なぜB認知だけに寄らないのか
人の回復や安定を、認知や意識の変化だけに委ねる立場を取りません。理由は明確です。人が最も困難な状態にあるとき、考える力、理解する力、集中する力は、すでに十分に使えなくなっているからです。「考え方を変えましょう」「今ここに意識を向けましょう」「受け入れましょう」それらが有効に働くのは、心身に余力が残っている場合に限られます。意識が働かなくても、身体は調整できるという事実を重視します。人の身体には、説明されなくても、理解しなくても、条件が整えば自ら緩む仕組みが備わっています。ホメオストレッチは、その仕組みを前提にした生理学的リラクセーション技法です。努力しなくてもいい。集中できなくてもいい。前向きでなくてもいい。ただ、防御反応を起こさない条件を整える。それだけで、身体はリラクセーションの方向へ向かいます。認知だけに寄らないのは、心理を軽視しているからではありません。むしろ逆です。心理は、身体が安全になってから、はじめて働くと考えているからです。身体が緊張したままでは、どれほど丁寧な言葉も届きません。どれほど正しい理解も定着しません。だから、まず身体を整える。意識の前に、神経を整える。理解の前に、防御を下げる。この順序を、決して入れ替えません。育てたいのは、言葉で導く専門家ではありません。人の状態を壊さずに整えられる専門家です。ホメオストレッチを基盤に据えるのは、癒しを才能や感覚に任せないためであり、善意や努力に依存させないためです。リラクセーションを、誰に対しても、どの現場でも、安全に再現できる技術として残す。それが、BTUの立場です。考えられない人を、切り捨てない。頑張れない人を、置き去りにしない。意識が届かない領域まで含めて、人を支える。それが、BTUが認知だけに寄らない理由であり、ホメオストレッチを中核に据える理由です。