前回のブログでは共依存の自覚は一人では非常に難しいということを書きました。よく「恋は盲目」と言いますが、共依存はそれ以上に盲目的になってしまう病だと思います。

 

自分に苦言を呈してくれる人を遠ざけてしまうのが依存症ですが、共依存の人にもその傾向があるように思います。

 

依存症者や受刑者を支える方は孤独にならず、どうか他人の意見に耳を傾ける勇気を持ってください。たくさんの意見を聞くことは必ず今後の自分のためになります。仮に暴言を吐くような人がいたとしても、それはこれからの人間関係を整理する見極めにもなります。

 

 

今日も近況報告からさせてください。7月2日に税務署に開業届を提出してきました。HP作成も着々と進んでいて7月中の運用を目指していますが、毎週日曜日が産業カウンセラー養成講座で埋まってしまい時間が足りないのが現状です。

 

 

6月20日の産業カウンセラー養成講座で、私が依存症当事者で元受刑者だと自己開示をしたと依存症子の“覚悟”に書きました。

その後の7月4日の産業カウンセラー養成講座で、私の自己開示にとても考えさせられたという方が一名、「ブログ読みました」と言ってくれた方が一名いました。

 

素直にとても嬉しかったです。自分の自己開示は決して無駄ではなかった。

私の自己開示やこのブログが皆さんの人生を良いものにするきっかけとなればいい、気付きとなればいい。それが私の望むことです。

このブログを読んでくださる皆さんの勇気や力になれることが、何よりも嬉しいです。

 

 

今日は仮釈放当日に起こった出来事を、2回に分けて書いていきます。

 

 

仮釈放まであと2週間

 

仮釈放が決まると栃木刑務所では「静思寮(せいしりょう)」という場所で2週間過ごすことになります。静かに思い考える場所、という意味らしいです。

この2週間を「釈前(しゃくぜん)」と呼びます。正式名称は何だったか…釈放前指導とかそんな名前だったと思います。

仮釈放予定の受刑者以外とはもう話をすることは出来ません。他の受刑者とは生活する場所が完全に分けられます。

 

この静思寮で過ごす2週間の間に、時代の変化に対して受刑者が浦島太郎にならない為の教育が行われます。

 

具体的に書くと、中には十年単位で服役している人もいますから、例えば切符からSuicaになりましたとか、ガラケーからスマホになりましたとか。

刑務所では健康診断は何年かに1回ですが、出所したら乳がんや子宮がんの検診を定期的に受けるようにしましょうとか。外部から専門の講師を招いて勉強するのが釈前です。

 

私の場合は2年という短い期間ですので世の中に大きな変化はありませんが、交通法規の変更箇所や、運転免許証が受刑中に失効してしまっているので、その手続き方法などを教えてもらいました。

 

長期受刑者にとっては切符からSuicaという電子マネーへの変化は魔法が使えるようになったくらいの大きな変化だと思います。

実際に長期刑の受刑者が釈前中に刑務所の外に出て、刑務官と一緒にSuicaの使い方を学んだという話を聞きました。チャージ方法やSuicaでの買い物方法を教わったそうです。

 

釈前中に何か問題を起こせばもちろん仮釈放は取り消されます。受刑者にとっては待ちに待った釈放ですからほとんどが大人しく過ごしますが、過去には実際に取り消しになった受刑者もいるようです。

 

 

迎えに来るはずのない夫

 

静思寮に来て2日目、刑務官から質問をされます。「依存さんは身元引受人がご主人になっているけど、こちらから連絡しても来れるか分からないと言われたの。依存さんはご主人から何か聞いてない?」

 

私は即答します。「多分夫は迎えに来ないと思います。私は電車で帰りますから、ここから最寄りの駅を教えてください。」

 

こうきっぱり答えたのには理由があって、私は出所したら離婚されるだろうと思っていたからです。離婚予定の女を迎えに来るはずがない、そう思いました。出所日は木曜で平日なので、夫がわざわざ仕事を休んで栃木まで来るとは思えませんでした。

 

・依存症について徹底的に勉強をして、依存症専門の病院へ行きたいと書いても全く理解されない、相手にされない。

・○○を頑張っていますと手紙に書いても「頑張るなんて当たり前のこと、普通のこと」と撥ね退けられる。

・言い訳ばかりするな、自分のやってきたことを正当化するなと言われ続ける。

 

私が真剣に更生しようと思っているのに夫に全く伝わらない、そのことにずっとジレンマを抱えながら受刑生活を送ってきました。

 

ときには諦めそうになることもありました。「こんなに依存症のことを伝えているのに何で分かってくれないんだろう…もう本の内容を抜粋するのも、自分の意見を伝えるのも疲れた。言うだけムダなのかも知れない…」こんなふうに考えたこともありました。

 

でも私は諦めずに伝え続けました。諦めが悪くてしつこいのが私の取り柄。何が何でも夫に理解してもらわないと、私の依存症は回復しないと思ったからです。

 

栃木刑務所から最寄りの駅はどこか、累犯で栃木刑務所に来たことのある受刑者に詳しく聞いたのを覚えています。栃木刑務所からタクシーって呼べるの?とか、駅まで幾らくらいかかるの?とか。夫は絶対に迎えに来ないと思っていたから。

 

 

出所3日前の知らせ

 

出所3日前に刑務官に呼び出されます。「ご主人はお仕事の都合がついたようだから迎えに来ると言っています。良かったですね。」

 

いえ、全然良くありません。

私は一人で家に帰る気満々でした。夫は私の受刑中に一度も面会に来ていません。迎えに来るって3日前に言われても心の準備が出来ていない。今更どんな顔をして会えばいいのか分かりませんでした。

 

何の話をすればいいの?まずは迷惑をかけてごめんなさいかな…。でもやったことを覚えていないのにごめんなさいって、それって誠実じゃない気がする。でもまずは犯罪を犯して迷惑を掛けてしまったことにごめんなさいだよね。あれ?でもわざわざ仕事を休んで迎えに来てくれるんだからまずはありがとうって言わなきゃ失礼だよね。来てくれてありがとう、そしてごめんなさいか。でも来てくれてありがとうっておかしいか…迎えに来てくれてありがとうか…。

こんなことを3日間、ずーっとぐるぐる考えていたのです。

 

 

2年ぶりの再会

 

出所日の朝はとても忙しいです。手続きが色々あります。

 

卒業式ならぬ釈放式みたいなものがあるのですが、栃木刑務所の中でも役職が高い刑務官が揃って、統括から遵守事項を渡されます。遵守事項には仮釈放中に守らなくてはいけないことが書いてあります。

 

遵守事項を破ったときには仮釈放は取り消され、再度収監されてしまいます。

 

遵守事項を受け取るのに前日練習をするのですが、まるで学校の卒業式のようでした。

当日は何かセリフを言ったような記憶がありますが、何を言ったか全然覚えていません(笑)。それくらい緊張したということです。

 

仮釈放式(?)が終わってからもドタバタです。

刑務所に来たときに預けた現金、カード類、洋服、靴、バッグ、持ち物を全部一気に返されるので、それらと刑務所で使っていた日用品全てを袋に詰めます。そこはお役所仕事、手続きが本当に面倒くさいです。

 

着替えて荷物を全て受け取り終わって廊下に並ばされます。いよいよ仮釈放です。

 

 

栃木刑務所から出たとき、何とも言えない感覚になりました。

 

 

私は内掃工場といって刑務所中を歩き回って掃除をする作業に就いていました。

 

面会室へ向かういつもの分厚い鉄扉。

その鉄扉に近付いて蜘蛛の巣を掃除するとき、「私はこの鉄扉の向こうへいつか出る日が来るんだよな」そう思いながら作業をしていました。

 

 

その日がとうとうやってきたのです。

 

分厚い鉄扉を通って外に出ます。

 

 

 

しばらく進むと、そこに夫の姿がありました。

 

「迎えに来てくれてありがとう。」そう言うと決めていたので、素直に伝えました。

 

でも夫が何と言ったかは覚えていません。このブログを書くにあたり夫にも聞いてみましたが、何と答えたか全く覚えていないそうです。

 

私は両手いっぱいに荷物を持っていました。夫はそれを持ってくれて駐車場へと向かいます。私は夫の後ろを無言で付いて行きました。

 

 

夫の後姿を見ると、後頭部が薄くなっていました。

 

「受刑前はこんなに薄くなかったはず…。私が苦労をかけさせてしまったからこんなにハゲちゃったんだ……」

 

冗談でも笑いごとでもなく、本気でそう思いました。

 

 

仮釈放当日の出来事 #2 へ続きます。

 

前回のブログでは、産業カウンセラー養成講座で共に学ぶ皆さんの前で課題の作文を読み上げたことを書きました。作文の内容は自分が依存症当事者で元受刑者だというものです。

 

励ましをたくさんいただきとても嬉しかったです。コメントをくださった皆さん、本当にどうもありがとうございました。

 

つい先日、知人を介して私のブログを読んでくださっている方とお会いする機会がありました。

この方に「実際に私と会ってみてどんな印象ですか?」と伺ったところ、「普通の人で安心しました」とのことでした。思わず大爆笑してしまったんですが、私がそれだけ社会に上手く馴染んでいる(溶け込んでいる)証拠だなと思いました。

 

このブログを読んでくださる皆さんからすれば、今の私の容姿や雰囲気など全く想像が付かないと思います。

これから活動するにあたり実際にお会いしたり、LINE、zoom、スカイプなどのツールを使ってお話をする方が増えると思いますが、“今の私”は至って普通のどこにでもいる元気なおばさんですので(笑)、お気軽に話をしていただければと思います。

 

最近はホームページ作成の追い込み作業で、たくさんの方と連絡を取ったり通話をすることが多いです。

依存症者のご家族、依存症当事者で現在前向きに回復されている方、元受刑者でしっかり更生されている方。皆さんからお話を聞くことで知識を得て、ホームページがより良いものになっていくことに心から感謝しています。そして私は本当に人に恵まれているなと感じます。

 

そんな中でも非常に興味深く、なるほどなと思ったことを今日は書いていきます。

 

 

一人では共依存の自覚は難しい

 

依存症者のご家族からのお話です。お名前を仮に和美さんとします。息子さんが依存症者です。

 

和美さんは私のブログを熱心に読んでくださり、和美さん自身も依存症についてとても勉強されていました。和美さんは私の2020年11月の「お話を聞きます」というブログをご覧になり、今年の3月からLINEで繋がって連絡を取り合っています。

 

和美さんに私は当初「何が何でも家族会に行ってください」とお願いをしました。和美さんは本当は行けるような状態ではありませんでしたが、無理矢理時間を作って参加すると決意してくれました。自分と同じように苦しんでいるご家族が居ることに涙し、後に家族会に参加して本当に良かったとおっしゃっていました。

 

私が和美さんに家族会に行ってくださいとお願いしたのにはしっかりとした理由があり、まずご自分だけが苦しんでいる訳じゃない、他にも同じように悩む方がいることを知っていただきたかったのが一つ。そして一番の理由は、他のご家族を客観的に見てほしかったからです。

 

和美さんはご自分が息子さんに対して間違った支え方をしていると、私のブログを読んで十分理解されていました。ですがご自分が共依存であることを自覚しながら、それでも息子さんに間違った支援をしてしまったことがありました。

 

これについて和美さんは、自分が共依存であると認められなかったり、自分に都合の良いように考えてしまったり(解釈してしまったり)していたそうです。

 

その度に私のブログを読み返しハッと我に返るそうです。(我に返れること自体がすごいです)

ハッと我に返っただけではまた同じことを繰り返してしまいます。私と和美さんはLINEで1週間に1回くらいのペースで交流し、現在のご家族や息子さんの状況を確認しながらアドバイスをさせていただいております。

 

このことから、共依存であるご家族に“こそ”定期的にケアが必要だということが分かったのです。「和美さん、共依存に戻っていませんか?」と、息子さんとの共依存から引きはがすことが大切です。

 

頭で理解するのは簡単なんです。「そっか、私は共依存なんだ」と。

じゃあ具体的に自分のどんなところが共依存なのか、冷静な目を持つ“家族以外”の第三者に判断してもらう必要があると思います。

 

 

当たり前が問題を見失う

 

あくまでも例え話です。夫婦ともに60歳で子どもが35歳のご家族が居たとします。。子どもは働かずに家で引きこもっているとしましょう。

 

夫は初めのころは口うるさく働け、就職しろと注意します。でも一向に変化しない、注意すれば暴れる、仕方なく生活を共にします。妻はそんな子どもに毎日食事を作り、掃除、洗濯など身の回りの世話をします。

 

この生活がご家族にとって当たり前となっています。子どもの世話を35年間続ける両親からすると、これが我が家の日常だと思います。

 

が、皆さんから見てどう思われますか?上記の家族の生活は当たり前の日常と言えるでしょうか。

 

35年間この状態や生活を続けて来てしまった子どもと同じくらい、ご家族も抜け出すのが大変なのです。

母親は毎朝子どもを起こし朝食を作るのが35年もの間ルーティン(習慣)となっています。そのルーティンをいきなり止めるのがどれだけ難しいかということです。

 

その家族の中では当たり前でも、第三者から見ると「それって〇〇では?」ということってたくさんあるんですよね。

 

それに気付かせてくれるのが“家族以外”の第三者です。自分に厳しいことを言ってくれる、客観的に見てくれる人の存在が必要になってきます。

 

正常に機能しているご家族の場合は第三者の意見など必要ないでしょう。

 

ですが依存症者のご家族は多くが機能不全家族です。そして自分の家族が機能不全であることに気付かぬまま、依存症者を甘やかしたりおかしな支え方をしたり、間違った支援をしてしまう場合が本当に多いのです。

 

そして機能不全の家庭で育った子供はアダルトチルドレンとなります。アダルトチルドレンに依存症者が多いのは事実です。(ブログの最後に機能不全家族とアダルトチルドレンの説明を載せています)

 

自分の家族ってどうなんだろう、立ち止まって考えるのも依存症の回復と共依存の回復には必要なことです。

 

 

依存症者だけに目を向けすぎないで、まずは自分のケアを

 

これはとても難しいことです。共依存のご家族の最難関とも言えると思います。

 

自分の大切な人の依存行動で悩んでいるのに、酷い目にあっているのに、何とかしてほしくて相談してるのに、どうして自分のケアが必要なんだよ!そんなのどうでもいいから依存症者を何とかしてくれ!!

 

その言い分はごもっともです。私もご家族の立場だったらそう思うでしょう。

 

依存症者のご家族や支える側の方は、とにかくご自分を大切にしてください。

依存症者だけに向けていた力を、ちょっと立ち止まってご自分に向けてみてください。

最近笑ったかな?何が楽しかったかな?ご自分を見つめてみてください。

 

依存症者とご家族が歩幅を合わせて一緒に進まないと、依存症も共依存も回復しないんです。

 

依存症を何とかしたい!だから病院に行かせてほしいと懇願しても、私の夫は頑なに受け入れませんでした。それは当然なんです。だってこれまで散々嘘をついて裏切って来たのだから。だから私はコツコツ頑張りました。依存症を分かってもらおうと努力しました。

相手を変えるにはまず自分から。そうして今の私と夫があり、7年経ってやっと同じ方向を向くことができています。

 

ご家族が依存症者に間違った支援をすることで、依存症は悪化します。これは何度も書いていますが、間違った支援の具体例をいくつか挙げます。

 

借金の肩代わり、吐瀉物の片付け、朝起こしたり身の回りの世話を焼く、仕事を(進路を)決める・押し付ける、生活費を渡す、依存症者をコントロールしようとする。

 

これらをすることで、本人が何かを掴むきっかけや自分で考えるチャンスを奪ってしまう可能性があります。

 

依存症者が自らの足で立ち上がり進む、その妨げをするようなことをご家族や支援する側はしてはならないのです。

〇〇しなよ!〇〇したらもっと良くなるよ!〇〇はやめなよ!言いたくなる気持ちをグッと堪えて見守る。それが忍耐強い愛情、タフラブだと私は思います。

 

 

依存症者と共依存のご家族が同じ熱量と歩幅で進む。そうすると回復は早いのではないか、自身の経験から感じています。

 

 

簡単に言いやがって!と思う方もいらっしゃるでしょう。簡単ではないことは依存症者で元受刑者の私が一番よく分かっています。

 

私のパターンが皆さんに当てはまるとは限りません。

 

家族の数だけ答えがあると思います。

 

 

こんなふうに回復した、こうしたら良くなったというご意見を募集したいと思います。コメント欄やTwitterのダイレクトメッセージより経験談、体験談をぜひお聞かせください。

 

今後の活動の参考にさせていただきます。

 

 

 

 

機能不全家族とは

機能不全家族となる要因としては、家族構成員のアルコール依存、虐待(子供への暴言や威圧的態度も含まれる)、共依存などが挙げられる。更に、このような機能不全的な家庭となっている場合は、その家庭を構成する親、または祖父母などが、機能不全家族で育った可能性もある。

アルコール依存症、ギャンブル依存症、薬物依存症、親の自殺、親の死亡、親の浮気、両親の離婚、親の再婚、親から見捨てられる行為(ネグレクト)、精神的な児童虐待、肉体的な児童虐待、性的な児童虐待(自動性的虐待)、兄弟姉妹間での処遇格差、家庭不和、家庭内の暴力、借金などがある。

 

アダルトチルドレン(AC)とは

・親がアルコール依存症の家庭で育って成人した人。「adult children of alcoholics」の略語(ACOA、ACA、アルコール依存者のアダルトチルドレン)。アメリカでアルコール依存症治療との関わりの中で生まれた

・親や社会による虐待や家族の不仲、感情抑圧などの見られる機能不全家族で育ち、生きづらさを抱えた人。「adult children of dysfunctional family」(ACOD、機能不全家族のアダルトチルドレン)。機能不全家族の下で育ったことが原因で(大人になっても)深いトラウマ(外傷体験)を持つという考え方、現象、または人(大人)のこと。

 

前回のブログではLGBTQやXジェンダーについての簡単な説明と、マイノリティは決して弱者ではないこと、依存症者は家族や身近な人に対等に向き合って欲しいという思いがあることを書きました。

 

コメントをいくつかいただきました。その中でも「少数派のお話を聞き理解に努めることでとても得をしている」というご意見があり、なるほどなと思いました。

多数派の意見と少数派の意見両方に耳を傾けて初めて見えてくるものもあると思います。どんな精神状態や状況下でもその姿勢を持ち続けられるようにしたいなと、コメントを見て改めて思いました。

 

 

自己開示

 

今日は6月20日の産業カウンセラー養成講座であったことを書かせてください。

産業カウンセラー養成講座では毎回課題が出ます。宿題みたいなものですね。前回の課題は「自分の知っている自分(自己理解)」という作文でした。

 

私は正直に自分が依存症当事者で元受刑者であること、アメブロに今までの経験を綴っていること、依存症者や受刑者、そのご家族の相談に乗っていること、その勉強のために産業カウンセラー養成講座に通っていることを書きました。

 

講師の方しか読まないと思っていたので正直に書いたのですが、授業の中で「発表できる人はしてください」とのこと。えっ……、皆さんの前で読み上げるの!?

 

始めはなかなか手を挙げる人は居ませんでしたが、徐々に発言する人が増えてきます。発表した内容をフィードバックし、感想も手を挙げて発言します。

 

そんなやり取りの中、私はずーーっと考えていました。自分がこの作文を読むことで今後どんなことが起こるだろう。白い目で見られるんじゃないか、私を見る目が変わってしまうんじゃないか、今までと違う態度をされてしまうんじゃないか。

 

そろそろ最後の発表者になるだろうという時間です。私は勇気を振り絞って手を挙げました。

 

「この作文を読むことで私に対する見方が変わるかも知れません。私の覚悟だと思って聞いていただければと思います。」そうお伝えしてから作文を読み上げました。

 

読み終わってから6人もの方からフィードバックをいただきました。内容はここには敢えて書きませんが、涙が出るほど嬉しく(必死にこらえました)、私を勇気付けるものでした。

 

私は以前「刺青とともに生きるということ」というブログでこう書きました。

『自分でコントロールできない他人が持っている負のイメージ、印象をあえてテーブルの上に出すことはしません。そうすることが“気遣い”だと私は考えます。』

 

今回私が作文を読み上げたということは、元受刑者であるという負のイメージを産業カウンセラーを受講している皆さんにぶちまけたということになります。

なぜそのようなことをしたか?理由を挙げていきます。

 

 

人を色眼鏡で見るようではいいカウンセラーにはなれない

 

私は産業カウンセラー養成講座で共に学ぶ方たちを戦友だと勝手に思っています。

 

産業カウンセラー養成講座ではカウンセラー役、クライエント役、観察者役に分かれて実際にセッションを行います。観察者はカウンセラーとクライエントのやり取りをどのように感じたか、良かったところも悪かったところも、気付いたところを全てフィードバックします。

 

やったことがないのでどんな人も出来なくて当たり前です。予めテキストやeラーニングで勉強をするのと、実際にやってみるのとでは全く違うんですよね。ダメ出しというか、たくさん指摘を受けるわけです。

グループセッションでは感じたことを飲み込まずに伝える、それが相手のためになります。

 

講師の方からカウンセリングを受ける人は本当に色んな人がいると聞いていました。その方たちの言葉に耳を傾け寄り添うのが我々カウンセラーだと。

クライエントに対して「それはおかしいのでは?」と思うことがあっても、それは一旦横に置いておく。

 

いま、ここで、クライエントのために。それがカウンセラーにとって大切なことです。

 

今共に学んでいる皆さんには、私というかなりイレギュラーな経歴を持つ人間をどう扱うか、カウンセラーになる前から学べる絶好の機会だと思いました。

元受刑者を見たり実際に話をする機会なんて、なかなかないと思うからです。

 

同じ時期に産業カウンセラーを学ぶのは何かの縁だと思っています。私という人間を通して皆さんに何かを掴んでほしい、感じてほしい。

共に学ぶ皆さんが良いカウンセラーになるヒントになればいいと思ったのが、一つ目の理由です。

 

 

自分を偽りたくない

 

先ほども書いたように、私は産業カウンセラー養成講座で共に学ぶ方たちを戦友だと思っています。その戦友に対して自分を偽ることができなかったというのが二つ目の理由です。

 

参加されている皆さんを見ると、本当に真剣に取り組んでいるのです。皆さんは私と違って毎日仕事をしながら講座を受けています。仕事の合間にeラーニングを受けて課題をこなし、私だったらとっくに音を上げているような状況の中でも一生懸命取り組む姿に、私は尊敬の念を覚えます。

 

養成講座は約半年間、自分が依存症者で元受刑者だと言わずに過ごすこともできたかも知れませんが、皆さんの真剣な受講ぶりを目の前で拝見させていただき、自分に嘘はつけないと思いました。

 

ただ、私のカミングアウトを聞かされて不快な思いをした方もいらっしゃったかもしれません。

過去に犯罪に巻き込まれたり何かの事件の被害者だったりすれば、元受刑者の私に対して大きな不信感を持つでしょう。

 

それでも私が依存症者で元受刑者だと発表したのは、自分自身のエゴでもあります。

 

 

今後の活動に対する依存症子の覚悟

 

ホームページが少しずつ出来上がるにつれて、「ようやく本格的に活動するときが来た」という実感が湧いてきています。もちろん今までも真剣にブログを書いていますし、真摯に相談に乗らせていただいております。

 

それらを依存症子の“生業”とする覚悟を自分で量りたかったというのが三つ目の理由です。

 

やりたいという気持ちだけが先行して空回りするのは避けたいです。足元を固めてちょっとやそっとのことでは崩れない強い土台を作る。植物や盆栽、家屋と同じでしっかりとした土壌があってこその上物です。

 

産業カウンセラー養成講座の受講者と講師を合わせて20人ほど、そのたった20人の前でカミングアウトをしただけで自分のメンタルがすり減ったり崩れるようでは、私はまだまだ人の相談に乗れる器では(段階では)ないということになります。

 

カミングアウトしたことで腹が据わったというか、これからの活動に自分で喝を入れることができました。

 

 

今日は依存症や受刑者から話が逸れてしまいましたが、前科者や出所後の方のヒントになるブログになったのではないかと思います。

 

後ろからついて回る犯罪者、前科者、元受刑者というレッテル。それを一生背負う覚悟はあるか?投げ出さずに向き合う覚悟はあるか?

 

足元がふらついていればまた犯罪に手を染めるでしょう。ブレない自分を作っていく、これが再犯を犯さない絶対条件だと私は思います。

 

前回のブログでは刑務所は小さな社会であるということ、自分が犯罪を犯したから刑務所に収監されているという現実から目を背けず、まずその小さな社会の中で努力をしてみようということを書きました。

 

産業カウンセラー養成講座ですが、行きたくないなぁと思いながらもちゃんと通っています。

何で行きたくないの?と皆さん疑問に思われるかも知れませんので、一応理由を書いておこうと思います。

 

すでに私の経歴をご存知の方が多いとは思いますが改めて、私は最終学歴が高卒で依存症当事者、元受刑者の中年女性です。一般常識も決して備わっておらず、普通の仕事に就いたことがありません。

そんな私が長年しっかり社会人をされている方たちと共に勉強をするわけです。産業カウンセラーになりたいと思う人は少なからず、人の心を理解したい、寄り添いたいと思う人たちです。

 

「ここに居る人たちは刑務所や犯罪とは無縁だよな……」という劣等感が起こってしまうのが一つ。

あとは私の学の無さ、語彙力の少なさから意見交換に積極的に手を挙げることができないというのが一つ。

 

やる気はあるけど知識が付いて行かないので、「早く産業カウンセラーの受講日にならないかな♪」とは思えず、「明日は産業カウンセラーかぁ…」と億劫になってしまいます。

昔の私だったらとうに投げ出していると思いますが、今は「私はこういうことで行きたくないと思うんだ」と自分を客観視できることが成長した点だとプラスに考えています。

 

 

 

少数派=弱者という風潮

 

 

最近は多様性やマイノリティいう言葉をしょっちゅう聞くようになりました。聞かない日はないと言ってもおかしくないかも知れません。

マイノリティの人に優しくしよう、偏見の目を持たないようにしよう、差別をなくそう、多様性を理解しよう、そういう時代の流れは悪いことではありませんが、その言葉の裏に色々な思いが隠れているように私は感じます。

 

依存症から話は逸れますが、LGBTQやXジェンダーを理解しようという動きがここ何年かでどんどん進んでいます。私もそこまで詳しくはありませんが、LGBTQ(エル・ジー・ビー・ティー・キュー)とXジェンダー(エックスジェンダー)について簡単に書きます。

 

L→レズビアン(女性同性愛者)

G→ゲイ(男性同性愛者)

B→バイセクシュアル(両性愛者)

T→トランスジェンダー(性自認が出生時に割り当てられた性別とは異なる人)

Q→クイア、又はクエスチョン(自らの性のあり方について特定の枠に属さない人、分からない人)
Xジェンダー→身体的性に関わらず、性自認が男性にも女性にも当てはまらない人

 

LGBTQやXジェンダーの方はマイノリティ(少数派)です。マイノリティですが、彼らが弱者かというとそんなことはありませんよね。

日本は少数派を弱者とする風潮があると私は思います。そしてそういう人たちの経験談を美談として称賛し、白か黒かの論争に持っていこうとしているように感じてなりません。

 

LGBTQで言えば「カミングアウトは勇気ある行動」や「正しい行動」と賞賛する意見がある一方で、誰にも知られずに静かに暮らしたいと思う人は居るはずです。そう思う方からすれば「これ以上騒ぎ立てないでくれ!」と思いますよね。

そういう人を生きにくくしてしまう現状を作っているのも「マイノリティ=弱者」という間違った認識が、人の心の深いところにあるのではないかと私は思います。

 

分かってほしい、対等に向き合ってほしい

 

 

依存症に話を戻します。私は依存症のことをどんどん広めていきたいと思っています。

依存症は意志が弱いからなるものではない、誰もがなる可能性がある病気であるとこれからも積極的に皆さんに伝えていきます。

 

私は受刑中に夫が依存症を全く理解してくれないことで非常に苦しい思いをしました。

夫に助けてほしいと思うよりも、自分のことを分かってほしい、対等に向き合ってほしいのに、それが伝わらないことが(向き合ってくれないことが)苦しかったのです。

 

夫からすれば「はいはい、病気のせいにしてまた逃げるのね、そんな話は一切聞きません」となります。

私が夫を裏切り続けてきたのは事実で、私は依存症という病気のせいで向精神薬を飲み過ぎ記憶がありません、本当にごめんなさいで簡単に終わる話ではないんですよね。

私のやってきたことが酷すぎて、大きすぎて、夫なりに整理し許そうと思っても、到底受け入れられるものではなかったからです。

 

これは依存症者の我儘になりますが、依存症になったことを理解してほしい、自分と対等に向き合って欲しいと思うのです。

 

ですが多くの依存症者の場合、既にご家族や支える人にとんでもない迷惑をかけています。嘘、裏切り、借金の肩代わり、吐瀉物の後片付け、暴力、家の片付け、次々にやって来る借金取りの対処、警察に逮捕されれば身元引受人となり、逮捕された理由を聞かされたときの絶望感。

 

こんな状態で理解してほしい、向き合って欲しいと言われても「いや無理でしょ」となるのが普通です。当然です。

 

以前のブログでも書いたことがありますが、これも依存症者とその家族の埋まらない溝です。

 

 

LGBTQと依存症者はマイノリティですが、決して弱者ではないと思います。

 

でも依存症者には、弱者ぶって自分がやってきたことを棚に上げる人が多いなと私は思います。昔の私がそうだったように。

 

対等に向き合って欲しいなら、分かってほしいなら行動に移しましょう。

それは相手に聞いて動くものではありません。だって相手も何をすれば許せるかなんて分からないのです。何をしても許せないかも知れない。未来のことは分からない。

 

自分で考えて行動し、それが正しいか間違っているかは、依存症者ではなく支える側に立つ人が決めることですから。

 

 

寄り添うことの大切さ、あたたかさ

 

多様性をWikipediaで調べるとこのように出てきます。

“幅広く性質の異なる群が存在すること。性質に類似性のある群が形成される点が特徴で、単純に「いろいろある」こととは異なる”

 

幅広く性質の異なる群が存在するなら答えは一つじゃないのに、人はなぜか正解を求めたがるなと思います。

かく言う私も正解を求めたがる人間の一人で、どこかに正解があると思い込んでいるようなところがあります。

 

この人はこういう人と決めつけずに柔軟性を持って人と向き合うのは、意識していても難しいものです。きっとそれが“相手に寄り添う”ということなのだと思います。

 

 

産業カウンセラーの勉強を始めてから性別も年齢も職種も関係なく、多くの人とお話をするようになりました。それがとても新鮮で、私に様々な気付きを与えてくれます。

 

ブログの冒頭では「行きたくないなぁ」なんて書きましたが(笑)、この勉強が私のブログを読んでくださる皆さんの勇気や力になると確信しています。

 

これからも私にできることを続けていきますので、皆さまどうぞよろしくお願い致します。

 

前回のブログでは、他人を変えたいと思うならまず自分が変わる必要があると、私の実体験から書いてみました。

 

人の根底や性格は変えられないけど修正することはできる。そうすることで人生を生きやすくなるというのが私の意見です。

これには自分を客観的に見てくれる人、嫌われることを恐れずに間違いを指摘する勇気を持つ人、そういった存在が必要不可欠ですが、依存症者や人生を舐めて生きてきた人は(私を含めて)こういう大切な存在を自ら遠ざけてしまうところがあります。「うるせえな!」とか「うざい」ってやつですね。

 

月日が経ち「あの人はこういうことを言いたかったんだ……」ということが受刑中や出所後にたくさん起こりますし気付きます。

 

本当に自分のことを思って怒ってくれたのに逆ギレしたり、反省したフリをしたり不貞腐れたり。あのころの私は自分のことを棚に上げてばかりでした。他人の意見に耳を傾けるということを一切しませんでした。その結果、刑務所へ行くことになったのです。

 

犯罪を犯して刑務所へ行く人というのは、とても自分勝手だと私は思います。

 

 

 

外でも中でも人の本質は変わらない

 

 

刑務所での生活は受刑者皆が平等です。同じ食事を食べ、睡眠時間・休憩時間・入浴時間・運動時間も全て同じ。衣類も日用品も生活に必要なものは全て貸与されますので、十分に生活することができます。

 

食事や時間が徹底的に管理される平等な生活の中にも差が生まれます。それは自弁購入が可能な日用品や衣類、私本の購入、外からの手紙だったり差入れ、面会です。

 

刑務所側が平等にしても、不思議ですが差が生まれていくんですよね。

 

そんな平等の中でも威張りたい、力を誇示したいと思う受刑者は一定数存在します。

威張り方や見栄の張り方も様々ですが、例えば物をたくさん買える(自弁購入できるお金がある)という見栄だったり、色んな人から差入れが来る、手紙が来るという“友人や異性関係が多い”自慢だったりします。

 

仮釈放前の受刑者を、釈放させないように懲罰へ持っていこうと妨害する質の悪い受刑者もいます。死なば諸共!じゃないですが、自分が懲罰になってでも仮釈放を妨害します。

 

受刑中は気付きませんし考えることもありませんでしたが、「犯罪者かそうじゃないかだけで外も中と大差がない」ということを出所後に感じました。

 

自慢して威張って人を貶める、そんな人は社会にもたくさんいますよね。実社会では刑務所のように平等ではないから尚更妬み、僻み、嫉みがすごい。


刑務所でも社会でも、根性がひん曲がった最低な人はいるもんだと出所してから思いました。

 

 

 

共同生活で我慢を覚える

 

 

栃木刑務所に収監されて気付いたのは他人との生活習慣の違いです。

最近ではシェアハウスが増えてきましたね。それに伴い共同生活が苦ではない人も増えたかも知れませんが、幼いころから一人っ子で部屋を与えられていた私には共同生活はそれはきついものでした。

 

掃除をしない人、整理整頓できない人、ドアの開閉などの物音がうるさい人、くちゃくちゃ音を立てて食事をする人、細かいことに口を挟んでくる人、もう挙げ始めたらキリがありませんが、そういった人たちとの共同生活も“犯罪を犯して懲役刑となった自分に課せられた罰”だと私は考えています。

 

こんな人たちとの生活なんて耐えられない!そう思っても後の祭りです。自分が犯罪を犯したから刑務所に居るのです。そこから目を逸らしてはいけません。

 

私は拘置所に収監された初めのころ、何で自分がこんな目に合わなきゃならないんだと涙したことがあります。

そのブログはこちらです↓

 

固まったままの冷めたうどんを食べ、水みたいな薄いお茶を飲み、「何で私がこんな不味いうどんを食わされなきゃいけないんだ!」と憤り、こんな所に居る自分に腹が立ち、悔しいし惨めで涙が溢れてきました。

 

私は幼いころから我慢をするという言葉とは無縁の人生を送ってきました。わがまま放題で自分の思い通りに事が運ばないとすぐ不機嫌になり、他人に当たり散らして生きてきました。

こんなことは社会でも刑務所でも当然通用しません。でもでもだって、そんなことを言っていても何も前には進まないのです。

 

自分は罪を犯した、だから刑務所に居る。それを忘れているようでは(棚に上げているようでは)本当の意味での更生はできないと私は思います。

 

私は刑務所で我慢を覚えました。我慢することの意味について考えるようになりました。

するとどうでしょう、今の生活がどれだけ幸せなのかを心から実感できるようになりました。そして当たり前だと思っていたことに感謝ができるようになったのです。

 

人間関係では、刑務所よりも外の方が我慢をしなければならないことが多いです。

刑務所で我慢ができないようではその後の人生で困難にぶち当たったとき、対処することが難しいのではないでしょうか。

 

 

 

解決できない問題は起こらない

 

 

私が飲み屋のママになったときの話ですが、古株やお客様からとにかく虐められました。まだ20代前半だった私に白羽の矢が立ったことが面白くない古株とそのお客様に、散々悪口を言われたり頭を引っ叩かれたりしました。「俺の担当が辞めさせられるのはお前がママになるからだ!」毎日いろんなお客様に言われ続け、ストレスで半身に帯状疱疹ができたほどです。

 

このときの私はすでに向精神薬のODやLSD、大麻などの薬物を使いギャンブルにものめり込んでいましたが、そのストレスから逃れる手段であったのは間違いありません。

 

水商売で働き始めてからの座右の銘が「解決できない問題は自分に降りかかってこない」というものです。言い方を変えれば「自分に解決できるからこの問題は起こっている」ということになりますね。

ママになったあと紆余曲折を経て最低な人間となり栃木刑務所へ行ったわけですが、受刑中にふとあのときの事を思い出したんです。

 

「私が刑務所に来たことには必ず意味がある。乗り越えられるからこそ私は刑務所に居る。そうだよ、昔から私言ってたじゃん!解決できない問題は起こらないって!!!」こう考えながら受刑生活を送りました。

 

そして今現在、私は信念を持ち目標へ向かって進むことができています。

 

あなたに今降りかかっている問題は必ず解決できます。

考えてみてください。例えばですが、今のあなたにオリンピックに出場できるタイムで100mを走れ!なんて難題は絶対に降りかかって来ませんよね。

 

あなたに解決できるからその問題が起こっているのではないでしょうか?その問題を解決する努力をすることで、今まで見えていたものとは別の景色が見えるかもしれません。

 

その問題があなたを強くし、成長させると依存症子は思います。

 

 

どうかこのブログが刑務所で悩んでいる受刑者の方に届きますようにという願いを込めて。

 

前回のブログでは依存症子の過去を客観的に書いてみました。

 

Twitterでコメントを下さった方がいましたが、0か100かの極端な思考というのは依存症者には多いと再確認しました。極端になってしまうというより、「極端になるまで止まれない」とか「そんなつもりはないのに極端へ向かってしまう」と言った方が正しいかも知れません。

 

 

依存症子はアニメが好きですが、そんな中でも特にお気に入りなのは攻殻機動隊というアニメです。皆さんご存知でしょうか。

 

簡単なあらすじ:2030年の日本、人とサイボーグとロボットの共存の中で政府直属の公安9課が事件を解決して行きます。公安9課で少佐と呼ばれているのが真ん中の女性で、主人公の草薙素子。脳と脊髄の一部を除き全身を義体化したサイボーグです。

 

 

この主人公が言い放つセリフが私は大好きです。今日はそのセリフを引用してブログを書いていきます。

 

「世の中に不満があるなら自分を変えろ!それが嫌なら耳と目を閉じ、口をつぐんで孤独に暮らせ!」

 

不平不満を言うのは簡単ですが、それで何かが改善されるのでしょうか。人間ですから愚痴の一つや二つ出るのは普通のことです。ですが、毎日のように不平不満を口に出しているような人の元には幸せはやってこないと私は思います。そして何も解決しません。

 

なぜそう言えるか。それは私が身を持って経験しているからです。

 

不平不満を口にする人の周りには、同じような不平不満を口にする人が寄って来ます。あるいは気付かないうちに自ら近付いています。これが私が常日頃からブログに書いている“類は友を呼ぶ”ということです。

 

不平不満やネガティブはものすごい勢いで伝染します。

 

例えばいつも鬱々としている人と一緒に居ると自分まで元気がなくなってしまいますよね。これは“連鎖”です。

前向きで楽しい人と一緒に居れば、自分も頑張ろうと思えます。これは良い意味の“類友”と“連鎖”ですね。

 

不平不満を口にする前に行動しよう。何でも他人のせい、社会のせいにする前に自らが変わって行動を起こそうというのが今の依存症子です。

依存行動が激しかったころから攻殻機動隊を観ていたのですが、あのときは響かなかった言葉が今はとても刺さります。不思議ですね(笑)。

 

自分に害のある人はスパッと切る

 

私は出所してから自分に害を与えるような人とは一切お付き合いをしないようにしています。と言うか心掛けています。

 

ここで言う「依存症子にとっての害」とは、自分がまた刑務所へ戻ってしまうような行動を誘発する、又は私の人生に悪影響を及ぼすような人のことを指します。その中からいくつか挙げますが、攻撃的な人、マイナス思考の人、私や私の時間を軽んじる人です。

 

・攻撃的な人とお付き合いをすると私まで攻撃的になってしまいます。

・マイナス思考の人と一緒に居ると私までマイナス思考になってしまいます。

・私を軽んじる人とお付き合いをすると振り回され、そのことで悶々としたりイライラする時間が増えます。その時間がもったいないのと無駄だからです。

 

スパッと切ると言っても「私はあなたとお付き合いをしたくありません」とは言わず、段階を踏んでフェードアウトしていきます。これも不思議なんですが、こちらからフェードアウトしたあとに相手からお誘いが来たことが無いんです。

 

私の拒否オーラが相手に伝わっているのか……!という冗談は置いといて、自分がしっかりとした意思と揺るがない信念を持っていれば、合わない人は自然と離れていくものなんだということを出所後に学びました。

 

自分が変われば何かが起こる

 

過去の私はいつも誰かに対してイライラしていました。怒っていました。誰彼構わず自分の意見を押し付け、思いっきりぶつけていました。

 

そしてふと気付いたら私の周りには誰もいなくなっていました。

 

受刑中に無い頭で考えて考えて、出所後に実行したことがあります。それは“相手を変えたければまず自分が変わる”ということです。

 

出所後も夫の依存症への理解が全くなく、私が依存症の病院へ行くことにとても嫌な顔をしました。

夫からすれば「また嘘をついて薬を貰いに行くんじゃないか?」と思うのが普通です。だって私は何百回と夫に嘘をつき、裏切ってきたのだから。

 

だから私は自分にできることをコツコツやりはじめました。料理、洗濯、掃除、アイロンがけ、夫に言われた通り1日分の食費2千円を貰ってマルエツに買い物。今まで一度もやったことのないような家事を、下手なりに一生懸命やってみたのです。

 

今ではこなすことができますが、これが出所直後は本当にきつかった。なんてったって今までやったことが無いんです。

1日の食費2千円ってどうやるの?何買えばいいの?って世界で、包丁の扱いも疑わしいし、ささがきって何?状態です。30代後半になってこんなことも出来ないのか…と現実を直視しながらとにかくコツコツやる。

 

これをしばらく続けました。何も出来ない自分にイライラしながら、過去の自分を呪いながら、とにかく“今の自分にできること”を続けたのです。

 

すると夫の態度が少し柔和になります。そして私の話を聞くようになってきたのです。

 

そうか。私は今まで自分のことを棚に上げて他人に「お前が変われ!」って押し付けてきた。

 

それじゃ誰も付いてこないし、孤独になるのは当然だよね……。

 

人はちゃんと見ていると思います。自分の言動の一つ一つを。

だから丁寧にコツコツと、自分のやれることを続けていく。

 

その甲斐あって今では普段から夫とコミュニケーションがしっかり取れるようになりましたし、アメブロでは元受刑者という肩書きにも関わらずたくさんのフォローをいただけるまでに成長することができました。

 

 

もしかしたら、自分が変わっても相手は変わらないかも知れません。

 

でも何かが起こるのは間違いない。私は自身の経験からそう思います。

 

 

 

アマゾンのプライムビデオに攻殻機動隊がありましたのでリンクを貼っておきます。残念ながら1話しか無料ではありませんが、ご興味がありましたら観てみてください。他の動画配信サービスなら全話無料もあるかも知れません。

 

 

前回のブログでは近況報告と、立川拘置所で進藤龍也牧師の講話を聞いたときのことを書きました。

 

私は今こそ比較的まともな日本語を使ってブログを書いていますが、過去の私の言葉遣いはそれは酷いものでした。今も夫と感情的な喧嘩するときなどはべらんめぇ口調になりますので、私の性根の部分と言うか、育ちの悪さを変えるのは難しいなと感じます。育ちの良さというものは滲み出てくるものであって、決して取り繕うことはできないんですよね。

 

私はこのブログで思っていることや考えていることをお伝えするとき、とにかく丁寧に感情の移り変わりを書くことを心掛けてきました。

 

ですが丁寧さを心掛けるあまり、過去の私の感情や思ったことまで丁寧化されてしまっていることに気付きました。それだと読んでいる方が「昔からちゃんとできる人だったんじゃない?」と誤解をしてしまうのではないかと思いました。

 

ですので前回のブログでは、ビートきよしさんや小松政夫さんの講話を聞いたときに私が思ったことを、あのころの私の正直な言葉で書いてみました。

 

今後のブログで過去の回想が出てくるときは、そのときに思ったことをありのまま書いていくことにしました。お見苦しい言葉遣いにになることをお許しください。それをひっくるめて依存症子という人間だとご理解いただけると嬉しいです。

 

 

依存症子の良くないところ

 
私は今年42歳になります。42年間生きてきてたくさんの失敗をし、間違いを犯し刑務所へ行き、出所後は依存行動に走ることなく生活することができています。

過去を振り返り良くなかったところを挙げていくと、依存症子が失敗したパターンというものが見えてきます。それがどのようなものだったか具体的に書いていきます。

ここで“良くないところ”と表記した理由ですが、それが時に良い方へ転化することもあるので、あえて弱点や欠点とは呼ばず“良くないところ”と書かせていただきます。

 

 

完璧主義

 

依存症者には完璧主義が多いと言われています。私の場合、完璧からこぼれてしまうととことん怠惰になります。例えば「毎日決まった時間にブログを書く」と自分に課しているとします。そこで1日でもサボったりしてしまえばその後全く書かなくなる、というものです。

完璧にこなそうとして目標設定をするのは良いのですが、それができなかった時にもういいやとなってしまいます。完璧とは欲なのだということに最近気が付きました。

 

 

すぐに投げ出す

 

完璧主義が狂い始めるとすぐに投げ出します。これもブログで例えると、毎日ブログを書くことを目標にしていて1日サボったのならまた次の日から始めればいいのですが、そうならないのが依存症子です。その目標が狂ってしまったことが許せないので、もういいやとすぐに投げ出します。投げ出したことに罪悪感はあるものの、一度投げ出したことに向き合う心の強さは過去の依存症子にはありませんでした。

 

 

0か100かの極端な思考

 

 

これも依存症者に多いように感じますが、考え方が極端です。究極の二択や白か黒か!という感じで“中間”がないのです。例えば会社で嫌なことがあったとき「じゃあ辞める」とか、恋人と別れ話をすれば「死ぬわ」とか。聞いている方からすると「なんでそうなる!?」と突っ込みたくなるでしょう(笑)。

私が過去に大量の睡眠薬と向精神薬を飲んで自殺を試みたときの理由は、愛してるとか好きとか別れたくないということではなく「この男と別れたら住む場所ねぇし生きてけねぇな、それなら死ぬか」と考えたからです。今考えれば生きていく手段は他にもありましたし、彼と離れることが辛いわけではありませんでした。それなのにいとも簡単に「死」という究極へ行動に移してしまった自分がとても恐ろしいです。

(依存症真っ只中でしたので思考がまともではなかったことを付け加えておきます。)

 

 

 

自分の力量が理解できない

 

私は自分を優秀な人間だと勘違いしていました。この理由ですが、高校生のころから援助交際やバイトで月20万以上の金額を稼ぎ、18歳から水商売の世界でそこそこの売上を上げていた私は男性というものを完全に舐めきっていました。私と関係を持ったお金持ちの男性たちは“若い愛人を囲える財力がある”というステータスを楽しんでいただけなのですが、それが「私が優秀だから社会的地位の高い男と肩を並べられている」という歪んだ考えにさせていました。

そんな10代後半から20代を過ごしたお陰でプライドだけがやたらと高く、実力もないのに自信満々で傲慢な依存症子が出来上がりました。

 

 

早急に答えを出そうとする、結果を求める

 

依存症子は超せっかちで、今でもこのような傾向は若干あるのですが、とにかく早く答えを求めようとします。仕事も勉強も基礎があって応用です。人生も経験を積み重ねて成長していくものですが、これを一段も二段も飛ばしていこうとするのが私です。

今年の頭にいくつかの資格試験に合格しましたが、この試験に落ちたりトラブルが起こったことで色々なものが見えてきました。落ちたことで見えてきた景色があったのです。これも経験したから言えることですが、早く結果を出すことが人生にプラスになるかというと決してそんなことはないということです。

 

 

これらが重なったとき、依存症子は失敗する

 

 

自分に実力があると思っているので勢いだけはあります。いわゆる“やる気のある無能”という非常に面倒臭いヤツです。自分はできる!できないわけがない!という謎の全能感がありました。

経験も実力もない人間が何かを成し遂げられる訳がないのです。少し考えれば分かることなんですが、精神的に幼なかった依存症子には全く理解できなかったんですよね。

 

自分の力を見誤り、早く結果を出そうとして焦る。その結果は散々で、完璧が崩れてすぐに投げ出し諦めてしまう。そして極端な思考に陥り、自分は世の中から必要とされていないと悲観的になる。

 

これが依存症子の人生の失敗するパターンです。

 

 

パターンが分かれば対処ができる

 

私は上記のようなパターンに陥ったときに依存行動へ突っ走ります。むしゃくしゃする気持ちを依存行動で発散します。バランスを取ります。

 

今の私は自分がどうなったら依存行動に走ってしまうか、とても良く理解しています。依存行動へ走ったら失うものが大きいと分かっているから、理性がきちんと働いているからタガが外れることが無いのです。

 

今の私は産業カウンセラー養成講座を受けながら、ホームページ作成の構想を練る。週に1回のブログを更新しながら、皆さまからの相談を全力で受け止める。家の片付けをして少しずつ断捨離をする。

これが今の私のキャパなのです。これ以上詰め込んでしまったら恐らく失敗パターンまっしぐらになってしまうと思います。

 

 

・完璧にやろうとしない、ブログはお休みしたっていいよね。

・逃げてもいいけど投げ出す事だけはしないで生きて行こう。

・世の中にはグレーな部分があるよ、極端にならないように気を付けよう。

・自分の限界とキャパシティを知ろう。

・すぐに答えなんて出ないんだからゆっくり進もう。

 

失敗のパターンから良くないところを(弱点・悪いところも含めて)見つめる。そうすれば自ずと対策は見えてくると思います。

 

 

人生を振り返る行為が後ろ向きだと捉える方がいらっしゃるのですが、

 

先の人生を見据えて過去の自分を振り返る。これほど前向きなことはないと依存症子は思っています。

 

前回のブログでは頂いたコメントの抜粋と、自分を理解している人は強いと書きました。

 

まずブログを休んでいた間の報告をさせてください。

 

引越し後の住民票や免許証の住所変更がやっと一段落しました。少しずつ家の片付けをしていますが、これがなかなか片付きません。

 

以前住んでいたマンションは夫と母と住んでいたのでそこそこの広さがありましたが、今のマンションはその半分ほどの広さしかありません。それに対して物量が多く、徐々に断捨離しないと段ボールが減らないので、しばらく家の片付けが続きます。

 

産業カウンセラー養成講座の受講も5月9日から開始しています。朝9時~17時までと結構な拘束時間ですが、内容が盛りだくさんであっという間に初日が終わり、とても楽しく講座を受けることができました。こんなに長い時間何かを習うなんて今までに無い経験なので(高校も遅刻や早退ばかりでまともに通っていないので)とても新鮮な感じです。

 

家の片付けをしながら産業カウンセラー養成講座に通い、e-Learningで動画視聴をして振り返りをまとめ、ホームページ作成の準備をします。

こんなにたくさんのことを一度にやるのは私にとってハードルが高いです。なにせ今までやったことがないですから(笑)。ですので無理はせずに適度に進めていければと思います。

 

 

立川拘置所で「そんなことは分かってんだよ!!」と大声で叫びたかったこと

 

今日は立川拘置所での生活に話を戻します。昨年6月のブログにも書きましたが、矯正指導日にお笑い芸人のビートきよしさん、タレントの小松政夫さんの講話がありました。講話と言っても予め録音されていたものが放送で流れるというものです。(矯正指導日とは作業をせずに勉強をする日です)

 

そのブログはこちらです↓

 

話の内容はお二人とも似ており、「若い頃は努力をした」、「苦労したから今がある」、「諦めないで続けることに意味がある」というごく当たり前の一般論をお話されていました。講話を聞いたあの頃の依存症子がどう思ったか、正直な気持ちを書きます。

 

『努力が大事ってそんなことは分かってんの!それができないから私たち受刑者はここに居んの!どうしたら努力や我慢ができるか具体的に教えてくんない?刑務所に来たことない成功者に一般論を言われたって説得力ゼロ、それができたら苦労しねぇし、ここには来てねぇんだよ!!!』

 

言葉遣いが悪くてすみません。あの時は本気でこう叫びたかったんです。

 

講話を聞いたあとに感想文を提出しますが、表面上「これから努力ができるように頑張ります」みたいなことを書きました。

 

ビートきよしさんと小松政夫さんには大変申し訳ありませんが、お二人の講話はあの頃の私には全く刺さらず、「はいはい、芸能人が刑務所を慰問して自分の株をあげるやつね」と思っていました。上のブログにも書いていますが、これから就職したり新生活を始める若い方にはお二人の話は参考になるかも知れません。

 

 

刑務所という底辺に来てしまった私には、全く何も響かなかったのです。

 

 

元受刑者で元ヤクザ、今は牧師!?

 

とある矯正指導日です。どうせまた芸能人とか成功者の講話でしょ?今度はどんなふうに取り繕って感想文を書こうかなと思っていました。そこで流れてきた放送は耳を疑うものでした。

 

「今日は元受刑者で元ヤクザ、今は牧師をされている進藤龍也さんにお話を聞かせていただきます。」

 


マジ!?元受刑者で元ヤクザでも法務省の講話に出れんの!?しかも累犯、何度も刑務所に来るとそれに慣れちゃって懲役太郎まっしぐらなのに、この人はどうやって更生したの?

こんな感情を持ちながら興味津々に話を聞きました。まさか元受刑者が矯正指導日の講話に出てくるなんて思ってもみなかったのです。

 

進藤さんは受刑歴が3回。元受刑者なら収監されている私たちの気持ちが痛いほど分かるはず。経験者ならではのアドバイスがあるだろうから、真剣に話を聞いてみよう。そう思った私は進藤さんの講話の内容を必死にノートに取りました。超真剣に話を聞きました。

 

その中でも印象に残っているのは、「昔苦労しなかったから今している」、「自分は辛抱しない人だった」、「当たり前のことは訓練しているからできる」というお話です。

講話を聞いていて進藤さんの生い立ちも決して良いとは言えないこと、私と同じで我慢などとは無縁の生活を送っていたこと、ダメな部分の共通点をたくさん見つけます。

 

ダメな部分の共通点が見つかっても、今の進藤さんはそれを克服しているからこうして法務省で講話ができている。

 

そのことに私は大きな希望を持ちました。進藤さんは3回刑務所に来てもやり直すことができている。もしかしたら私も更生することができるんじゃないか?そう思ったのです。

 

 

 

元受刑者、元薬物依存症者の言葉の力

 

 

以前のブログにも書きましたが、刑務所や拘置所は所長によって教育方針が違うという話を聞いたことがあります。私が収監された立川拘置所は積極的に外部から講師を招き、熱心に教育をする施設だったと思います。

 

仮に私が他の拘置所に移送されていたら?いきなり栃木刑務所に移送されていたら?進藤さんの講話を聞くことはなかったでしょう。

 

出所してからなおさら強く感じるのです。あのとき進藤さんの講話を聞いていなかったら今の私は存在しないだろうなと。

 

進藤さんの講和を聞いていなかったらどうなっていたか想像します。

 

・何も考えにずただ時間が過ぎるのを待って出所して、何も考えていないからまた同じことを繰り返す

・自分が刑務所に来ることになった本当の原因を見つけられない

・依存症になってしまった要因を見つけることもできない

・いつまでたっても親が悪い、周りが悪いと責任転嫁し続ける

・自分の人生を振り返ってみようなんて発想にならなかった

 

 

進藤さんの講話を聞いたことで依存症子という一人の人間が救われました。

 

そのおかげで出所から4年半が経過した今も、刑務所に戻ることなく前向きに人生を過ごすことができています。

 

 

私も進藤さんのように元受刑者の勇気になりたい。希望を与えるような存在になりたい。そう思って今の活動を始めました。

 

私が進藤さんの話を真剣に聞くことができたのは、彼が私と同じ受刑者で薬物依存症者だったからです。私のように進藤さんに影響された受刑者はたくさんいるはずです。

 

 

私も進藤さんのようになりたい。アプローチの方法は違うけれど、私は私のやり方で受刑者、元受刑者、依存症者、そのご家族の力になることができればと思っています。

 

 

今日は改めて私の活動の原点である進藤龍也さんのこと、私が立川拘置所でやさぐれていたときのお話をさせていただきました。

 

進藤さんは現在も精力的に活動をされています。アメブロのプロフィールページを貼りますのでご興味のある方はぜひ見てみてください。

 

 

前回のブログでは依存症者を支える「物」と「者」について、家族に依存症者がいることを世間に知られたくないという思いから、家族内で解決しようとすればするほど依存症は悪化すると書きました。

 

コメントをいただきましたので抜粋します。

 

・自分が選んだ配偶者がアル中であるという恥があったというご意見。

・祖父母と母は父の依存を恥と捉えていたように思うというご意見。

・共依存に陥りまともな思考が出来なかった、保身とか高度な考えはなかったというご意見。

・彼に尽くし、彼を依存させ「者」になってしまっていた事に気がついたというご意見。

 

皆さんからいただいたコメントはこれから依存症と闘うご家族の参考になると思います。

 

特に「共依存に陥りまともな思考ができなかった」というご意見について、毎日のように暴力を受け暴言を吐かれると自分が悪い、自分のせいだと思い込まされてしまいます。マインドコントロール状態です。

 

最近では女性が男性に暴力を振るうケースも多く見受けられます。女性だから暴力行為に及ばないであろうというジェンダー論は過去のもので、DV被害を訴える男性が増えていますね。

 

自分が悪いから……という思い込みが問題を外に出させません。ですので積極的に“家族外”とコミュニケーションを取ることは本当に大切です。

 

コロナ過で依存症の人がどんどん増えていくということ、人との物理的な接触が減っても自ら孤独になるようなことはしないでいただきたいと以前のブログに書きました。

 

心や想いだけは人と距離を置かず、積極的に密にしていくことを依存症子は心掛けています。

 

 

過去の行いは消せない

 

先日Twitterでも呟きましたが、引っ越しに伴いマンションの両隣のお宅に手土産を持ってご挨拶に行きました。

 

一軒は私の依存行動が激しいころから住まれている30代半ばのご夫婦、小学校低学年の息子さんがいる3人家族です。

もう一軒は私の出所後に引越してきた30代前半のご夫婦、小学校低学年の息子さんに幼稚園年長の娘さんがいる4人家族です。

 

私自身向精神薬の飲み過ぎで記憶がありませんが、3人家族の奥様は私の家に警察が来ていたことや連行される姿、私の奇行や母と大喧嘩する様子などを見聞きしていたと思われます。私にうっすらと残っている記憶は、留置場を出たり入ったりしているとき、この息子さんはまだ赤ちゃんだったということです。

 

GW最終日、夕食の準備に被らないよう時間を考えインターホンを押します。

夫が「隣の依存です、少しお時間よろしいでしょうか」と言いますが「何のご用でしょうか」とすぐには玄関ドアを開けようとしてくれません。「○日に引越しをすることになったのでご挨拶に伺ったのですが」と言ってようやくドアを開けてくれました。

 

引越しする旨と前々日あたりから段ボール搬入、当日は朝から騒音などご迷惑をおかけします、今までお世話になりましたとお伝えし手土産をお渡しします。

 

奥様が超塩対応で早く帰ってほしいオーラ全開なのを私は敏感に察します。

 

もう一軒のご家族はとてもにこやかに対応してくれます。出所後の私しか知らないご夫婦は「どちらに越されるんですか?寂しくなりますね、うちの子達がうるさかったからかと思いました(笑)」など、冗談を交えながらお話します。

 

 

家に戻って再認識します。この対応の差が現実なのだと。

この出来事を今後も忘れてはいけない。そう胸に刻みます。

 

 

自分の弱点を知る意味

 

 

依存症の人は自分が何かにつまづいたとき依存行動に走ります。そのつまづきが何だったのかを知ることがとても重要です。例えを簡単に書き出します。

 

・仕事のストレスから飲み始めましたか?

・友人の勧めで違法薬物やギャンブルを始めましたか?

・対人関係が上手くいかないから窃盗を始めましたか?

・孤独だから自傷行為や過食を始めましたか?

・誰にも理解されないから買い物でうっぷんを晴らしましたか?

 

まずは“自分がなぜ依存行動に走ったのか”を知ることが必要です。依存症子は断言しますが、これを理解していない依存症者は必ずスリップしますし絶対に回復しません。

 

仮に上記のようなことが起こったとき、私だったらどうするか書き出していきます。

 

・仕事のストレスで飲み始めたなら、そのストレスの原因を潰します。

・自分に悪影響を及ぼしたり犯罪行為を勧めるような友人とまず縁を切ります。

・対人関係が悪くなった理由を見つけます。

・なぜ孤独になったのか考え、そうならないような工夫と努力をします。

・理解されないではなく「理解されたい」と願う理由を考えます。

 

簡単に言ってくれるけどできるわけないじゃん!と思う方がいらっしゃるでしょう。これは依存症とは関係のない人でもやっておいて損はない作業だと思います。

 

自分の弱い部分を知り、理解することも依存症の回復手段の一つです。

どんなときに依存行動をしようと思うのか、それに気付かなくては防ぎようがありません。

 

 

自分の弱さを知る人は強い

 

先日ある依存症の方とzoomでお話をする機会がありました。私からコンタクトを取り通話をする時間を作っていただきました。依存症子の活動を始めた1年前からこの方を知っていますが、直接お話をするのは今回が初めてです。

 

色々話を始めたら止まりません。知識量の多さと熱量がこちらにバンバン伝わってきます。お互いに盛り上がって通話時間は2時間半にもなり、その方のお話の中で私が大爆笑してしまったフレーズがあります。

 

「言葉は悪いけど依存症者は精神異常者ですから」

 

これはご自身が自分の弱さを分かっているから言える言葉です。

この方も私も自分を理解しているから、たとえ誰に精神異常者と言われても怒ることはないでしょう。だってその通りですから。

 

この方は自分の弱さを十分に知っているから、理解しているから精力的に活動できているのだと思います。だから学ぶことや挑戦することを止めない。

 

自虐でも何でもなく、自分を精神異常者だと認める潔さ。

自分の弱点を知る人は、とても強いと私は思います。

 

 

過去を振り返る勇気

 

冒頭に書いたコメントをくださった皆さんは、自分を客観視することができていると思います。文字に起こせるということはしっかり過去を振り返ることができている何よりの証拠です。そして過去を振り返ることが前に進む力になります。

 

依存症者もそのご家族も、過去を振り返るなんて依存症と何の関係があるんだ!回復に全く結びつかない!と思うかも知れません。

 

依存症者もそのご家族も、自分を客観視できるようにならないと同じことを繰り返してしまうと思います。過去の私がそうだったように。

 

通話した依存症の方も仰っていましたが、臭いものにフタをしたって意味が無いんですよね。どうしてこうなったかを突き詰めないとまた同じことが起こります。

 

引越しの挨拶で手土産を持って行って塩対応されても、過去の私の行いがそうさせてしまったという現実から逃げてはいけません。私はこの現実と一生向き合いながら生きて行くのです。

 

 

これも何度も書いていますが、誰だって自分の醜いところなんか見たくないんです。弱い部分なんで知りたくもないし、やっちまったことを振り返るのは超苦しいんです。

 

その苦しい作業を乗り越えてきたのが、冒頭のコメントをくださった方々や2時間半も熱い議論を交わした依存症者の方だと私は思います。

 

 

 

 

引越しの準備で忙しくなりますので来週14日のブログはお休みさせていただき、次回は21日に更新予定です。

産業カウンセラー養成講座が5月9日から始まりますので、そのご報告も21日にできればと思います。


ブログの更新はなくても相談は随時受けておりますので、アメブロのコメント、メッセージまたはTwitterのDMよりお知らせください。
 

前回のブログでは受け取る側の心理状態によって言葉の意味が変わってしまうということを書きました。

 

 

昨年の秋に依存症者の家族会に参加したあと、ずっと考えていたことがありました。いわゆるモヤモヤするというヤツです。

 

それをなかなか言葉に出来ずにいたのですが、ホームページを作成する作業をお手伝いしてくださる方と打合せを続ける中でやっと言語化できました。今日はそのことについて書いていきます。

 

タイトルの依存症者を支える“もの”ですが、一つは「物」、もう一つは「者」です。

 

私が依存している「物」はプロセスも含め、違法薬物・処方薬・ギャンブル・窃盗・買い物・自傷です。

そしてお金や依存行動に走る手段を提供し続けた、両親と夫という「者」に依存しています。

 

この二つの「物」と「者」が世の中から無くなれば私の依存行動は完全に収まるわけですが、それは現実的ではないよねというブログを以前書かせていただきました。

 

そのブログはこちらです↓

 

 

 

「者」について書いていきます。

 

ギャンブル依存症の人の家に借金取りがやってきて、本人に支払い能力が無いから家族が支払ってしまう。これは依存症のご家族によくある事例です。

 

買い物依存症でも薬物でも摂食障害でも、これは本当にあるあるです。

依存症者はどんな手を使っても“依存行動をするためのお金や手段”を手に入れます。そしてその尻拭いを家族や身近な人にさせます。

 

この尻拭いをご家族が続ける以上、依存症は絶対に回復しません。


尻拭いは借金の返済だけではありません。例えばアルコール依存症の夫の吐瀉物を妻が片付けたりベッドへ連れていくことも尻拭いの一つです。食事の世話に掃除や洗濯、身の回りの世話に生活費を渡すこともそうです。

 

 

私はギャンブルの借金や窃盗の被害弁済を夫にさせてしまいました。これについて取材で夫にこのように質問します。

 

「多額の借金が発覚しどうしていいか分からず、その場を穏便に済ませようと借金の肩代わりをしてしまう。結果的に本人の言いなりになってしまうってことだよね?」

 

夫がイラついたのが分かりました。どの部分にイラついたのか、違っていたら教えてと聞くと「穏便なんて言葉で片付けないでほしい。そこにたどり着くまで全然穏便じゃないから。」と言われました。

 

 

確かに穏便という言葉は夫に対して失礼だったと思います。ですが私はこう考えます。

 

 

依存症者の家族会で私が強く感じたのは、“自分の家族が依存症だなんて世間に知られたくない”ということです。

「あのお宅の息子さんは仕事もせずに一日中家に引きこもっているわよ」、そう見られたくない、知られたくないと思っていると強く感じました。

 

世間に知られたくないから、借金取りが来れば「穏便」に済ませようと肩代わりしてしまう。私はご家族の話を聞いていてそう思ったのです。

 

ご近所にも世間様にも知られることなく依存症を何とか治せないか?ご家族はそう願うのです。

 

 

夫はこれに反論しました。「人様に迷惑をかけた責任を家族が取るのは社会人として当たり前だ」と。それはごもっともで夫の言う通りだと思います。

 

 

私はこのブログを読んでくださる依存症者のご家族の皆さんに問いたいです。

 

 

依存症者の尻拭いをしたとき、何を思っていましたか?

 

世間体を気にしましたか?

とりあえずこの場を切り抜けようと思いましたか?

この人ためにとそれだけを思いましたか?

事を大きくしたくないと思いましたか?

 

 

そこに自己保身が一切なかったと言えるでしょうか。

 

 

ブログの冒頭に書いたモヤモヤはこれなんです。

自分の家族なのに世間に隠したい存在になってしまうものなのか、それは実は自己保身なのではないか?

 

もちろんそこに至るまで、それぞれの家族に色々なことがあるのは理解しています。

私で言えば犯罪を犯して刑務所まで行ったのですから、家族から疎まれて当然、いないものとされて当然だと思っています。

 

 

やっと言語化することができたのですが、依存症者のご家族で特に団塊の世代の父親は、

 

“意志が弱い子どもを育てたダメな親だと世間、親戚、ご近所に思われたくない”

 

という気持ちが強いのではないでしょうか。プライドがあるのではないでしょうか。


だから「穏便」に家庭内で何とかしようとする。

でも依存症は家庭内で抱え込んでいても一向に良くなりませんし、むしろ負の連鎖で悪化するばかりです。

 

 

依存症者のために家族が○○するということが、依存症者側からすると

 

「なんだ、私のためって言ってるけど結局自分の身を守りたいんじゃん。世間体を保つための保身じゃん。私のことを本気で考えているわけじゃないじゃん。」

 

こんなふうに捉えてしまうということです。

 

 

ご家族からすれば両方の場合もあると思います。まず自分の身を守らないと子どもを守ることはできませんから。

 

ですがその意図が依存症者には伝わらず、「俺の借金の肩代わりをしたのは結局自分の保身だろ」という解釈になってしまうのです。

 

 

依存症者はこういうことにとても敏感なのです。自分が世間から隠されたい存在なのだということに気付いたとき、家族に対して反発し、イライラをぶつけるのです。

 

 

三田佳子さんの息子さん、何度も逮捕されていますよね。

 

私の勝手な想像ですが、彼の母に対する反発心、困らせてやりたいというイラつきが何となく分かる気がします。

 

 

依存症者を支える「物」と「者」。

 

「依存症者を支える者」が世間体を気にして依存症者を隠そうとすればするほど、負のスパイラルに陥り依存症がどんどん深刻化していく。 


もちろんそうさせてしまう依存症者が一番の問題なのは言うまでもありません。



 依存症は本人だけではなく家族全体を蝕む病だと私は思っています。