好きな具は梅 -106ページ目

突発小説もどき -A Chird Dream 5-


「我らは金持ちの物を貧乏な者に分けてあげる義賊なのだ! 貴様の持っている物を出せ!」



 -A Chird Dream 5-



「ごめんなさい、ごめんなさい、俺たちが悪かったです…」


テンドペンド平原・ブント川上流。


アウグスタ出入り口付近の茂みにて通り過ぎる人々を待ち伏せていたスナッチャーたちは、襲いかかった一人の冒険者によって返り討ちに遭っていた。


「全く、お前たちはいつ来ても何度教えても懲りないな」


「だってモンスターだもん…」


しくしく…と泣きべそが聞こえてきたような気がしないでもないが、ジェングは敢えてそれを無視した。


スナッチャーたちの頭部に浮き出たタンコブが痛そうである。


「今回は見逃してやる…でも次に見かけたら今度こそ牢屋に放り込むからな。それより、ここまで来たのはお前たちに聞きたい事があってな」


正確に言うと今回“も”であり、“今度こそ”も今まで一度も実行された事が無い。


普通は強者に襲い掛かれば殺されてもおかしくないものを、ジェングのその甘さにスナッチャーたちは幾度も命拾いをしていた。殴られようが正座で反省させられようがスナッチャーたちがジェングに逆らえないのはそこにある。でも正座は辛い。


「聞きたい事? 何でしょうジェングの兄貴」


タンコブを摩りながらスナッチャーたちがジェングを見上げる。


「覚えているか? 五年前のあの日の事」


「五年前?」


はて、とスナッチャーたちが顔を見合わせて疑問符を浮かべた。


その時スナッチャーの一匹があっと声を上げる。


「あ、五年前ってあれっスか? スナッチャー盗賊団の結成記念日」


「違う」


ジェングのこめかみに青筋が浮かんだ。


えーじゃあ何だろうと再びスナッチャーたちが顔を見合わせて首を傾げる。


モンスターの中では人語を操る知能の高い彼らであり、だからこそジェングも彼らを頼りに訪ねたのだが、所詮はモンスターなのか彼らは阿呆である。


「覚えていないか、五年前にこの辺りでとある盗賊団による強盗事件が多発した事」


「強盗!? ちちちち違うっスよ! 俺たちじゃないっスよ!」


一人が騒ぐと次々とどよめきが連鎖する。


「分かっている、その時はまだお前たちは集団結成していなかっただろう、落ち着け」


「は、ははは、はいっ!」


「あっ、思い出した! 確かその盗賊団の討伐にジェングの兄貴が向かったんスよね」


「そうだそうだ、その時たまたま辻強盗しようと俺たちがジェングの兄貴にちょっかい出したら逆にボコボコに殴られたんスよね」


「しかも情報収集にパシられたり」


「いやあ今ではいい思い出っス」


余計な事まで思い出さなくていいとジェングは思った。


「で、その盗賊団の襲撃に巻き込まれた家族の事は覚えているか」


ジェングのその言葉を聞いた途端、スナッチャーたちの笑い声がぴたりと途絶えた。


「あー、覚えてるっス。若い姉さんと二人の弟たちでしたっけ?」


「気の毒な事件だったっスよねぇ、姉さんは大怪我負わされて弟さんたちは誘拐されたんでしたっけ」


「でもそれが何か?」


五年前の事を何故今更…と、スナッチャーたちの目が疑問符を浮かべながらジェングを見ていた。




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「あれ? ジェングはまだ帰ってないのか」


すっかり日も落ち、今日の探索はここまでとルヴェニスと別れ帰還したシャルワールは一人足りない家の中を見回した。


「あらおかえりなさい。ジェングはまだ帰ってないわよ……って、あんたまた変なもの持って帰ったの…」


たまたま玄関の付近にいたシェザが出迎えてくれた。…が、シャルワールの腕に抱えられた“変なもの”を見るなり訝しげな表情を浮かべる。


「変とは何だ変とは、失礼だな。オレの目に止まったものに変なものなんかあるわけがない」


その自信はどこから来るのか。へへんと得意気に笑いながらシャルワールが腕に抱えていたものをその場で広げた。


数歩進めばテーブルがあるというのに待てないのがシャルワールである。


「…何これ、目玉…? 気持ち悪いわね」


床に散らばった巨大な眼球らしきものを見てシェザがますます顔を顰めた。


「あったりー! 帰りにキャンサー気孔に寄ってな、ビホルダーの目玉を刳り貫いてきたんだ!」


笑って言うが相当残酷である。


「当たりじゃないわよバカ。こんなものどうすんのよ」


「どうするって当然……当然……あれ?」


シャルワールはそこまでは考えていなかった。


「綺麗だと思ったんだけどなー…誰かこれいる?」


シャルワールの価値観はよく分からない。


「いらない」


「オレもいらん」


部屋の中から聞こえてきたシェザ以外の声に目を向けると、椅子に腰をかけて新聞を広げているライゼがいた。


「あ、ライゼいたのか」


「気付くの遅いわ。久しぶりに帰ってきたっちゅうのに薄情やな」


このこてこてな関西弁を使うロンゲの男は一家の次男坊であり、長男のジェングを出し抜いて妻帯者である。


結婚してからは別の場所に家庭を持ったが、今みたいにちょくちょく実家に顔を出す事がある。


「また奥さんに追い出されたんだろ」


「な…何言うねん! 人の顔を見るなりそんな事疑うのは良くないで!?」


明らかに図星である。


ちなみにライゼが実家に顔を出すのは家族の様子を見に来る場合と、妻を怒らせて家を飛び出す場合の二通りがある。


後者の場合は妻のボーンクラッシャーから逃げる為に頭上にヘイストの羽がついているのですぐに分かる。


習得の難しい魔法技もこんな事に使われるのでは気の毒である。


「結婚しても相変わらず女癖が悪いんじゃあどうしようもないわね。くれぐれも奥さんを泣かせるような真似はするんじゃないわよ」


「うっ…でも泣くも何も家を追い出されているのはオレやねんけど…」


「言い訳するならここからも追い出すわよ」


「すんません、オレが悪かったから追い出さんといて、他に行く宛ないねん…」


ヘイストのせいで高速でへこへこ腰を折る兄の姿はとても格好悪かった。


余談ではあるがシャルワールも何気に女癖が悪い。


それは兄ライゼの背中をしっかり見て育った証拠でもあった。


「ところでシャルワール、冷蔵庫の中身が空っぽなんだけど心当たりは無いかしら?」


「えっ?」


未だ腰を折るライゼを放ったらかしてシェザがシャルワールに向き直った。


(冷蔵庫…? ………はっ!)


犯人はオレだ。


すっかり忘れていた昼間の素行を思い出しシャルワールが全身に冷や汗をかいた。


(やばい、バレたら殺される…誤魔化さないと!)


しかしシャルワールの心の声は全て表情に出てしまっていた。シェザの目が怒りに染まっている。


「やっぱり犯人はあんたね。しかもご丁寧にジェングの用意していた夕食二人分まで食い潰してくれちゃって…」


一人分足りないのはライゼの訪問が予想外だったからである。


「あっ、量が多いと思ったら二人分だったのか……っひいいい!!」


気付けよ。とその時、シェザが背中からファランクスを抜き取り床にダンと叩き付けた!


「今すぐ三人分の夕食を買ってきなさい。まともに食べられるものじゃないと今度こそ許さないわよ」


「はっ、はっ、はい! あ、お金は?」


「あんたのサイフからに決まってんでしょ! 早く行かないと雷落とすわよ!」


「ぎゃあああああ分かりましたーーーーー!!」


脅かされた猫のようにシャルワールが毛を逆立てて玄関を飛び出して行った。


まるでさっき追い出されたオレのようだ…とライゼは思った。やはり兄弟である。


「ったく、ロクな事しないんだから…。…で、どうするのよこれ…」


突き立てた槍を仕舞いながらシェザが床に視線を落として溜息を吐く。


ごろごろと転がったビホルダーの目玉。


「目玉焼きでも作るか?」


「私は食べないわよ」


「せやな、オレもいやや…」


ビホルダーの目玉は結局そのまま放置された。




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時は少し遡り――― テンドペンド平原・ブント川上流。


「んで…でもそれが何か?」


スナッチャーの一人が訊ねる。


「お前たちに手伝ってほしい事がある」


「えぇ!? またパシリっスかぁ?」


スナッチャーたちがあからさまに嫌そうな顔をしてブーイングを起こした。


「さっきいい思い出って言ったじゃないか」


「それとこれとは話が別だし」


「そうか、じゃあお前ら全員牢屋送りになるけど悪く思うなよ」


「そそそそれだけは勘弁っス! 分かりましたよやればいいんでしょうっ!」


「快く引き受けてくれて助かるよ」


ジェングがにっこりと笑った。ちっとも快くねえよとスナッチャーたちが心の中で泣いた。


「で、何をパシ…じゃなくて手伝えばいいんスか?」


「ああ、それはな……」


「………」


「………」


「………」


「ええっ!? そりゃいくら何でも無茶ですって!」


「下手すりゃ俺らの命が危ないじゃないっスか!」


「お前たちなら大丈夫だ」


「どこにそんな根拠があるんスか!?」


「昔からな、間抜けキャラは不死身って暗黙の設定があるんだよ」


「何の話っスかそれぇ!?」


効果音があるなら「ガーン」といった表情でスナッチャーたちが喚いた。


「…!」


スナッチャーたちの喚く声の中、ジェングが背中に不穏な空気の流れを感じた。


「……」


「どうしました? ジェングの兄貴」


視線だけで背後を見るジェングの顔が険しくなっている事に気付き、スナッチャーたちが疑問符を浮かべて様子を見る。


「…あまりのんびりしている時間は無さそうだ…」


「へ?」


「早く行け!」


「え、え? …っぎゃあああ!?」


一瞬で視界を覆い尽くす黒い影。


耳を劈くようなけたたましい金属音。


その全てが終わった時、スナッチャーたちはジェングが盾で何者かの攻撃を防いだ事を知った。


「早く行け、ここに居たら死ぬぞ!」


「はっ、はいいいい!」


「あっ、でも足が痺れて動けな…!!」


びりびりとぎこちない動きでスナッチャーたちが悶える。


長時間に渡る正座のせいで足が痺れて動けないようだ。


「ええい世話の焼ける…!」


攻撃を防いだジェングの盾が真横に空気を切ったかと思うと、突発流が生まれ竜巻を生成する。


トワーリングプロテクター。


「ぎゃああああーーーー!!」


その竜巻は痺れに悶えていたスナッチャー全員を巻き込むと、物凄い速さで回転しながらどこか遠くへ消え去った。


「…」


足元に散らばった数本の投擲。


何処からか感じる獲物を見定めるかのような視線。


「手荒い真似をするねぇ。でも間抜けキャラは不死身って暗黙の設定があるんだっけ?」


くすくす…と、人を食ったような笑みがジェングの癇を逆撫でる。


一人……いや、二人。


「―――!」


キン―――!


頭が状況を理解するよりも先に盾が攻撃を防ぐ。


「ふーん、いい反射神経だね」


声は似ているけれど違う。


試されているような心地の悪さにジェングが眉間に皺を寄せた。


「手荒い歓迎どうも。ここまでしてくれるからには貴方たちを敵と見做しますが。攻撃しても構いませんね?」


それを聞いて二対の笑い声が重なって響いた。


「普通そんな事確認するかぁ? 礼儀正しいのは結構だけど大抵の敵はそんな事確かめさせてもくれないぜ」


「では問いを変えましょう。私を襲った意図は?」


「だぁから、普通そんな事確かめさせてもらえないってぇの。バーカ」


この間、盾が投擲を防いだ回数は二桁に及んだ。


「分かりました、では力ずくで聞き出しましょう」


気流が歪な螺旋を描き出す。


それはジェングの周りを旋回していると言うよりも、ジェング自身が空気を取り込んでいるかのような吸引の動き。


それは一瞬にして風の爆発を巻き起こした。


「―――――!!」


腹を突き破るかのような振動。


地の底から地盤を砕く叫びは、人ならぬ獅子の咆哮。


ウォークライ。


その咆哮は岩を破壊し木々を薙ぎ倒し、ありとあらゆるものを爆風の渦に飲み込んだ。


「つっ―――!」


テンドペンド平原一帯を波紋を描くように飲み込む咆哮に、今まで姿を消していた影がたまらず姿を現した。


足元を掬われながらも戦闘体勢を失わないそれらは、紛れも無くジェングに刃を向けた者。


「あーびっくりした…なんつー雄叫びだよ」


「…驚いたのはお互い様でしょうね」


両者共に笑うがその笑みに余裕は無い。


敵からすれば剣士の姿をした男からは想像もつかなかった四大元素の破壊力、ジェングからすればこれだけの至近距離で気を失わなかった彼らの感覚神経の強さ。


両者共に相手の実力を知る。油断はできないと。


「そうこなくっちゃおもしろくねえや! 今度はこっちからいくぜ!」


ジェングの正面、死角、背後から無数の投擲が降り注ぐ。


「くっ―――!」


辛うじて盾で投擲を弾くも、その数本がジェングの頬や目元を掠めた。


敵は素早い、対してジェングにスピードはそれほど無い。


ましてや敵は二人、ジェング自身も動きを奪う重装を纏っているならなおの事、攻撃を防ぎこそすれ反撃まで回る余裕が無い。


刃の掠った箇所から血が流れる。


気持ち悪いその感触をも、敵は拭わせてくれる猶予も与えてくれない。


時には木の幹をも盾として使い、ジェングは攻撃を防いだ。


しかしそれも無駄だと言うかのように椰子の木が横二つに抉れる。


敵の殺傷力が上がっている。


(チッ…刃油か…)


眉間の皺が深くなる。用意周到という事は始めからこうするつもりだったという事。例え標的が自分以外の誰かだったとしても、彼らは同じように襲っただろう。



『何の依頼?』


『まだ引き受けるかどうか決めた訳じゃないけどなー…、とある盗賊団の本拠地に潜入してこいってものだ…』


『とある盗賊団?』



あの依頼書には盗賊団の本拠地の場所は記されていなかった。


場所までは特定できなかったのか、それとも敢えて記さなかったのは定かではない。


ただ、やつらの出没地域がルリリバー川河口からトワイライト滝付近であると、そう記されていた。



『比較的最近結成された盗賊団らしい。その盗賊団らしき特徴は分かってきたもののグループ名が分からないんだ』


『ふーん…? つまり潜入してグループ名を調べてこいって事? スパイ活動?』


『まぁー…そういう事だな』



ここはテンドペンド平原・ブント川上流。


依頼書に記されていたやつらの出没地帯とはやや離れている。


けれど依頼書に記されていたやつらの特徴が、この二人には酷似する。


一つはやつらは二人一組で行動する事。


一つはやつらの出没時間が夕暮れである事。


一か八か賭けてみようか。


失敗すればやつらに無駄に情報を与える事になる、成功すれば――― 思いは確信へと変わるだろう。



「確信がつきました。貴方たちですね、最近ブリッジヘッド近辺を騒がせている盗賊団は」


「あぁ? ……あー、そうかそういう事か」


敵の一人が数秒を置いて声を落とす。


「やたら探り入れてくるからただの冒険者じゃないと思ったけど。お前、俺らをぶっ潰す為に雇われた傭兵だな?」


もう一人も続いて声を落とす。その間も投擲の雨は降り止まない。


会話をしながらの攻防は今まで以上に戦闘を厳しくしたが、ジェングには今しか言葉をぶつける時が無かった。


まだ賭けを確信に変えるワードが出てこない、その為に敢えて敵の策略に乗る。


「ご名答。ついでに言うと貴方たちは最近結成されたばかりの盗賊団ではありませんね。私は五年前に貴方たちの属する盗賊団と戦闘を交えた事がある」


「!」


その時初めて投擲の雨が止んだ。


敵が無防備にジェングの前に躍り出る。


今が唯一の反撃のチャンス。…けれどジェングは攻撃に出ない。


「…てめえ何者だ?」


鋭い二つの目に見詰められる。…間違いない。


「トワイライト盗賊団…それが貴方たちのチーム名ですね」


「ははぁ…ただ俺たちを潰しにきたって訳じゃねえな? 言え、誰に何を命令された」


「大抵の敵はそんな事確かめさせてもくれないんじゃありませんでしたっけ?」


今度はジェングが人を食ったかのような笑みを浮かべた。


「あーっそ…じゃあ力ずくで聞き出せばいいんだよな!」


憎らしげにジェングを睨むと再び無数の投擲が降り注いだ。


すかさず盾で攻撃を防ぐ。


盾を持つ腕に鈍痛が走る。さっきよりも格段に威力が上がっている…


…いや、違う。


こちらの息が上がってきているのだ。


お世辞にもスタミナがあるとは言えないジェングに、ただ防ぐだけの動きでも長期戦は苦痛である。


一投一投が嫌になるほど重く盾に圧し掛かる。盾が壊れるのも時間の問題かもしれない。


キン―――!


「痛っ―――…!」


右手に握る剣が弾かれた。


剣は宙を舞い地面に深く突き刺さる。


ヒュッ―――!


「―――!」


その一瞬だった。


剣の突き刺さった大地から――― いや、剣が突き刺さる寸前の“影”から一つの残影が飛び出し、岩の陰に溶け込んだ。


剣の突き刺さった影は己の足元から長く伸びている。



やつらの特徴は出没時間が夕暮れである事。



(…そうか…!)


ジェングが歯を強く食い縛った。


ダン―――!


大地を後斜に蹴り宙に身を投じる。


「!」


宙に投げた身はこれでもかというほど無防備になる。


けれどその一瞬でもいい、彼らを誘き出す事が出来れば。


大地にジェングの影が無くなった。彼らは攻撃をする為に影から姿を現さざるを得なくなる。


一人は襲撃の為にジェングを追い、一人は追撃の為に大地の上で投擲の射程距離が追いつくまで待機する。


「終わりだ」


目下まで追いついた一人が口元に笑みを浮かべた。


シュッ―――!


空気圧の重さに盾が持ち上げられない。避けられぬ距離から五本の投擲がジェングに襲い掛かる。


この時を待っていた。


ジェングの体に投擲が全弾命中したのと、ジェングが盾を手放したのはほぼ同時だった。


ブーメランシールド。


上に持ち上げられないほどの重圧ならば、下に撃てば岩をも砕く破壊力となる。


狙いは端から追いかけてきたやつではない、大地の上で追撃を待つもう一人だ。


盾は引力という引力を全て乗せて気流を巻き起こしながら落下する。


まさか狙いが自分だとは思いもせずに驚きはすれど、大地で待っていたもう一人はそれを苦も無く避け交わす。


盾と岩の衝突に両者が砕け相打ちとなり、盾はジェングの手に戻る事は不可能となった。


ジェング自身、自分の命中率が悪い事は分かっていた。


避けられるのも計算の内。予想外の攻撃に一瞬だけでも怯んでくれればいい。


もうじき身体が大地に接触する。


大地に二つの影がみるみる映し出されてきた。


そろそろ離れるか…と、余裕を含んだ笑みで敵が笑った。


異変に気付いたのはその時だった。


「…!?」


目の前の男を蹴り飛ばし距離を取ろうとするも、まるで体が離れる事を拒絶しているかのように硬直する。


硬直しただけではない、体が勝手に戦闘体勢に入ろうとする、それに抗おうとする意思がナイフの抜刀をぎこちなくする。


(体がいう事をきかない…!)


意思を奪われた敵が悔しそうにジェングを睨んだ。


ジェングを追い宙に身を投じた時から技に捕われていた事を敵はこの瞬間まで気付けなかった。


デュエリング。


「チッ―――!」


いつまで経っても避けない相方に痺れを切らし、追撃はついに失敗に終わる。


激しい土煙を上げて二つの体が大地に叩き付けられる。


…いや、正確には叩き付けられたのは一つだけ。


叩き付けられたのは重装を纏わない無防備な背中。その腹の上には、馬乗りになって喉元に両手剣を宛がった血塗れの男。


重力によって加速した不時着のダメージは相手をついに失神にまで追いやった。


勝負はあった。


「少しでも不審な動きを取れば首を落とします。大人しくしてください」


ジェングが横目で鋭い視線を送る。睨まれた相手は口惜しそうに歯を噛み鳴らした。


鎧の砕けた箇所は右胸と脇腹、そして腹の中心。


常ならある程度の攻撃なら跳ね返す鎧も、今喉元に剣を宛がっている男の投力では軽々と砕かれた。――― 恐ろしい力である。


「けっ…勝ったつもりでいるだろうがせいぜい相打ちがいいところだ。今俺が反撃に出ても迎え撃つ力は残っていないだろ?」


「…悔しいですがその通りです」


睨んだ目のままジェングが笑った。


額から血を流し、砕けた鎧の隙間からも血を流すジェングにはどう見てもこれ以上反撃の余力は残っていない。


彼が脅迫を最後の手段に使ったのは、そのせいであった。


「ふん…俺たち相手にここまで殺り合ったのはお前が初めてだ。その根性を見上げて今回だけは見逃してやる…と言いたいところだけどよ。さっきお前から聞いた話を見る限りじゃ、そうもいかないだろうなぁ」


それを聞いてジェングが僅かに苦笑した。


賭け自体は勝利でも、やはり運はないらしい。


結果、自分の寿命を縮める事になるなんて。


(難易度DどころかBでも割に合わないくらい…オレにはこの依頼はキツいわ)


最初から罠だと分かって飛び込んだと言っても、やはりこの状況はどうにも悔しい。


…でも。



『あ、何ならオレがその依頼受けてやろうか?』



あいつをこんな目に遭わせる事にはならなかっただけ、上出来かな。


ほんの少しだけ、ジェングが満足そうに笑った。


状況を見ていた一人の手がぴくりと動いた。


反射的に剣を握るジェングの手に、ぐっと力が篭る。


その時。


彼らの傍で地面が次々と爆発を起こした。


「!?」


敵でも自分でもない、何者かによる攻撃にジェングが咄嗟に剣を構えた。


その一瞬の隙だった。


敵の手から何かが地面に叩きつけられた。瞬間激しい爆煙が視界を奪う。


煙弾幕。


何が起こったのか――― もうジェングには考える余裕も無かった。


深い煙に噎せ返り、ようやく煙が晴れてきた時は、既に敵たちの姿はそこには無かった。





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なかがき。


えっと…


クエストの目的って何だったっけ…?

柴(BlogPet)

きょう豆柴は、ジェングと遠目が引き出ししたかった。

*このエントリは、ブログペット の「豆柴 」が書きました。

突発小説もどき -A Chird Dream 4-


開けっ放しの窓から吹き込んできた風が白いカーテンを緩やかに波打たせた。


潮のにおいで部屋を満たしながら、ふわりと埃を巻き上げて、再び窓の外へと流れていく。


その部屋の時の流れは停止していた。


針は五年前のあの日から、一秒も動かぬまま。




 -A Chird Dream 4-




貿易港ブリッジヘッド。


…を北に抜けてテンドペンド平原・ブリッジヘッド北部の海岸沿い。


砂浜が開けて草地地帯が接するその場所に、その家はあった。


湿気を篭らせぬ為に設けられた高床構造の床下は、今は野生のラットシーフと蜘蛛の居心地のいい棲家となっているようだった。幸いな事に、やつらは棲家を荒らさなければ牙を向いてくる事はないらしい。


木製の板階段を登り、同じく木製の扉を叩く。――― 返事は無い。


ドアノブを握り捻った。鍵はかかっていない…


やつらが棲家としているのは床下の隙間だけのようで、部屋に入ると荒らされた形跡は無い。


人目を避けるように茂った木々の影に建てられたのが功を奏したか、人足は五年もの間見事に無かったようだ。


影と木漏れ日が押し合うように部屋の中を駆け廻る。


…ふと、ジェングの目に一枚の写真が止まった。


机の隅に置かれた埃だらけの写真立ての中に、在りし日の三人の姿が映っている。


模造品(レプリカ)のダートを握って嬉しそうに笑っている小さな男の子が二人と、その男の子たちの頭を撫でながら笑っている一人の女性。


写真越しでも伝わってくる。彼らは幸せなのだと。


「………」


ジェングの表情が何とも言えない感じに顰められていた。


切ないのか、悲しいのか……言うならば、憂いだろうか。


「!」


ジェングの目に更に止まった。


机の上に散らかった数冊の本、その隙間に挟まれた…しおりの役割をしているのだろう数枚の紙。


その一枚を抜き取った。


「………」


書き留められた文字を見る。


ジェングの表情が少しだけ強張った。




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つまらない。


表情一つ変えず闇の通路を歩く者は、心の中ではそんな事を思っていた。


対してもう一人は遠足に来たのかと思うほど楽しそうな足取りで横を歩いている。時々「オレより先に手を出すな」と無言の脅迫が聴こえてこないでもないが。


元よりルヴェニスは手を出す気など更々無かった。


驚異的な探知能力で罠という罠全てが見えているにも関わらず、だ。


最初こそ興味を持ったルヴェニスだが、シャルワールが導いた隠しダンジョンの入り口を見るなり落胆した。


何だ、最初に見かけた陳腐なトラップがそれだったのか…


ルヴェニスにしてみれば、あのトラップはあまりにも子ども騙しすぎて手をかける気にもならなかったのだ。


実際中に入ってみれば罠数は異様に多いがやはり子ども騙しなものばかりだった。ディザームトラップを使う間でもない。


この闇だって、ルヴェニスにとっては闇でも何でもない。


彼の目にはシャルワールの視界よりもくっきり鮮明に景色が映っているのだから。


「む」


シャルワールの足がぴたりと止まった。


同時にルヴェニスの足もぴたりと止まる。


「どうした」


分かっていて敢えて問う。


「やな予感がする」


シャルワールが短く答える。


よくもまあこんなに的確な位置で止まれるものだ。


足並み揃った二人の爪先に待ち受けるトラップ。


その距離、僅か数十センチ。


予感で止まったという事は、罠が見えているから止まったのではないという事。


嘘ではない証拠にきょろきょろするばかりでトラップ解除に取り掛からない。…つまり、嫌な予感がして止まったはいいが何処に何があるか分からず手を拱いているのだ。


ダンジョン自体に興味はもう無いが、ルヴェニスが去らない理由の一つがこれだった。


シャルワールのデタラメな感覚能力。


(何者だこいつ…)


さもおもしろそうに人を食った笑みを浮かべる。


探知能力はシーフとして鍛錬された者でも完全に身につける事は難しい。


それなのにこの子どもはどうだ、シーフですらないのに“勘”に任せて並みのシーフ以上の探知能力を見せ付けやがる。


まるで人口加工を施されていない荒削りの原石を見ているような気分だ。


それが買い被りか本物かは、次の行動をお手並み拝見といこうか。


闇に乗じて薄ら笑うと、ルヴェニスがシャルワールの襟首を鷲掴んだ。


「ん?」


ぽい。


ルヴェニスがシャルワールを罠の真下に向けて放り投げた。


子ども扱いされようがシャルワールは十七、八の男である、背丈もあるし体重も決して軽くない。


そんな体を小石でも投げるかのようにルヴェニスは片手で軽々と放り投げたのだ。


「なあああっ!?」


シャルワールが空宙でもがいた。


さあ、お手並み拝見といこうか。


ルヴェニスが目を細めて笑った。


「くっ!」


シャルワールが帽子を掴んだかと思うと、それを体が落下するよりも先に地面に投げ付けた。


「!」


ゴッ―――!


帽子が触れたと同時に地表の穴から計五本の火炎放射が噴き上がった。


ダン ダン ダン!


サイドステップを踏むかのような足取りでシャルワールが左右の壁を交互に蹴る。それも速い。


あの体勢からステップに持っていくのは無理な身の返しが要求される。けれどシャルワールはそれを苦もなくやってのけた。火炎放射の火柱を全て避け切るというおまけつきだ…


「てめえ何しやがる!」


罠の無い対岸に着地するなりシャルワールが怒鳴った。それでも通路に反響しない音量に抑えているのはまだ冷静であるという事か。


(もう少し洒落た演出が欲しかったな…)


身の返しは見事だったがスマートとは言えない。まだ荒削りな動きが目立つ。


この程度ではまだ図れそうにないが…買い被りすぎでもなさそうだ。


「何がおかしい! 人を殺しかけておいてよくも…っああ、帽子気に入っていたのに燃えちまったじゃねーか…」


シャルワールがしゅんと項垂れた。本気でがっかりしているらしい。


「帽子を囮にして先に罠を発動させたのはお前だろう。何にしてもおもしろいものを見させてもらった」


「ちっともおもしろくねえよ!」


シャルワールにしてみればわざと罠に放り込まれて死にかけたのだからたまったものではない。


ルヴェニスを見る目に完全に敵意が宿っていた。


「くく、そう怒るな…どうせ死ななかったんだからいいじゃねぇか」


「あっ、危な……!」


まだ火炎熱の冷めぬ床の上をルヴェニスが踏み出した。


罠の発動があれで終わりとは限らない、踏めばまた発動するかもしれないのに。


シャルワールの予想は当たった。ルヴェニスが床を踏んだと同時に再び火炎放射が噴き荒れた。


「!?」


炎の光でルヴェニスの姿が映し出されたその一瞬、ルヴェニスの姿がフッと消えた。


「…ほう、いい反射神経だな」


「………」


シャルワールは自分でも無意識の動きをとっていた。


脊髄反射の如く、後方に退いていたのだ。


無防備に炎の中に足を踏み入れたその男は、今は自分と同じこちら側――― 目の前にいる。


(…瞬間移動…?)


他に妥当な言葉も思いつかず、シャルワールが心の中で呟いた。


何が起きたのか分からなかった。


分かる事は、ルヴェニスが罠の中に足を踏み入れた事。


炎の中で姿を消した事。


火傷一つ負わず、服も焦がさず無傷でこちら側に現れた事。


よく分からないが、この男は凄いんだという事は、分かった。


今は敵意よりも不可解な意がシャルワールの目に宿っている。


ここまできてようやくルヴェニスを意識し始めたようだ。


いつもは人からどう見られていようが気にも留めないルヴェニスだが、シャルワールに意識を向けられるのは不思議と気分が良かった。


何だかんだ言っても行く先々で恐れられてきた身、全く興味なしといったシャルワールの態度はやはり面白くなかったのかもしれない。


「なぁ、お前背が高いな」


「ん?」


何の脈絡もなしに発せられたシャルワールの言葉に、ルヴェニスが不意を付かれたような声を出す。


「背高いなと思っただけ」


本当にそれだけだと言うように、シャルワールはそれ以上は言ってこない。


「そんな事、珍しくもなんともないだろう」


お前より背の高い人間なぞ、自分を除いても腐るほどいる。


ルヴェニスはシャルワールの言葉の意を読み取れず、少しだけ眉を寄せた。


「オレもチビじゃないけどさ、周りがあんまり背ぇ高いやつが多くて。いつも見上げてばっかなんよ」


シャルワールがけらけらと笑った。


確かにシャルワールはチビではない、身長百八十センチあるかないか…それよりもう少し足りないかと言ったところだ。


けれど裕に百八十を超えている自分と比べたら、それは比較対象が悪い。


背の高さを気にしているなら、気にする事でもないと思うが。


しかし雰囲気を見る限り、彼はそんな事を気にしている様子でもない。


やはり本当に、ただ思っただけなのだろう。


(…変なやつ)


結論に辿り着いた先に出てきたものは、それだった。


「…別にいいけど、こんなところでぐずぐずしている暇はないんじゃねぇか? 日が暮れるぞ」


「おっとそうだった…って、次にあんな真似したらもう案内してやんないからな」


シャルワールがルヴェニスをじろりと睨み付けた。


あんな真似とは言う間でも無いが、ぽいの事である。


ルヴェニスが可笑しそうに喉を鳴らした。案内も何も、こんなダンジョンなど自分一人で進んだ方がよっぽど早く攻略できるのだが。


…しかし、改めて見ればこのダンジョンには奇妙な感覚を覚える。


自分にとっては子ども騙しにすぎなくとも、シャルワールにとっては策を絞ってやっと潜り抜けられるくらいの難易度。


シャルワールにとってこのダンジョンは適正かそれよりももう少し難しいくらいか…


けれどルヴェニスにはそれが違うようにも思えた。


たまたまこのダンジョンがシャルワールの適正だったのではなく、まるでシャルワールに合わせてダンジョンが造られているような…


「………」


シャルワールに気付かれぬよう横目で見る。


相変わらず何も分かっていない顔。


(…もう少し様子を見てみるか…)


つまらないと思いながらルヴェニスが去らないもう一つの理由。


そんな興味が注がれている事を、当の本人は露知らず…






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なかがき。


ルヴェニスの火柱潜り(?)のトリックはすぐに分かるかもしれません。


なかがきで言うのも変ですがシャルワールは今匍匐前進をしていないようです、二足歩行です。匍匐前進ラヴァーの方々ごめんなさい(←?)


ジェングが何をしているのか本気で分からない今日この頃…