前回のブログでは女子受刑者の家庭環境が決して良くないということを書きました。

 

今日のブログのタイトルは「逮捕されて、本当に良かった」です。

 

 

逮捕されてよかった?そんなの綺麗ごとだよね

逮捕されるなんて絶望以外の何物でもないでしょ……

 

そう思う方が多いかも知れませんが、今の私は心から「逮捕されて本当によかった」と思っています。

 

その理由を分かりやすく書いていきます。

 

 

まずあのまま逮捕されずにいたらどうなっていたか。私が想像する(想像できる)未来を考えてみます。(遅かれ早かれ逮捕はされていたと思います)

 

・自分が依存症という病気だと気付かない

・窃盗、自傷、薬物依存、処方薬依存、ギャンブルを自分の力で止められない

・借金まみれで闇金に手を出す

・孤独に拍車がかかる

・水商売や風俗で働くも歳をとって全く稼げない

・依存症が考える力を奪い無気力になる

・詐欺の受け子、その類いの犯罪に手を染める

・自殺を考えるor自殺する

 

逮捕直前までの自分の生活を振り返り分析すると、こんな未来しか見えてきません。

 

 

このように自分を客観的に分析できるようになったのは、逮捕され刑務所に行ったおかげなのです。

 

 

刑務所でたくさんの受刑者を見て、話をしてきました。

 

絶対に累犯になりたくない、私は二度とここには戻らない!そう固く決意したから今の私が存在します。

※累犯→出所後5年以内に刑務所へ戻る人

 

 

どうしてそう決意したかですが、「刑務所に戻ってくる人ってこんなにいるんだ……。こんなに不自由で汚い場所になんで戻ってしまうんだろう?」こう思ったことがきっかけです。

 

 

「わーい!!刑務所に戻ってこれて嬉しい!」と思う人なんていないと思います。(ごく少数の人を除いて)

 

 

なのになぜ累犯が多く存在するのか?不思議ですよね。

 

 

累犯にならないために累犯を徹底的に観察しました。話をしました。

 

 

生育環境はどうだったか、どんな幼少期や思春期を過ごしたか、大人になってどんな仕事に就いたか、恋愛や仕事のこと、自分の子どもに対する考え方など、本当に色んなことを聞きました。

 

 

その結果、自分との共通点がたくさん見つかりました。

 

……愕然としました。

 

「わたし、このまま変わらなかったら間違いなく累犯になる。また刑務所へ舞い戻ることになる」

 

そう思ったのです。

 

 

累犯に多く見られる特徴を書いていきます。

 

・依存症は完治しない、だから治療に通うのはムダと諦める

・嫌なことから逃げ出す、投げ出すことが癖になっている○

・一つのことをコツコツ続けられない○

・自分の尻を自分で拭けず、無責任○

・責任転嫁しがち○

・簡単にお金が手に入る職に就いたことがある(水商売・風俗)○

・流されやすい○

・人に嫌われたくないという気持ちが強い○

・生育環境が悪い○

・基本とても優しい

・男性に利用されやすい

 

この中で私に当てはまるのは○をつけた8つです。

 

よし、私はこの8つを克服できるように努力してみよう。そう決めます。

 

 

克服できるようにするには何をすればいいか?ですが、自分の人生を一つ一つ丁寧に振り返ることです。

 

 

私で例えます。

 

・嫌なことから逃げたり投げ出したりする癖はいつからついてしまったんだろう?

→子供のころに何かから逃げても投げ出しても、親から一切怒られることは無かった。だからこれでいいんだと勘違いしちゃったんだ。

 

・自分で責任をとれないのはなぜだろう?

→親が何でも尻拭いしてきたから、“いつか誰かが何とかしてくれる”という甘い考えになっちゃったんだ。

 

上記に書いたのは本当に基本的なことです。

 

ここからもっと深堀して、“依存症子という人間を自分がしっかり理解する”ことが必要になってきます。

 

 

私は刑務所で、自分の過去と向き合うという実に辛い作業をじっくりやってきました。

 

過去と向き合うってとても辛いです。

だって戻れないし変えることは出来ないから。

 

頭を掻きむしって、大きな声で叫びたくなるなんてしょっちゅうです。

 

「昔の私の馬鹿野郎!なんであんな事をやったんだ!!!」

 

そう後悔しても、過去には戻れない、やり直せない。

 

 

でも過去を踏まえて、前を向いて歩くことはできます。

 

 

「あの時は投げ出しちゃったけど今回は絶対に投げ出すもんか!」

 

現在そう思えるのは、刑務所での生活があったからこそなんです。

 

資格試験を受けることも起業も、逮捕されていなければ挑戦しようなんて思わなかったでしょう。

 

 

だから依存症子の場合は「逮捕されて本当によかった」、心からそう思うのです。

 

 

 

ここまでのブログを踏まえて、少しTwitterのお話をさせてください。

 

クレプトマニアの方が窃盗をして、「何とか執行猶予になりますように」と願っているツイートを見たことがあります。

 

厳しいことを言いますが、こういう人は一度刑務所へ行った方がいいと私は思います。

 

仮に執行猶予だったとしても、恐らくその人はまた窃盗を繰り返すでしょう。だって本人が痛い目を見ていないから。

 

 

以前のブログにも書きましたが、依存症者は甘えたことを言っている場合ではないのです。

 

自分が依存症だと自覚している人で、本気で依存症を克服したいと願うなら、行動しましょう。

 

本気で刑務所に戻りたくないと思うなら、大地にしっかりとした根を張り、流されない自分を作っていきましょう。

 

 

少しずつ進めればいいのです。

 

何度も言いますが、他人と比べるのではなく、昔の自分と比べて成長していればそれでいいのです。

 

前回のブログではアルコール依存症の女子受刑者について書きました。

 

今日は生育環境が複雑な女子受刑者について書いていきます。

 

 

刑務所には“普通の生育環境”で育った人はまずいません。

 

普通の定義についてですが、私が子どもの頃と今ではだいぶ変化していると思いますし、普通という言葉自体が時代遅れでナンセンスかもしれませんが、私のブログの中では「両親が健在で不仲ではなく、虐待やネグレクトを受けてこなかった」ことを普通と定義します。

 

 

私が以前書いた「連鎖」というブログがあります。

 

 

アルコール依存症の親の元で育った子供がアルコール依存症になる。

 

ギャンブル依存症の親の元で育った子供がギャンブル依存症になる。

 

これらは遺伝ではなく“環境の連鎖”が起きていると書きました。

そのブログはこちらです↓

 

太った両親の子どもは太っている確率が高いのですが、骨太とかそういった遺伝の部分は除き、両親が普段からお菓子を食べる習慣が子どもにも連鎖しているから太っているのです。

 

 

ちなみに私の母は間食をあまりしない人で、家にはジュースの類いが一切ありませんでした。

 

小さいころから緑茶を飲まされて本当に嫌だった時期もありますが、そういった生活環境が今の私の太りにくい体をつくり、間食をしないことが習慣化しているので、そういう面では母に感謝をしています。

 

 

私が見てきた中で衝撃を受けた受刑者は何人もいるのですが、その中でも印象に残っているのが薬物で初受刑のMさんです。年齢は当時34、5歳だったと思います。

 

彼女には子どもが7人いるとのこと。父親は4人、バツ2で現在未婚。バツ2で父親4人……?ということは未婚で出産していることになります。

 

 

子どもたちがどう過ごしているかですが、幼い子たちは児相で生活しています。

 

一番上のお姉ちゃんがとてもしっかりしているので、下の子たちの面倒を見てくれているらしいです。

 

 

なんでしょう……。刑務所には子だくさんの母親が多いですが、多くの母親が口をそろえて「上の子がしっかりしている」と言います。

 

貴女がそんなだから“しっかりせざるを得ない”状況に子どもが追い込まれている、ということに気付けないのは、本当に罪なことだなと私は思います。

 

 

7人の子どもを産んでも児相のお世話になる時点で、自分で育てられていないです。そして育てられないなら産むべきではない、これが私の意見です。

 

Mさんは子どもが大好きでもっと産みたいと言いました。

 

父親はどうするの?という私の問いに、「風俗で働いてその客でもいい」と言いました。

 

Mさんはセックスも好きだけど産むことが気持ちいい、というタイプだと思います。

 

 

Mさんの生育環境を尋ねます。

 

ひとりっ子で両親は離婚しています。父親はヤクザ、母親はシングルマザーでMさんを育てたそうです。離婚後もMさんと父親とは交流があるそうで、仲がいいと言っていました。

 

母親の男性関係が派手だったようで、その部分を見て育ってきたMさんは自分も同じような男性遍歴をたどってきたようです。

 

 

「キメセク最高!出たらまたやるんだ!」

「児相が子ども持ってっちゃうんだよね。あいつらほんと最悪!」

※キメセク→覚せい剤をやりながらセックスすること

 

 

笑顔でそう話すMさんの元に、子どもが戻ってくる確率はとても低いだろうなと思ったのを覚えています。

 

 

自分の生育環境がおかしかったんじゃないか…?もしかして家ってちょっと普通じゃないのかも…?

 

と思ったときにどういう行動を取るかですが、私の場合は母親に怒りの矛先が向きました。「お前が私をまともに育てなかったから今の私が存在する」という怒りです。

 

Mさんの場合、自分の生育環境が普通じゃないことに気付いていない、もしくは気付いてもそのまま放置するといった感じでしょうか。

 

 

気付きや観察というのは本当に大切で、多角的に自分を見ることができます。

 

 

・もし私の母親がMさんだったら、私はMさんを殺したいほど憎むかもしれない。

 

・私がMさんだったら、この先どうやって生きて行けばいいのか分からず子どもも何もかも全て投げ出してしまうかも知れない。

 

・私がMさんの母親だったら、無謀かつ無計画に出産する我が子を止めることができるだろうか……?

 

 

 

私を含め刑務所に行く人は家庭環境、生育環境が普通じゃない場合が多いです。

 

でも自分を変えようと努力せず、流されてしまったのも結局自分。

 

気付きを得ることができなかったのも、自分の視野が狭かったから。

 

 

生育環境が普通じゃなかったとしても、それを修正して生きることはできます。

 

今の私がそうです。母は掃除は全くしない人でしたが、それを反面教師にして今は毎日掃除をするように心掛けています。

 

もちろん精神的負担が無いよう、自分に無理のない程度に。

 

 

 

なんでもっと早く気付けなかったんだ!とか、どうしてあのときに○○しなかったんだ!と後悔する人が多いかもしれませんが、私は今気付けたことに意味があると思っています。

 

 

タイムマシーンがあったとします。私の受刑前に遡りましょう。

 

「症子!このままじゃあなたは刑務所に行っちゃうの!あなたは依存症なの!だから依存症の病院行って!お願い!」

 

と懇願したところで、過去の私は

 

「え?未来のわたし?Twitterにupしよ!」となるだけだと思います。

 

 

自分の問題に気付いていない人に、他人が何をとやかく言っても聞きません。

 

本人が痛い目を見て、後悔して、試行錯誤して、挑戦して、失敗して、挑戦して、また痛い目を見て……体感しながら人は成長していくのだと思います。

 

 

お恥ずかしながら私は、「え?今更そんなことに気付いたの?」と言われるようなことがたくさんあります。

 

過去の自分が気付けなかったことに気付けるということは、自分が成長した何よりの証拠だと私は思います。

 

 

 

 

今後のブログは週1回、金曜日に更新します。

 

更新が少なくなる理由ですが、無事に資格取得しましたので、これから起業の準備を始めます。それに伴い引っ越しも考えています。

 

更新頻度が少なくなってしまいますが、いつもと変わらず内容は皆さんのヒントになるようなもの、濃いものを書いていければと思っています。

 

まだ方向性は決まっていませんが、動画配信も始める予定です。

 

 

ブログの更新頻度が少なくなっても、皆さまからの相談は随時受けます。

 

アメブロのメッセージ、またはTwitterのダイレクトメールでお知らせください。

 

 

今後も依存症子のブログをよろしくお願いいたします。

 

前回のブログでは摂食障害の女子受刑者について書きました。

 

今日はアルコール依存症の女子受刑者について書いていきます。

 

 

前回書いたブログの摂食障害に引き続き、アルコール依存症と刑務所はあまり結びつかないと思う方もいらっしゃるかも知れません。

 

私も自分が刑務所に入るまでそう思っていた一人です。

 

 

言い方は悪いですが、摂食障害は食べなかったり吐き戻したりを一人で勝手にやっているだけで、他人に迷惑をかけているわけではありません。

 

アルコールを嗜むのも一人で飲んで勝手に酔っぱらうわけですから、他人に迷惑はかかりません。

 

 

ですが依存症になると話は別です。

 

パートナーや家族、知人に迷惑をかけてしまうことがあれば決して“嗜んでいる”とは言えませんよね。

 

そして依存症が進行すると、他人に迷惑をかけているということに気付けません。かつての私がそうでした。

 

 

余談ですが、留置場に居るときに坊主の女性と同室になったことがあります。その女性が入ってきたのは午前中でしたが、とても酒臭かったのを覚えています。

 

女性で坊主頭ということにとても驚き、彼女に興味がわいた私は色々と話を聞きます。

 

 

みなさんはキッチンドランカーという言葉をご存知でしょうか?

 

家事をしながら飲酒をし、だんだんやめられなくなることを指します。彼女の場合は料理酒を普段から愛飲しているようです。

 

 

ご主人もアルコール依存症で普段から喧嘩と暴力が絶えないらしく、髪の毛を引っ張られて大量に抜けたことがあったそうです。

 

それ以来丸坊主にし、普段はウイッグ(かつら)を被っていると言っていました。

 

 

この話を聞いたときの私は、坊主頭になりウイッグを被ってまでその夫と一緒に居たいんだ……と衝撃を受けました。

 

そして坊主頭とウイッグで過ごすことは、彼女にとって合理的な生き方なんだなとも思いました。

 

後に拘置所と刑務所へ行き依存症について勉強した私は、彼女とご主人が共依存の関係にあることを理解します。

 

 

 

アルコール依存症の女子受刑者の罪名ですが、私がお話を聞いた方は酒気帯びや酒酔い運転、暴行や傷害などです。

 

アルコールの場合は薬物と同じで累犯の人がとても多いです。

 

 

以前のブログにも書きましたが、違法な薬物と違ってアルコールは堂々と販売しています。誰でもどこでも、未成年でも簡単に購入することができます。

 

 

違法ではないモノに依存している人は質が悪いです。

 

その理由は、“依存しているモノを摂取したり行動するための言い訳”が簡単に見つかるからです。

 

 

・酒は販売している!俺は誰よりも酒税を収めているのに何がいけないんだ!

 

・競輪、競馬、パチンコは違法じゃない!やって何が悪い!

 

・私は勝手に食べて勝手に吐いてるだけ。あなたに迷惑掛かってないですよね?

 

・医者が処方している薬なんだから違法じゃないでしょ!

 

↑これらは実に質が悪い言い訳だと私は思います。

私自身もこのように言っている時期がありましたので、依存症者側の言い分は理解できます。

 

 

 

飲酒運転で今回が3度目の服役だというDさん。年齢は60代前半です。

 

飲酒運転をして捕まったという話は聞きましたが、それが人を巻き込む事故だったのかまでは分かりません。あまり話をしたがらなかったので、私もそれ以上聞くことはしませんでした。

 

 

アルコール依存症の治療を受けているか聞きましたが、Dさんは自分がアルコール依存症だとは思っていないようでした。

 

というより、アルコール依存症だと認めていないと言った方が正しいです。

 

「病院行けって言われるけど、治らないんでしょ?行ってもしょうがないじゃない。第一私は病気じゃない」

 

 

私は立川拘置所と栃木刑務所で、このセリフを多くの受刑者から何度も聞きました。

 

 

「治らないんだから病院に行っても仕方がない」

「治らないんだからしょうがない」

 

 

本人たちが一度でも自助グループや依存症専門病院へ行ったことがあるならまだしも、何のアクションも起こさずに諦めている人が刑事施設にはいます。

 

 

治らないんだから仕方がない、治らないんだからしょうがないと自分に言い訳をし、面倒なことから逃げて投げ出し続けると間違いなくDさんのように累犯になってしまいます。

 

 

アルコール自体は違法なモノではありませんが、アルコール依存症の人が拘置所や刑務所に多く収監されていることを分かっていただけたかと思います。

 

 

前回のブログでは資格試験の勉強を通して気付いたこと、無事に試験に合格できたことを書きました。

 

今日は栃木刑務所での生活に話を戻します。

 

 

私は内掃工場という刑務所の中を比較的自由に歩き回れる作業に就いていました。

 

作業内容は刑務所中の掃除やゴミ捨て、残飯処理、植物の手入れや草むしりなどです。

 

 

刑務所では他の工場の受刑者と会話をすることはできません。

 

入浴や食堂へ行くときは工場ごとに行動するので、「どこの工場にこういう風貌の人が居る」くらいのことしか分かりませんが、刑務所生活が長かったり事情通(?)の受刑者は必ずいて、「あれは○○さんで罪名は○○」とかなり物知りだったりします。それが事実かは分かりませんが。

 

 

内掃工場は曜日や時間によって掃除をする場所が変わるのですが、そのときに他の工場の受刑者を見ることがあります。

 

 

何度か遭遇したことがありますが、例えば暴れている受刑者がいるときはどのようになるか。

 

職員が待機している棟がありますが、そこから「そんなに人がいるの!?」というくらいたくさんの刑務官が一斉に出てきて、暴れている受刑者がいる工場まで全速力で駆けつけます。

 

 

受刑者が暴れてどうしようもない場合は、刑務官が取り押さえ保護房という場所へ連行します。そこに暴力行為が無かったことを証明するため、ビデオカメラを回す役目の刑務官もいます。

 

保護房と言うのは自殺などができないようになっている房で、6寮の横に建っています。

 

監視カメラで常に刑務官が見ているので、おかしなことをすればすぐに刑務官が駆けつけます。

 

 

上記のようにイレギュラーなことが起こると、内掃工場の受刑者は「一旦作業中止して壁側向いて!」とか「場所移動するよ!」と言われますが、横目でちらっと見たり、大声で叫んでいる人がいればその声は嫌でも耳に入ってきます。

 

このようなことを実際に見ることができたのも、内掃工場に就業していたからこそだと思います。

 

 

栃木刑務所では、集団生活が送れない人は6寮の1階と2階で生活しています。

精神疾患を持っていたり刑務官の言うことを聞けない人は、単独室で生活します。

 

その中には摂食障害の人も含まれます。

 

摂食障害でも普通に生活できる人は雑居で生活しますが、お食事中の人が居たら今はこの先は読まない方がいいです。

 

 

 

一旦食べたものを吐き出し、また食べる人が刑務所には居ます。

 

そういう人は他の受刑者とは一緒に生活出来ないので、6寮の単独室で過ごすことになります。

 

ガリガリに痩せて自力で歩けない人が、車いすで医務へ行くのを見たことがあります。

 

医務室の保管庫を掃除すると、メイバランスがまとめて置いてあるのを見つけます。

 

 

私はメイバランスという飲料自体をそれまで知りませんでした。

 

内掃工場に配役されたばかりのころはジュースみたいのがある!と思っていたのですが、どうやら摂食障害の受刑者に与えられていたようです。

 

そしてこのメイバランスを飲んでは吐いて、吐いては飲んでを繰り返す受刑者もいました。

 

 

 

栃木刑務所には症状の差はあれど、摂食障害の人がたくさんいました。

 

摂食障害とクレプトマニア(窃盗症)が併発しているパターンも多いです。

 

 

私は向精神薬への依存から過食へ走り、同時に窃盗を繰り返していました。

 

 

 

私は摂食障害だけだから…犯罪は犯していないから……そういう考えは捨てた方がいいと私は思います。

 

以前のブログにも書きましたが、依存症の人はそうでない人と比べて犯罪を犯す確率は高くなります。

 

そのブログはこちらです↓

 

 

今現在摂食障害で悩んでいる方、そのご家族の方、ご友人、

 

どうか楽観視せず、きちんと専門の病院へ行かれることをお勧めします。

 

 

何度も言いますが、私は栃木刑務所で摂食障害の人をたくさん見てきました。

 

その人たちが何をして刑務所へ来てしまったのか、私には分かりません。

 

 

摂食障害の人が何かしらの犯罪を犯したから刑務所に居る。

 

それは事実です。

 

 

前回のブログでは逃げてもいいけど投げ出さないということを書きました。

 

資格試験の勉強を始めて1年半が経過しました。今日はその間に気付いたことを書いていきます。

 

 

私は今まで真剣に“何かを学ぶ”、“何かに取り組む”ということをしてきませんでした。

 

 

小学生のころにそろばんと学習塾に通ったことがありますが、どちらも「嫌になったからやめる」、「通うのが面倒だからやめる」、「うまくいかないからやめる」、「結果が出ないからやめる」、「つまらないからやめる」、「自分に合わないからやめる」、こんな感じで全て投げ出して来ました。

 

 

大人になった私は人生を舐めて適当に生きてきました。嫌なことを全力で投げ出して生きてきました。

 

ですので資格試験に臨むということは、私にとってとても大きな挑戦でした。

 

 

子供のころはノートや参考書、本を買っただけで勉強をした気になっていました。購入するだけで満足、塾に通うだけで満足という感じです。

 

大人になった今でもそういう節はあり、例えば調理器具を購入したけど料理に活かせなかったり、本を買ってもなかなか読み進むことができなかったりします。

 

 

資格取得専門の学校に通うようになり、私の受刑歴を知らない人たちと一緒に勉強をするようになります。生徒の年齢層は幅広いですが、現時点では私が最年長の生徒です。

 

 

ひとつ目の資格は3級、2級、1級があり、3級に受からないと2級は受けられず、2級に受からないと1級を受けることはできません。

 

ふたつ目の資格は初級・中級・上級があり、同じく中級に受からないと上級は受けられません。

 

 

 

私は2級と中級に一度落ちています。

 

そして落ちたことで見えてきたこと山ほどあります。

 

何が見えてきたのか?できるだけ分かりやすく書いていければと思います。

 

 

 

資格を取るにはモデルさんが必要でした。3級と2級と中級を同一モデルで臨みましたが見事に落ち、自分の練習不足と技術不足をモデルのせいにしていました。

 

試験に落ちたことをモデルのせいにし、見えてきたことがあります。

 

 

そのモデルを選択したのは、結局私自身なんです。

 

 

モデルに対して、3級の試験直前に小さな違和感を私は感じていました。その違和感に気付かなかったフリをして、同一モデルを使い続けたのは私自身です。

 

試験中に寝られてしまいました。「でも次の試験では寝ないだろう、だって私が頑張っていることを知っているはずだもん。」そう思った自分の考えが浅かったということになります。

 

1回目に落ちたときにモデルを変えるべきだったのです。変えずにダラダラと惰性で同一モデルを使い続け、違和感がどんどん大きくなり、気持ちがモヤモヤしたまま2回目、3回目に臨むべきではなかったのです。

 

 

①気持ちの切り替えは本当に大切

②自分の気持ちに嘘をつかない

③量のみが“質”へ変わる

④自分の選択は自分の責任

 

 

①→気分がモヤモヤしたまま何かに挑戦しても決してうまくいかないということを学びました。“気持ちを切り替える”とよく言いますが、昔のことを引きずり後悔を続けても何もいいことはありません。

 

 

②→自分が嫌だと感じたことは相手に素直に伝えるべきでした。それで相手が歩み寄ってくれなければ所詮その程度の関係だということです。

 

 

③→勉強と練習してきた時間は必ず自分のためになります。そしてその“量”をたくさんこなすことで“質”の良いものに必ず変化します。

 

 

④→前にもブログに書いたことがありますが、「男運がない」・「女運がない」という人は本人の見る目が無いのです。自分でその人を選んだのだから、結局自分が悪いのです。

 

 

 

昔の私なら「モデルがダメだったんだから私は悪くない!」と憤るだけ憤って、資格取得を諦めていたと思います。

 

諦めずに続けること、視野を広げること、違う見方をしてみることの大切さを学べました。

 

 

 

物事を続けていくことで見えてくるものがあります。

 

今回は私の資格取得の場合でお伝えしていますが、依存症もクリーンな時間が続けば続くほど違った景色が見えてきます。

 

 

1日クリーンで過ごせたら次は3日、1週間、その次は10日。

 

1日クリーンで過ごしたあとと10日過ごしたあとでは、感じることも思うことも変化しているはずです。

 

 

 

 

昨年末に受けた資格試験に無事合格することができました。

 

昔の私ならば絶対に投げ出していました。こうして成し遂げることができた自分をたくさん褒めてあげようと思います。

 

 

 

 

前回のブログでは忍耐と我慢の違いについて書きました。

 

大事MANブラザーズバンドの「それが大事」という歌を知っている人は多いと思います。1991年の曲ですが、応援ソングとしていまだに人気がありますね。

 

 

『負けないこと・投げ出さないこと・逃げ出さないこと・信じぬくこと、

駄目になりそうなとき それが一番大事』

 

 

立川拘置所の工場に就業しているとき、余暇時間に観ていたテレビでたまたまこの曲が流れました。

 

昔は何とも思わなかった曲ですが、あのときの私には心に染みたというか……今後の自分に必要なことを歌っているなと思いました。

 

なぜそう思ったかですが、私はそれまでの人生で嫌なことを投げ出し、逃げ続けてきたからです。

 

だから刑務所へ来てしまった、そう自分で理解していたからです。

 

 

受刑したてのころの私は自暴自棄になり、「どうせ私なんて」という気持ちがとても強かったです。その割に反省などしていないという質の悪いパターンでした。

 

 

「はいはい、私の生き方が悪うございました、だから刑務所に来ちゃったんですけど。じゃあどう生きれば良かったか教えてもらってもいいですか?こうなったのは家庭環境のせいもあるんだから仕方なくないですか?そんなに私を責めるならこれから具体的にどう生きて行けばいいか教えてもらっていいですか?」

 

 

↑言葉に表すとこんな感じです。これを見て皆さんどう思いますか?

 

・反省していない

・開き直っている

・何こいつ……

 

こんな感想が出てくるのではないかと思います。

 

 

お恥ずかしながら、これでも当時の私はとても真剣に考えていたんです。

 

真剣に考えているのになぜこのような言葉が出てきてしまうのか書いていきます。

 

 

私はずっと物事を投げ出して生きてきたので、「反省の仕方が分からない」、「責任の取り方が分からない」大人に成長していました。

 

悪いことをしても咎める人がいないということは、自分が他人から距離を置かれている証拠です。

 

「あの人と関わりたくない」と思えば注意などしませんよね。

 

それを私は勘違いし、「許してくれている」とか「これでいいんだ」、「間違っていないんだ」と認識していました。

 

 

自分が怒られないのはヤバい奴だと認定されて関わりたくないと思われているからなのに、壮大に勘違いしていたわけです。

 

 

なんでそんな勘違いができるの?と思う方が多いと思いますが、ずっと夜の世界や風俗の世界に居ると感覚がどんどんおかしくなっていきます。

 

 

大人になるということはルールを守って生きるということです。

 

そのルールが比較的甘い商売の世界にどっぷりと長く浸かっていた私は、常識知らずで無知な大人になっていったというわけです。

 

 

刑務所に行く人と言うのは私のように無知だったり、先のことを考える力がない人です。

 

 

例えば、ニュースを観れば詐欺は一発実刑だと分かります。それでも手を出す人が多いのは、指示役が言葉巧みなせいもありますが、結果的には本人が無知だからです。

 

今簡単にお金が手に入ってもその先どうやって生きて行く?と考えることができないから、安易に犯罪に手を染めるのです。

 

 

そういう考える力を奪っていくのが依存症だったり、悪い人間関係だったり、現実逃避だったりします。

 

 

昔の私のような考え方をしている受刑者の方、いっぱいいると思うんです。支える側からすれば「なんでそんな言い方しかできないんだ」と思うでしょう。

 

 

責任の取り方や反省とは、誰かに聞いて実行するものではありませんよね。

 

 

自分で考え決めるのです。

 

そして受け手によって反省の形も責任の形も違います。正しい答えが一つとは限りません。

 

 

そのことに受刑中に気付けるか、気付かせることができるかです。

 

 

 

 

よし!これからは逃げないで立ち向かう!物事を投げ出さずに生きて行く!

 

そのように決心し、無事仮釈放となります。

 

 

出所から4年が経過しました。今の私は少し考えが変化しています。

 

 

「逃げたっていいよね、投げ出すことをしなければ」

 

 

 

逃げないと決めてしまうと自分が苦しくなるときが必ず来ます。その苦しみに耐えることで自分が傷付いたり死にたくなってしまうなら、逃げた方がいいです。

 

 

ただ絶対に投げ出さない。

 

 

いじめを受けているならその場から逃げればいい。でも勉強をすることは続けよう。

 

ブログを書くのがちょっとしんどいから間隔をあけよう。でも書くことは続ける。

 

部屋の掃除がめんどくさいから今日はいいや。でも明日はきれいにしよう。

 

 

 

人間は強くありません。時には逃げたっていい。

 

だけど投げ出さずに向き合うことは続けよう、今の私はそう考えています。

 

 

前回のブログでは私の刺青への考え方について書きました。

 

今日は忍耐と我慢について書いていきます。

 

まずそれぞれの意味を三省堂の辞書から引用します。

 

 

忍耐→苦しみ・辛さ・怒りなどをじっと我慢すること。自分に不都合なことなどを人にされても暴力的な仕返しをしたり現実逃避したりしないこと。

 

我慢→精神的・肉体的に苦しいことがあっても意地で凌ぎ通し、弱音など吐かないこと。耐え忍ぶ、こらえる、辛抱。自分を偉いと思っておごり、他を侮ること。

 

 

突然ですが、夫は「我慢が美徳」と考える古いタイプです。

 

夫の部屋にエアコンがないので、今時期は寒さを我慢して電気ブランケットと小さなセラミックヒーターでテレワークをしています。

 

暖かいと眠くなるからと夫は言いますが、昔から贅沢が嫌いだった夫は、何かを我慢して物事を成し遂げた方が達成感が大きいと思っている節があります。

 

 

私は暑くても寒くても仕事の能率は下がると思っていて、我慢してまでその環境に身を置く必要はないと考えるタイプです。

 

 

夫は暑さ寒さを我慢して仕事をすることが苦ではないわけですが、私にとってはかなりの苦痛です。

 

 

「俺が我慢してるんだから症子も我慢しろ!」と言ったとしたら、自分の考えを私に押し付けているだけで、そこに私への配慮は見えてきませんよね。

(幸い夫はそういう理不尽なことを言う人間ではありません)

 

 

 

私の受刑中に夫は手紙で「我慢しなさい」、「我慢することを覚えなさい」ということをひたすら言い続けてきました。

 

ですが受刑当初の私にはあまりピンとこなかったんです。

 

 

「我慢ができない人間だからここに(刑務所に)来ちゃったんですけど?それができたら苦労しないわ!!」

 

 

受けとり方がひねくれていますよね(笑)

 

我慢なんて子供でもできるもの、そんなこともできないいい大人の自分はダメ人間、我慢が得意なあなたから上から目線でお説教されるのはもうたくさん!

 

こんな感じで自虐的、投げやりになってしまった時期があります。

 

 

 

そこで注目したいのが「忍耐」という言葉です。

 

 

受刑者は現実逃避から罪を犯し刑務所に服役しています。

 

依存症者も現実逃避から依存行動に走ります。

 

 

再度「忍耐」の意味を書きます。

 

苦しみ・辛さ・怒りなどをじっと我慢すること。自分に不都合なことなどを人にされても暴力的な仕返しをしたり現実逃避したりしないこと。

 

 

受刑者にも依存症者にも必要なものは“我慢”ではなく“忍耐”だと私は考えます。

 

 

忍耐強い人間になるために何をすればいいか?私で例えます。

 

・私は嫌なことがあるとすぐに投げ出しちゃう。だから続けられるように頑張ってみよう。

・私は自分と違う意見の人を排斥しがち。だから「そういう意見もあるんだ」と受け入れてみよう。

・私は流されがち。だからしっかりとした芯を作っていこう。

・私は答えをすぐに出したがる。だから焦ることをやめて少しづつ進んでみよう。

 

 

私は刑務所で自分の短所・欠点を徹底的に見つめました。

幼少期までさかのぼり、どうして刑務所という場所に来ることになったのか冷静に見つめ続けました。

 

 

刑務所で過ごす多くの人はこんなことは考えません。

 

「早くここから出る」ことは考えても、出所後の人生をどう生きるか、何をすればいいのか考えることをしません。

 

 

だから累犯が存在するのです。再犯を繰り返す人がたくさんいるのです。

 

 

 

受刑者に想いを伝えるのは容易なことではありません。

 

面会時間が少ないので受刑者も面会者側も感情的になりやすいです。特に手紙では思っていることが伝わらないのがほとんどでしょう。

 

 

受刑者のご家族、ご友人には忍耐強く受刑者を導いていただきたいです。

 

「我慢しなさい」と頭ごなしに押さえつけず、「忍耐強くなれるように一緒に頑張ろう」と諭してあげるほうが受刑者も受け入れやすいのではないかと経験者の私は思います。

 

 

夫からの手紙で今でも忘れられない一文があります。

 

「俺はこれからもどんどん前へ進んでいきます。進むスピードをゆっくりにすることはできるし手も差し伸べるけど、その手を掴むか離すかは症子次第です。」

 

 

この手紙が届いたときは「あっそ、私を見捨てるのね」と思ったのですが、自分を見つめる作業をしていくうちにとても大きな優しさだということに気付いたのです。

 

厳しさの中に優しさがある、そんな一文だと思いませんか?

 

 

私が刑務所でとことん自分を見つめようと思ったのは夫の導きのおかげであり、二度と刑務所へもどるもんかという強い想いがあったからです。

 

私一人ではここまで成長することはできなかったと思います。

 

前回のブログでは部屋の汚さと精神状態について書きました。

 

今日は私の刺青への考え方について書いていこうと思います。

 

今までのブログでは刺青について自分の意見を書いたことはありませんでしたが、昨年大晦日のボクシングの試合で井岡一翔選手のタトゥーがTwitterで話題になりましたので、ここで私と刺青について触れておこうと思います。

 

まず私の刺青を見てください。

20代後半のころ撮影したもので、作品としてはまだ未完成です。

 

 

何がきっかけで刺青を入れたの?という疑問を皆さん持つと思いますが、亡くなった父が桜がとても好きだったからというのが理由の一つです。

 

ほかにも理由はあったかも知れませんが、正直あまり記憶がありません。

 

以前のブログでも書いていますが、ここまで広範囲に入れ続けてしまったのは自傷行為の一つだったと分析しています。

 

彫るのに相当な時間とお金がかかり、もちろん痛みも伴います。彫った次の日は熱が出たり身体が怠かったりします。

 

そんな痛み、苦しみ、不快感に耐えている自分がかっこよく感じました。“今を生きている”感じがしたのです。

 

自分を傷付けることに快感を覚え止まらなくなります。

 

私にとって刺青を入れることはリストカットやアームカット、レッグカットと同じような感覚です。中二病のような精神的な幼稚さも間違いなくありました。

 

 

刺青が完成したのは依存行動が一番激しかった30~32歳のころだったと記憶しています。

 

「記憶しています」という曖昧な書き方になってしまうのは、睡眠薬や精神安定剤の飲み過ぎで記憶がほとんど無いからです。

 

完成している現在は左足、右足、右肩少し下までがっつり刺青が入っています。

 

 

私にどれくらいの刺青が入っているか皆さんに知っていただいた上で、日本の入れ墨の歴史を簡単に書きます。

 

日本の入れ墨の歴史は古く、縄文時代や弥生時代からあったとされています。

 

江戸時代では徳川吉宗が罪人に罰として入れ墨を施す「墨刑」を採用しました。このことから日本では“罪人=刺青”という認識があるのかなと思います。

 

罰としての「入れ墨」と芸術表現としての「彫りもの」は全く別物です。

 

徳川家斉の時代には肌を露出する鳶・飛脚・火消しなどの職業に就く人はこぞって入れ墨を入れました。流行した時代もあったのです。

 

明治維新以降に入墨刑が廃止され、装飾用途の入れ墨を入れる行為を禁止しましたが、戦後に再び合法化されます。

 

 

 

私は全身に刺青を入れてしまったことを後悔しています。ここまで入っていると消すことができません。

 

具体的にどのような理由で後悔しているか理由を挙げていきます。

 

・温泉やスーパー銭湯に入れない

・プールに行けない

・スカートを穿けない

・半袖やノースリーブを着れない

・健康診断や産婦人科などで驚かれる

・制服に着替えるような職場で働けない

 

生地や色が薄い服は透けてしまうので着れなかったり、刺青が見えないように動いたり、ゴルフに行けなかったり、当然生活に支障が出ます。

 

(MRI検査が受けられないという間違った意見が散見されますが、それは昭和初期に用いられた金属が多く含まれる顔料を使っている場合です。私は普通に検査を受けることができますし、痛みも何も感じません。)

 

 

堂々と見せて歩けばいいじゃん!そう思う人も中にはいらっしゃるかも知れませんが、私にはそれはできません。

 

ここは日本です。いくら「海外ではタトゥーはファッションで…」と言ったところで、自分が住んでいるのは日本なのです。

 

入れ墨が罪人に入れられていた時代も、流行した時代もどちらの歴史もありますが、現代では嫌悪する人が多いのは事実です。

 

 

始めに書いた井岡選手のボクシングの試合の記事から引用させてもらいます。

 

 

私はこの記事に登場する佐藤洋太さんのコメントにとても共感しました。

 

『やっぱり知らない人が入れ墨を見たら怖いと感じると思うんです。人は知らないことを恐れると言います。その最たるものが死であると。それと同じ理由でよく分からない入れ墨って怖い。どんな人か分からないし、あまり目にすることもないし、どうやって入れるかも分からない。だから怖い。怖がる人がいるんだからそこも気遣いですよね。』

 

 

いくら「ファッションだ!」という主張をしても、嫌なもは嫌だし怖いものは怖い。そう思うのは自然なことだと思います。

 

自分が好きで刺青を入れたのです。入れた刺青に最後まで責任を持つべきです。

 

刺青が入っている人はそうでない人に対して、気遣いが必要だということです。

 

 

私ができる気遣いは、とにかく刺青が見えないように隠すこと。

 

足つぼやエステなど、肌を見せるときは自分に刺青が入っていることを予めお伝えしています。それで入店を拒否されるならもちろん従います。

 

施術する側は刺青など珍しくないかも知れませんが、施術を受ける側のお客さんが不快な思いをすることは絶対に避けたいですし、私が居ることでお店が風評被害にあう可能性が0ではありません。

 

「あのお店は刺青が入っている人が常連です」なんて口コミが書かれているところには、刺青が入っている私でも行くのをためらいます。

 

 

 

両方経験しているからかも知れませんが、刺青と犯歴は似ていると私は思います。

 

私が裸にならない限り、刺青が入っているとは分かりません。

私が自己申告しない限り、元受刑者と知られることはありません。

 

 

今現在私がお付き合いしている人で、刺青と受刑歴を知る人はごく少数です。

その方たちは知る前も知った後も変わらぬ態度で接してくれます。そのことに心から感謝しています。

 

刺青も受刑歴も知らない人に対して、私から積極的に告白することはないと思います。

 

私の過去を知ったことで相手が嫌な思いをするかも知れないからです。

 

 

自分でコントロールできない他人が持っている負のイメージ、印象をあえてテーブルの上に出すことはしません。

 

そうすることが“気遣い”だと私は考えます。

 

 

刺青と受刑歴が知られたとして、相手がそれをどう受け止めるか分かりません。

 

「やっぱりね…」、「これだから元犯罪者は…」、「そういうことか…」、「道理で…」となるか。

 

「そんなことは関係ないよね」とか、「それを知っても依存さんとのお付き合いを続けます」となるか。

 

私は後者の方を目指していますし、日々の努力次第で変化するものではないかと思っています。

 

 

これから“依存症子”として活動していくにあたり、現在お付き合いしている人に刺青や受刑歴が知られてしまうことがあれば、私の過去をきちんとお伝えしようと決めています。

 

前回のブログでは依存症の人は孤独で、孤独な状況がなおさら依存症を悪化させるということを書きました。

 

今日は私の依存行動が激しかったころの状態について書いていきます。

 

 

依存症という病気を知ったのは、拘留中に受けた簡易精神鑑定の時です。

 

それまで私は自分のことをうつ病だと思っていました。

心療内科でそのような診断を受け、精神障がい者手帳3級を持っていたことがあるからです。

 

 

刑務所で自分の人生を振り返り、依存症になったのは18歳の時だと判明します。

 

 

私は夫と過去のことを定期的に話をするようにしていて、それで喧嘩になることもたまにあります。

 

睡眠薬や精神安定剤の飲み過ぎで、私には逮捕直前の記憶がほとんどありません。

 

あの頃の私がどのような状態だったかを夫に確認し、“あの頃の私に戻らない”ように客観的に分析することが、今の私には必要な作業なのです。

 

行動、言動、あらゆるものを逮捕前(依存行動が一番激しいころ)と出所後で比較してもらいます。

 

 

夫は出所後の私が掃除をするのを見て、「症子ってここまで徹底的に掃除をするんだ……」と驚いたそうです。

 

今現在掃除は毎日やります。掃除機をかけてクイックルワイパー、埃に気付けばまた掃除機をかけます。

 

知人を自宅に招くと「症子の家は物がなくていつもキレイだね」と言われます。

家に物が溢れるのが嫌なので、必要なものを最低限しか置きません。

 

 

現在はそんな私ですが、逮捕直前の部屋はゴミ屋敷さながらで、自分が座るところだけかろうじてスペースがあり、その周りは化粧品、服、バッグ、アクセサリー、飲みかけのペットボトル、ライター、灰皿や煙草のカスで溢れていたそうです……。

 

そんなゴミの中で生活していたなんて、自分が一番信じられません。

 

 

違法薬物への依存が激しい20代前半のころは、部屋の掃除がはかどったと記憶しています。

覚せい剤などの違法薬物が体内に入っている間は色々なものが良く見え、神経質に拍車がかかり、埃などが気になってしまい掃除がはかどるのです。

 

薬物が切れたときにはその脱力感から、掃除はもちろん食事をとることもお風呂に入ることもしなかったです。

 

 

ギャンブルへの依存が激しいころは、自分がほとんどカジノやパチンコ屋に居るので家には帰りませんが、家へ帰っても長時間のギャンブルで疲れ、何もする気が起きずに部屋も片付けることはしなかったです。

 

 

窃盗への依存が激しいころは、盗んできたものが家中に散乱していました。

これは買い物依存が激しいころも同じで、買ってきた服、アクセサリー、バッグなどタグも取らずに放置してありました。

 

 

 

もうお分かりになると思いますが、依存症や精神疾患に罹ると部屋の片付けができなくなります。

 

 

“片付けができない”と言うよりも、“汚い状況を何とかしようと思わない”と言った方が正しいかもしれません。

 

 

元々そんなことはなかったのに片付けができなくなったり、お風呂に入らなくなったり、食事をとらなくなったりしたら、その人の心が疲れているサインです。

 

 

私の依存行動は、誰が見ても聞いても逸脱し過ぎていますよね。

 

それでも自分の変化には気付けないものなのです。自分が“変わったことに気付くこと”が難しいのです。

 

 

 

「あれ?私部屋が汚いかも……」と思ったら少し立ち止まって、自分の変化に目を向けてみてください。

 

 

息子さん、娘さん、ご主人、奥様、お友達が部屋を片付けられなくなってきたら、その人を気にかけて観察してみてください。

 

 

どんな病気でも早期発見できれば、再起も早いです。

 

前回のブログでは刑務所の職親プロジェクトについて書きました。

 

今日は依存症と孤独について書いていきます。

 

 

依存症の人は孤独です。

そして孤独が依存症の症状をどんどん悪化させます。

 

依存行動が人に言えないものになればなるほど孤独になります。

 

私がここで言う人に言えないものとは、犯罪に当たるものを指します。

 

「私シャブ中なんだ!」

「俺痴漢大好きなんだ!」

「物を盗むスリルがたまらないんだよ!」

「放火するとスカッとするんだ!」

 

こんなことを堂々と言う人とは、決してお近付きになりたくありませんよね。

 

 

依存行動を続けていけばまともな人には相手にされなくなり、もっと孤独になります。

 

 

孤独になると同じような嗜癖と思考を持つ人や、それを利用してやろうというハゲタカのような人が集まります。

 

 

違法薬物で言えば、売人や同じ薬物依存症の人。

痴漢で言えば、絶好の痴漢スポットや私服警官の動きを教えてくれる人。

ギャンブルで言えば、ブラックでもお金を貸してくれる所を紹介してくれたり、簡単にお金が手に入る犯罪や詐欺の誘いをしてくる人。

 

彼らは耳障りのいい言葉を囁いてきます。

 

足が付かないから大丈夫!

絶対に捕まらないから大丈夫!

家族にバレないから大丈夫!

 

 少し考えれば分かることです。こんなことを続けていればいつか必ず捕まる、破滅すると。

 


ですが孤独な環境が考える力を奪っていきます。

 

「そうだよね…他の人が捕まってないから自分も捕まるわけない。捕まるヤツの運が悪いだけ!」

 

 

聞こえのいい方へ、優しい言葉をかけてくれる方へ、甘い言葉をかけてくれる方へとどんどん流されていきます。

 

 

 

私は刑務所で「次は絶対に捕まらない自信がある」と言う人をたくさん見ています。

 

「今刑務所に居るのにどうしてそう思えるの?」彼女たちに質問をしてきました。

 

「今回は運が悪かっただけ」

「次はもっと上手くやる自信がある」

 

彼女たちに共通しているのは、根拠のない間違った自信を持っていることです。

 

 

彼女たちにまっとうなアドバイスをする人がいないから、孤独だからこのようなおかしな考え方になってしまうのだと思います。

 


まっとうなアドバイスをしてくれる、本当に自分のことを想って怒ってくれる、

 “自分にとって本当に大切な人”を遠ざけてしまったのは、彼女たち自身です。



孤独を自ら引き寄せているのです。

 

 

 

私は今まで新型コロナウイルスについて触れたことはありませんでしたが、このコロナ禍で今後あらゆる依存症が増えていくと考えています。

 

 

ステイホームで自宅での飲酒量は増えるでしょう。

 

その場に行く必要のない、インターネットカジノなどがこれまで以上に出てくると思います。

 

そしてSNSで手軽に薬物が手に入る状況。

 

メンタルクリニックへ行く人も間違いなく増えます。

 

ストレスから窃盗、性行動、放火への欲求、DV、虐待なども増えていくでしょう。

 

 

 

コロナが孤独に拍車をかけるのは間違いありません。

 

 人との接触が減るということは、孤独になる環境ができやすいということです。

 

 

依存症者とそのご家族、ご友人、元受刑者の方、どうか自ら進んで孤独になるようなことはしないでください。

 

これからは自分にとってプラスになる人と、積極的に関わることをしていただきたいと思います。

 

 

どんな人が自分にとってプラスになる人か分からないという方もいらっしゃると思います。

 

参考までに、依存症子にとってプラスになる人はこんな人です。

 

 

私が笑顔になれる人です。

私に勇気をくれる人です。

明日から頑張ろう、私にそう思わせてくれる人です。

どうもありがとう、私が心からそう思う人です。

 

 

あなたの周りにもプラスになる人は必ずいます。

 

あなたが今まで見ようとしてこなかっただけです。

 

 

あなたを前向きにさせてくれる人を見つけてください。