突発小説もどき -A Chird Dream 1-
「あれ? シャルワールは?」
「さあ。また子どもらと遊んでるんじゃないの?」
-A Chird Dream 1-
熱い日差しが降り注ぐ午後、空には空白のような雲が浮かんでいるだけ。
絶好の洗濯日和がもたらすものは、のどかな平穏とまどろみと…
そんな古都ブルンネンシュティグの一角に、無邪気な子どもたちのはしゃぎ声が響いている。
…それに混じり明らかに子どもではない声も。
「ぎゃはははっ、よせって痛ぇよ」
「あははは…痛っ、あでででっ…あはは…おいおい」
「げは! 誰だ今背中蹴ったの!?」
「ぐはっ!!」
「だああああもう許さねえてめえらーーーー!」
微笑ましいじゃれ合いが一瞬にして怒涛の追走劇に変わる。
子どもたちはそれを見ても怯えるどころか腹を抱えて笑いながら逃げ交わす。
のどかな午後、うららかな風…
しかし風に乗って聞こえてくるのは大人気ない大人、しかも男の怒鳴り声だった。
行き交う人々の目は様々で、あらあら…と微笑ましそうに笑う者もいれば不審そうな目で見る者もいる。
どちらかと言えば後者の方が多かったようだが。
追い詰めておきながら子どもたちの反撃に遭い、圧し掛かられて真下でもがく男――― シャルワール。
こう見えて彼は十七~十八歳。
見た目は年相応に見えるものの、どうやら本当に見た目だけらしい。
大の男に五歳~十歳ほどの子どもたちが何故怯えもせずに飛び掛かる事が出来るのか。
簡単である、シャルワールが年上に見られていないのだ。
最初は大人だと距離を置かれていても、一度溶け込んでしまえば子どもたちと同じ土俵に立つのは早い。
子どもたちと同じ目線で見、同じ感覚で接する事でシャルワールは子どもたちから対等の地位を得たのだ。それはもう舐められるほどに。
「ぐは…マジ重い、ギブ、ギブ」
一人一人体重が軽くとも大勢でいっせいに圧し掛かればそれは重いだろう。
降参を掲げても子どもたちはげらげら笑うばかりで一向に退いてくれる気配は無い。無邪気も時には残酷である。
「またオレたちの勝ちー!」
「シャルワール弱っわー」
悪意の無い罵倒が降りかかるも実際負けているのだからシャルワールに反論の余地はない。
一対八という卑怯な攻めでも子どもたちにとって勝ちは勝ちなのだ。
退いてもらえないのを諦めてシャルワールがぶすっと頬を膨らませた。折角の男前な顔が台無しだが言い訳しないだけまだえらい。
物語とは全く関係ないがシャルワールは美形、端麗と言うよりも「男前」と言う方が似合う面の持ち主である。
滅多に見せる事は無いが真剣な表情は武術の天性を思わせる、そんな顔だ。
黙ってじっとしていれば「男版・立てば芍薬座れば牡丹」を狙えたものだが、外見以外の全てがそれを邪魔していた。
話を戻して、拗ねた猫のようにぶすっとしているシャルワールを子どもたちが笑いながらよしよしと撫でる。
それでも機嫌が直らないシャルワールの前に飴玉が差し出された。
それによってシャルワールの態度はころっと変わりあっという間に機嫌が直る。もしかしなくても子どもたちより精神年齢が低いのではないだろうか。
下手をすると対等どころかでかいペットと思われていそうだ。
口の中で甘い飴玉を転がしながら空を見上げる。膝の上には子どもたちが二人無理矢理座り込んでいる。
膝を陣取れなかった子どもたちは背中に抱きついたり首に抱きついたり横に凭れかかったりと好き放題にじゃれついていたが、シャルワールはそれを全く気にせず上機嫌に鼻歌を歌っていた。
しばしの休戦、くつろぎの時間である。
「ねー、シャルワールって武人なんでしょー?」
「んー?」
帽子の上からそんな問いをかけられ、シャルワールが鼻歌を止めて生返事をした。
「武人なのにどうして弱いのー?」
「んー……?」
帽子の上で腕を組んでいる子どもが転げ落ちそうなほどに首を傾げて考えた。
子どもは転げ落ちた。
はて、そう言えば自分はどうして武人になったのだろう。
その自問は子どもの問いの的を全く得ていなかった。
「冒険者は強いんだよ、フランデル大陸をモンスターから守っているんだって!」
「シャルワールも冒険者なんでしょ?」
「………~」
その問いに曖昧な声を出す。
自分は冒険者と言うよりも、どちらかと言えば遊び人だ。
そりゃあモンスターと戦う事もあるし、戦闘の途中に金を拾ったりアイテムを拾ったりして能力相応の収入を得てはいるが、一般の冒険者のように依頼(クエスト)をして収入を得る事など殆どない。
今も何処かで冒険者たちが手強い敵相手に戦って依頼をこなしているとすれば、自分はこうしてのんびり遊んでいるようなお気楽な立場である。
そんな自分を冒険者と呼ぶのはいかがなものか。
ちなみに依頼を受けるのが嫌いという訳ではない。
どちらかと言えば数年前はちょくちょくやっていたものだが、ジェングに真剣な顔で「お前はクエストしなくてもいい、いやむしろやるな」と言われた。何でだ。
「~………」
「シャルワール、何考えてるのー?」
「変な顔ー」
真面目な顔をせずぼけっと思い耽る顔は子どもたちの目には変な顔に映っていたらしい。
「シャルワールは街がモンスターに襲われたら助けてくれるよね?」
いつの間にか正面に移動した子どもが目を輝かせて聞いてきた。
その目は期待と言うよりも…選択肢は一つだけだと確信しているように見える。
“もちろんだ”、それに基づく言葉を。
いつも遠慮無しにボコボコ殴ってくるくせに、ちゃっかり英雄(ヒーロー)みたいな印象をもってんのな。
それをおかしく思ったかどうかは自分でも分からないが、唇の隙間から僅かに笑みが漏れた。
「どうだかなぁ」
「えー? 助けてくれないの?」
予想を裏切られた不満をあからさまに浮かべて子どもが唇を尖らせた。
「だってオレ強くねぇしー」
「なんだよーそれでも冒険者かよー」
「あでで…頭叩くなよ。でも安心しな、少なくともお前ら置いて逃げたりはしねぇから」
「ほんとに?」
「うん」
「もしそうなったら?」
「一緒に散ってやるよ」
「いや先に戦えよ」
子どもとは思えない的確なつっこみにみんなが笑った。
例え本当に弱くても…一緒にいてくれるだけで心強い。
ここにいる子どもたちが皆、シャルワールの事をそんな風に思っている事を、当の本人は知っているのだろうか。
飴玉の甘い匂いが広がってゆく―――
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「…それで、ここをこうする時に一度裏返して針を潜らせると…」
「あら! 綺麗な網目模様になったわ」
子どもたちと別れて帰路につけば、家の玄関前で会話の弾む声が聞こえてくる。
疑問符を浮かべながら遠目で見れば、開けっ放しの扉の奥にいるのが長男であるジェング、そしてジェングと向かい合っているのが……三軒隣の主婦である事が分かった。
基本的に空気を読まないシャルワールであるが、たまに景色を静観するようにじっと見ている事がある。
話も終盤だったのか、シャルワールが見始めて数分も経たず、主婦は「ありがとうね」と頭を下げて帰って行った。
笑いながら「いえいえ」と見送るジェングが、主婦の気配を感じなくなる頃にはぁと軽く息をついた。それを合図にシャルワールはようやく玄関まで近付いた。
「お、おかえり」
「おう、ただいま。何やってたんだ?」
顔を見るなり笑って出迎えてくれるジェングの顔にはもう疲労の色が見つからない。が、シャルワールが何をしていたのかと問うなり彼は再び所帯染みた溜息を漏らした。
「ああ、裁縫が上手くいかないと相談されてね。実践で説明したら理解したみたいでよかったよ」
「ふーん、依頼(クエスト)か」
何か違う。
「うーん、お礼にお菓子をもらったし…似たようなものかも。でも何でオレに相談するんだ…?」
「……」
近所では結婚もしていないのに主夫と呼ばれるほど家事に定評のある長男。
けれどそんな定評がある事を本人はこれっぽっちも気付いていなかった。
「おっとそうだ、こんな事している場合じゃない…」
「?」
言いながらジェングは家の中に戻ると家計簿机(シャルワールが勝手に命名)の引き出しをごそごそと探り始めた。
普段は彼が何をしていても気にも留めないが、今日はやけに好奇心が疼く。気まぐれというやつだ。
ジェングが引き出しの中から紙切れを一枚引っ張り出して紙面と睨めっこを始める頃、シャルワールも家計簿机に辿り着いて対面側に膝を付いた。
「何それ?」
紙一枚を隔てて興味津々にシャルワールが訊ねてくる。
ジェングは紙面から視線を外さずに声を返した。真面目な雰囲気を感じる。
「これか? 依頼書だよ」
「何の依頼?」
「まだ引き受けるかどうか決めた訳じゃないけどなー…、とある盗賊団の本拠地に潜入してこいってものだ…」
「とある盗賊団?」
「比較的最近結成された盗賊団らしい。その盗賊団らしき特徴は分かってきたもののグループ名が分からないんだ」
「ふーん…? つまり潜入してグループ名を調べてこいって事? スパイ活動?」
「まぁー…そういう事だな」
「なるほど、確かにそれはジェングの得意分野じゃないな。ジェングは騙すより騙される方が似合うもんね」
けらけらと笑いながらシャルワールがジェングをからかう。
けれど嘘は言っていない、人を騙したり欺く事に関しては、ジェングはお世辞にも向いていないのだ。
と言っても嘘を付けない人間でもない。どちらかと言えば嘘をついてもつき通すか、嘘を本物に変えてしまうほどの技量も彼には一応備わっている。
けれど彼がそれを好まないのは、単純に優しい人間だから罪悪感を引き摺ってしまう、そういう理由なのだ。
そんな彼が請け負ってくる依頼といえば、モンスターの討伐や街の治安活動の参加(何故かボランティアで終わる事が多い)、護衛や用心棒、悪党の成敗など正義の看板を背負っているようなものが多い。
剣士らしいと言えばらしいが、そんなジェングが何故スパイ活動の依頼なんかと睨み合いをしているのだろうか? まだ請け負っていないにせよ…
けらけらと笑う裏で、シャルワールはそんな事を思っていた。
「お前は余計な一言が多いぞ、ったく…確かにそれも嘘じゃないけれど、奇妙な点も多くてな。嫌でも警戒せざるを得ないと言うか…」
うーんと悩むように顎に手を宛がうと、ジェングは更に紙面の文字を凝視した。
「奇妙な点?」
「ああ…まずはこの依頼な、難易度(ランク)がDくらいなんだ。オレでなくてもこなせそうな冒険者はたくさんいそうだろう? なのに依頼主はわざわざオレのところに持ってきたし…」
頬杖を付きながらシャルワールがふんふんと相槌を打った。
「それに考えてみろよ、相手はまだ結成されたばかりの盗賊団だろ? 連帯、戦闘能力、協調性においてもまだ十分養われていないだろう集団を相手に、何故グループ名の検索から始めなければならないんだ? 正面からぶつかっても叩き潰せる可能性はあるだろうに…いやに慎重すぎる」
「ふんふん」
「勘繰りすぎかもしれないが…どうも気乗りしなくてな。でもわざわざオレのところに依頼を持ってきた依頼主の事を考えると気が引けるし…」
「……」
だからお前はお人よしで利用されやすくて彼女がいないんだ。
シャルワールは心の中だけで止めておいた。
「あとな…」
シャルワールの胸中で毒が吐かれた事に気付きもせず、ジェングは今までで一番トーンを低くして言葉を続けた。
「報酬金があるんだけど、明らかに額がおかしい。グループ名を割り出すだけで五百万ゴールドも出すと書いてある」
「ほぉ~、それだけあれば飛虎が買えるな」
「買えるか阿呆。それにそこが問題じゃないだろ」
シャルワールは分かっていてわざと言っている。ジェングのいちいち真面目な反応が楽しいからだ。
「ランクDで五百万ゴールドの報酬はいくら何でも高すぎだ。これだけの額が出せるならランクBで募集もできるし、そうした方が猛者も集まりやすい。なのにどうしてランクDで募集しているんだ?」
「さぁ~?」
「それにランクDで募集しているのにオレのところに依頼を持ってくるし。この矛盾は一体…?」
「お前がランクDくらいに見られていただけじゃねえの?」
「………」
ジェングは傷付いた。けれどそう思われていても仕方が無い根拠もあると言えばある。
彼はその気になればランクC~Bの依頼を全うするくらいの実力はある。
しかしランクが高くなればなるほど依頼の内容も複雑で、命の保証はゼロパーセントに近くなる。
命が惜しいというのもあるが、あまり複雑な内容すぎても骨が折れる為、ジェングは大体ランクD~C辺りの依頼なら受けるようにしていた。
もしかしてそれが板について「この人はランクDだ」と顔を見ただけで思われるようになってしまったのだろうか(※この辺りはジェングの被害妄想です)
ちなみに彼は自分から依頼を探す事は殆どしない。専ら依頼主がジェングのもとに訪ねてくる事が多かった。
「と…とにかく、そうだったとしても何か罠があるとしか思えないだろう。こんなバレバレな罠にかかるような人も早々いないとは思うけれど…世の中には物事を深く考えずに餌に釣られて安請け合いしそうな冒険者もたくさんいる。それが心配でな…」
(依頼主の次は見知らぬ冒険者の心配か。どこまでお人よしで甘っちょろいんだお前は)
「つまり、これは依頼主が難易度詐欺をしてまで冒険者を募っている可能性が高いんだ…何故そんな事をするのかまでは分からないけれど、オレが断りを入れれば依頼主は別の冒険者に持ちかけるだろう。依頼を受けたくはないけど…この餌に食い付いて犠牲者が出るくらいなら、自分が引き受けた方がいいんじゃないかと思ってな…」
「ふーん…」
聞いていたのかいなかったのか曖昧な返事をする。
いや、聞いていた。聞いた上での生返事だ。
聞いていて色々な思考が廻ったが……何よりも先に浮かんできた言葉は。
いやもう、好きにしろと。
罠と分かっていて飛び込んでこようかと悩んでいるお人よしさにも罵倒を通り越して乾いた笑みしか出てこないが、真剣な顔をして紙面と睨み合っている彼に一体何を言えと言う。
脳筋と呼ばれる職業にしては頭の回る人間だというのに、結局そのお人よしさが頭の回転を全てパァにしている事を当の本人は自覚してもいないだろう。
それでも、罠と分かっているならそれはそれで話は早い。
要は好きにしちまえばいいという事だ。
「まー、罠だったとしてもジェングで事足りそうなんだろ? 引き受けて報酬金もらっちゃえば?」
「んー…、難易度詐欺だったとしてもこなしてしまえば報酬はもらえるけどなー…でもそれで金をもらっても違反を公認したような感じになるし…」
その硬い頭が優柔不断に拍車をかけている事に気付かないのか。めんどくさい奴だ。
「ま、せいぜい悩めばいいさ。あ、何ならオレがその依頼受けてやろうか?」
ひょいと身を乗り出してきたシャルワールから依頼書を遠ざけるようにジェングの腕が退く。あからさまに嫌そうな顔のおまけつきだ。
「いや、お前はしなくていいから。お前がやるくらいならオレがやるし」
「ちぇ、いいけどさ」
珍しく素直にシャルワールが退いた。顔は全然納得していないが。
ジェングがシャルワールに依頼をさせたくないのには訳がある。それもすごく単純な理由だ。
シャルワールに依頼を任せるとその三倍増しで尻拭いの被害が降りかかってくるのだ。
いつだったか、常人には踏み込めない森に咲く花を取ってきて欲しいという依頼をシャルワールに任せた時、彼は花どころか訳の分からない石像や食虫植物を得意気な顔をして持ち帰ってきた。
しかもそれがモンスターだと分かると誰彼構わず巻き込んでの戦闘になるわ戦闘によって大破した建物の修理費を払わされるわ依頼主をかんかんに怒らせるわ今度こそ無償で花を取ってこいと何故か自分が向かわされるわ…本当にロクな事にならないのだ。
これだけではない、思い起こせば他にもたくさん……いやもう思い出したくないとげっそりしながらジェングが首を横に振った。
「じゃあ引き受けるんだな? その依頼」
改めて確認するようにシャルワールが聞いた。
「ああ、引き受けるよ。少し長引きそうだけどやっぱり気になるしな。じゃあ依頼主のところに受諾書を出してくる」
そう言って依頼主のもとに行こうと立ち上がったジェングをシャルワールが呼び止めた。
「ジェング」
「ん?」
「報酬もらったら飛虎買って」
「却下」
シャルワールの申し出は即却下された。
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なかがき
続くかなぁ…?