前回のブログでは受刑者の高齢化と教育について書きました。

 

 

最近はHP作成に向けて細かい作業をすることが多いです。これまでブログに書いてきたことを短くまとめたり、あらためて感じたことを言語化する作業は思いのほか大変です。

 

コロナウイルスの影響で我が家の状況も大きく変化しています。

 

夫はテレワークで出社することはほとんどありませんが、出社せずに仕事ができてしまうのも考えものだなと最近は思います。

 

一緒に居る時間は増えても会話しない時間が多く、コロナ前と比べると仕事とプライベートの区切りが無くなってしまったので、会話の内容が薄くなったように感じています。

 

一緒に居る時間が増えても会話量は増えないんですよね。通勤時間が仕事とプライベートの切り替えを上手く果たしていたのだなと思います。

 

 

私も夫もインドア派なのでコロナ禍のステイホームは特に苦にはなりません。

夫は一人の時間を過ごすことがストレス発散になる人なので、私が出かけているときに適度にガス抜きをしているそうです。

私はゲームが好きなので、最近では任天堂switchでモンスターハンターをプレイしています。

 

やることを全て終わらせてからゲームを開始します。いまだに好きなゲームに関しては飽きるまで(クリアまで)何時間でもプレイができてしまうので、自分でルールを決めています。

 

 

そんなある休日の出来事を書いていきます。

 

 

HP作成には夫の意見が欠かせません。そのため夫へ取材をすることが増えました。

 

私の依存行動が激しいころ、夫がどのように私と向き合ったのか?夫はなぜ私と離婚せずにいられたのか?どのような想いで私を突き放したのか?

夫の意見や行動が、このブログを読んでくださる皆さんの助けになります。

 

刑務所へ行く直前の私の依存行動はMAXで、記憶がほとんどありません。その頃の私の様子や夫の気持ちについて、かなり突っ込んだ質問をしていきます。

 

夫からするとかなりキツい質問だと思います。

夫に辛い思いをさせた当事者である私が、過去のことを根掘り葉掘り質問するのです。いくら私に記憶が無くても、「え?お前がやったことなんだけど……」と怒りがぶり返すのが普通の人間だと思います。

 

この取材をすることで圧倒的に嫌な思いをするのは夫ですが、私も“覚えていない過去の自分”の話を聞くことになるので、お互いに気持ちの良い作業だとは言えません。

 

ですが夫は協力的に取材を受けてくれます。その理由は、この1年私の活動を傍で見ていて、「困っている人のために何かをやろうとする姿勢、他の人があまりやろうとしない事をやろうとしていることが素晴らしい」ということで取材に応じてくれています。

 

 

この日の取材は“過去の私”に対して感じていたこと、思ったことを教えてほしいというものでした。夫は繁忙期で仕事の疲れもあり、私は生理前でイライラしていました。

 

 

「あのころの症子の力になろうなんてこれっぽっちも思わなかった、早くいなくなればいいのにと思っていた」と言われました。

 

これに私が「ちょっと抽象的すぎるから、どんな私だと力になろうと思わないのか具体的な例え話をして」と夫に言います。

 

すると夫は「一日中ダラダラして飯も作らない、掃除もしない、ゲームばっかりやってる奴の力になろうなんて思わない」と言いました。

 

 

私は依存行動が激しいころはゲームは一切やっていませんでした。ゲームより面白くてスリルがあるギャンブルに窃盗、向精神薬にどっぷり漬かっていたからです。

 

最近の我が家の食事はコンビニでおかずを買ってきて白米だけ炊いて食べるというスタイルです。掃除もそこまで徹底していません。食事に関しては正直手抜きだと自分でも思っています。

 

それを夫が文句を言わずに受け入れているのは、出所直後の私がしっかり食事の準備や掃除をしていたのを知っているからです。敢えてやらないことを選択していると分かっているからです。

 

 

私からすれば「昔と比べて手抜きで申し訳ない」という気持ちがあります。そんな私の思いが夫の言葉を勝手に変換します。

 

 

“今の私”が一日中ダラダラしてご飯も作らなくてゲームやってることが面白くないの?と。

 

 

夫は私が「具体的に例えて」と言ったことに対して答えたのであって、現在の私がそうだなんて一言も言ってないんですよね。

 

このあと私は夫に盛大に突っかかりました。「今の私に当てつけで言ってんの?」と。

 

 

 

今日のタイトル回収ですが、受けとる側がひねくれているとこういう思考に陥りがちです。

 

夫の言葉を素直に受け入れる心の余裕が、あのときの私にはなかったんですよね。

 

 

そして依存症者にこういう考え方の癖を持つ人が多いように感じます。

 

 

忙しいときはそんな受けとり方をしている暇がないというか、いちいち気にしません。

ですが私は体調が思わしくないときやふと暇になったとき、失敗したときにこういうひねくれた考えに陥りがちです。

 

自己肯定感が低いときに自尊心も一緒に低くなってくれるかというと、そんなことはないんですよね。

 

 

癖は誰にでもあるものだと思いますが、その癖が良い方へいくのが鍛錬、悪くなるのが麻痺だと、ある本で読んだことがあります。なるほどなと思いました。

 

前回のブログでは私の信条について書きました。

 

今年の1月から刑務所のことをあまり書いていなかったので、今日は栃木刑務所での生活に話を戻します。

 

超高齢化社会の日本ですが、もちろん刑務所の中でも同じことが起きています。

足腰が悪く自立歩行が困難な受刑者には手押し車が貸与されます。こんなにカラフルではなく真っ黒ですが、写真のような感じです。

 

 

私は刑務所の中を歩き回る作業に就いていたので、自分の工場以外の受刑者をたくさん見ることができました。受刑者だけではなく来賓の方を見ることもありました。

 

実際にはじーっと見ることはできません。受刑者が通り過ぎるときは壁側を向いて目を合わせないようにするからです。正確には刑務官に壁側を向けと指示されます。

 

通路掃除をしている時に面会に行く受刑者、医務へ行く受刑者、保護房へ連行される受刑者を見ることができます。

 

そんな中でも私の印象に残っている高齢受刑者が3人います。

 

 

1人は前のブログにも書いたことがありますが、刑務官に「お久しぶりです!」と言えてしまう受刑者です。

これは単純に、刑務官にお久しぶりですと言える感覚を持っていることに驚きました。栃木刑務所へ入所して4日しか経っていなかったので、本当に衝撃だったんですよね。

 

2人目は保護房へ連行される受刑者です。

もしかしたら高齢者ではないかも知れません。というのも複数の刑務官にお神輿状態で連行されるので、間違いなく高齢者だったかと聞かれると自信がありません。

 

しゃがれた大声で叫んでいました。「あたしはぜってぇにシャブやめねぇからなぁ!!!」と。

これにはもはや狂気を感じたというか……受刑者が連行された後も黙々と作業をするわけですが、この日は本当に嫌な気分だったのをとても良く覚えています。

 

3人目は医務へ頻繁に行く受刑者です。

この受刑者は医務までの100mほどの通路をものすごい時間をかけて往復していました。

足が悪いのでしょう、歩幅が5㎝程度でちょこちょこ歩く感じです。もちろん刑務官が横に付き添いますが、手を貸すことはできません。

刑務官も同じようにゆっくり歩いて医務へ連れて行くのですが、行きと帰りで何十分もかかっていたと思います。

 

歳をとってからこんな所に来るもんじゃない。素直にそう思いました。

 

 

高齢者になってから刑務所へ行くのは肉体的に相当厳しいものがあると思います。運動する時間は限られているし、外と同じ医療を受けるなんて絶対に不可能です。

 

介助が必要な受刑者は、若くて体力のある受刑者がお世話をします。外部から来ている介護士も2人は居たと思いますが、それでは到底足りません。

 

矯正施設というプライバシーが守られている場所だからこその難しさだと思いますが、民間に委託したくてもできない現状があるのかなと思います。

 

受刑者の情報が外に流れるのを防ぐ=守るということです。

 

 

刑務所は受刑者を守る場所でもある、それを教えてくれたのは立川拘置所の工場の先生です。

 

「あなたたちはここに居ることで世間から守られている。外で待つ家族はあなたが刑務所に来たことでどんな被害を被っていると思う?それを受刑中に考えないといけないよね」

 

前にも書いたことがありますが、私は刑務官にもとても恵まれていました。本来刑務官は受刑者にこのような話はあまりしないと思います。(私の受刑中と今では制度が変わっている可能性がありますが)

 

立川拘置所の工場の先生は報奨金の確認のときに「なにかある?」と聞いてくれるような方だったのと、私が疑問を積極的に聞くタイプだったので答えてくれたのもあると思います。

 

 

“刑務所は受刑者を守る場所でもある”

 

このことに気付かせてくれた立川拘置所の先生には感謝していますし、あの言葉は一生忘れることはないでしょう。

 

 

刑務所が受刑者のことを守り続ける限り、中のことは全て法務省側の人間がやらなくてはいけません。

 

栃木刑務所で手押し車を押しながらぞろぞろ歩く高齢受刑者の集団を見て、それも限界に近付いていると感じます。刑務官の仕事は介護ではありません。

 

 

殺人を犯した受刑者も、窃盗で服役した私もこれといった教育がされていないという現実。

薬物だけは「あなたは依存症です」と教えてくれますが、それも焼け石に水のように思います。

 

教育も高齢者問題も何も改善されないまま、“ただ受刑期間を過ごさせる場所”になるようなことはあってはならないと私は考えています。

 

更生するかしないか、依存症が回復するかどうかはあくまでも本人の頑張り次第ですが、その分かりやすいヒントのようなものを刑務所側から積極的に与えてもいいのではないかと、元受刑者の私は思います。

 

 

ただし更生の大前提として、それを自らが問題提起し、改善しよう、努力しようと思えないようでは、また刑務所へ戻ることになってしまうのは言うまでもありません。

 

 

刑務所側や家族がヒントをくれても、考えて行動するのは本人ですから。

 

 

前回のブログでは昔の夢をしょっちゅう見ること、そんな中でも母の夢を多く見るということを書きました。

 

今日は最近起きたとある出来事から、私の信条を書いていきます。

 

 

私は信念を持ってこのブログを書いていると何度も書いています。信念を持つということはそれだけ真剣に物事と向き合うということです。

 

真剣に物事に向き合うにはそれなりのパワーが必要です。

 

例えば体調不良のときにベストなパフォーマンスができるか?落ち込んでいるときに前向きな考え方になれるか?

 

 

体調が悪くて仕事で失敗をした、精神的に落ち込んで何も手につかない、生きていればそういうことってありますよね。

 

ですが職場や取引先の人にはあなたが具合が悪いかどうかなんて関係ありません。精神的に落ち込んでも時間は刻一刻と過ぎていきます。

 

そう考えると社会人というのは常にベストを求められるものだなと思います。

 

 

以前私の通うメンタルクリニックのことを書いたことがあります。受付の方が患者さんからの電話対応で疲弊していると書きました。

 

そのブログはこちらです↓

 

 

とても疲れていても、嫌なことがあっても辛いことがあっても、それは他人には関係のないことですし、報酬をいただく以上プロとしてのパフォーマンスが求められると思います。

 

この受付の方で言えば、患者さんの言っていることがおかしくても、対応を変えず冷静に対処するのがベターです。

 

ですがそうもいかないのが人です。感情を持つ生き物ですから、常に同じ気持ちで日常生活を送るというわけにはいきません。

 

 

 

私がこのブログを書くことで、昔の私のような人を一人でも減らしたい。

 

昔の私のような人を家族に持つ方の支えになりたい。

 

その想いはとても強く、嘘は一つもありません。

 

 

 

以前のブログにも書きましたが、5月から産業カウンセラーの資格取得のために講座を受講します。何で産業カウンセラーを学ぶと決めたか?その理由ですが、

 

皆さんからの相談にしっかり対応できる技術を学ぶのが一つ。

 

もう一つは、私自身が皆さんの想いを常に一定の状態で受け入れられるよう訓練する必要があると思ったからです。

 

 

相談してくださる皆さんからすれば依存症子は依存症子なのです。

 

冒頭に書いたように、私の機嫌が悪かろうが、イライラしていようが、相談してくださる皆さんには一切関係のないことなんですよね。

 

 

依存症や犯罪と関わる受刑者や元受刑者、そのご家族からの相談です。とてもデリケートな問題ですし、誰にも知られたくないはずです。

 

 

どんな想いで私のブログにたどり着いたか。

 

私に相談しようと決意するのにどれだけの勇気が必要だったか。

 

 

察するに余りあるという言葉では足りない、蜘蛛の糸を手繰るような感覚ではないかと思います。

 

 

他人の人生を左右するかもしれない相談を受けるのです。生半可な想いや覚悟で出来るものではありません。

 

 

心理の勉強をしようと思って資格をいくつも調べましたが、国家資格の多くは大卒が条件でした。これから大学に行って学ぶには時間が掛かりすぎます。

 

今年の始めにとある資格試験に合格しましたが、その学校の先生からアドバイスをいただきました。産業カウンセラーの勉強をしてみれば?と。

 

すぐにオンライン説明会に参加し、受講を決意しました。高卒の私でも心理の勉強ができるんだ、皆の相談をしっかり受け止められる人になりたい!

 

これが産業カウンセラーを学ぼうと思った経緯です。

 

 

少し話は逸れます。日曜日、Twitterにこんなメッセージが届きました。(お名前は伏せます)

 

 

メッセージの相手は男性で、私とTwitterで絡みはなく初めて見る人でした。

 

「この人を助けてあげてください!」と書いてあったので、まずその人のTwitterを見てみると、リストカットで手首が血だらけの写真が載せられていました。性別は女性、保護観察中のようでした。その女性も私とTwitterでは絡みがありません。

 

そこで私はこのように返事をします。

 

 

 

この相談をして来た方には本当に申し訳ないと思いますし、厳しい言い方になりますが、私は多くの人の力になりたいと心から思っていますが、誰彼構わず力になろうなんてこれっぽっちも思っていません。

 

その意味はメッセージにも書いてありますが、自らが変わりたいと思わないと周囲が何を言っても聞く耳を持たないからです。

 

 

私は全力で、誠心誠意お話を聞きます。

 

真剣に聞いて、真摯にお答えします。

 

 

残念ながらそれは全員にはできないのです。

全力投球した球を見てもくれない、受け取る気がない人は、こちらから声を掛けても無駄だということを私自身が経験しているからです。

 

 

ブログの冒頭に書いた、私の信条。

 

私を頼って相談に来てくださる方を、一番大切にしたいのです。そのために学ぶのです。

 

現状を何とかしたいと願う人の力になることができれば、これほど嬉しいことはありません。

 

 

例えばですが、このリストカットをしている女性から直接「薬物依存を何とかしたい、リストカットをやめたい」と相談されるようなことがあれば、私も全力でお話を聞きますし力になります。

 

 

苦しんでいる全ての人に声を掛けることはできません。

 

これからも私を頼って来てくださった方には、真摯にお応えしていきます。

 

 

前回のブログでは社会生活を送るための基礎を学校で学ぶので、高校までは行った方がいいと書きました。

 

 

最近母の夢、刑務所へ戻る夢、水商売をやっていた頃の夢、ヤクザの愛人に戻った夢をしょっちゅうみます。

 

内容は罵られたり嫌われたり怒られたり、多くが良いものではありません。

 

特に刑務所へ戻る夢を見ているとき、「これは夢だ夢だ起きろ!」と思うと起きれたりします。

 

眠りが浅く、あの頃に絶対に戻るもんか!という強い想いがあるからできる技です。(笑)

 

 

上記の4つの中でも母の夢を見ることが多いです。今日はその理由について思ったことを書いていきます。

 

 

服役期間に両親の責任と自分の責任を分ける作業を続けてきました。もちろん出所後の現在もその作業は続けています。

 

この作業がどんなものかまとめたものがこちらのブログです。↓

 

 

母は私の服役中に福祉施設へ入所しました。施設で1年ほど過ごした後、がんの再発が発覚し余命宣告をされます。

 

仮釈放から半年くらいして、役所の担当の方から手紙が届きます。「お母様はがんで余命宣告されています。最後に会いませんか?」と。

 

夫にも同様の手紙が届いており、「今の症子ならお母さんを受け入れることができるだろう」ということで、母と会う旨を役所の担当に伝えます。

 

 

 

以前のブログにも書いたことがありますが、会って色々な話をしたかったんです。

 

 

「お母さんとお父さんの教育方針がおかしかったから常識のない人間になったと思ってる。でもそれがおかしいって気付いていながら、直そうとしなかったのは結局私。

 

お母さんを殴ったりして本当にごめんなさい。自分の人生が狂ったことをお母さんのせいにしていた。お母さんに責任があると思っていた。

 

過去に受けた傷は消えないし、お母さんから受けた仕打ちはこれからも許せないと思う。

 

でも今は心から感謝してます。産んでくれてどうもありがとう。」

 

 

 

言えないまま母は亡くなりました。

 

 

 

自分の中で整理がついていると思っても、深層心理はそうじゃないんだと最近は考えます。

 

 

過去に私が受けてきた虐待やネグレクトを、幼い頃の母も同じように受けていたことや、依存症で暴走する私を止める気力も体力も無かったであろうということが、薬が抜けてやっと理解できるようになってきました。

 

 

血のつながった家族、毎日生活を共にしてきた家族だからこそ、見えなくなってしまうこともあるのではないか。

 

 

依存行動が激しいときは相手の気持ちを“推し量る”ことなどできませんが、それが段々できるようになっていきます。

 

 

 

今年の11月で出所から5年、母が亡くなって4年が経とうとしています。

 

あまり良くない夢を見るのは、今が充実しているからです。

 

毎日が充実している、幸せだと思えることがたくさんある、そんな生活を手放したくない、過去には戻りたくないと思うほど、今後も悪い夢を見るだろうと思います。

 

 

そんな中でも母の夢を多く見る理由。

 

私が受刑中にやってきた、親の責任と自分の責任をを分ける作業。

 

 

それを伝えられないまま死んでしまった母が、許せないんだと思います。

 

 

 

これは結果論です。

 

母が亡くなる前に会えたとしましょう。

思っていることを伝えて、それを鼻で笑われたり罵倒されるようなことがあったとしたら、それはそれで傷付くし「やっぱり会わなきゃよかった……」と思うでしょう。

 

 

母の死に目に会えなかったことにも、きっと意味があると思っています。

 

 

私の人生で母という存在がとても大きかった。改めて実感させられます。

 

前回のブログでは、転落するのはあっという間で気が付いたら刑務所に居たこと、前向きな生活を続けると理解者や協力者がどんどん現れるということ書きました。

 

 

今日は学校へ行くことの意味について書いていきます。

 

難しいことを書くつもりはありません。これまで生きてきて感じたことを書きます。

 

 

結論から言いますが、私は高校までは行った方が良いと考えています。その理由を書いていきます。

 

 

皆さんは「少年革命家ゆたぼん」というYouTuberの子どもをご存知でしょうか?

 

ワイドショーでも何度も取り上げられたことがありますが、彼は不登校児です。

 

「宿題をやりたくない」、「先生や親の言うことを聞いている同級生がロボットに見えた」などが不登校の理由です。

 

 

 

 

国民の三大義務は勤労・教育・納税ですが、ゆたぽんの親には子どもを学校に行かせる義務がある!とか、学校で友達や思い出を作るのも大切だ、学校に行かなくても生きて行けるなど、世間から多くの意見が出たのを覚えています。

 

彼はこの春無事に小学校を卒業できたそうです。ご卒業おめでとうございます。

 

 

 

刑務所には、義務教育を受けなかった人と受けられなかった人がいます。

 

受けなかった人は、ゆたぼんのように自ら行くことを放棄しました。

受けられなかった人は、何らかの理由で学校に行かせてもらえませんでした。

 

 

刑務所には字が書けなかったり計算ができない人が普通にいます。

字が書けなかったり九九ができなければ、ほとんどの会社で働くことは難しいでしょう。

 

私のようにまともな学校生活を送らなかった人が、刑務所に数多くいることは事実です。

 

 

今の時代、学校じゃなくても勉強はできます。

参考書などを買わなくてもYouTubeで勉強ができる、むしろ学校よりももっと多くの知識を得ることが可能だったりするのが現在です。

 

 

成人し社会生活を送ることは、朝起きて仕事をして夜寝てを毎日繰り返すことです。

 

この社会生活の練習を、義務教育の期間に行っていると私は考えます。

 

 

・決まった時間に起きることができる

・時間を守ることができる

・ルールを守ることができる

・他人と協力することができる

 

このようなことができる社会人になれるよう、義務教育の段階で訓練しているのです。

 

 

社会生活を送るための訓練をせずに社会に出ても、困らない人がごく少数存在します。

 

例えば大富豪で働かなくていい、不動産収入で生きて行ける、莫大な遺産があって遊んで暮らせる、こういった人は周囲と調和を図る必要はないでしょう。

 

一人で生きて行ける財力やずば抜けたが才能あるなら、他人と足並みが揃わなくても生きて行けますが、多くの人がそうではないです。

 

 

多様性を認める社会になってきてはいますが、まだまだ“個”よりも“和”なのが日本という国です。

 

 

学校は友達や思い出を作ったり、勉強をするだけの場ではありません。

 

毎日決まった時間に起きて、決まった時間に学校に行く、決まった時間の授業を受けて、皆で協力して何かを成し遂げる場でもあります。

 

 

要は規則正しい生活と協調性を学ぶ場でもあるということです。

 

 

なぜこのように思ったかですが、きっかけは刑務所で生活してたくさんの受刑者を見たことです。

 

 

刑務所には前半でも書いたように、学校に行かなかったり行けなかったりした人がいます。

 

定職に就かずに犯罪を犯してしまう人、また刑務所へ舞い戻る人、たくさんの人を見てきました。

 

皆さん総じて朝起きるのが苦手だったり、集団生活が送れなかったり、時間を守れなかったりします。もちろんそこには私も含まれています。

 

 

 

立川拘置所から栃木刑務所へ移送されたあたりで、

 

“当たり前のことを毎日訓練させられている“ということに気付いたんです。

 

 

 

刑務所へ行く前は「学校なんて行かなくてもいいよね」と思っていました。

 

小卒や中卒だから就職できない人、当たり前のことができない人を刑務所で目の当たりにして、考え方が変わりました。

 

 

勉強は何歳になってもできます。今の私がたくさん勉強しているように。

 

勉強よりも良い習慣を続けること、規則正しい生活や協調性、世の中を生き抜く力を身につけられるような教育をすることも大切だと、受刑者だった私は思います。

 

前回のブログでは今の依存症子がやろうとしていることを書きました。

 

今日は私の依存行動が始まってから刑務所へと転落するまで、あっという間だったという話をしていきます。

 

 

物事には段階があって、その段階に普通の人は気付きます。

 

目に見えるもので簡単に例えるなら、貯金が貯まってきた、体重が増えたなど。

目に見えないものであれば、勉強や仕事で応用がきくようになった、視野が狭くなったり広がったりなど。

 

 

精神的に参ったり依存症が進行すると、これらのことに気付きにくくなります。

 

自分を客観的に見ることができなくなるんですよね。

 

 

 

最近は自分で実験していることがあり、YouTubeでパチンコやスロットの実践動画を観ます。

 

 

私が刑務所へ入っている間にパチンコ・スロット共に台が全て入れ替わりました。

 

私がハマっていた頃は4号機というハイリスクハイリターン全盛でした。ですので今のパチンコやスロットの実践動画を観てもこれっぽっちも面白いとは思えません。

 

 

昔の台の後継機で音楽や演出が引き継がれているものを観ると、あの頃の興奮が甦り「久しぶりに打ちたい!」と思います。

 

4号機の動画を探して観てみると、この台本当に面白かったよなぁ…と思います。

 

 

ですが今現在その実機がパチンコ屋には存在しません。

 

裏カジノや裏スロットへ行けばあるでしょうが、そこまでしようと思わないのが今の私で、ギャンブル依存症が順調に回復している証拠です。

 

 

 

今の私はスリップせずに前向きに生きることができています。その理由は大きく3つ。

 

・今度夫を裏切ったら間違いなく離婚されると分かっているから(孤独になる)

・私の場合スリップする=刑務所へ戻ること、刑務所へは二度と戻りたくないから

・志を持っているから

 

 

↑この3つと4号機を打つことを天秤にかけたとき、何が自分にとって大切なのか冷静な判断ができるのが今の私です。

 

 

裏スロットへ行けば打つことができるけれど、それをしないのはしっかりとした“理性”が働いているから。

 

 

 

理性のタガが外れるのが依存症という病気です。

 

タガが外れる段階に気付けないのも依存症の特徴だと思います。

 

 

 

 

私は多数のモノに依存していますが、その始まりは向精神薬です。

 

夜の仕事で昼夜逆転し、睡眠不足を何とかしようと思って頼った向精神薬。

 

より良い仕事をしようと思って手にしたはずの薬なのに、いつの間にか薬を手に入れるために働くようになり、たくさんの病院をハシゴ(ドクターショッピング)するようになりました。

 

 

病院をハシゴをする時点でもうタガは外れていたのですが、あの頃の私は全く気付けなかったんですよね。

 

 

そこからの転落は本当にあっという間でした。

 

 

まんまと違法薬物とギャンブルにハマり、刺青を入れることも整形も過食も止まらない。

 

薬を手に入れるため、ギャンブルをするために安易に風俗へ行き、お客さんを適当に騙してお金をむしり取る。

 

 

 

そしてふと気付いたら刑務所にいました。

 

私の周りには誰もいなくなっていました。

 

 

 

 

 

 

出所後からコツコツと自分にやれることをやってきました。間違えることもあったし、逃げ出したくなったこともあります。

 

このブログを始めてからは、過去のことを思い出し涙が出ることもあります。

 

 

前回のブログに書きましたが、今の依存症子はホームページを立ち上げるべく準備中です。

 

ここまで来るのに私自身も多くの勉強をしました。今までやったことのない“継続”や“物事を投げ出さない”ことを続けてきました。

 

 

するとどうでしょう。まるで自分にその道が用意されていたかのように、トントン拍子に物事が運んでいきます。

 

協力者や理解者が次々に現れるのです。

 

 

 

これは本当に不思議だなと思いますが、悪いことも良いことも自らが引き寄せ、そうなるべく運命が進んでいるように感じます。

 

 

刑務所へ行くことになったのは運命で、私の成長に必要な過程だったと思います。

 

 

 

 

高校時代の友人と久しぶりに食事をしました。

 

私の依存行動が激しいとき、彼女は冷静に私のことを見ていたのだと思います。

 

私が変わっていなければ、彼女と楽しく話をすることは叶わなかったでしょう。

 

 

 

幸せや人の縁をたぐり寄せるのも、手放すのも自分自身。

 

 

そのことにこのブログを読む人には気付いてほしい、心からそう思います。

 

 

 

前回のブログでは受刑者や依存症者を支える側の覚悟について書きました。

 

今日は私自身のことを書かせてください。

 

 

昨年5月からこのブログを始めてもう少しで1年になります。

 

当初の私はこのブログを読んでくれるであろう読者層を「元受刑者」と「依存症者」に絞りました。

 

その理由は私が元受刑者で依存症者だからです。

 

 

昔の私のような人が1人でも減ればいい。

刑務所へ戻る人が1人でも減ればいい。

 

そんな想いからこのブログがスタートしました。

 

 

当初はほとんど見る人はおらず、アクセス数が60~100あればいい方でした。Googleアナリティクスを見ながら考えます。

 

 

「元受刑者にこのブログはあまり届いていないかも知れない……。現受刑者にもぜひ読んでもらって、二度と刑務所へ戻らないために私ができることはないか」

 

このように視点を少し変えました。

 

 

以前も書いたことがありますが、アメブロは何のデバイスからアクセスがあったか、リンク元がどこなのかが分かります。

 

アメブロだけではなく他の検索エンジンから来てくれる人がいることが分かります。

 

ガラケーからアクセスしてくれる人がいます。海外からのアクセスがあります。

 

 

そこで気付きます。私のブログを必要としてくれている人って、結構居るんだなと。

 

 

中には私の人生を面白がって見る人もいるかも知れません。

 

「自分はこうならないようにしよう」と反面教師にしてくれるも良し、私の人生を隠さず書くことで救われる人がいる、考えるきっかけを見つけてくれる人がいるならそれでいいと思っています。
 

 

 

昨年の秋、初めて受刑者のご家族から相談を受けました。

 

 

そこでまた気付きます。相談したいけどどこで相談すればいいか分からない人がたくさんいること、誰にも言えなくて辛い思いをされている方がとても多い現実を知ったのです。

 

 

 

受刑者の数だけ家族が居るんですよね。私に夫と他界した父、母がいるように。

 

 

 

そこでもう少し視点を変えました。

 

現在の私がブログを書いている時に想定する読者は、元受刑者と依存症者は当初と変わりませんが、そこに「受刑者を支える側の人」と「依存症者を支える側の人」、「受刑者」をプラスしました。

 

 

 

ネット社会で色々な情報があふれる中、私のブログを見つけて読んでくれる人がいる、相談してくれる人がいる。

 

 

私に相談をするって、相当勇気が必要だと思うんです。

 

仮に夫が刑務所へ入った場合、私だったらどうするだろうって考えました。

 

辛いことがあったとき誰に相談する?姑?友達?いや、友達に旦那が刑務所行ってて悩んでるなんて言えないよなぁ…とか、本当に色々なことを考えたのです。

 

 

相談者が匿名であっても、私に相談してみようと思うこと、行動に起こすことが本当にすごいと思います。

 

 

 

これも以前のブログに書いていますが、私は信念を持ってこのブログを書いています。

 

今後も皆さまからの批判は真摯に受け入れますが、非難については無視します。

 

非難や誹謗中傷に向き合うことほど無駄な時間はありません。

 

 

私はこれからもできることを全力でやっていきます。

 

私にしかできないことがあると確信しているからです。

 

 

 

前置きが長くなってしまいましたが、現在の依存症子はホームページを作成するために準備をしています。

 

 

皆さんがもっと気軽に相談できる場を作りたいと考えたからです。

 

そしてその相談をしっかり受け止めることができるよう、産業カウンセラーの勉強を5月から始めます。

 

 

今年の1月までに取得してきた資格は内容を忘れないよう、腕が鈍らないように活動し、いずれ皆さんにどんな資格を取ったのか?その経緯をブログに書いていこうと思っています。

 

 

 

今も皆さんからの相談を受けています。

 

ご希望の方はアメブロのメッセージやTwitterのダイレクトメッセージからお知らせください。

 

 

皆さんと皆さんの大切な人の人生が良いものになるよう、お手伝いができればと思います。

 

 

 

前回のブログでは受刑者や依存症者の支え方について書きました。

 

そこそこの反響があった中で、受刑者や依存症者をどう支えていけばいいか、悩んでいる方がとても多いことが分かりました。

 

そこで今日は“支える側の覚悟”について書いていきます。

 

 

受刑者を支えることと依存症者を支えることは似ています。その理由はどちらも生育環境が悪かったり、依存症から犯罪に走ってしまうことがあるからです。

 

 

受刑者と依存症者の大きな差は、犯罪者かそうではないかです。

 

 

犯罪者の支えになるということは、支える側にも白い目が向けられます。私で例えていきましょう。

 

 

私は依存症者で元受刑者です。覚せい剤などの違法薬物への依存から始まり、向精神薬を大量にODし、ギャンブル、自傷行為、買い物、窃盗への依存が激しくなり逮捕されます。

 

自分が依存症だと気付かないまま、向精神薬のODを止めたいけど自分ではどうにもならず、執行猶予中にまた窃盗で逮捕され刑務所へ行く事になります。

 

 

逮捕されるとどんなことが起こるか、分からない方も多いと思いますので書いていきます。

 

 

警察官が自宅に家宅捜索に来ます。家族は何度も事情聴取を受けます。警察官が何度も家に来る、妻が長期間不在となれば、近所の人は色々な噂話を始めます。

 

 

夫は何一つ悪いことをしていないのに、犯罪など犯していないのに、“犯罪者の夫”という目で見られてしまうのです。

 

 

 

このあたりを理解していない受刑者と待ち人さんが多いように感じるので、今日はあえて厳しいことを書きます。

 

 

受刑者と待ち人さんが同じくくりで世間から見られることに気付いていますか?

 

 

それはあなたがその人と一緒に居る限り、ずっと続きます。

 

結婚して子どもが生まれれば、その子供は“犯罪者の子ども”になります。

 

 

前科がある両親から生まれた子供に、就けない職業があることを知っていますか?

 

成長した子供に「僕警察官になりたいんだ!」と言われたとしましょう。

 

本人がいくら努力しても、警察官になる実力が十分にあったとしても、自分が犯した罪のせいでその夢や目標は断たれてしまいます。

 

 

受刑歴を隠して生きて行くから大丈夫!そう思う人もいらっしゃるでしょうが、万が一それが露見してしまったときにどうしますか?

 

受刑歴が原因で大切な子どもがいじめにあったらどうしますか?

 

 

そういったことを全て理解した上で「私は(俺は)この人を支えて一緒に居るんだ!」と考えている待ち人さん、どのくらい居るのでしょうか。

 

 

 

私は受刑者と待ち人さん、ご家族を脅しているのではありません。

 

上記のようなことが起こっても構わない、それでも私は(俺は)受刑者を支えるんだ!という覚悟を持っていますか?と問いたいのです。

 

 

 

受刑者を支えることは、支える側の人生の問題でもあるのです。

 

惚れた腫れたの一時の思いだけでは、支えることはできないと私は考えています。

 

 

 

私がヤクザの愛人をやっているころの話です。そのヤクザの舎弟の面会や差入れに行ったことがあります。

 

その舎弟には内妻がいて、その他にも彼女と呼ばれる女性が何人もいました。仮に内妻が身元引受人を断っても大丈夫なように、他にも女性を見繕っておくのがヤクザです。

 

女性たちはその舎弟のことが好きだから、言われるがままに面会へ行ったり差し入れをしていました。

 

 

上記のようなパターンは特殊ですが、受刑者に嫌われたくないから安易に差入れをしてしまう人が多いように感じます。

 

 

待ち人さん、あなたがやっているその差入れや面会、手紙は本当に受刑者の更生を願っての行動ですか?

 

 

「彼に(彼女に)嫌われたくない」という思いがどこかにあるのではありませんか?

 

 

以前書いた「私が子どもを作らない理由」を、ぜひ待ち人さんと受刑者に読んでいただきたいです。

 

 

 

依存症者の場合、対象が多岐にわたるので例えるのが難しいですが、ご家族にありがちなことを挙げていきます。

 

・ギャンブルで生活がままならない、高利貸しから借金をして怖い思いをしている

・アルコール依存症で日常的に暴力やハラスメントを受けている

・自分の子どもが手首を切るのを止められない、そんな状況にもう慣れっこになっている

・自分のパートナーが盗撮や痴漢を止められず、別れようか考えてしまう

・過食嘔吐を繰り返す子どもとどう接していいか分からない

 

 

依存症者のご家族の皆さん、依存症者を依存症専門の病院へ連れて行くことはできますか?

暴力を振るわれたときに警察へ通報できますか?

役所に支援を求めることはできますか?

自分の家族が○○依存症だと、世間に知られてしまうことを恐れていませんか?

 

↑これらが依存症者を支える側の“覚悟”だと私は考えています。

 

 

ご家族が隠そうとすればするほど依存症者は卑屈になるでしょう。「あんたらからすれば私は世間から隠したくなるような存在ですよ」、と。

 

依存症者は感情に対してとても敏感です。家族が思う以上に。

 

 

 

 

夫はこれまで書いてきたような“覚悟”をしっかり持って、私と共に人生を歩んでいます。

 

 

仮に私がスリップをしたら、夫は私を即切り捨てるでしょう。

 

前回のブログと少し被りますが、それはごく自然なことだと思います。

 

 

夫はそれだけの覚悟を決めて、私と真剣に向き合ってくれているのです。私の活動を応援してくれるのです。

 

私がそれを裏切れば、切り捨てられるのは当然のことだと思っています。

 

 

 

受刑者や依存症者が覚悟を決めるだけでは、更生や回復は難しいのです。

 

そのご家族も覚悟を決めて、共に問題を解決していくことが更生であり回復だと私は思っています。

 

 

前回のブログでは、受け身や待ちの姿勢でいても何も前に進まないということを書きました。

 

今日は“支える”ことについて書いていきます。

 

 

支えてあげてくださいね!と言われても、具体的に何をどうすることが本人のためになるのか?分からなかったり考え込んでしまう人が多いのではないかと思います。

 

私自身、夫に支えられ刑務所を出所し現在に至ります。

 

夫が依存症子をどうやって支えてきたのか?順を追って分かりやすく書いていきたいと思います。

 

 

立川拘置所 前期 (第一段階)

・面会には一切来ない

・私が過去にやってきたことへの不満、怒りをぶつける

・手紙を書くと3回に1回は返信があるも、頑張れなどの励ましの言葉は一切なし

・現金1万円の差入れが2ヶ月~3ヶ月に1回

 

 

立川拘置所 後期 (第二段階)

・面会には一切来ない

・やってきたことに対してしっかり考えろと突き放す

・手紙は月に1回届けば良い方、やはり励ましの言葉はなし

・現金の差入れは前期と同様

 

 

栃木刑務所 前期 (第三段階)

・面会には一切来ない

・依存症について受け入れる姿勢がない(病気だと認めてくれない)

・手紙は月に1回、励ましの言葉は無いが私の言葉を少し受け入れてくれるようになる

・現金の差入れは立川と同様

 

 

栃木刑務所 後期 (第四段階)

・面会には一切来ない

・依存症を言い訳にして逃げるな、立ち向かえ

・俺はどんどん先に進む、手は差し伸べるがその手を掴むかどうかは症子次第だと明言する

・現金の差入れは前期と同様

 

 

四段階に分けましたが、一貫しているのが「面会に来ない」と「差入れ金額が一定」ということです。

 

 

受刑中の依存症子は夫へ面会のお願いを何度もしました。

 

「手紙では依存症のことがちゃんと伝わりません。私は依存症を言い訳にして逃げているのではありません。この病気を真剣に治したいと思っている、だから会って話を聞いてください!」

 

夫の答えは毎回同じです。

 

「俺は症子が作った借金を返すことと、仕事が忙しく面会に行っている暇はありません。そして今後も面会に行くつもりは全くありません。どうして俺がわざわざ会いに行かなくてはならないのですか?自分がやったことを考えてみてください。」

 

 

どうして俺がわざわざ会いに行かなくてはならないのですか?って、厳しいですよね……。

 

 

受刑者にとって手紙とは、とても楽しみだし嬉しいものなんです。どんなことが書いてあるだろう?って期待しながら読むんです。

 

そこに書いてある厳しい言葉の数々。私は泣きながら夫からの手紙を読みました。

 

 

こうしてブログを書いていてその頃のことを思い出しても、本当に夫は厳しかったなと思います。

 

その厳しさが私を強くしました。今の私がこうしてブログを書けているのは、夫が厳しく接してくれたお陰なのです。

 

 

面会や差入れが頻繁な受刑者ほど反省をしていないというブログを以前書きました。

 

そのブログはこちらです↓

 

 

反省をしていない受刑者は、「誰かが自分の出所を待っていてくれる」という安心感から、自ら考えるということをやめてしまったり、流されてしまったり、現実逃避をします。

 

 

自分にとって甘えられる人が存在するから、現実逃避ができるのです。責任転嫁ができるのです。

 

反省しなくても受け入れてくれる人がいる。更生しなくてもとりあえず帰る場所がある。

 

そういう甘い考えでいると、出所しても累犯になる確率はとても高いでしょう。

 

中には家族、友人、誰からも見放され人生投げやりになっている受刑者もいますが、そういう人のことはちょっと横に置いておきます。

 

 

 

更生の方法や回復の仕方は人によって違います。

 

 

私の場合は夫が厳しくしてくれたことで、自分で問題提起をすることができ、どうすれば人生の問題を(壁を)乗り越えることが出来るかを、自ら考えられるようになりました。

 

夫の厳しさは、“現在の私”にとっては大変ありがたい厳しさだったということになります。

 

 

ですがあの頃の私は「こんなに頑張っているのに少しぐらい応援してくれたっていいのに…」とか「なんでそんなに厳しいこと言うの?もう嫌だ!」と投げ出しそうになったのも事実です。

 

ではなぜ投げ出さずに夫の厳しさと向き合うことができたのか?

 

その答えはもう何度も書いていますが、「二度と刑務所に戻りたくない」、「累犯になりたくない」と強く思ったからです。

 

刑務所でたくさんの人を見てきました。

この人みたいな人生は送りたくない!そう思うような人がたくさんいたのです。

 

 

だから私は「この辛い思いや経験は絶対に今後の人生の役に立つ」、そう信じて受刑生活を送りました。

 

夫の厳しさも、必ず今後の私のためになる。そう信じたのです。

 

 

 

今では夫も「厳しく接したことは一種の賭けだった」という話をしてくれます。

 

厳しくすることで私が自暴自棄になり、さらに悪い方向へ行くかもしれない。そう考えたこともあったようです。

 

夫はそうなることを恐れず、そうなったらそうなったで「俺と症子は歩む方向が違う」と割り切り、症子は症子の人生を歩んでくださいと切り捨てることができると考えたようです。

 

 

切り捨てるって酷くない……?そう思う方もいらっしゃるかも知れませんが、

 

「自分が誠意をもって真摯に対応してもそれに応えてくれないのなら、これから共に人生を歩んでいくことはできないよね」

 

ごくごくシンプルなことだと思います。

 

 

 

支え方について、例え話として適切ではないかも知れませんが、小学生に高校生の勉強は理解できませんよね。

 

同じように、高校生に社会人としてのマナーや常識を理解しろと言っても、経験が無いから理解することはできませんよね。

 

 

依存症者や受刑者への支え方はこれと似ていると思っていて、その人のレベルに合わせた支え方が必要だということなんです。

 

 

私の具体例を挙げます。

私は一つのことを続けられず、すぐに投げ出す人生を歩んできた。

これに対しての夫のアドバイスは、少しずつ続けられるようにしてみればいい、完璧主義は良くないよ、と。

 

私が完璧主義で、その完璧主義が崩れたときに投げ出してしまうことを夫は分かっていたのです。

 

そこで夫は必要以上の手助けをせず、辛抱強く見守り、私がゆっくりでも目標に向かって進めるようになるのを待っていてくれたのです。

 

 

他の具体例を挙げます。

自分が依存症だと気付いていない人に、「あなたは依存症だからグループミーティングに行った方がいいですよ」とアドバイスします。

 

ですが本人が依存症だと認めていなければ(理解していなければ)、そのアドバイスは小学生に高校生が勉強を教えているくらい訳の分からないものになってしまうのです。

 

 

上記のような場合は、本人が借金で首が回らなくなるとか、警察に逮捕されるとか、離婚されるとか、家族から見放されたときに初めて「あれ?自分ってなんでこうなっちゃったんだろう」と気付くのです。

 

それがいわゆる“底つき”です。

 

そこに気付かないと家族が何を言っても、他人が無理矢理グループミーティングの場に連れ出しても、“自ら何かをどうにかをしたい”とは絶対に思わないでしょう。


無理矢理支援の場に連れ出すことも回復のきっかけの一つではありますが、本人が自分を理解するということが一番大切です。

 

 

 

支える側の人は、受刑者や依存症者がどんな人であるか分析する必要があると思います。これも簡単に例えていきます。

 

・褒めると天狗になってそれ以上進歩しないような人なら、褒めないようにする。

・褒めることで伸びるならとことん褒める

・貶すことで「なにくそ!やってやるぜ!」と思う人なら適度に貶す

・調子に乗っているようなら少し脅す

 ↑これは夫に「今後症子が変わらなければ離婚します」ときっぱり言われましたので、ご参考までに。

 

 

 

甘やかすことと支えることは、全く別です。

 

 

依存症者や受刑者は十人十色。

 

色々な支え方があるでしょう。

 

あなたの大切な人がどんなタイプなのか見極めて、支えて頂きたいと思います。

 

 

このブログがそのヒントになれば嬉しいです。

 

 

前回のブログでは逮捕されて本当に良かったと思っていること、またその理由について書きました。

 

今日は“待ちの姿勢”や“受け身”でいても何も前に進まないということを書いていきます。

 

 

インターネットが普及したおかげで、本で調べなくても大体のことが分かる世の中になってきました。

 

同じ趣味趣向の人同士の情報交換もTwitterで盛んにされています。

 

 

これは依存症や受刑者の界隈でも同じです。

 

依存症者同士で情報を分かち合い、回復を目指しています。

 

現受刑者を支える待ち人さん同士で繋がり、時には愚痴を吐いたり励まし合ったりしています。

 

 

私はTwitterもアメブロも“元受刑者”と“薬物依存症”を前面に出しているので、おかしな人からフォローされたりダイレクトメッセージが来たりします。

 

いくつか挙げます。

 

 

        


 

 

「アイス」とは覚せい剤の隠語です。今の私には特に害が無いのでブロックなどはしていません。

 

このようなツイートを見て覚せい剤を買う人が居るのは事実。そして断言しますが、いつか必ず捕まります。

 

依存症の回復が中途半端な場合、こういうツイートの誘惑に負けてスリップしてしまうことがあると思います。

 

 

 

Twitterではひたすら受け身の姿勢でいる人を見かけます。

 

例えば「依存症の病院はどこがいいんだろう」と呟き、誰かからの返信をじっと待つ人。

 

こういう人は誰に教えてもらってもその病院へ行くことはないと思います。

 

ですので私はそういった受け身姿勢のツイートに返信することはありません。

 

 

知ってるなら教えてあげればいいじゃん!そう思う方もいらっしゃるでしょう。

 

 

本気で依存症を何とかしたいと思う人は、自ら行動するものです。

 

誰かに教えてもらったところで「ふーん、そうなんだ」で終わってしまうんですよね。

 

 

ではこのパターンで言う“自ら行動する”とはどんなことか?ですが、自分が気になっている人に直接コンタクトを取るなり、ダイレクトメッセージを送ったりすることです。

 

「自分は○○という病院を調べましたがご存知でしたら教えてください」など。

 

 

そうするとその人がどれだけ悩んでいるか、苦しんでいるか、現状を何とか変えたいと思っているかが相手に伝わります。

 

そういう一歩を踏み出した人の人生は、これから良いものになっていくのではないかと個人的には思います。

 

 

私の世代ではありませんが(笑)、水前寺清子さんの「365歩のマーチ」という歌があります。

 

 

 

“しあわせは 歩いてこない  だから歩いてゆくんだね”

 

 

本当に歌詞の通りです。向こうから幸せなんてやってこないんです。

 

 

自ら一歩踏み出し、行動することで幸せに近付いていくのです。

 

 

 

今まで依存症子に相談のメッセージやダイレクトメッセージをくださった皆さん。

 

自分の悩みを他人に相談するって、とても勇気のいることだと思うんです。

 

 

その一歩を踏み出すことができた皆さんは、本当にすごいと思います。

 

 

勇気を出して一歩を踏み出したことには、必ず意味があります。

 

 

今はその意味が分からないかも知れない。

 

でも近い将来、“あのとき勇気を出してよかった”、そう思う日が必ず来ます。

 

 

 

私はこれからもこのブログを読んでくださる皆さんと共に、前に進んでいきたいです。