肺がん宣告を受けてから半年経過したjacです。

 

 

経過したと言うか、生き延びたというべきか、

うーむ。

どうなんでしょうね。

 

前にも書きましたが、サバイバーっていう感じではないかな、やはり。

自分の力で何とか生きてやろう!っていう意気込み、

これっぽっちもないですもの、ワタクシ。

 

毎朝、お仏壇と神棚にお参りしてお願いしているだけです。

生かされているのです。

あぁ、ありがとうございます。

 

 

それでも、確実に死期は近づいているのでしょうから、

終活なるものもせねばなりません。

 

まず思いつくのは、断捨離。

 

ところが、あいにくとjacは掃除が苦手。

もともと汚したり散らかしたりはしないけれど、

日々掃除したりすることはほとんどないですね。

 

毎日の風呂掃除と洗濯はjacの受け持つ家事ですが、

家全体の掃除は ほぼカミさん。

 

ということで、モノの断捨離はなかなか難しい。

 

精神的な終活として、死を迎える覚悟的なものは毎日上書き更新されております。

一言で言えば、

「人間誰でもいつかは死ぬ」

ということで、受け入れるしかないという心持ちですね。

 

ここのところに関わる気持ちは、本当に日々変わるので答えはなく難しい。

 

これまでの人生において、やり残したことは何か?

成し遂げたことは何か?

 

毎日何となく折り合いを付けて、これを繰り返しておりますよ。

 

やれやれ。

 

 

 

瞬く間に桜が舞い散ってしまい、少々物悲しいjacです。


桜は儚いから日本人の心を打つのよね。

花火もそう。

一瞬の煌めき。


考えてみれば、人の生命もそうなんだな。

60年としても、桜が咲いてるのを60回しか見れない。

農家さんだって、米作りを50回も出来ないな。


自分もあと数回しか出来ないことばかりなのだろう。

当たり前だけど、時間を大切にせねば。






で、ようやくタイトルネタです。


桜の花見も今年限りになる可能性もあるわけで、

愛車と桜の写真を撮りました。






いい。

とてもいい。


来年も見られるといいけど。



近くの桜がほぼ満開となり、なんとなく浮かれ気分なjacです。 


さて自分ががんと診断され、5ヶ月が経ちました。

いきなりのステージⅣからのスタートでしたが、大丈夫。

生きてますよ。

外見は殆ど変わらずに。


殆どというのは、頭髪が、、。

まぁ、しゃあない。



この5ヶ月の間に、まぁ限られた人たちには自分ががんだと伝える必要が有ったわけですが、

みんな本当に心配してくれる。


ありがとうね。


で、多くの人が、御守りもくださるの。

親類も友だちも。

どういう対応をすれば良いか、困っただろうにね。


本当にありがとうございます。


それで感じたのが、御守りコレクターになった気分。

遠いところは中尊寺から、近場はすぐ隣りの市町まで、いろいろな寺社の御守り。


全部、毎日携帯してるかばんに入れてます。


御守りは、幾つも一緒に持つと、

神様仏様がけんかするから良くない、なんて言われるけれど、

jacは気にしません。


みんなの想いがこもった大切な御守り、

大事に思います。


ありがとうございます。


そして御守りの神様仏様にも、

ありがとうございます。



これはjacが、起きてるときはずっと身に付けている御守りです。

愛知県にあるがん封じで有名なお寺のものです。



いつも守っていただきありがとうございます。

これからもお願いいたします。


今日は3週間ぶりの通院日だったjacです。


それで、タイトルのような話題な訳ですが‥。


肺がんステージⅣの平均余命は、ネットで調べて見ればすぐに分かるのですが、

jacは今まではっきりとは担当医に聞いてはいません。


初めてがんと正式に診断を受けた時に自覚症状が全くなかったので、このまま何もしないでいたらどうなるか聞いたときに、

「1年以内に命がない可能性も十分にあるよ」

と言われて、事の重大さに気付いた次第。


今日の診察時、薬は効いてる事を確認して、

その後雑談しながら

「じゃあ後1年くらいは生きられますね。笑」

と言ったら、

「大丈夫、大丈夫。生きれる、生きれる。」

と言ってもらえました。


なんかニンマリしてしまった😁


ま、はっきりとした余命宣告ではないのですが、

少なくともあと1年は生きられると思うと、

子どもの卒業式に出られる、とか

来年も桜を見られる、とか

今年の大河ドラマ〔豊臣兄弟〕を最後まで視聴出来る、とか


少しなんか希望が持てたな。


でも、時々、自分が本当に切実に生存を望んでいるのか、

死んでもいい、あるいは死にたいとさえ思えているのか、

よく分からなくなる時があるのだけど、

それについてはまた後日お話ししようと思うjacです。




昨日、名古屋グランパスが久しぶりの大量得点で大勝してうれしいjacです。


監督が今年からミシャさんに代わって、期待が持てます。

どんどん勝って、優勝しておくれ!

jacは今年も毎試合観戦するから。DAZNだけどね


で、タイトルについて話は変わります。


アメブロでも多くのがんサバイバーブロガーがいらっしゃるね。このサバイバーってところなのだけど、がんが治った人がサバイバーでしょ、と思うの。

だけど闘病中の人もサバイバーって言ってる人たちが大勢いるのは、なぁぜなぁぜ?

ケチを付ける気はないのですが、なんかしっくりこないんです。


がんサバイバーがあまりに多く溢れてるなと。


かっこいいから?


ネットで調べると、がんと診断され治療を始めたらがんサバイバーになるとありますが。

なんかね。


自分もがん患者なので、同じがん患者の人たちのツラい気持ちはある程度理解出来てると思いますが、

jacはまだ、がんサバイバーではないです。

治ってないし、生き残るかどうか分からないもの。

多分、死ぬし。


敢えて言うなら、がんファイターとでも。


あぁ、いや違うな。

戦ってないし。

やり過ごしてるだけか。


副作用、

治療の効果、

病気の進行具合、

治療費、

家族の心配、

仕事の責任、


考えなきゃならないことや解決しなきゃいけないことがいっぱいあって、腰を据えて戦う気持ちになんてなれていない。


楽しいこと、

無駄なこと、

嬉しいこと、


まだまだたくさんしたいのにさ。

だからやり残したことがないように、

憂いを極力少なくするために、

やらなきゃいけないことが多くて、がんとじっくり向き合えてない。


そう。

強く強く、病気と戦って打ち勝つという気持ちを持ててないなぁ。

ファイターにもなれていないのに、サバイバーなんて、到底自分はなれないし口にも出来ないわ。


ということは、jacはがんルーザー?

それでもいいかもね。


副作用がひどくて薬の服用を一時中断したし、

治療の妨げになるようなジャンクフードとか脂肪と糖とか節制せずに食べてるし、

生活習慣も褒められたものではありません。


きっと死の間際に後悔することでしょう。

それでも自分らしく生きていたいjacなのです。