生来へそ曲がりで、当世に流行しているものに媚びたくない性格が災いして、私は常に時代遅れの変わり者と見られているふしがあります。まあ、しょうがないですね。
昨年大ヒッした「ゲゲゲの女房」もテレビは熱心に観ましたが、肝心の原作は読んでいませんでした。このほど、ようやく単行本「ゲゲゲの女房」(実業之日本社)を某古書店にて購入しました。あっというまに読みました。
 
確かに、この本が朝ドラのストーリーの骨格になっている事はわかりましたが、実際の番組では、水木先生に関する色々な資料を参考に話を膨らましている事が再認識できました。毎日分の脚本を書くのは本当に大変でしょうね。
 
水木先生の半生記はすでに色々な形で紹介されており、もちろん私も諳んじるほど何回も読みましたので、朝ドラでもさほど新鮮味はなかったのですが、本の方では、水木家の雰囲気をさらりと書いている部分がむしろとても興味深かったです。子育て、親戚づきあい、嫁姑そして晩年など、どこの家にもあるテーマについて、布枝婦人の思いが正直に書かれており、水木家も普通の家庭なんだなと思いました。
 
水木先生は、仕事のためなかなか家庭をかまう時間がなかったり、また、なかなかの亭主関白ぎみだったみたいですね。私の親もそうでしたが、戦後復興、高度経済成長、と一生懸命仕事をした世代で、若い頃は子供の相手をできなかった人も大勢いたと思います。そして、父親の存在は、今より特別だったと思います。水木先生もその典型だったのでしょう。いまでは、とても懐かしいタイプの親父さんかもしれません。ご夫婦ともに、いつまでもお元気でいられるることを願っています。
 
この本を読んで境港の水木ロードに行きたくなりました。
 
 
 
 
仙台から帰りました。東京は相変わらず人が多いですね。
 
実家のかたづけで父の本を整理し父の人生を回顧してしまいましたが、実は今、母の半生を小説風にまとめています。父もいろいろあったんですが、母もとてもいろいろな事を経験しており、もったいないので記録を残そうと思いました。いずれ、さわりだけでも紹介したいと思っています。内輪うけかもしれませんが。
 
人はそれぞれの人生でドラマがあり、みな壮大なストーリーを構築しているのだと思います。朝ドラでやっていた
「ゲゲゲの女房」もそのひとつでしょうね。水木先生もまた半生記を連載されるとか。
楽しみですね。
 
父の晩年もそうだったようですが、私自身もそろそろ、これまでの回顧を志向する行動パターンに入りつつあるようです。
実家の仙台で震災の後片付けをしています。
今日は震災で発生したごみを近くのグラウンドに捨てに行きました。壊れたステレオ、額縁、バラバラになった古いハードカバーの本などを捨てに行きました。
そのグラウンドには、さまざまなモノが捨てられていました。中にはブロンズの立派な彫刻みたいなものもありました。
 
ここ数日、亡き父が残した膨大な本を片づけました。地震により書斎の本棚に入れられていた本はほとんど棚から飛び出て床に山積みで散乱していました。父が亡くなってから5年ほど経ちましたが、これらの本はあまりにもたくさんあるので、家族の中で整理しようという勇気がある者がなく、書斎にひっそりと置かれていました。今回、すべて本棚から飛び出たので否応なく父の本達を見ることになりました。今の家に引っ越した時以来、数十年ぶりの棚卸です。
 
私の父は、大正生まれで昭和、平成を通して、昭和金融恐慌、太平洋戦争、戦後の混乱、高度経済成長、バブル経済とその崩壊など激動の時代を生き抜きました。その間一貫して本を読み続けて、家に本の山を築きました。父は本のコレクターというわけではなく、その時々で興味を持ったり好きな事について書いてある本をただ読み続けただけでした。それだけに、この本達は父の人格を反映した、父の写像の一種と考えることもできます。
 
私達子供の記憶では、父の晩年の衰えた姿が印象強く残っているため父全体のイメージがそれに引きずられてしまうのですが、父の青春時代である戦前に父が読んでいた本達からは、若い、元気はつらつとした父の精神が湧き出てくるように感じられます。
 
父は詩歌が好きだったらしくたくさんの詩集、句集などが残されていました。今回はじめて知ったのですが、父は、その頃読んだ本のいくつかに簡単なコメントを裏表紙や巻末に残していました。達筆すぎてなんて書いてあるかわからないものも多いのですが、たぶん旧制高校時代のものでしょう、父の若い気魄に触れ感動してしまいました。晩年からは想像できない若々しい父の精神がそこにありました。
 
その後、戦争の影がちらつきはじめ伏字が入った本などもありました。終戦直後の本は、厚さが薄く、紙質が悪い本がたくさんありました。でも、たぶん父は一生懸命それらの本を読んだのでしょう。大切に保管されていました。日本が復興されるにつれて父はあらゆる分野の本を読み漁ったようで、その時代の本が一番多く残されています。
 
世の中が落ち着き、父の世代がしだいに晩年に達し始めると、文化、思想、歴史などに関する昔の回顧本を読み始めています。やはり、戦争中の事は忘れられないようで戦記本も多くあります。父の世代は多くの人が戦争により若くして亡くなられました。そういえば、テレビで戦争中の画像が流れると父は泣いていることもありました。亡くなった友達や同世代の人達に想いがいってしまうようでした。
 
父の最晩年は体力がなくなって、なかなか本を読むことができなくなったようですが、読みたい本を枕元などに置いていました。何故かハイデッガーの「存在と時間」もあります。
そして、
父の死とともに父の本の収集も終わりました。
 
これらの本達を通してある時代のひとりの人物の一生を俯瞰することができたように思います。いつかこれらの本のリストを製作してみたいと思っています。
 
 
 
 
今仙台の実家にいます。ようやく開通した新幹線で帰りました。
震災後めちゃくちゃになった家の中を片づけるのが今回の帰郷の目的です。
特に私の漫画本と亡き父の膨大な蔵書が散乱して手がつけられない状態だったんです。
これを整理するのは年老いた母にはとうてい無理なのですが、一見ゴミに見えそうな物も多く、第三者にも任せられない作業なので、ずっと部屋が荒れたままでした。
 
行きの新幹線は、いつもと違う雰囲気だったように感じました。ゴールデンウイークの割に観光客然とした人が例年より少なく、郷里に片づけのため帰る人が結構いたようです。気持ち、やや静かだったかな。
 
さて、やっと家に帰ると予想通り、私の漫画本が置いてある部屋は床上1M漫画本で埋まっていました。漫画本も大量になると液体のようなふるまいをするようです。たび重なる余震の影響で漫画本が流れて行き遠くまで本が移動していました。押入れにびっしりと詰めこまれていた昔の雑誌は、奥の方が液状化したようで、表は何でもないのですが、裏にあった本が複雑な流路を経由して押入れの外まで運ばれているのは不思議でした。
 
まず倒れた本棚を立て、転倒防止処置を済ませてから、ひとつひとつ拾い集め同じ作品ごとに並べ、揃ったところで本棚に戻していく。本が本棚に並んだら、余震で飛び出さないように本棚をビニール紐で縛り付け応急処置が終了。作業を夜通しつづけてようやく片づきました。
 
一度大部分を処分したのですが、それでもまだ数千冊あったと思います。本当にたくさん集めたものです。
案外多いのは漫画周辺の資料。週刊誌や新聞を切り取った資料がばらばらに散乱しているのです。
これらの紙片の整理は漫画本より大変でした。私のコレクション趣味は、膨大なモノの整理と表裏を成していたのだな、と改めて実感しました。
 
さあ、休む間もなく、親父の書斎へ。(続く)
 
昨夜この文章を書いたんですが、連日の重労働による疲労で朦朧とした状態だったので非常に誤字脱字が多かったですね。少し直しました。
村上もとか「JIN-仁-」20巻(集英社)を読みました。スーパージャンプ(集英社)誌に10年にわたって連載された作品がまとめられた単行本の最終巻です。とうとう大作が終わりましたね。
 
現代の腕利き外科医が時空を飛び越えて幕末に現れ、坂本竜馬、西郷隆盛、新撰組などと触れ合いながら激動の時代に翻弄されるが、しだいに時代のキーパーソンになっていくという物語です。(あまりネタばれしたくないので、ぜひ読んでください。)
 
タイムパラドックス、幕末の時代風俗、政治背景、医療事情などを巧みに組み合わせた壮大なストーリーでした。奇想天外な物語ですが、作者の表現したい事が確かに感じられる快作だと思います。
連載中は、いろいろなモチーフが並行して出てくるので、どのようにまとめられるのかな?と思いましたが、初めから終わりまできちんと描ききられていました。相変わらず、村上もとか先生の構想力というより漫画力の力量には感心しました。 
 
私は少年サンデーに連載された「赤いペガサス」以来、例えば「六三四の剣」「ヘヴィ」「龍-RON-」など村上先生の作品が大好きです。いずれの作品も多くの登場人物が、物語の最初から終わりまで、それぞれの役割をもってきちんと描かれているところが素晴らしいですね。次の作品も楽しみにしています。
 
ところで、漫画の発行部数が減り続ける現実の中、漫画文化そのものの低落と変質を心配しているファンもたくさんいるようです。でも私は、原作物が多い中、村上先生のようにご自分で作画する作家が今でも一定数は存在していることに少し安心します。多くの作家がデビューしては消えてしまう厳しい業界ですが、結局力のある人(それと幸運も?)は残っていると確信しています。楽観的でしょうか?