突発小説もどき -A Chird Dream 3-
『敵には絶対に背中を見せるな』
どうして?
『あっという間に心臓を持っていかれるぞ』
そりゃ怖ぇ…
『避けられぬ攻撃なら腕の一つや二つくれてやれ。急所を持っていかれるよりマシだ』
簡単に言うなよなぁ…
マシでも怖ぇモンは怖ぇんだよ…
『その代わりタダではくれてやるな』
…と言うと?
『……はお前の専売特許だろ?』
…ああ。
そっか、それいいかも。
利用できるものは利用しちまえばいいんだ。
……の…格でさえも。
-A Chird Dream 3-
「――― へくしっ!」
くしゃみに続いてぶるりと背筋が震え上がる。
寒い、…と言うより、冷たい感じだ。
ぼけっとしたまま窓の外を見れば、雨が生き生きと降り注いでいた。土砂降りだ。
朝は暖かかったのに冷たくなったのはそのせいか…
一度寝たらなかなか起きないシャルワールを起こした雨の冷たさ。
けれどシャルワールは雨が好きだった。
どうして好きになったかは、原因があったはずだが覚えていない。
頭がだんだん冴えてくる。無理矢理起こされたけれど別段機嫌は悪くない。
寧ろ雨の訪れは歓迎だと、ベッドから降りて窓枠に近付いた。窓を叩く雨粒の動きがとても楽しい。
ついさっきまで見ていた夢の事などとうに忘れている。
彼は今、雨に夢中だ。
しばらくして、折角の雰囲気をぶち壊す音が炸裂する。
ぐぅ~。
一瞬、胃が潰れたかと思った。
「腹減った」
それを自覚すると胃の収縮がみるみるうちにシャルワールの体力を蝕んでゆく。
しかし黙って空腹に倒れてやるほどシャルワールは大人しくない。
早速と飢餓の苦しみから脱出を試み始める。
名残惜しむ素振りも見せず窓枠から離れて一直線に冷蔵庫に向かう。
お巡りさん泥棒ですよと言いたくなるほど巧みに冷蔵庫を漁る。
手馴れているという事は常習犯である。
彼の漁った後の冷蔵庫の中身はもはや荒野と化していた。
「…ん?」
生のニンジンを咥えたまま食卓を見る。
そこにはラップで包まれた焼き魚と煮物、ご飯と味噌汁が置いてあった。
ジェングが用意したものかな。思いながらニンジンをぼりぼりと齧る。
先にテーブルを確認しておくんだった。チッと心の中で舌打ちが鳴る。
そう言えばジェングがいない。
(依頼に追われてんのかな)
思いながらご飯を頬張る。あれだけ冷蔵庫を漁ってもお腹いっぱいだと言わないのがこの男である。
時刻は午後三時を過ぎた辺り。シャルワールにとって一日の中で最も暇を持て余す時間帯だ。
雨は好きだけど外に遊びに行けないのが辛いところ。
シェザはあんまり相手にしてくれないし、ライゼは遊んでもすぐにバテるし…
それ以前に二人ともいないのだが。
「………」
退屈だ。
飯を食べ終わるともうやる事が無い。
…待て。
あれだけの量をもう食べ切ったのか。
もしも彼が死ぬような事があれば早食い大食いが原因に違いない。
「遊びにいこうっと」
いそいそと仕度を始めるシャルワール。
雨の日は遊びに行けないのではなかったのか。
…彼は都合のいい男である。今それを聞けばこう答えるだろう。
え? そんな事言ったっけ?
今、彼を止められる者はここにはいない。
雨の威力が少しだけ弱まっていた。
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雨足はここまで届いていない、神聖都市アウグスタ。
言わずと知れた信仰都市。
その歴史は多く解明されていないが、ブルン暦四四二三年の赤き空の日より多くの天使たちが天上界から追放され、地上の教会でビショップとして奉仕することを命じられこの地に身を寄せ合ったとされる事から、歴史の起源は最低五百年は遡る。
アウグスタの権力の象徴であるアウグスタ大聖堂。
都市の中心に堂々と構え、四方豪華なステンドグラスで覆われている事からも、いかにアウグスタの権力が絶大であったかを物語っている。
その一方で葡萄酒の名産地としても知られており、中でも数多くの貴族の舌をうならせたクレミ・レニョールブランドは祭典、式典に欠かせないほど有名である。
神の加護に守られた都市は一見争いとは無関係に見えるも、実際には悪魔と人間による長期戦争に巻き込まれ、命を落とした者たちの魂が彷徨う悲しき背景があった。
ひとたび街から離れれば夜な夜な徘徊を繰り返す吸血鬼の群れ。その中で最も多く亡者が蠢いていたのは、街からそう離れていない麻薬巣窟であった。
亡者の魂を鎮める為にビショップたちは祈りを捧げ続けている。
強すぎる怨念の力に遠ざけられながらも、少しでも彼らの苦しみが現世から解放されるように……
語られぬ歴史の重みを風から感じ取り、ジェングは少しだけ目を伏せた。
彼にしては珍しい重装。
職業柄体格はそれなりに大きいが、普段纏わぬ重装が、更に彼の背中を大きく見せていた。
あまり立ち止まっている時間は無い。
伏せていた目を開くと、ジェングはある場所に向けて歩き出した。
「この辺りで最近変わった事は無いかですって?」
呼び止められた神父らしき男が不思議そうな声で繰り返す。
「ええ、ほんの些細な事でいいんです、何か変わった事はありませんでしたか?」
「ははは、ここを何処だとお思いですか。神は常に我らと共にあります、神の加護のもと、事件など起こりようはずがありません」
穏やかに笑うように見せかけて、その裏では不穏の影を疑う冒険者へ警告の意を送っている。
それ以上は神への、いや、我らに対する冒涜であると。
これ以上はジェングも探らない。
軽く礼を述べその場を去る。――― これで十人目、反応は皆同じ。
「―――……」
遠く離れた後ろで複数の声が聞こえる。
何を話しているのかは分からないが対象が自分に向いている事を背中で悟る。…すでに目を付けられ始めているようだ。
できれば何か一つでも手がかりが欲しかった。
けれどこれ以上散策を入れれば住人たちの目に敵意が宿る事は見えている。これ以上は危険だ。
(葡萄酒はあっても酒場が無いってのが痛いな)
思いが苦笑となって表れる。
冒険者にとって酒場は欠かせない情報収集源である。
けれど神を信仰するアウグスタには、酒の誘惑など不要な長物なのだ。
頼みの住人たちも口が堅い。けれど彼らが嘘をついていない事はすぐに分かった。
(…仕方が無い、そろそろ行くか…)
長居をしても住人たちの気が良くはないだろう。移動の目処をつけ、ジェングが立ち去ろうとした――― その時だった。
「…あの、冒険者さん」
「…?」
返事も忘れて振り返る。
振り返った先には、ひそひそと会話をしていたあの二人組み――― 修道女らしき女性たちがいた。
「何でしょうか?」
思っていたよりも優しい声に二人が安堵して顔を見合わせる。
一般人には頼られつつも恐れられる冒険者だが、ジェングの意図せぬ笑みは警戒心を緩ませる効力があった。
「あなた、先ほどからあちらこちらで何かを訊ね歩いているみたいですけれど…」
「…ああ」
思わず苦笑する。
たった数人に訊ね歩いただけでこうも目立つという事は、日常よっぽど冒険者がうろつく事は無いんだろうな…
そうなら今の自分は彼女たちの目にはさぞ不審に映っている事だろう。
「何かをお探しで?」
「ええ、けれど訊ねた先から情報は得られなくて。そろそろ出発しようかと…」
「まぁ…そうでしたの」
「出発の前に私たちにできる事があれば協力しますわ」
願ってもない申し出だった。
例え彼女たちから情報が得られなくとも、その言葉だけでもジェングにはとてもありがたかった。
「この辺りで最近変わった事があれば、ほんの些細な事でも構わないので教えていただければと…」
「変わったこと…? そうですねぇ…」
今まで訊ね回った住人たちは考えもせずに無いと切り捨てた。
けれど彼女たちは何かあったかしらと記憶を掘り起こしている。
その違いがジェングを僅かな光へと導いた。
「あ、そう言えば…」
「!」
「でも別に変わったと呼べるような事でも…」
「構いません、教えていただけますか?」
「では…」
「一週間ほど前だったでしょうか…」
「あなたと同じように何かを訊ね歩いている冒険者を見かけましたわ」
「冒険者?」
「ええ、何の職業かは分かりませんでしたけれど…男の方でしたわ」
「その方が何を訊ね歩いていたかは分かりますか?」
「私たちは直に訊ねられていないのですけれど、この辺りに女が住んでいないかと聞かれたそうですわ」
「その方が尋ね人に会えたかどうかは分かりませんが…長居もせずすぐに何処かへと旅立ったそうです」
「けれどその方が去ってからも特に変わった事は起きていませんし、久しく冒険者を見かけましたわね…くらいの印象ですわ」
「…こんな話でもお役に立てたでしょうか?」
真剣な顔をして話しに聞き入るジェングに、修道女たちの恐る恐る割る声が向けられた。
「…十分すぎるほどです。ありがとうございます」
真剣な顔のままジェングが笑う。
そして手持ちから一万ゴールドを取り出すと、一人の手にそれをおさめた。
「えっ? あ、あのこれ…!」
ジェングがすでに去り始めている為、修道女たちの混乱する声が大きくなる。
「情報提供料と、募金です」
笑顔で振り向かれ修道女たちがますます混乱する。ジェングは歩みを止めずに正面を向き直す。
たったあれしきの、自分たちにとって情報とは呼びがたい世間話のようなものをしただけで一万ゴールドもの大金を握らされると彼女たちでなくとも混乱するだろう。
けれど今の話はジェングにとって一万ゴールドでも安いほどの価値があった。
行くべき場所が決まった。
けれどそれは同時に、本当に罠に飛び込まねばならない事を示唆していた。
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カサカサカサ……
スリッパでベチンとしてやりたくなる音が狭い隙間に反響する。
しかしここは匍匐前進でなければ前に進めないのだ。
伏せてやっと人一人が通れる通路。
シャルワールは何気に目敏い。彼はシーフギルド跡地に侵入する時は正規ルートを通らずに偶然見つけたこの抜け穴を使っていた。
堂々と正面から入れば嫌でもモンスターたちの手荒い歓迎を受ける事になる。
何事も力ずくで強引突破と思われがちなシャルワールだが、意外とそうでもないようだ。
お楽しみのダンジョン侵入(突入でなない、侵入)まであと数十メートル。
心なしかカサカサの音が激しくなっていく。楽しみでうずうずしているのか。
「…む?」
ふと、シャルワールの足がぴたりと止まった。
背後から何かの気配がする。
こんな狭い通路では視線を向けるのが精一杯で振り向けない。
何かが近付いてくる。それも物凄いスピードで、更に物凄い数で……
「………」
全身から嫌な汗が噴き上がる。
まずい、非常にまずい。
来る、やつらが……!
(どわあああああああああ!!)
音がカサカサからシャカシャカに変わる。
匍匐前進の速度が七十パーセント上昇した。
背後から迫り来るものは怒涛の勢いでシャルワールに襲い掛かってくる。
ネズミの群れだ、その数はゆうに百を超えている。
しかもただのネズミではない、一匹一匹が丸々と太って殺気立った眼光を放っている。
一体何を食べたらそんなに太るのか、いやそれよりもそんなに太っていながら何故そんな恐ろしいスピードで走れるのかと余裕はこれっぽっちも無いのにそんな事を考えるシャルワール。
あの牙、あの爪、あの獰猛さ。お前らネズミじゃねえよ。
半泣き面でそんな事を思ってみる。安心しろお前も人間ではない立派なゴキブリだ。
この通路が一直線だったならばシャルワールも体力を消耗するだけで逃げ切れたかもしれない。
しかし残念な事に抜け穴は隠しダンジョンに引けを取らないくらいの迷路構造になっている。
ネズミの奇襲から逃げるだけで精一杯なシャルワールに冷静な判断力は微塵も無い。
哀れシャルワール、見事に迷子になってしまった。果たして彼はネズミの餌食になってしまうのだろうか。
その時シーフギルド跡地の地下一階にいたモンスターたちは天井から駆け巡る地鳴りのような揺れに首を傾げていたという。
ほぼ同時刻、シーフギルド跡地地下三階。
地上とは比べ物にならないほど空気は冷たく、重力が圧し掛かっているのを意識させるほど湿気を多大に含んだ空気は重い。
地下独特の環境を最大限に生かした造りであるその場所は、人はおろかモンスターでさえも簡単に生かしてはくれなかった。
しかしそんな地獄でも生き延びるやつは生き延びる。
地獄という名の環境は、地獄をも生き延びる一際強いモンスターを生み出した。
ローグ、殺人蚊の群れ、マゴット。
その数合わせて二十匹以上は居る。
それらは何かを取り囲むようにぐるりと円陣を描いて、その中心を殺気走った目で睨み付けていた。
彼らの眼方に居る者は追い詰められてこの状況に陥った訳ではない。
その証拠に、帽子の鍔に唯一隠れていない口元が薄っすらと笑っていた。
モンスターのリーダーと思われる一匹のローグが合図を送る。人の言葉が話せるなら「かかれ!」と言ったのだろう。
合図を受け取りモンスターたちが一斉に襲い掛かる。
威力を犠牲にした代わりに急所を抉る形に特化されたナイフ、一匹一匹が猛毒を持ち動物の肉すらも千切る吸血針、噛み付かれたが最後、骨を引き千切るまで離さない無数の牙。
それらが全て、たった一人に向けられている。
状況はどう見ても襲われた方の分が悪い。しかし戦闘に手練れた者がこの状況を見れば決着を見る間でもなく言い切るだろう。
ああ、奴らは運が悪かったなと。
残像が残るほどのスピードでナイフが風を切った。
真っ先にナイフを振るったのはローグ。確実に仕留める自信はあった。
けれどローグの腕に残ったのは空っぽの手応え。
「シャドウスニーキング」
「!!」
その声が聞こえたか聞こえないかの――― そんな一瞬だった。
飛んでもいないのに視線がみるみる高くなる。
何が起こった? それを理解するより先に彼の視線はついに天井に達した。
首が垂直に落下する。
思い出したかのように血飛沫が飛ぶ。
彼の持つボーディングアックスには、血の一滴も付いていなかった。
「……!!」
モンスターたちに動揺が走る。
取り囲っていたはずのその男は、今は円の中から外れている。
馬鹿な、あれを一瞬でやったのか。
モンスターたちが彼の姿を見たのは、それが最期だった。
消えたかと思うと無数の投擲が死角から降り注ぐ。
それらは精密な命中率で殺人蚊の核(コア)を砕き、マゴットを縦真っ二つに切り裂き、ローグの頭部を切断した。
あれだけ数がいたのに、ぐしゃりと音が響いたのはほぼ同時。
辺りには咽返るような肝の臭いが広がっていた。
「………」
男はモンスターを一掃した後も表情を砕かなかった。
何かが近付いてくる…
けれど気配どころか足音すら隠さぬ粗末な移動。
敵ではない、ただの阿呆が近付いてくる。
男の読みを正解だと告げるように、音は数秒も経たず男の頭上を駆け抜けた。
ドドドドドドドド……!!
男は小さく溜息をついた。呆れているのだ。
ボーディングアックスを何かが駆け抜ける場所に先に打ち込む。
天井の壁が砕けた。あんなに分厚い石の壁を、この男は投擲たったの三本で砕いたのだ…
「どわあああああああ!?」
砕けた天井の穴から何かがべしゃりと落下した。それに続いて化けネズミの大群も。
何が起きたのか分からないといった感じで落下してきたものがきょろきょろとしていたが、ネズミと視点が合うと絶叫を上げて逃げ始めた。
状況はさっぱり分からないがとりあえず襲われているらしい。
男は放っておこう…と思ったが、やつらがあんまり派手にダンジョンを荒らしてくれるので助けてやる事にした。心なしかこめかみに青筋が浮かんでいるような気がする。
「おい、そこのガキ、こっちに来い」
聞こえていたのかは分からないがガキが男を目掛けて突進してくる。
「わっ!?」
男の横を擦れ違う瞬間、ぱしっと足元を払い蹴りされてガキの体が宙に浮かぶ。
そのまま着地点で顔を打つかと思ったが、意外な事にガキは宙で身を返して軽々と着地をした。
「ほぅ…」
男が横目で着地を見届けた――― 次の瞬間。
ぼうんと凄まじい爆発が起こった。
その爆発は本当ならガキが踏んで通ったはずの場所から巻き起こる。
エクスプロージョントラップ。
罠を踏み荒らしたネズミたちは、一匹残らず罠の爆発に巻き込まれ肉片を撒き散らした。
ガキがぽかんと口を開けて爆煙を見ていた。何がどうなったのか分かっていないのだろう。
「…はっ」
ガキが我に返った。
「助けてくれてありがと! じゃっ!」
「待て」
落下した天井の穴に再び戻ろうとしたガキのマントに、ボーディングアックスの刃を食い込ませる。
「何すんだよっ」
「……」
再び落下したガキが睨み付けてくる。全く怖くない。
別段変わったところは無い…多少身が軽いだけのガキにしか見えない。
けれど男はこの子どもにくすぐられる何かを感じた。
言うならば…おもしろいものを見つけた、と言ったところか。
「俺はルヴェニス。お前は?」
「は?」
「名前を聞いたんだよ」
「オレか? シャルワール」
物怖じしないガキだ。
相手の力量を見抜ける者は俺を見れば逃げ出すものだが。
ルヴェニスが小さく笑った。その笑みをシャルワールは理解していないようだった。
「げっ…何だこれ、重っ!」
マントに食い込んだボーディングアックスを離そうとシャルワールが取っ手を握った。
しかし彼が悲鳴を上げたのは壁に食い込んだ深さではなくボーディングアックスの重量。
思っていたより力は無さそうだ…
「お前、こんなところで何をしていた?」
言いながらルヴェニスがボーディングアックスを引き抜いた。
その手付きや表情にはボーディングアックスの重さなど微塵も感じられなかった。
「ネズミに追いかけられていたんだよ」
そんなの見れば分かる。ルヴェニスが聞きたいのはそんな事ではない。
「違う、こんなところに立ち入るなんざよっぽどの馬鹿か命知らずだ。お前はそんなところに入って何をしようとしていたんだ?」
それならお前も馬鹿か命知らずなのか…と言いたいところだが、彼はそのどちらにも当て嵌まらない。例外というやつだ。
「え、いや…」
シャルワールがぎくりと表情を歪ませた。
あまり言いたくない事らしい。
そうなると余計に口を割らせたくなる。
「助けてやった恩人に対してそれはねぇよな? え? シャルワール」
「うぅ…」
ボーディングアックスの刃をちらつかせてルヴェニスがサディスティックな笑みを浮かべる。
シャルワールが呻っているのは脅迫に怯えているからではない、恩人と言われると仇で返せないのだ。
シャルワールにしてみれば隠しダンジョンを攻略しに来た事はあまり人には知られたくない。
あれは今のシャルワールの一番の楽しみであり、できるだけ誰にも先を越されずに一人で攻略したかったのだから。
「あーそう、仇で返すのな。じゃあ仕方ねぇ…」
「だーもう分かったよ! 教えりゃいいんだろ教えりゃ」
仕方ねぇ…の後に続く言葉が「死んでもらうわ」だったなんて事はシャルワールはこれっぽっちも知らない。「仇で返す」と言われると折れるしかなかったのだ。
「くく、最初から素直にそう言ってりゃいいんだよ…」
「けっ」
どこかズレている二人であったが、この後シャルワールの口から隠しダンジョンの存在が明かされると、興味を持ったルヴェニスもダンジョン攻略に加わる事になった。
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なかがき。
アウグスタの歴史はオリジナr(中略)
というわけでちっとも参考にはなりません。
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耳返信のコーナー。
> アニキ
返信した時すでに落ちてたようで、ごめんね~耳ありがと!
再フリでゴキブリになれるならとっくに使っています。
そんな訳ないでしょ、メッ!
その気になれば壁をも這いそうですね、あの匍匐前進は。
最終的にはブラックダイヤモンドの翼で大空を舞うんだ。まさに地獄絵図。
突発小説もどき -A Chird Dream 2-
カサカサカサ……
サササササ! サササササ………
そんな擬音語がとても似合う姿で暗い通路を進むその男は、訓練された兵隊でも出せないようなスピードで地べたを這って前に進んでいた。
-A Chird Dream 2-
その進み方は匍匐前進という立派な名称があるにも関わらず、彼がやるとどう見てもゴキブリ以外の何でもない。シャルワール。
彼はダンジョンと呼ばれる場所では武人よりも盗人に近い動きを取る癖がある。
本人は周囲を警戒する為に真面目にやっているのだろうが、もう少しまともな進み方はできないのか。
地下独特のひんやりとした空気に、それに混じる黴の臭い。
ここは港町ブリッジヘッドの離れ、西方に位置する盗賊団アジト――― かつてブリッジヘッドを拠点に悪名を轟かせたシーフギルド盗賊団の旧跡地だ。
今だ治安は安定しておらず、物騒な事件も絶えぬブリッジヘッドではあるが、シーフギルドの悪績はシャルワールが生まれるよりも前にぱったりと途絶え、今やそんなギルドがあった事を覚えている者は限られている。
ただ、かつて彼らがここで活動していたであろう面影を残す建造物が、街の離れにぽつりと残されているだけであった。
更に言うと、ここが彼らの本拠地であったという確証は一つとして無い。
それなのに何故ここが彼らの本拠地であったと囁かれているのかと言うと、この建物が地下構造である事、そして彼らの姿を見なくなったすぐ後、多くのモンスターが住まうようになった事が挙げられる。
闇に乗じ闇に潜む事を生業としていた彼らにとって、闇は絶対の領域(テリトリー)である。
日の光の侵入を許さぬ地下の内域は、文字通り彼らの縄張り、入り込んだが最後、進む先に待ち受けているのは闇の胃袋。
そんな場所に意気込んで足を踏み入れた猛者たちもいたが、無事に帰ってきた者は誰一人としていなかった。
彼らの悪績が途絶えた後も、手強いモンスターが住まうようになって調査という調査が行き届かなかった。
しかしその中で、モンスターの中に盗賊階級のローグらしきものを確認してから、彼らはシーフギルド一味に何ら関係しているのではないかと囁かれているのだ。
真相は全て闇の中。
シーフギルドが何故急に姿を見せなくなったのかについてはさまざまな推説が残されている。
内部抗争により崩壊した、解散した、英雄が現れ壊滅に追い込まれたなど…しかしそれらの推説は人々の心に上手く届かなかった。
彼らは闇に生きる集団である。今も闇の中に息を潜めて…何かしらの機会を窺っているのではないか。
推説の中ではそれが最も有力とされたが、彼らの消息が途絶え十数年。人々の警戒心は完全に薄れ消えつつあった。
今やシーフギルド旧跡地と称されたその場所も、モンスターがいるから危ないと、それだけに気をつけ近付かなければ大丈夫だと、人々の認識はその程度にまで落ちていた。
そんな場所にこのゴキブリ……もとい、シャルワールは何をしに来たのか。
モンスターとの手合わせか、それともジェングとの会話で諦めたように見せかけちゃっかり先回りをしたのか、それともゴキブリだから暗闇に安心するのか…
そのどれも違う。
何の事はない、遊びに来ただけである。
実はこの建物、中はモンスターだらけで一般の冒険者にはモンスターフィールドと認識されているが、細部をよく調べるとさまざまな隠しトラップが存在する。
それに気付いたのは今より数ヶ月ほど前になるが、トラップの解除に成功し隠し扉を潜った先には、モンスターは一匹たりともおらず真っ暗な通路が迷路のように続いていた。
シャルワールは夜目が効く。
色の識別まではさすがに出来ないが、通路の幅や物の形の輪郭、その気になれば通路を造るレンガの溝まで見えるのだ。
シャルワールは今、そんな真っ暗闇の中をゴキブリ顔負けの匍匐前進で進んでいる。はっきり言って匍匐前進をする必要は全くない、普通に立って歩いても十分すぎるほど天井は高いのだ。
この通路、モンスターはいないがあちこちにトラップが仕掛けられている。
しかしシャルワールは天性とも言える勘でそれらを片っ端から回避していた。
少しでも危険を察知するとぴたりと動きを止め、それ以上は動かない。そして十分に距離を取り、手ごろな石を勘のざわめく方角に投げる。
すると石の音が反響するよりも先に、隠されていたトラップが姿を現し標的に襲い掛かる。
ある時はギロチンが降ってきたり、ある時は左右の壁から槍が突出してきたり。
普通の人間なら死を理解するよりも先に首が吹っ飛んでいるところだが、シャルワールはそのデタラメな勘で今のところ全ての即死トラップを回避していた。
お前は本当に武道家なのかと問い詰めたい。
そしてこの通路、シャルワールが第一発見者という訳でも無いようだ。
先ほども言ったように、この通路には即死級のトラップが幾つも存在する。
哀れにもその犠牲となった者たちの屍や骸が、行く先々で点々と痕跡を残していた。
そんな死と隣り合わせな場所にも関わらず、シャルワールは臆さない。
寧ろ攻略難解なこの迷路の終点(ゴール)を目指し、完全にゲーム感覚で攻略を楽しんでいるのだ。
良く言えば怖い物知らず、悪く言えば命知らずである。
そんなシャルワールだが、楽しそうなダンジョンなら何処でも乗り込むという訳でもない。
彼は勘で「この場所には入らない方がいい」と察すると決して足を踏み入れないのだ。
彼の勘はよく当たる。
その勘が働いたのはモリネルタワーやトラン森、納骨堂といった、今は地図に記されていても当時は地図にさえ載っていない場所だったのだから。
それらの場所はいかなる強豪でも無事には帰れないとされる危険度A以上の立ち入り禁止区域。
もしも好奇心に任せて足を踏み入れていれば、彼は今こうして元気に地べたを這ってはいないだろう。
けれど裏を返せば、彼が足を踏み入れる場所は…危険だとされていてもどうにかなる範囲内である事が多い。
しかしそれはシャルワールが基準なので一般の方は決して真似をしないでほしい。普通は死ぬ。
長男に知られたら怒鳴られるだけでは済まされない、ある意味最高に危険な遊びを始めて早数ヶ月。
終点は未だに見えてこない。
少々飽きっぽいシャルワールだが、何故かこのダンジョンの攻略には飽きがこなかった。
終わりは見えてこないけれど、着実に前に進んでいる手応えはあった。
彼にとってこのダンジョンの攻略はとても楽しいのだ。
終わりに何が待っているのかなんて考えた事すら無い。
ダンジョンを攻略しているこの過程こそが、彼の冒険なのだから。
「…ん?」
ふと、背後から自分以外がもたらす空気の乱れを感じた。瞬時に動きがぴたりと止まる。
ほんの微量、もしくは布擦れの風だと思ってもおかしくない空気の乱れであったにも関わらず、彼は騙されなかった。
「………」
目だけで後ろを見る。
そして数秒も経たず口元ににやりと笑みを浮かべると、シャルワールは徐に左右の壁を手でまさぐり始めた。
(…あった)
壁を造るレンガの一つに僅かな窪みを見つけた。
誰が触っても何の変哲も無いただのでこぼこだ。
けれどシャルワールには違和感が“分かる”のだ。
ちなみに彼はシーフではない、探知能力は皆無である。
だから本当に天性の勘としか言い様が無いのだ。
それは本来物凄い能力なのだが、彼にとってその感覚は「普通」であり、別に凄くも何とも無い。
それゆえ財宝とも呼べるその能力は普段はロクでもない事ばかりに使われ全くの無駄に、そして真価を発揮するのは今くらいしかないのである。
もしも彼がシーフの道を選んでいたら今とは百八十度違う人生が待っていたであろう。しかし彼は選択肢を間違えたのでその心配も無い。
そうこうしているうちにシャルワールが先ほどのレンガの他に複数の違和感を持つレンガを探し当てた。
探し当てたはいいがすぐには何もせずにしばしレンガを調べ考える。
そして一つの規則性を見つけた。
(なーる、右壁に凸が三つで左壁に凹が四つ…それらは凸と凹が向かい合って対になる。どれがセーフでどれがアウトだ? そしてダミーはどれだ?)
残念ながらこれ以上の規則性、法則性は見つからない。
となれば、試されているも同然だ。
このトラップを回避できるだけの運の強さを。
(ちぇー何だよ、結局運頼みならルールを設ける必要なんてないじゃん)
思いながら、シャルワールの笑みが闇に溶ける。
そのレンガを探し当てる事すら特異であり、気付かずそのまま進めば待ち受ける先は奈落の底だと考えもしないで。
(んーじゃあどれを選んでも一緒だよなー…どれにしようかな)
セーフ、アウト、わざとらしいダミー。
人というものはわざとらしいと逆に選びたくなる不思議な心理を持っている。
シャルワールも例外ではない、わざとらしく残された凹が気になって仕方が無い。
お前はセーフか、それともダミーか。
けれどそれを制止するのは「やめておいた方がいい」という己の勘。
それは言わば自分を信じるか、信じないかだ。
(凹はやめておこうっと……じゃあ、三つの凸凹のうちどれか一つがセーフかな)
思いながら左右の壁を交互に見る。
(どうせ考えても分かんないし、こうなったら)
ここに来て初めてシャルワールが左右の壁と一定の間隔の距離を取って真っ直ぐに立った。
(全部押しちまえー!)
思うよりも先に体が動く。
ダミーの凹を避け、他全ての凸凹のレンガがほぼ同時に蹴り砕かれた。
その瞬間、後方からレンガの崩れる――― と言うよりも、レンガが動く音が響いてきた。
通路内の空気が後方に吸引される。
シャルワールが吸い込まれるほどの強い吸引ではないが、まるで久しぶりの呼吸を堪能するかのような風の流れだ。
「あれ、絶対罠が発動すると思って身構えていたんだけどな…」
全部押したという事はアタリもハズレも引いたという事。
なのにハズレらしき罠が発動しない。
「んー…何でだろ? …まっいっか♪」
あまり深くは考えずに匍匐前進で来た道を戻る。
戻った先に待っていたのは、ぽっかりとレンガの壁が無くなったむき出しの空洞だった。
隠し通路。
後方に靡く吸引の風、それは先ほど彼が見逃さなかった僅かな空気の揺れだった。空気はここから漏れていたのだ。
「隠し通路発見~♪」
シャルワールが嬉しそうに笑う。
匍匐前進をしていなければバンザイやブイサインを掲げていそうだ。
(今日はここまでにしてそろそろ帰るか。腹も減ったしな~)
体内時計がそろそろ帰れと時を告げる。
シャルワールが手持ちのナイフでガリガリと壁に傷を付けた。
此処まで来たという彼の目印だ。
目印を付け終わると、シャルワールはベルトにストックしていた帰還の巻物を解いた。
帰還の巻物が発動し、シャルワールがダンジョンの外に転送される。
「うわ…眩しい」
闇にすっかり慣れ染まった目が、夕暮れをしばらくの間拒絶していた。
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「…信じられねぇ…」
「あいつ気付いたのかな? 凸凹を三つ同時に押さないと罠が発動すること…」
「いや気付いていなかった、罠が発動するのを承知で全部押したっぽかったぞ…」
「じゃあ自分自身でも気付かずアタリを引いたのか」
「なぁ、アイツなら…」
「……」
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「いやあ助かったよ、君に断られると次の宛がなかったからねぇ」
契約書に印を押す役人の傍で、周りの迷惑も考えずに豪快に笑い飛ばす依頼人。
恰幅の良い丸々とした体に薄れかかった頭皮。しかし髭だけは無駄に濃い。
周囲を考えない向こう見ずな人物とはあまり関わりたくないジェングだが、彼が依頼人なのだから関わらないという訳にもいかない。
苦々しく笑い返すも、依頼人はジェングの心境をこれっぽっちも汲み取ってくれる事は無かった。
ここはブルンネンシュティグ書類受付所。
依頼主に受諾書を届けた後、両者はここに訪れて正式に任務遂行の許可を国から受け取らなければならない。
紙に依頼主と依頼遂行人の名を連ね、その他必要な情報を書き込み、依頼内容が認められれば役人が許可の印を押してくれる。これが任務遂行の許可が出た証となる。
彼らの契約も漏れ無く許可が下りた。
ジェングに依頼を遂行する資格が与えられたのだ。
「…あの、一つ窺ってもいいですか?」
受付のカウンターから離れ――― 正しくはその場で笑い続ける依頼人を誘導し、ジェングが切り出す。
「何だね?」
ジェングが依頼を引き受けたのが気分良かったのか、依頼人が機嫌が良さそうに彼を見上げた。
「わざわざ私を指名してくれたのはありがたいのですが…何故私を?」
その質問は依頼人にとって意外だったのか、きょとんとされてすぐに豪快に笑い飛ばされた。
「はっはっはっ、何だそんな事かね。君の功績を見させてもらったけれど、君はあまり目立った任務はしていないが受けたものは必ず成功させているからね。なかなか真面目そうだから気に入ったんだよ」
「はぁ…そうですか」
困った顔でジェングが笑い返す。その笑い声をどうにかしてくれないだろうかと願うが、やはり通じない。
話は逸れるが、今回の依頼主はジェングにとって初めての依頼人だが、ジェングには数人ではあるがクエストリピーターが付いている。
それは信頼が形となった証拠で、リピーターが出来るほど信頼を集めるのは決して容易い事ではない。
更に言うなら新規の依頼主が依頼を持ちかけてくるというのも早々無い話なのだ。
普通冒険者が依頼を受ける為には、自分から依頼を求め依頼主を探さなければならない。
本来依頼というものは、そう簡単に手に入れられるものではないのだ。
ジェングは依頼を持ちかけてくる者たちが自分を信頼してくれている事に感謝はしているが、実はそれが凄い事なのだという事を思ってもみない。
ジェングにとって持ちかけられた依頼の遂行は、ご近所付き合いの一環なのだ。
話は戻る。
「ところで君、風を使えるそうだね?」
ぴたりと笑い声が止まったかと思うと、にこにこしながら依頼人がジェングを見上げた。
「え? …まぁ」
別段変わった問いではないが、ジェングはその笑みに何かを感じ取る。
…あまりいい感じではない何かだ。
「今に始まった事じゃないが物騒な世の中だからね、あまりいい風は吹かないだろうから気をつけて」
「………」
答えぬ代わりに視線を送る。
何事も無かったかのように、依頼人が再び豪快な笑い声をあげながら受付所の扉を潜り、外へ出ていった。
「……」
少し遅れてジェングも受付所から姿を消した。
家に帰ると、シャルワールが腹が減ったと駄々を捏ねて暴れていた。
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なかがき。
言うまでも無いけどシフギルの設定とかクエストの受け方の設定とかは全部オリジナル設定です。
ゲーム内にこんなややこしい設定は無いので安心してプレイしてください。
突発小説もどき -A Chird Dream 1-
「あれ? シャルワールは?」
「さあ。また子どもらと遊んでるんじゃないの?」
-A Chird Dream 1-
熱い日差しが降り注ぐ午後、空には空白のような雲が浮かんでいるだけ。
絶好の洗濯日和がもたらすものは、のどかな平穏とまどろみと…
そんな古都ブルンネンシュティグの一角に、無邪気な子どもたちのはしゃぎ声が響いている。
…それに混じり明らかに子どもではない声も。
「ぎゃはははっ、よせって痛ぇよ」
「あははは…痛っ、あでででっ…あはは…おいおい」
「げは! 誰だ今背中蹴ったの!?」
「ぐはっ!!」
「だああああもう許さねえてめえらーーーー!」
微笑ましいじゃれ合いが一瞬にして怒涛の追走劇に変わる。
子どもたちはそれを見ても怯えるどころか腹を抱えて笑いながら逃げ交わす。
のどかな午後、うららかな風…
しかし風に乗って聞こえてくるのは大人気ない大人、しかも男の怒鳴り声だった。
行き交う人々の目は様々で、あらあら…と微笑ましそうに笑う者もいれば不審そうな目で見る者もいる。
どちらかと言えば後者の方が多かったようだが。
追い詰めておきながら子どもたちの反撃に遭い、圧し掛かられて真下でもがく男――― シャルワール。
こう見えて彼は十七~十八歳。
見た目は年相応に見えるものの、どうやら本当に見た目だけらしい。
大の男に五歳~十歳ほどの子どもたちが何故怯えもせずに飛び掛かる事が出来るのか。
簡単である、シャルワールが年上に見られていないのだ。
最初は大人だと距離を置かれていても、一度溶け込んでしまえば子どもたちと同じ土俵に立つのは早い。
子どもたちと同じ目線で見、同じ感覚で接する事でシャルワールは子どもたちから対等の地位を得たのだ。それはもう舐められるほどに。
「ぐは…マジ重い、ギブ、ギブ」
一人一人体重が軽くとも大勢でいっせいに圧し掛かればそれは重いだろう。
降参を掲げても子どもたちはげらげら笑うばかりで一向に退いてくれる気配は無い。無邪気も時には残酷である。
「またオレたちの勝ちー!」
「シャルワール弱っわー」
悪意の無い罵倒が降りかかるも実際負けているのだからシャルワールに反論の余地はない。
一対八という卑怯な攻めでも子どもたちにとって勝ちは勝ちなのだ。
退いてもらえないのを諦めてシャルワールがぶすっと頬を膨らませた。折角の男前な顔が台無しだが言い訳しないだけまだえらい。
物語とは全く関係ないがシャルワールは美形、端麗と言うよりも「男前」と言う方が似合う面の持ち主である。
滅多に見せる事は無いが真剣な表情は武術の天性を思わせる、そんな顔だ。
黙ってじっとしていれば「男版・立てば芍薬座れば牡丹」を狙えたものだが、外見以外の全てがそれを邪魔していた。
話を戻して、拗ねた猫のようにぶすっとしているシャルワールを子どもたちが笑いながらよしよしと撫でる。
それでも機嫌が直らないシャルワールの前に飴玉が差し出された。
それによってシャルワールの態度はころっと変わりあっという間に機嫌が直る。もしかしなくても子どもたちより精神年齢が低いのではないだろうか。
下手をすると対等どころかでかいペットと思われていそうだ。
口の中で甘い飴玉を転がしながら空を見上げる。膝の上には子どもたちが二人無理矢理座り込んでいる。
膝を陣取れなかった子どもたちは背中に抱きついたり首に抱きついたり横に凭れかかったりと好き放題にじゃれついていたが、シャルワールはそれを全く気にせず上機嫌に鼻歌を歌っていた。
しばしの休戦、くつろぎの時間である。
「ねー、シャルワールって武人なんでしょー?」
「んー?」
帽子の上からそんな問いをかけられ、シャルワールが鼻歌を止めて生返事をした。
「武人なのにどうして弱いのー?」
「んー……?」
帽子の上で腕を組んでいる子どもが転げ落ちそうなほどに首を傾げて考えた。
子どもは転げ落ちた。
はて、そう言えば自分はどうして武人になったのだろう。
その自問は子どもの問いの的を全く得ていなかった。
「冒険者は強いんだよ、フランデル大陸をモンスターから守っているんだって!」
「シャルワールも冒険者なんでしょ?」
「………~」
その問いに曖昧な声を出す。
自分は冒険者と言うよりも、どちらかと言えば遊び人だ。
そりゃあモンスターと戦う事もあるし、戦闘の途中に金を拾ったりアイテムを拾ったりして能力相応の収入を得てはいるが、一般の冒険者のように依頼(クエスト)をして収入を得る事など殆どない。
今も何処かで冒険者たちが手強い敵相手に戦って依頼をこなしているとすれば、自分はこうしてのんびり遊んでいるようなお気楽な立場である。
そんな自分を冒険者と呼ぶのはいかがなものか。
ちなみに依頼を受けるのが嫌いという訳ではない。
どちらかと言えば数年前はちょくちょくやっていたものだが、ジェングに真剣な顔で「お前はクエストしなくてもいい、いやむしろやるな」と言われた。何でだ。
「~………」
「シャルワール、何考えてるのー?」
「変な顔ー」
真面目な顔をせずぼけっと思い耽る顔は子どもたちの目には変な顔に映っていたらしい。
「シャルワールは街がモンスターに襲われたら助けてくれるよね?」
いつの間にか正面に移動した子どもが目を輝かせて聞いてきた。
その目は期待と言うよりも…選択肢は一つだけだと確信しているように見える。
“もちろんだ”、それに基づく言葉を。
いつも遠慮無しにボコボコ殴ってくるくせに、ちゃっかり英雄(ヒーロー)みたいな印象をもってんのな。
それをおかしく思ったかどうかは自分でも分からないが、唇の隙間から僅かに笑みが漏れた。
「どうだかなぁ」
「えー? 助けてくれないの?」
予想を裏切られた不満をあからさまに浮かべて子どもが唇を尖らせた。
「だってオレ強くねぇしー」
「なんだよーそれでも冒険者かよー」
「あでで…頭叩くなよ。でも安心しな、少なくともお前ら置いて逃げたりはしねぇから」
「ほんとに?」
「うん」
「もしそうなったら?」
「一緒に散ってやるよ」
「いや先に戦えよ」
子どもとは思えない的確なつっこみにみんなが笑った。
例え本当に弱くても…一緒にいてくれるだけで心強い。
ここにいる子どもたちが皆、シャルワールの事をそんな風に思っている事を、当の本人は知っているのだろうか。
飴玉の甘い匂いが広がってゆく―――
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「…それで、ここをこうする時に一度裏返して針を潜らせると…」
「あら! 綺麗な網目模様になったわ」
子どもたちと別れて帰路につけば、家の玄関前で会話の弾む声が聞こえてくる。
疑問符を浮かべながら遠目で見れば、開けっ放しの扉の奥にいるのが長男であるジェング、そしてジェングと向かい合っているのが……三軒隣の主婦である事が分かった。
基本的に空気を読まないシャルワールであるが、たまに景色を静観するようにじっと見ている事がある。
話も終盤だったのか、シャルワールが見始めて数分も経たず、主婦は「ありがとうね」と頭を下げて帰って行った。
笑いながら「いえいえ」と見送るジェングが、主婦の気配を感じなくなる頃にはぁと軽く息をついた。それを合図にシャルワールはようやく玄関まで近付いた。
「お、おかえり」
「おう、ただいま。何やってたんだ?」
顔を見るなり笑って出迎えてくれるジェングの顔にはもう疲労の色が見つからない。が、シャルワールが何をしていたのかと問うなり彼は再び所帯染みた溜息を漏らした。
「ああ、裁縫が上手くいかないと相談されてね。実践で説明したら理解したみたいでよかったよ」
「ふーん、依頼(クエスト)か」
何か違う。
「うーん、お礼にお菓子をもらったし…似たようなものかも。でも何でオレに相談するんだ…?」
「……」
近所では結婚もしていないのに主夫と呼ばれるほど家事に定評のある長男。
けれどそんな定評がある事を本人はこれっぽっちも気付いていなかった。
「おっとそうだ、こんな事している場合じゃない…」
「?」
言いながらジェングは家の中に戻ると家計簿机(シャルワールが勝手に命名)の引き出しをごそごそと探り始めた。
普段は彼が何をしていても気にも留めないが、今日はやけに好奇心が疼く。気まぐれというやつだ。
ジェングが引き出しの中から紙切れを一枚引っ張り出して紙面と睨めっこを始める頃、シャルワールも家計簿机に辿り着いて対面側に膝を付いた。
「何それ?」
紙一枚を隔てて興味津々にシャルワールが訊ねてくる。
ジェングは紙面から視線を外さずに声を返した。真面目な雰囲気を感じる。
「これか? 依頼書だよ」
「何の依頼?」
「まだ引き受けるかどうか決めた訳じゃないけどなー…、とある盗賊団の本拠地に潜入してこいってものだ…」
「とある盗賊団?」
「比較的最近結成された盗賊団らしい。その盗賊団らしき特徴は分かってきたもののグループ名が分からないんだ」
「ふーん…? つまり潜入してグループ名を調べてこいって事? スパイ活動?」
「まぁー…そういう事だな」
「なるほど、確かにそれはジェングの得意分野じゃないな。ジェングは騙すより騙される方が似合うもんね」
けらけらと笑いながらシャルワールがジェングをからかう。
けれど嘘は言っていない、人を騙したり欺く事に関しては、ジェングはお世辞にも向いていないのだ。
と言っても嘘を付けない人間でもない。どちらかと言えば嘘をついてもつき通すか、嘘を本物に変えてしまうほどの技量も彼には一応備わっている。
けれど彼がそれを好まないのは、単純に優しい人間だから罪悪感を引き摺ってしまう、そういう理由なのだ。
そんな彼が請け負ってくる依頼といえば、モンスターの討伐や街の治安活動の参加(何故かボランティアで終わる事が多い)、護衛や用心棒、悪党の成敗など正義の看板を背負っているようなものが多い。
剣士らしいと言えばらしいが、そんなジェングが何故スパイ活動の依頼なんかと睨み合いをしているのだろうか? まだ請け負っていないにせよ…
けらけらと笑う裏で、シャルワールはそんな事を思っていた。
「お前は余計な一言が多いぞ、ったく…確かにそれも嘘じゃないけれど、奇妙な点も多くてな。嫌でも警戒せざるを得ないと言うか…」
うーんと悩むように顎に手を宛がうと、ジェングは更に紙面の文字を凝視した。
「奇妙な点?」
「ああ…まずはこの依頼な、難易度(ランク)がDくらいなんだ。オレでなくてもこなせそうな冒険者はたくさんいそうだろう? なのに依頼主はわざわざオレのところに持ってきたし…」
頬杖を付きながらシャルワールがふんふんと相槌を打った。
「それに考えてみろよ、相手はまだ結成されたばかりの盗賊団だろ? 連帯、戦闘能力、協調性においてもまだ十分養われていないだろう集団を相手に、何故グループ名の検索から始めなければならないんだ? 正面からぶつかっても叩き潰せる可能性はあるだろうに…いやに慎重すぎる」
「ふんふん」
「勘繰りすぎかもしれないが…どうも気乗りしなくてな。でもわざわざオレのところに依頼を持ってきた依頼主の事を考えると気が引けるし…」
「……」
だからお前はお人よしで利用されやすくて彼女がいないんだ。
シャルワールは心の中だけで止めておいた。
「あとな…」
シャルワールの胸中で毒が吐かれた事に気付きもせず、ジェングは今までで一番トーンを低くして言葉を続けた。
「報酬金があるんだけど、明らかに額がおかしい。グループ名を割り出すだけで五百万ゴールドも出すと書いてある」
「ほぉ~、それだけあれば飛虎が買えるな」
「買えるか阿呆。それにそこが問題じゃないだろ」
シャルワールは分かっていてわざと言っている。ジェングのいちいち真面目な反応が楽しいからだ。
「ランクDで五百万ゴールドの報酬はいくら何でも高すぎだ。これだけの額が出せるならランクBで募集もできるし、そうした方が猛者も集まりやすい。なのにどうしてランクDで募集しているんだ?」
「さぁ~?」
「それにランクDで募集しているのにオレのところに依頼を持ってくるし。この矛盾は一体…?」
「お前がランクDくらいに見られていただけじゃねえの?」
「………」
ジェングは傷付いた。けれどそう思われていても仕方が無い根拠もあると言えばある。
彼はその気になればランクC~Bの依頼を全うするくらいの実力はある。
しかしランクが高くなればなるほど依頼の内容も複雑で、命の保証はゼロパーセントに近くなる。
命が惜しいというのもあるが、あまり複雑な内容すぎても骨が折れる為、ジェングは大体ランクD~C辺りの依頼なら受けるようにしていた。
もしかしてそれが板について「この人はランクDだ」と顔を見ただけで思われるようになってしまったのだろうか(※この辺りはジェングの被害妄想です)
ちなみに彼は自分から依頼を探す事は殆どしない。専ら依頼主がジェングのもとに訪ねてくる事が多かった。
「と…とにかく、そうだったとしても何か罠があるとしか思えないだろう。こんなバレバレな罠にかかるような人も早々いないとは思うけれど…世の中には物事を深く考えずに餌に釣られて安請け合いしそうな冒険者もたくさんいる。それが心配でな…」
(依頼主の次は見知らぬ冒険者の心配か。どこまでお人よしで甘っちょろいんだお前は)
「つまり、これは依頼主が難易度詐欺をしてまで冒険者を募っている可能性が高いんだ…何故そんな事をするのかまでは分からないけれど、オレが断りを入れれば依頼主は別の冒険者に持ちかけるだろう。依頼を受けたくはないけど…この餌に食い付いて犠牲者が出るくらいなら、自分が引き受けた方がいいんじゃないかと思ってな…」
「ふーん…」
聞いていたのかいなかったのか曖昧な返事をする。
いや、聞いていた。聞いた上での生返事だ。
聞いていて色々な思考が廻ったが……何よりも先に浮かんできた言葉は。
いやもう、好きにしろと。
罠と分かっていて飛び込んでこようかと悩んでいるお人よしさにも罵倒を通り越して乾いた笑みしか出てこないが、真剣な顔をして紙面と睨み合っている彼に一体何を言えと言う。
脳筋と呼ばれる職業にしては頭の回る人間だというのに、結局そのお人よしさが頭の回転を全てパァにしている事を当の本人は自覚してもいないだろう。
それでも、罠と分かっているならそれはそれで話は早い。
要は好きにしちまえばいいという事だ。
「まー、罠だったとしてもジェングで事足りそうなんだろ? 引き受けて報酬金もらっちゃえば?」
「んー…、難易度詐欺だったとしてもこなしてしまえば報酬はもらえるけどなー…でもそれで金をもらっても違反を公認したような感じになるし…」
その硬い頭が優柔不断に拍車をかけている事に気付かないのか。めんどくさい奴だ。
「ま、せいぜい悩めばいいさ。あ、何ならオレがその依頼受けてやろうか?」
ひょいと身を乗り出してきたシャルワールから依頼書を遠ざけるようにジェングの腕が退く。あからさまに嫌そうな顔のおまけつきだ。
「いや、お前はしなくていいから。お前がやるくらいならオレがやるし」
「ちぇ、いいけどさ」
珍しく素直にシャルワールが退いた。顔は全然納得していないが。
ジェングがシャルワールに依頼をさせたくないのには訳がある。それもすごく単純な理由だ。
シャルワールに依頼を任せるとその三倍増しで尻拭いの被害が降りかかってくるのだ。
いつだったか、常人には踏み込めない森に咲く花を取ってきて欲しいという依頼をシャルワールに任せた時、彼は花どころか訳の分からない石像や食虫植物を得意気な顔をして持ち帰ってきた。
しかもそれがモンスターだと分かると誰彼構わず巻き込んでの戦闘になるわ戦闘によって大破した建物の修理費を払わされるわ依頼主をかんかんに怒らせるわ今度こそ無償で花を取ってこいと何故か自分が向かわされるわ…本当にロクな事にならないのだ。
これだけではない、思い起こせば他にもたくさん……いやもう思い出したくないとげっそりしながらジェングが首を横に振った。
「じゃあ引き受けるんだな? その依頼」
改めて確認するようにシャルワールが聞いた。
「ああ、引き受けるよ。少し長引きそうだけどやっぱり気になるしな。じゃあ依頼主のところに受諾書を出してくる」
そう言って依頼主のもとに行こうと立ち上がったジェングをシャルワールが呼び止めた。
「ジェング」
「ん?」
「報酬もらったら飛虎買って」
「却下」
シャルワールの申し出は即却下された。
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なかがき
続くかなぁ…?
