インスタントジョンソン じゃいオフィシャルブログ『マルいアタマをぐちゃぐちゃにする』powered by Ameba -13ページ目

トド

芸能人や有名人、著名人などによる失言が目立つ。


失言の範囲も年々広がっている。


同時に、発言に気を付ける人、余計なことを言わない芸能人も増えているだろう。


失言というエサに食い付く人達も増えているように感じる。


叩きたい、叩きたくてうずうずしている。


そういう人が多くなると、便乗した野次馬達が総攻撃を仕掛けてくる。


失言を擁護するつもりはない。


ではここで失言の基準を考えてみよう。


個人的には2つの基準があると考える。


まず1つ目は発言する側に愛があるかどうか?


例えば和田アキ子さんの場合、そこはクリアしているように思う。


発言内容はさておき、本人は悪気はないだろう。


むしろ、本当に可愛いと思っていると思う。


憎くてとか、嫌いとかそんな感情はさすがにないだろう。


フワちゃんの場合は、愛は特に感じられないが、単なるボケだろう。


ブラックジョークで、本気で言ってるということはないとは思う。


で、2つ目は受け取り側の感情。


和田アキ子さんもフワちゃんもそこをクリアしてない。


どちらも悲しんでしまっている。


これがアウト。


もしこれが、「誰がトドじゃ!せめてアザラシやろ!」と北口選手がツッコんだら、もしかしたら笑いになって成立してたかもしれない。


やす子が、「お前が◯ね!」と返せたら、面白喧嘩になってたかもしれません。


まあこの2人がそれをするとは思えませんが。


受け取り側の気持ちといじる側、いじられる側の関係性が大切になることだと思います。


僕も人をイジって笑いを取ろうとしたことは数えきれないほどあります。


大前提として、愛を持って、面白く、相手もおいしくなる。というのを意識的か無意識的にしております。


明らかに、この人は傷ついてしまう。悲しんでしまうと思えばイジらないです。


それでも、過去に傷つけてしまったことはあるでしょう。


粗品の宮迫さんいじりも愛のあるものでした。(本人確認)


宮迫さん側からしたら貰い事故。(本人確認)


でも、世間はそんなところは見てないですよね。


文面だけで受け取ります。


で、その批判が1番人を傷付けているということに気が付いているのか?


そこに愛は全く感じられない。





死ってなんだろう?


病死、事故死、自殺、他殺など、さまざまな死がある。


人は生まれ、生きて、死ぬ。


それは誰1人例外はない。


しかし、寿命は人それぞれで、そこに公平性はない。


赤ん坊のときに一生を終えることも、長寿で大往生する人もいる。


人の死は悲しい。


気持ちがどんよりとしてしまう。


俺も歳をとった。


周りも同じ速度で歳を重ねている。


毎日、死に向かって生きている。


必然的に、人の死に向き合わなきゃいけない確率も増えていく。


悲しむことが増え続ける。


年下の人が僕より先に逝くこともある。


周りの人の死に直面するたびに悲しい。


死んだ人の分まで生きる!とか、その人の為にも生きてやる!


なんてことは思わない。


自分の生きてる時間を一生懸命生きるのみ。


別に死に対しての恐怖はない。


痛いのは嫌だけど。





えっ?君も…

『人のこと傷付けるなんて最低だな!芸能界引退しろよ!クソ野郎!』