎる)・・・。
ちょっとお客さん・・・。
ちょっと・・眼鏡のあんた(このあたりで、「あっ、お父さんのことだ・・・。
またか・・・(汗)」と焦る私
「ちょっとあんた、乗り越ししているよっ!(語気強め)
ワザとじゃないだろうね」などと
小さな私の頭の上に大きな男の人の大きな声の矢が通り過ぎる
“大人の人に怒鳴られる”
(たいていが誤解なんだけど)
子どもの私にはそれがわからずお父さんがまた怒られている
ということが頻繁に起こるのです。
その度に「このおじさんはこう言ってるよ」
「お父さんは、こう言っています」と
怒鳴る大人を見上げ、怖い思いをしながら、
そんなやり取りを、幼い自分が担っていました。
その時は無我夢中。
でも、その後には「お父さん、お母さんをトラブルから守り切れなかった」
という悲しい思いが、必ずまとわりついてくるのでした。
映画『コーダCODA あいのうた』を初めて見たとき、
あまりのリアルさに、
息ができなくなるほど胸が締め付けられ、
泣き崩れながら、
「やっと…やっと…この世界をわかってくれる人がいる」
そんな救われる感覚が押し寄せました。
(すでに50年以上の時が流れていました)
あれは私のリアルだったからです。
話しを元に戻しますと、
緊張で手汗かきながら、ぷるぷる震えながら、
そんな自分の背景を講座で話したとき、
講師の晃ちゃん、そして講座の受講生のみんなは、
同情ではなく“敬意”を持って受け止めてくれました。
「えっ、ちょっと待って。・・・それって
あの映画のリアルなCODAだよね、、
それやっていたんだ、すごいっすよ。」
「その環境で家族を支えた愛は誰よりも深い。
だって生まれた時からずっとだもんね。それ、誇っていいですよ。」
そんなふうに晃ちゃんに言っていただき、
「父を、母を助けたかった。
社会とのトラブルから守ってあげたかったのに、できなかったという想い」
私の懺悔の気持ちと
「私は変わっている」「理解されない」
だから「自分をいっそのこと違う惑星人とかって思った方がマシだ」と
長年思い続けてきた幼い頃からの自己否定の心が、
少しずつ溶けていきました。
「リアルCODAじゃん。
僕が同じ立場だったら途中で折れてるかもしれない。
ずっと家族を支えてきた愛情、やばくね?
「よくあの状況で家族を支えてきたね。」
「その愛は誰よりも深い、本当に、誇りに思っていいよ。」
晃ちゃんのその言葉。
それから何かが外れ、扉が開いた向こう側に明るい陽が差し込んだようでした。
過去、自己開示をして傷ついた経験が何度もあり、
人に話すたびに「悲劇のヒロイン気取り??」と言われたりで
ますます自己開示が出来なくて、
部屋から出られなくなるほど
人が怖くなった時期もありました。
悔しさでいっぱいで口の中が、
血だらけになるほど嚙みちぎったこともありましたっけ。
さらに、晃ちゃんはこう言ってくれました。
「あなたの話を受け取れる人だけを選べばいい。
あの『映画のCODA』を観たらみんな分かる。
分からない人に無理に分かってもらわなくていい。」
その言葉に、どれほど救われたか分かりません。
生まれたときから365日24時間ずっと、
「お父さんとお母さんを守らなきゃ」
という気持ちで生きてきた自分。
逃げることもできず、
助けてと言うことすら許されない環境で生きてきた自分。
そうだ!その小さい頃の私をねぎらって、
大人の私が優しい言葉をかけてあげよう
晃ちゃんが最後に言ってくれた言葉が、私の胸に残っています。
「助けてって言おう言おう!。
苦しいって言っていいよ。
あなたはもう十分すぎるほど“徳”を積んできたんだから。周りに頼っていいよ。」
晃ちゃん:「ず~と貯金ばかりしてきて、使わずに死んじゃうみたいになっちゃうから(笑)」
マリー:「え~~っ、そんなのイヤです(イヤ、マジでイヤだ!!泣きながら笑)」
晃ちゃん:「イヤですよね(笑)」
最期はスッキリと(笑)で締めるさわやかさ。
自分はどこにつかまって、根を張っていいのかわからない浮草のような気持ちが
やっと足元でそっと土に触れたような感覚でした。
私の人生を悲劇(黒歴史)としてではなく、
“深い愛情の物語”(白歴史)として理解できて、
それを受け止めてくれる人たちに出会えたこと。
あの日の講座は、学びの場でありながら、
私にとっては“人生の節目”になるような時間でした。
はじめて“心に響く分かち合える場所”に
出会えた。
この時間を共有できた晃ちゃんと
マイグレ受講者の皆さん
ありがとう♡
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