突発小説もどき -A Chird Dream 2-
カサカサカサ……
サササササ! サササササ………
そんな擬音語がとても似合う姿で暗い通路を進むその男は、訓練された兵隊でも出せないようなスピードで地べたを這って前に進んでいた。
-A Chird Dream 2-
その進み方は匍匐前進という立派な名称があるにも関わらず、彼がやるとどう見てもゴキブリ以外の何でもない。シャルワール。
彼はダンジョンと呼ばれる場所では武人よりも盗人に近い動きを取る癖がある。
本人は周囲を警戒する為に真面目にやっているのだろうが、もう少しまともな進み方はできないのか。
地下独特のひんやりとした空気に、それに混じる黴の臭い。
ここは港町ブリッジヘッドの離れ、西方に位置する盗賊団アジト――― かつてブリッジヘッドを拠点に悪名を轟かせたシーフギルド盗賊団の旧跡地だ。
今だ治安は安定しておらず、物騒な事件も絶えぬブリッジヘッドではあるが、シーフギルドの悪績はシャルワールが生まれるよりも前にぱったりと途絶え、今やそんなギルドがあった事を覚えている者は限られている。
ただ、かつて彼らがここで活動していたであろう面影を残す建造物が、街の離れにぽつりと残されているだけであった。
更に言うと、ここが彼らの本拠地であったという確証は一つとして無い。
それなのに何故ここが彼らの本拠地であったと囁かれているのかと言うと、この建物が地下構造である事、そして彼らの姿を見なくなったすぐ後、多くのモンスターが住まうようになった事が挙げられる。
闇に乗じ闇に潜む事を生業としていた彼らにとって、闇は絶対の領域(テリトリー)である。
日の光の侵入を許さぬ地下の内域は、文字通り彼らの縄張り、入り込んだが最後、進む先に待ち受けているのは闇の胃袋。
そんな場所に意気込んで足を踏み入れた猛者たちもいたが、無事に帰ってきた者は誰一人としていなかった。
彼らの悪績が途絶えた後も、手強いモンスターが住まうようになって調査という調査が行き届かなかった。
しかしその中で、モンスターの中に盗賊階級のローグらしきものを確認してから、彼らはシーフギルド一味に何ら関係しているのではないかと囁かれているのだ。
真相は全て闇の中。
シーフギルドが何故急に姿を見せなくなったのかについてはさまざまな推説が残されている。
内部抗争により崩壊した、解散した、英雄が現れ壊滅に追い込まれたなど…しかしそれらの推説は人々の心に上手く届かなかった。
彼らは闇に生きる集団である。今も闇の中に息を潜めて…何かしらの機会を窺っているのではないか。
推説の中ではそれが最も有力とされたが、彼らの消息が途絶え十数年。人々の警戒心は完全に薄れ消えつつあった。
今やシーフギルド旧跡地と称されたその場所も、モンスターがいるから危ないと、それだけに気をつけ近付かなければ大丈夫だと、人々の認識はその程度にまで落ちていた。
そんな場所にこのゴキブリ……もとい、シャルワールは何をしに来たのか。
モンスターとの手合わせか、それともジェングとの会話で諦めたように見せかけちゃっかり先回りをしたのか、それともゴキブリだから暗闇に安心するのか…
そのどれも違う。
何の事はない、遊びに来ただけである。
実はこの建物、中はモンスターだらけで一般の冒険者にはモンスターフィールドと認識されているが、細部をよく調べるとさまざまな隠しトラップが存在する。
それに気付いたのは今より数ヶ月ほど前になるが、トラップの解除に成功し隠し扉を潜った先には、モンスターは一匹たりともおらず真っ暗な通路が迷路のように続いていた。
シャルワールは夜目が効く。
色の識別まではさすがに出来ないが、通路の幅や物の形の輪郭、その気になれば通路を造るレンガの溝まで見えるのだ。
シャルワールは今、そんな真っ暗闇の中をゴキブリ顔負けの匍匐前進で進んでいる。はっきり言って匍匐前進をする必要は全くない、普通に立って歩いても十分すぎるほど天井は高いのだ。
この通路、モンスターはいないがあちこちにトラップが仕掛けられている。
しかしシャルワールは天性とも言える勘でそれらを片っ端から回避していた。
少しでも危険を察知するとぴたりと動きを止め、それ以上は動かない。そして十分に距離を取り、手ごろな石を勘のざわめく方角に投げる。
すると石の音が反響するよりも先に、隠されていたトラップが姿を現し標的に襲い掛かる。
ある時はギロチンが降ってきたり、ある時は左右の壁から槍が突出してきたり。
普通の人間なら死を理解するよりも先に首が吹っ飛んでいるところだが、シャルワールはそのデタラメな勘で今のところ全ての即死トラップを回避していた。
お前は本当に武道家なのかと問い詰めたい。
そしてこの通路、シャルワールが第一発見者という訳でも無いようだ。
先ほども言ったように、この通路には即死級のトラップが幾つも存在する。
哀れにもその犠牲となった者たちの屍や骸が、行く先々で点々と痕跡を残していた。
そんな死と隣り合わせな場所にも関わらず、シャルワールは臆さない。
寧ろ攻略難解なこの迷路の終点(ゴール)を目指し、完全にゲーム感覚で攻略を楽しんでいるのだ。
良く言えば怖い物知らず、悪く言えば命知らずである。
そんなシャルワールだが、楽しそうなダンジョンなら何処でも乗り込むという訳でもない。
彼は勘で「この場所には入らない方がいい」と察すると決して足を踏み入れないのだ。
彼の勘はよく当たる。
その勘が働いたのはモリネルタワーやトラン森、納骨堂といった、今は地図に記されていても当時は地図にさえ載っていない場所だったのだから。
それらの場所はいかなる強豪でも無事には帰れないとされる危険度A以上の立ち入り禁止区域。
もしも好奇心に任せて足を踏み入れていれば、彼は今こうして元気に地べたを這ってはいないだろう。
けれど裏を返せば、彼が足を踏み入れる場所は…危険だとされていてもどうにかなる範囲内である事が多い。
しかしそれはシャルワールが基準なので一般の方は決して真似をしないでほしい。普通は死ぬ。
長男に知られたら怒鳴られるだけでは済まされない、ある意味最高に危険な遊びを始めて早数ヶ月。
終点は未だに見えてこない。
少々飽きっぽいシャルワールだが、何故かこのダンジョンの攻略には飽きがこなかった。
終わりは見えてこないけれど、着実に前に進んでいる手応えはあった。
彼にとってこのダンジョンの攻略はとても楽しいのだ。
終わりに何が待っているのかなんて考えた事すら無い。
ダンジョンを攻略しているこの過程こそが、彼の冒険なのだから。
「…ん?」
ふと、背後から自分以外がもたらす空気の乱れを感じた。瞬時に動きがぴたりと止まる。
ほんの微量、もしくは布擦れの風だと思ってもおかしくない空気の乱れであったにも関わらず、彼は騙されなかった。
「………」
目だけで後ろを見る。
そして数秒も経たず口元ににやりと笑みを浮かべると、シャルワールは徐に左右の壁を手でまさぐり始めた。
(…あった)
壁を造るレンガの一つに僅かな窪みを見つけた。
誰が触っても何の変哲も無いただのでこぼこだ。
けれどシャルワールには違和感が“分かる”のだ。
ちなみに彼はシーフではない、探知能力は皆無である。
だから本当に天性の勘としか言い様が無いのだ。
それは本来物凄い能力なのだが、彼にとってその感覚は「普通」であり、別に凄くも何とも無い。
それゆえ財宝とも呼べるその能力は普段はロクでもない事ばかりに使われ全くの無駄に、そして真価を発揮するのは今くらいしかないのである。
もしも彼がシーフの道を選んでいたら今とは百八十度違う人生が待っていたであろう。しかし彼は選択肢を間違えたのでその心配も無い。
そうこうしているうちにシャルワールが先ほどのレンガの他に複数の違和感を持つレンガを探し当てた。
探し当てたはいいがすぐには何もせずにしばしレンガを調べ考える。
そして一つの規則性を見つけた。
(なーる、右壁に凸が三つで左壁に凹が四つ…それらは凸と凹が向かい合って対になる。どれがセーフでどれがアウトだ? そしてダミーはどれだ?)
残念ながらこれ以上の規則性、法則性は見つからない。
となれば、試されているも同然だ。
このトラップを回避できるだけの運の強さを。
(ちぇー何だよ、結局運頼みならルールを設ける必要なんてないじゃん)
思いながら、シャルワールの笑みが闇に溶ける。
そのレンガを探し当てる事すら特異であり、気付かずそのまま進めば待ち受ける先は奈落の底だと考えもしないで。
(んーじゃあどれを選んでも一緒だよなー…どれにしようかな)
セーフ、アウト、わざとらしいダミー。
人というものはわざとらしいと逆に選びたくなる不思議な心理を持っている。
シャルワールも例外ではない、わざとらしく残された凹が気になって仕方が無い。
お前はセーフか、それともダミーか。
けれどそれを制止するのは「やめておいた方がいい」という己の勘。
それは言わば自分を信じるか、信じないかだ。
(凹はやめておこうっと……じゃあ、三つの凸凹のうちどれか一つがセーフかな)
思いながら左右の壁を交互に見る。
(どうせ考えても分かんないし、こうなったら)
ここに来て初めてシャルワールが左右の壁と一定の間隔の距離を取って真っ直ぐに立った。
(全部押しちまえー!)
思うよりも先に体が動く。
ダミーの凹を避け、他全ての凸凹のレンガがほぼ同時に蹴り砕かれた。
その瞬間、後方からレンガの崩れる――― と言うよりも、レンガが動く音が響いてきた。
通路内の空気が後方に吸引される。
シャルワールが吸い込まれるほどの強い吸引ではないが、まるで久しぶりの呼吸を堪能するかのような風の流れだ。
「あれ、絶対罠が発動すると思って身構えていたんだけどな…」
全部押したという事はアタリもハズレも引いたという事。
なのにハズレらしき罠が発動しない。
「んー…何でだろ? …まっいっか♪」
あまり深くは考えずに匍匐前進で来た道を戻る。
戻った先に待っていたのは、ぽっかりとレンガの壁が無くなったむき出しの空洞だった。
隠し通路。
後方に靡く吸引の風、それは先ほど彼が見逃さなかった僅かな空気の揺れだった。空気はここから漏れていたのだ。
「隠し通路発見~♪」
シャルワールが嬉しそうに笑う。
匍匐前進をしていなければバンザイやブイサインを掲げていそうだ。
(今日はここまでにしてそろそろ帰るか。腹も減ったしな~)
体内時計がそろそろ帰れと時を告げる。
シャルワールが手持ちのナイフでガリガリと壁に傷を付けた。
此処まで来たという彼の目印だ。
目印を付け終わると、シャルワールはベルトにストックしていた帰還の巻物を解いた。
帰還の巻物が発動し、シャルワールがダンジョンの外に転送される。
「うわ…眩しい」
闇にすっかり慣れ染まった目が、夕暮れをしばらくの間拒絶していた。
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「…信じられねぇ…」
「あいつ気付いたのかな? 凸凹を三つ同時に押さないと罠が発動すること…」
「いや気付いていなかった、罠が発動するのを承知で全部押したっぽかったぞ…」
「じゃあ自分自身でも気付かずアタリを引いたのか」
「なぁ、アイツなら…」
「……」
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「いやあ助かったよ、君に断られると次の宛がなかったからねぇ」
契約書に印を押す役人の傍で、周りの迷惑も考えずに豪快に笑い飛ばす依頼人。
恰幅の良い丸々とした体に薄れかかった頭皮。しかし髭だけは無駄に濃い。
周囲を考えない向こう見ずな人物とはあまり関わりたくないジェングだが、彼が依頼人なのだから関わらないという訳にもいかない。
苦々しく笑い返すも、依頼人はジェングの心境をこれっぽっちも汲み取ってくれる事は無かった。
ここはブルンネンシュティグ書類受付所。
依頼主に受諾書を届けた後、両者はここに訪れて正式に任務遂行の許可を国から受け取らなければならない。
紙に依頼主と依頼遂行人の名を連ね、その他必要な情報を書き込み、依頼内容が認められれば役人が許可の印を押してくれる。これが任務遂行の許可が出た証となる。
彼らの契約も漏れ無く許可が下りた。
ジェングに依頼を遂行する資格が与えられたのだ。
「…あの、一つ窺ってもいいですか?」
受付のカウンターから離れ――― 正しくはその場で笑い続ける依頼人を誘導し、ジェングが切り出す。
「何だね?」
ジェングが依頼を引き受けたのが気分良かったのか、依頼人が機嫌が良さそうに彼を見上げた。
「わざわざ私を指名してくれたのはありがたいのですが…何故私を?」
その質問は依頼人にとって意外だったのか、きょとんとされてすぐに豪快に笑い飛ばされた。
「はっはっはっ、何だそんな事かね。君の功績を見させてもらったけれど、君はあまり目立った任務はしていないが受けたものは必ず成功させているからね。なかなか真面目そうだから気に入ったんだよ」
「はぁ…そうですか」
困った顔でジェングが笑い返す。その笑い声をどうにかしてくれないだろうかと願うが、やはり通じない。
話は逸れるが、今回の依頼主はジェングにとって初めての依頼人だが、ジェングには数人ではあるがクエストリピーターが付いている。
それは信頼が形となった証拠で、リピーターが出来るほど信頼を集めるのは決して容易い事ではない。
更に言うなら新規の依頼主が依頼を持ちかけてくるというのも早々無い話なのだ。
普通冒険者が依頼を受ける為には、自分から依頼を求め依頼主を探さなければならない。
本来依頼というものは、そう簡単に手に入れられるものではないのだ。
ジェングは依頼を持ちかけてくる者たちが自分を信頼してくれている事に感謝はしているが、実はそれが凄い事なのだという事を思ってもみない。
ジェングにとって持ちかけられた依頼の遂行は、ご近所付き合いの一環なのだ。
話は戻る。
「ところで君、風を使えるそうだね?」
ぴたりと笑い声が止まったかと思うと、にこにこしながら依頼人がジェングを見上げた。
「え? …まぁ」
別段変わった問いではないが、ジェングはその笑みに何かを感じ取る。
…あまりいい感じではない何かだ。
「今に始まった事じゃないが物騒な世の中だからね、あまりいい風は吹かないだろうから気をつけて」
「………」
答えぬ代わりに視線を送る。
何事も無かったかのように、依頼人が再び豪快な笑い声をあげながら受付所の扉を潜り、外へ出ていった。
「……」
少し遅れてジェングも受付所から姿を消した。
家に帰ると、シャルワールが腹が減ったと駄々を捏ねて暴れていた。
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なかがき。
言うまでも無いけどシフギルの設定とかクエストの受け方の設定とかは全部オリジナル設定です。
ゲーム内にこんなややこしい設定は無いので安心してプレイしてください。